文学座『冒した者』09/06-22文学座アトリエ

 文学座が80周年を迎えたその日に、歴史ある文学座アトリエに伺うことができました。三好十郎戯曲が文学座で上演されるのが初めてだなんて、意外でした! 演出は上村聡史さん。今月のメルマガでお薦めしておりました。

 1952年に発表された『冒した者』は『浮標』の続編にあたる三好十郎さんらしい私戯曲ですが、『浮標』よりも虚構性、娯楽性が高い気がします。戦争、人間について鋭くえぐるようなセリフがどんどこ出てくる社会派作品であり、エロティックな犯罪サスペンスとも言えます♪ ※青空文庫で全文読めます。

 アトリエの構造を活かし、劇場入り口も変更するほどの作り込まれた抽象美術です。客席はほぼL字型で約150席。角度違いで形状は『野鴨』と同じかも。一般前売り4,300円は安い!

 ≪作品紹介≫ 公式サイトより
2017年文学座アトリエの会では「新しい台詞との出会い―日本の劇」をテーマに、文学座では初めての作家となる三好十郎を取りあげます。プロレタリア文学の劇作家として紹介されることの多い三好作品ですが、『浮標』『廃墟』『その人を知らず』『炎の人』といった、重厚な台詞で人間の在り方を実直に見つめた世界観とその台詞は現代にも共感を得る力をもって私たちに投げかけてきます。『冒した者』は敗戦から7年後の復興へと向かう日本を舞台に、原爆投下における深い傷とそれでも生きようとする渇望を強烈に描いていきます。人が生きていくがゆえに希求する本能を鋭く探りながら、『冒した者』の強度ある台詞をアトリエの小空間いっぱいに広げ、文学座が新たなアプローチで三好作品を届けたいと思います。
 ≪ここまで≫
 ≪あらすじ≫
私の作品はたいがいそうであるが、特にこの『冒した者』では『現代』そのものが直接的に主題になり主人になっている作品である -三好十郎(「冒した者」戯曲より抜粋)-

空襲で崩れかけている、崖の上に立つ屋敷。
そこには九人の人間たちが、平穏に暮らしていた。
ある日、須永という青年が訪ねてくる。
しかし彼の素性が明らかになるにつれ、
屋敷の住人の様相がいびつになっていく。
 ≪ここまで≫

 舞台中央に空いた直径2.5mはありそうな円形の穴も含め、ほぼ真っ黒の空間です。穴は球形で、中華鍋のように凹んでいます。急勾配のステージの中央に円があるので、床も含めた全体が真っ黒な日の丸にも見えます。円の周囲にはうっすらと白く塗られている部分があり、照明の当たり具合によっては太陽のコロナのようにも。穴自体は爆弾投下跡のクレーターのよう。照明は人間の本性を暴くようで、突き放すような選曲のセンスも私好みでした。神妙になり過ぎず、意外な展開を生む演技も楽しかったです。俳優が振り切れてる!

 舞台の横側は黒い瓦礫で埋まっていて、新国立劇場演劇『ヤジルシ』(美術:島次郎)を思い出しました。瓦礫は空襲の焼け跡だけでなく震災も想像させます。戦争、安保闘争、バブルの崩壊、リーマンショック、東日本大震災、東京電力福島第一原発事故など、日本という国は大きな災害や、ある意味で“敗北”と言っていい経験をしてきたと思います。そのどれもを、私たちは、忘却する方法で放置している。それが穴(=欠損)として表されている気がしました。

 このお芝居の舞台は1950年代初めの頃の、東京郊外の高台に立つ三階建ての屋敷。創立80周年を迎え、現在も生き生きと活動している文学座のアトリエにおいて、今と昔の日本を一気に貫いて見せるようなお芝居が上演されたのではないでしょうか。こんなにも上村ワールド全開なのに、三好十郎さんにしっかりお説教された心地もして、嬉しいです。
 

 ここからネタバレします。箇条書き程度の備忘録です。間違いもあると思います。

・序盤

 モモちゃんが最初に人物紹介されるように下手から登場した時、フルートの音色が鳴り響いた。でも彼女はフルートを手に持ってはいるものの、吹いてはいなかった。序盤でこういう演出を繰り出してくれるから、観客の想像の幅が広がる。素晴らしい。

 「左か右(左翼か右翼か)ではなく、その間(=中間)に生きられないのか。朝鮮半島の38度線の南か北ではなく、その間の線の上に。でも人間は線の上では生きられないのだから、死ぬ。その間に、線上に居ようとした人を尊敬する」といった、“私(=三好十郎)”と須永の問答に大いに考えさせられる。

 劇場入り口、すなわち下手の上部から、舞台を這うようにして俳優が登場するのは、アトリエのロフトと舞台の床との間が狭いため(立つことができない)。不気味な四つ足動物がすり寄ってくるような不穏さがとてもいい。アトリエの壁、柵を舞台美術として借景するのも素敵。

・中盤

 「自分で原子爆弾を作って自分の上に落としてしまった人類こそが『冒した者』。取り返しのないことをしでかし、もうそれ以前には戻れない」と須永。終演後、「北朝鮮で核実験が行われている今に符号する」という感想を聞いた。

 戦争に行った学生(省三)は人殺しをさせられた。省三は便衣兵を銃剣で刺し殺すよう命じられたのだ。それは省三が殺したのではなく、戦争が殺したのだと須永。須永は「自分は4人殺した、そうでなければ1人だ」と言う。1人とは心中を約束したのに、その前日に1人で自殺した恋人のこと。3人とは、恋人の死後に会った恋人の父母、そして父母を殺した後に偶然鉢合わせになった米屋。米屋は兵隊服を着ていた。父は恋人にとっては義理の父で軍人だった。

