The end of company ジエン社『物の所有を学ぶ庭』02/28-03/11北千住BUoY

 山本健介さんが脚本・演出されるジエン社の公演は『夜組』以来です。とても面白かった!

 「CoRich舞台芸術まつり!2018春」の審査員として拝見しました(⇒99本中の10本に選出 ⇒応募内容)。※レビューはCoRich舞台芸術!にも書きます。

 ※レビューは2018/06/16に公開しました。

≪あらすじ≫ 公式サイトより 
あなたは私の、ものなのですか。ものは私の、あなたなのですか。私のものは、だれかなのですか。

私達は彼らを「妖精さん」と呼んでいるのだけれど、それは正式名称ではなくて。

妖精さんはある時から、一人、また一人と、この世界に、この国に出現し始めた。今、この庭に仮住まいしている妖精さんは二体で、男女で、二人は兄妹らしい。詳しい事はよくわからない。でも、このまま妖精さんがこの街に住むのは、きっと難しいのではないかなと思う。
妖精さんは我々とコミュニケーションは取れるし、頭だっていい。きっと私たちの言っている事は伝わっている。意味としても言葉としても。でもそれでも、妖精さんたちは「所有」という事が、やっぱりわからないみたいで、万引きだったり、無断で人の物を持ち帰ってしまったり、冷蔵庫の中のおやつをパクパク食べたりしてしまう。
だから私は高校教師だった時の事を思い出しながら一つ一つ、まずは「所有」について、妖精さんたちに教えている。
「名前が書いてあれば」と男の妖精さんは言った。

「分かります。物に、名前がついているという事は、触ってはいけないという事が。なぜ触ってはいけないのかまでは、実はわかりません。すみません。でも、そういう文化なのだといわれたら、それは、そうか、私たちにとっては、聖域にある石と同じような存在なのでしょう。名前が書いてある物に関しては、わかりました、私たちは触らないようにします」

私は、触ってもいいんじゃないか、とは思った。名前が書いてある他人の持ち物に、触ることそのものが悪いのではない。他人の所有物を、尊重しないというか、尊重? 所有とは、尊重のことだろうか? たとえば今私が彼の着ている服を、同意なく脱がせて、奪い取って、持ち帰るのはおかしなことだ。いけない事だ。でも、彼の服に、からだに、私の手が触れる事、それは、そんなにいけない事なのだろうか。

「ハリツメさんには、名前が書かれていない場合の、“物の所有”の見分け方を教えてほしいのです。距離の要素が大きい事は、わかりました。手にしている、身につけている、というものほど、それは“所有”されているのだ、と。でも、時に手を離れて、距離が遠くなっているものも、“所有”されている、ということが、分かりません。物が身体から遠くなったら、それは所有ではないものではないのですか?」

そして妖精さんの彼は、私の体を触る。私は、嫌だ、と言わなくてはいけない。妖精さんは悪気なく、敬愛を込めて私の顔や、肩や、胸を触る。

「あなたには名前が書かれていない。あなたは、触ってはいけない、と言う。名前が書かれていないのに、触ってはいけないのは、なぜですか。」

触られながら私は、なぜだろう、なぜかしら、と考える。どう、教えたらいいだろう。
私の体は、私の物だという事。社会的には、もうあの人の物だという事。お嫁にもらわれた、ということ。もらわれた、という私は、物なのか。人ではないのか。人は、物なのか。あの人の物になって、他の誰にも触られてはいけない私が、いまこうして髪を触られている事は、どうしてよくない事なのか。私はそんな事、教えてもらわなかった。学んでこなかった。教えてほしい。知りたい、学びたい。

私は教師だったのに、何でこんなにわからないんだろう。
≪ここまで≫

 題名通り、さまざまな“所有”について考えを巡らせられる刺激的なお芝居でした。脚本・演出の山本健介さんは“所有”について広く、深く研究・考察されたのではないでしょうか。セリフにはカール・マルクス著「資本論」の言及もあり、土地、家、物、ヒトといった目で見て手で触れられるものだけでなく、いつの間にか姿を変えている心や、私たちを取り巻く世界そのものについても果敢に探求されていました。

 登場人物らは木々に囲まれた庭のテーブルで会話をします。舞台の周囲は財産なのかゴミなのか判別できない物たちであふれており、客席を分断する通路の先(会場の出入り口方面)には森がある設定です。倉庫のような広い会場の柱を生かし、舞台中央奥には鳥居のような出入り口がありました。文明と自然が混ざり合う空間は、結界が貼られた神妙な聖域、もしくは決して立ち入ってはいけない禁忌の異界のようにも受け取れました。“所有”という概念を問うためにあらゆる境界を曖昧にし、定義不能な間(あわい)において出来事を起こしていく、戯曲の仕掛けが見事だと思います。

 感情を動かさないようにする演技は東京の現代口語の会話劇によく見られるもので、この作品もそのうちの1つに数えられるのではないでしょうか。慈善団体のリーダー仁王役を演じた寺内淳志さんは、感情の変化込みでその場、その瞬間を生きるタイプの演技をされており、澄んだ声もまっすぐに届いて、個人的に好印象でした。

