演出家の宮城聰さんが芸術総監督をつとめる、SPAC-静岡県舞台芸術センターの東京プレス発表会に伺いました(過去エントリー⇒2009年、2010年、2011年、2012年、2013年、2014年[1&2]、2015年、2016年[1&2])。
第一部は「ふじのくに⇄せかい演劇祭2017」と「ふじのくに野外芸術フェスタ2017」の紹介、第二部は「アヴィニョン演劇祭2017」のオープニングに公式招待されたSPAC『アンティゴネ ~時を超える送り火~』についての報告です。
●「ふじのくに⇄せかい演劇祭2017」⇒公式サイト
日程:2017年4月28日(金)~5月7日(日)
会場:静岡芸術劇場/舞台芸術公園/駿府城公園/ほか
⇒残席状況はINFORMATIONページで更新されます。
⇒タイムテーブル(PDF)
司会はSPAC所属俳優の横山央さんと木内琴子さんでした。プレス発表会全体の長文レポートです。気になる演目を選んでお読みいただければと思います。第二部は後日公開予定です。
横山:「ふじのくに⇄せかい演劇祭」はSPAC-静岡県舞台芸術センターが主催し、毎年ゴールデンウィークに開催しています。本年も4月28日~5月7日に静岡県静岡市にあります静岡芸術劇場と、舞台芸術公園にて開催されます。また「ふじのくに野外芸術フェスタ2017」は静岡市にあります駿府城公園をはじめ、静岡市街地で行われます。宮城聰より、今回の演劇祭のテーマと概要について申し上げます。
宮城:今年のテーマは「ギリギリ人、襲来!」です。世界の分断と言われる状況が、この一年でいっそう加速度的に広がっています。私は分断と言われるものの実質が、非常に手強いものだと思っています。俗に先進国と言われている国の国民の中で、しかも権力者と被抑圧者とか、富める者と貧しい者といった古典的な対立ではなくて、むしろ世界全体から見ると恵まれている方に属すると思われる先進国の住民の過半数が、「なんか俺たち損してるな」「なんか俺たち割食ってねえか?」という不満を抱えるようになっている。こういう状況は非常にまずいと思うんですね。
過半数の民衆の「なんか損してる」という思いは、「どこかに得してる奴がいる」につながる。そういう気分の時に、誰かが「あいつらが得してるんだ!」とうまいことを言って、仮想敵が作られる。「あいつらがいけないんだ、あいつらのせいで俺たちは割食ってんだ」というわかりやすい扇動、アジテーションが非常に効果的な土壌、環境が生まれてくる。
一旦、仮想敵を自分のエンジン、エネルギー源にするようになると、次第に自分たちが不遇であることの原因究明はそっちのけになり、「敵を作ることの興奮や、敵を作って生きることが、いかに活気を持った人生にしてくれることか」「敵を持って生きると、なんて楽しいんだ、なんて充実するんだ」という風に、人々が“熱狂”に目覚めてしまう。「熱狂に目覚めた国民は非常に始末が悪い」ということは、日本も1930年代~40年代にかけて経験しています。
あの時期は後から思うほど“暗黒の時代”ではなくて、むしろ皆、熱狂のさなかで楽しんでいたんじゃないかということも、最近の研究では意外にわかってきていたりするんです。「熱狂のさなかに楽しんでいる人」が国民の過半数を占めているので、一部の貧しい人たちが搾取される構図とはちょっと違うんですね。多くの人たちが熱狂して楽しんでいる時に、一つの国が危険な方向へ進む。こういう現象は必ず伝染するので、世界中でそういうことがシンクロして起こる。これは歴史の教訓なのですが、今またそれが起こり始めているようです。
なぜこんなことがもう一度起こってしまうのか。熱狂からのカタストロフ(大きな破滅)を経験した人が、だんだんと世を去っているからでしょう。身をもって経験した人は二度とやっちゃいけないと思っている。でも、そういう人たちがどんどん亡くなってしまう。私たちも含め、初めて熱狂に身を投じる快感を覚える世代が、社会の中心になっています。