 屋敷の住人は誰もが金の亡者になって醜い言い争いと、取っ組み合いの喧嘩を繰り広げている。省三と、彼が「パンパン」と蔑む房代の2人が、強欲、肉欲の野獣と化すのが面白い。

 舞台面側の中央に住人たちがしゃがみ、「ここから(須永とモモちゃんがいる)塔が見える!」と、客席方向上部を見上げるのがとてもいい。塔は舞台中央奥の上部にあるのに。演劇の見立てのマジック。↓こちらにその写真あり。

・終盤

 ラストはモモちゃんだけじゃなく須永も全裸になっていて驚いた(戯曲では裸になるのはモモちゃんのみ)。モモちゃんは右上半身がケロイドで、須永は顔と陰部を含む全身が真っ赤に塗られていた。最初の一瞬は「まさか赤鬼?」って思ったけど、いや、血まみれのイエス・キリストで、犠牲を表している気がした。実際、舞台下手端には十字架と思われる柱が建っていたし、白いパンツ一丁の須永が皆に責め立てられる場面では、彼の体には(イエスを思わせる)赤い線状の傷跡がたくさん付いていた(戯曲にそのような指定はない)。須永の全身の赤色は、舞台中央の円にはとうとう表出しなかった、太陽の赤なのだとしたら、彼こそが本当の意味での“生(死の反対)”であり、燃える命(=太陽)だったという解釈ができる。間もなく塔の上(ほぼ5階の高さ)から飛び降りて死んでしまうのだけれど。

 モモちゃんは乳房に降りてくる月光を感じると言っていた。夜明けだから本当は太陽の光のはずだが、彼女には見えないのだ。舞台の円は太陽でもあり、月でもある。とはいえ円の内側は黒いままだから、日食、月食にも見える。ずっと、暗く、塞がって、隠されたままなんだ。

 最初ほどではないけれど、最後にも“私”の長い独白があった。「左右のどちらかではなく真ん中に、南北に分かれず38度線の上に、立とうと努力すること。またはピストンに押し出さそうになっても、チューブの中で踏ん張ろうとすること。数秒でもそこに居ようとする(立ち止まろうとする)ことで、自分は生きられる、生きようと思える」といった内容だったように思う。生きることは闘い。

 須永が恋人(鮎子)と心中しようと決めた理由は、「息が出来ないから」だった。まさに今の日本の若者と同じ。そういう社会を、私が、作ってしまったんだと思う。

 全裸の場面についてもっと想像を飛躍させてみた。須永を“赤鬼”とすれば、彼はアメリカ人であり、ケロイドを負ったモモちゃんは日本人である。向かい合う全裸の男女はすなわち、対峙する(または合体している)アメリカと日本だということになる。二人は中央の穴の中に居た。日本という国(=国旗)の欠損(=暗闇、謎、秘密)とは「日本とアメリカとの関係(=蜜月、主従関係)」であり、それはこの芝居の舞台である1950年から既にあったのだと考えられないか…。私がこんな風に突飛な想像をしたのは、以下の書籍の影響が大きい。

 自分が思春期にハリウッド映画にハマっていたこともあり、2008年に赤坂真理さんの「モテたい理由」を読んでから、日米関係がひっかかってきた。だって原爆を落とされたのに、なぜこんなに仲良しなの。2012年に赤坂さんの「東京プリズン」も読んだ(関連エントリー⇒)。

 そして今年、「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」と「日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか」に続き、矢部宏治さんの「知ってはいけない─隠された日本支配の構造」を読んだ。

知ってはいけない 隠された日本支配の構造 (講談社現代新書)
矢部 宏治
講談社 (2017-08-17)
売り上げランキング: 13

 
 以下、ご参考にどうぞ。
 

文学座9月アトリエの会
【出演】
私(三階の先生、三好十郎):大滝寛
舟木(内科医、サナトリウムを作りたい):中村彰男
若宮(柳子に株の指南):若松泰弘
浮山(地下でキノコ栽培・柳子に金の無心):大場泰正
省三(舟木の弟・帰還兵):佐川和正
須永(来訪者、先生を尊敬する演劇研究生、恋人と心中しようとするが…):奥田一平
織子(舟木の妻、クリスチャン):金沢映子
柳子(屋敷の主人、三味線の名手):栗田桃子
房代(若宮の娘、進駐軍で働いている):吉野実紗
モモちゃん(広島で被爆し盲目・フルートが好き):金松彩夏
脚本:三好十郎 演出:上村聡史 美術/乘峯雅寛 照明/沢田祐二 音響/藤田赤目 衣裳/宮本宣子 舞台監督/寺田修 フルート指導/杉原夏海 三味線指導/松永鉄九郎 制作/白田聡、松田みず穂 イラストとチラシデザイン/チャーハン・ラモーン
【発売日】2017/07/29
一般前売り:4,300円
一般当日:4,600円
ユースチケット(25歳以下):2,500円※ 要年齢証明
※取扱いは文学座のみ
当日券は開演の3時間前より03-3353-3566(文学座当日券専用)で予約を承ります。
アフタートーク① 9/10(日)14:00の部終演後
『三好十郎と戦後。その劇世界』鵜山仁+大滝寛+若松泰弘+上村聡史
アフタートーク② 9/16(土)16:00の部終演後
『「冒した者」の創造。美術と衣裳から』宮本宣子+乘峯雅寛+上村聡史       
http://www.bungakuza.com/okashita/index.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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