 当日配布のパンフレットの文章が面白く、開場時間が楽しかったです。終演後に戯曲本を購入しました。

 ここからネタバレします。

 時代は現在の日本、場所は埼玉。地獄の悪魔に追われて人間界に逃げ込んできた“妖精さん”たちは、人間が吸うと死ぬホウシ(胞子?)が充満する森に住み着きました。“妖精さん”には“所有”の概念がないため、その森に隣接する庭で、慈善団体の人々が人間社会のルールを教えています。まずは女性の“妖精さん”に「チロル」(鶴田理紗)、男性の“妖精さん”に「鈴守」(上村聡)と名付けることから始まりました。現代の移民・難民問題と重なります。名付けという行為そのものが“妖精さん”の文化の破壊ではないかという懸念も示されました。

 女性教師のハリツメ(湯口光穂)は7年前に故郷から失踪しマイナンバーを持っていません。何かと自分の体に触れてくる鈴守との間にほのかな恋が生まれそうな気配あり。慈善団体リーダーの仁王(寺内淳志)は「マイナンバーもゲットできるし僕と結婚しよう」等とハリツメに迫りますが、報われなさそうです。
 この庭は自分の父のものだと主張するクルツ(蒲池柚番)の元夫エムオカ(伊神忠聡)は、致死の森に入り転がる死体の持ち物を採集し、焼却炉で焼いたり、土に埋めたりしています。エムオカの現在の妻ヤノベ(中野あき)は夫を探し求め庭にたどり着きます。男女の三角関係や、持ち主が消え部屋に残された荷物の行方も“所有”の問題提起です。

 皆が集う庭はホウシをまき散らし繁殖する木々に浸食されていきます。北関東から北が日本でなくなり、人間の居住区がどんどんと縮小されるなか、“妖精さん”保護区は法律で広げられていきました。“妖精さん”は定められた区域から出ることが禁止されており、人間の街で見つかると殺されます。慈善団体や庭を提供して“妖精さん”と寄り添おうとする人々がいても、残念ながら、越えられない線を引いて、お互いを隔離するしかないんですね。

 チロルは貨幣という何とでも交換可能な道具を知り、エムオカからお金をもらって街へと出て行きました。欲望をエンジンに法の穴をかいくぐり、容赦なく広まっていくグローバル経済を想起させます。チロルが陶器のカップの“所有”について学んだのがスタバだったことも象徴的です。

 慈善団体のメンバー当麻(善積元)は何にでも意義を唱えたがるシニカルな性格で、仁王に「反対意見ばかり言ってると生きていけない」などと指摘されます。彼の言動から考えされられることが多く、批判精神の重要さが伝わりました。特に私は下記セリフが好きでした。
 当麻:わかったらダメなんだって思ってますけどね。人の気持ちなんてわかったら、終わりだ…… 

 ジエン社といえば同時多発の現代口語会話が特徴のひとつだと思います。今作で特に面白かったのは、違う場所、時間で行われているはずの会話が、同じ空間で、同時に行われることです。するりと会話の相手が変わり、どこで誰と話しているのかをわからなくしたり、話者が突然その場から立ち去ったりします。境界線がない状態を持続させ、空気が変容し続けるのがとてもスリリングでした。庭、森、スタバが重なる場面が楽しかったですね。

 浮遊するホウシを吸うと死ぬ森は「風の谷のナウシカ」の腐界のようですね。一度でも森に入って庭に帰ってきた人間(エムオカ、ヤノベ、当麻ら)は、既に死んでいたのかもしれません。最終的には人間社会と森との面積が逆転していくようでした。
 「私的財産制の矛盾と公共の福祉との折り合いのつけ方」「物の来歴は可視化できない」「尊重が伝わっているなら、(身体に)触ってもいい」など、非常に興味深い指摘が多々あり、異なる座組みでの上演も観てみたいと思いました。

 ハリツメ:所有ってね。そこに存在しなくても、できるんだって。
 ハリツメ:例えば音楽みたいなさ……考え方とかさ。形がなくても、触れられなくても、受け渡すことができるものなら、所有していいんだって。
 チロル:そんな風に教えられてもわかりません。

【出演】
チロル(女性の妖精さん、一人称は「僕」、街に出る):鶴田理紗(白昼夢)
ハリツメ(国語教師、7年前から失踪、マイナンバーなし):湯口光穂(20歳の国)
クルツ(自分が庭の持ち主だと主張、エムオカの元妻):蒲池柚番
当麻(慈善団体のメンバー、反骨精神大):善積元
仁王(慈善団体のリーダー、ハリツメにプロポーズ):寺内淳志
エムオカ(再婚したヤノベを捨てて森に入り死者の荷物を集める):伊神忠聡
ヤノベ(エムオカを探しさまよう):中野あき
鈴守(男性の妖精さん、ハリツメに触る):上村聡(遊園地再生事業団)
脚本・演出:山本健介
音楽:しずくだうみ
舞台美術:泉真
舞台監督:吉成生子
照明:みなみあかり(ACoRD)
音響:田中亮大
衣装:正金彩
宣伝美術:岡崎龍夫(合同会社elegirl)
総務:吉田麻美
WEB:岡崎龍夫
写真:刑部準也
演出助手: 大塚健太郎(劇団あはひ)
制作:ジエン社、有上麻衣(青年団)
助成:公益財団法人 セゾン文化財団
芸術文化振興基金
【発売日】2018/01/28
前売・予約 一般:3000円
当日 一般:3500円
高校生(18歳以下)割引:1000円
※日時指定・全席自由席
※当日、別途1ドリンクのご注文をお願いいたします。
http://elegirl.net/jiensha/monono
http://stage.corich.jp/stage/88865

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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