熱狂が過半数の人を駆り立てるような状況において、演劇や演劇祭は意味を増してくるんじゃないかと思っています。優れた演劇人の作品は必ず、熱狂に対する醒めた目があるんですね。言い換えれば、「自分がギリギリであること」を笑ってしまう視点です。熱狂はギリギリであること、全速力で疾走することと似ているんだけれども、優れた芸術家の作品には必ず、少し距離を取って自分のギリギリぶりを「俺って、なんて笑えるんだろう!」という風に眺める視点が入っている。それによって作品は普遍性を持つんですね。もしその視点がなければ、同時代には受け入れられても、時代が変われば、あるいは国や地域が変われば、受け入れられないはずなんです。優れた芸術の特性は距離を取る、客観性があることだと思うんですね。
もう一つ、演劇祭というのは色んな外の人を招いてくるものです。つまり外からの目線と、アーティストが自ら自分のギリギリぶりを笑ってしまうという、距離を取る目線がある。お客さんには「ああそうか、熱狂というものに没入してしまってはダメなんだな」と、熱狂している自分をちょっと離れて見つめて楽しんでもらう。「何やってんだろう、今の俺、ギリギリじゃん!」と言って、自分を笑う感覚を持ち込むと、人々は少し冷静になれて、熱狂の行き着く先としてのカタストロフを避けられる…かもしれない。そんなことを期待しながら、今回の「ギリギリ人、襲来!」を掲げました。ギリギリな人ばっかりを集めたプログラムです(笑)。
「ふじのくに野外芸術フェスタ」は昨年から、「ふじのくに⇄せかい演劇祭」と同時期に開催しています。この中の「ストレンジシード」はアヴィニョン演劇祭でいえばオフ、エディンバラ演劇祭でいえばフリンジにあたります。SPACが組んだプログラムとは別に、独立したプログラムとして若手の活気があるカンパニーが集まってくれています。投げ銭方式で無料(タダ)で観られるんですけど、実にクオリティの高いプログラムが揃っていますので、同時に楽しんでいただければと思っています。
最後にメインヴィジュアルについて。「ギリギリ人、襲来!」というコンセプトをもとに、維新派の美術も手がけるアーティストの黒田武志さんがオブジェを作ってくださいました。ポスターも、そのオブジェをもとにした黒田さんご自身のデザインです。
横山:メインヴィジュアルの模型は、演劇祭期間中、静岡芸術劇場の一階ロビーに展示します。お越しの際はぜひご覧いただければと思います。
■ふじのくに野外芸術フェスタ・第71回アヴィニョン演劇祭オープニング招待作品
演劇/日本『アンティゴネ ~時を超える送り火~』
構成・演出:宮城聰
横山:宮城聰演出、SPAC出演の『アンティゴネ ~時を超える送り火~』。「演劇の世界遺産」とも言うべき紀元前5世紀の大傑作『アンティゴネ』を、SPACが駿府城公園の特設ステージで上演します。
宮城:私が戯曲『アンティゴネ』を取り上げたのは、今年のアヴィニョン演劇祭の法王庁中庭での公演に招かれたからです。⇒第二部で詳しく紹介
木内:あらすじを解説していただけますでしょうか。
宮城:アンティゴネとは、オイディプス王の娘の名前です。オイディプスは自分の母と交わり、父を殺したことに気づいて、両目を突いてしまいます。そして王を引退する。オイディプスが引退した後、テーバイの国の王権はオイディプスの二人の息子に受け継がれます。兄がポリュネイケス、弟がエテオクレスです。彼らは1年交代で王様になる約束をしましたが、先に王位に就いた弟エテオクレスが譲らないんですね。腹を立てた兄ポリュネイケスは他国の軍隊とともに、弟エテオクレスを滅ぼすためにテーバイを攻めてくる。テーバイはその戦争にギリギリで勝利するんですが、エテオクレスとポリュネイケスの兄弟は相討ちになり、死んでしまいます。
王位継承者二人が一度に死んだため、王権は伯父のクレオンに渡りました。クレオンは法律を発布します。弟エテオクレスは自分の国のために死んだ人間で、兄ポリュネイケスは自分の国に攻め込んできた反逆者である。国のために戦った遺体はねんごろに弔う。しかし国の反逆者の遺体は弔ってはならない。これを弔おうとした者は死刑に処す、そして遺体は野に晒して野鳥、野犬の餌にする、というものでした。
人が死んだ後、あの世に行く時に手向けをしてあげないと、人はあの世に行き迷い、死にきれない。これはどこの国でも考えられていたことで、古代ギリシャでもそうでした。ですから葬らないということは、その人が現世から死後の世界へ行く道を閉ざすことであり、非常に厳しい、むごい仕打ちなんですね。エテオクレスとポリュネイケスの妹アンティゴネは、伯父クレオンの法律に反対して、「二人とも死んだ以上は等しく弔わなくてはいけない」と言って、ポリュネイケスの遺体を女手ひとつで埋葬する。そして兵隊に捕まり、クレオンの前に引き出され、死刑の宣告を受けます。以上があらすじです。
■演劇/日本『MOON』
作・演出:タニノクロウ
木内:昨年、岸田國士戯曲賞を受賞したタニノクロウが、受賞後初となる新作『MOON』を舞台芸術公園・野外劇場「有度(うど)」で発表します。信頼を寄せるドイツ出身の舞台美術家カスパー・ピヒナーとともに生み出すのは、今までにない観客参加型の舞台。2人の遊び心あふれる仕掛けと、観客の想像力が野外の開放的な空間に奇跡を起こします。
タニノクロウ(庭劇団ペニノ主宰、座付き演出家劇作家):新作なんですよね…ほんとにギリギリの状態なんですよ、今(会場で笑いが起こる)。やることに迷いはないんですけど、どうするか悩んでる最中です。
この作品は観客参加型です。大きな野外劇場「有度」で、お客さん全員と一緒にインスタレーションをつくろう、という作品になるはずです。僕は場所も雰囲気も含め、この演劇祭はとても特別だと思っていて。お客さんはどういう感じでこの場所に来るのかなと考えてみたんですね。まずチケットを買って、東京や色んな所から静岡に来る。そして皆でバスに乗って山の上にドンドコ登って来て、「わあ自然きれいだな、気持ちいいところだな、空気がいいな」という気分から始まっていく。お客さんにとって特別な体験だし、そもそもやってくるお客さんも特別で、場所も演劇祭も特別。そうやって持ち込まれるエネルギーは使えるものだと思ったから、観客参加型になりました。
かなり困難な状況を敢えて用意しています。空間を宇宙に見立てているので、皆さんには宇宙服のようなフルフェイスのヘルメットを被ってもらいます。被ったら最後、顔面が鏡みたいになっているから誰が誰だかわからないんですよ。つまり男か女か、友達か知り合いかもわからない。さらにヘルメットにギュッと押さえられるから耳もよく聞こえないという状況で、我々は繋がり合えるんだろうか、ということを考えました。かなり無茶な状況を設定して、皆で協力しあって、広大な自然と空間の中で、大きなインスタレーションを作る。
状況は用意したけれども、僕も正直どうなるかよくわからない(笑)。皆さんと我々の関係もあるし、あそこの雰囲気もあるので、どう展開するかわかりません。今、演出をして、本を書いているんですが…夢見てるような状態ですね。あの場所で奇跡的な瞬間が訪れて、とても困難な状況で起こる幸福感、達成感のようなものが生まれる作品になればいいなと、夢見ています。期待しててください。
宮城:私から何も申し上げることはありません、タニノさんがやってくれるだけで十分なんです(笑)。2011年6月に同じ会場で上演された『エクスターズ』が、私にとっては極めて衝撃的でした。これに限らずタニノさんのやることは全部、タニノさんがそれまでやってきたことを否定する営みである。こんなアーティストは、そういないです。ともかく何かやってくれれば面白いわけです(笑)。楽しみにしています!
質問:お客さんはヘルメットを被った後、どう動くんでしょう? 何が目的で、どう物語が展開していくんでしょう? 観客全員がヘルメット被るんですか? ただ見ているだけ、ということは想定されていないんですか? ヘルメットの数は限られてるんじゃないでしょうか。
タニノ:ヘルメットは300個、既にSPACに届いてるんです(笑)。300人に出ていただく前提で発注したので、お客さんには参加してもらいます。いえ、もちろん参加は自由ですよ、自由ですけど…300個ありますから。300を超えることは想定してないです。ピッタリ来てほしいです。だって300個あるんですもん(会場で笑いが起こる)。
フラッと来ていただければ、もちろん大丈夫です。作品に参加しやすいように準備の段階から作っているので。明確な目的も具体的に何をするのかも同時に説明して、わかりやすく誘導する形で構成されています。宇宙空間を作るという流れになっているんです。「お月さまの力をもらって、皆でどんどん明るくしていきましょう」というのが目的です。火は使わないです。宇宙という設定ですから空気はないので、火は燃えません。
すっごく広い野外劇場で、ピカピカ光る丸いボールみたいなものが、300個あるんです。誰も何を言ってるかわからないし、顔もわからない…何かしらの扉が開く気がするんですよね…。
質問:「困難な状況」とは、「今の社会が困難である」ということから着想を得たのでしょうか。
タニノ:ドイツ人のカスパー・ピヒナーさんとゼロから一緒に作っています。以前から、もし我々がまた何かを作るなら、どういうことをしようかと話していたんです。
(⇒タニノさんとピヒナーさんのトークのレポート)
(⇒ドイツで滞在製作した『水の檻』の記録[日比野啓])
彼はドイツのベルリン出身で今はカナダのモントリオールに住んでいまして、ドイツやカナダで起こっていることも、常に話しながら作っていきました。彼は移民問題やアメリカの現状をとても身近に感じています。その中で、この作品の種みたいなものが生まれた。宮城さんもおっしゃったように、世界が分断しているような状況は我々も日頃から感じていました。だから、なぜこの作品をやらなくてはいけないのか、どうしてこういうものを作るべきなのかという問いは、作品の初期段階からありました。(それにしても)…300人がヘルメット被ってるって…面白いですよね!
■演劇/ドイツ『ウェルテル!』
演出:ニコラス・シュテーマン
横山:「ふじのくに⇄せかい演劇祭2017」の海外からの招聘演目を順にご紹介します。ドイツ演劇界をリードするニコラス・シュテーマン演出『ウェルテル!』です。文豪ゲーテの名作『若きウェルテルの悩み』を、ニコラス・シュテーマンが音楽や映像を巧みに使い、スピード感溢れる一人芝居に仕立て上げました。1997年の初演から上演回数1千回を超え、世界中の観客をとりこにしてきた人気作がついに日本に上陸します。映画でも大活躍の人気俳優フィリップ・ホーホマイアーがエネルギッシュな演技で暴走するナルシシズムを演じます。
宮城:シュテーマンさんは40代末でトーマス・オスターマイアーさんとほぼ同世代。私より10歳くらい若い方ですが、ドイツの演劇界を担う大関のうちの一人ですよね。SPACが2014年に招聘したシュテーマンさん演出、ゲーテ作『ファウスト 第一部』は非常に素晴らしい作品でした。
その『ファウスト』に出演していた俳優の一人が、ホーホマイアーさんです。主にメフィスト役を演じていました。この人も相当、ギリギリな人です。『ファウスト』は3時間半ぐらいあったんですけど、彼は映画の仕事が直前まで入っていて、本番日の午後3時に来日してるんです。到着した夜にいきなり3時間半の芝居をやる。当たり前のことながら、せりふも全部入ってる。ギリギリ過ぎてブルース・リーみたいな感じ(笑)。こういう人を見るのもギリギリを相対化するのに役立つと思います。
『ウェルテル!』の主人公は熱狂の中に巻き込まれていくんですが、彼自身が自分の熱狂を笑っているところがある。本当に優れた演出家と優れた俳優が全力を出し合ってぶつかると、これほどまでに面白い芝居ができる。その代表だと思います。
■演劇/シリア『ダマスカス While I Was Waiting』
演出:オマル・アブーサアダ
木内:『ダマスカス While I Was Waiting』はシリアの首都ダマスカスで活動を続ける演出家オマル・アブーサアダと、シリアからの亡命を余儀なくされた劇作家ムハンマド・アル=アッタールが議論を重ね、この地に生きる人々の姿をリアルに描いた作品です。複雑な情勢の渦中で日常生活を営む人々の不安や希望が観客の目の前で浮き彫りになっていきます。昨年5月に発表され、ヨーロッパ各地の演劇祭で上演されて大きな話題となったこの作品を、いち早く静岡でご覧いただきます。
宮城:私は昨年夏にこの作品を観て…びっくりしました。シリアのことは毎日のようにニュースになっていますよね。そのシリアで実際に演劇を作っている人たちが、目の前に現れて生身の肉体で演劇という、ある種“普遍的な営み”をする。妙な言い方ですが、演劇というものは誰がどこで作っても、とても似ているんですね。その普遍的な営みを今シリアで生きている人の肉体がやることで、現実に対して私たちがいかに鈍感になっているかを、びっくりさせながら、気づかせてくれる。膨大な情報の中で私たちがいかに身体感覚に対するセンスを奪われてしまっているかを、衝撃とともに突きつけられた作品でした。
Message video from Mr. Omar ABUSAADA, the theatre director of Syria.
He will bring “While I was waiting” to our World Theatre Festival Shizuoka 2017, May 3, 4 at Shizuoka Arts Theatre.
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“While I was waiting” is based on the real story of man who was assaulted by the regime in Damascus, became unconscious and died after that two months.
This is about the story of Damascus in 2015.
It shows the changes of that family and close friends around the unconscious man.
Moreover, this work shows not only that unconscious man, but also the situation of all the young people who actively participated in the dissident regime of 2011, which we call Arab Spring.
I am delighted with this valuable opportunity to perform in Japan for the first time.
I think that this work will throw many questions into the Japanese about what is happening now in Syria.
It may also indicate on an aspect of fact that is different from the information available on the website etc.
I believe that theatre is a place to share an aspect of fact.
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■演劇/フランス・ドイツ『腹話術師たち、口角泡を飛ばす』
構成・演出:ジゼル・ヴィエンヌ
横山:フランスの異才ジゼル・ヴィエンヌ演出『腹話術師たち、口角泡を飛ばす』は、人形を用いて人間のダークサイドをえぐる衝撃作です。ヨーロッパ演劇界でも異彩を放つジゼル・ヴィエンヌと、アメリカのゲイ・パンク文化をリードし続けるデニス・クーパー。2014年の本演劇祭でも話題をさらった二人が、ドイツの人形劇団パペットシアター・ハレと共同でかつてない会話劇を生み出しました。アメリカに実在する腹話術師たちの国際会議をモデルに、9人の腹話術師たちが個性豊かな人形とともにブラックユーモアたっぷりの軽妙なトークを繰り広げます。最高にダークなパペットショーをぜひお楽しみください。
宮城:ジゼル・ヴィエンヌさんは相当イカレた人なんですよ(笑)。超エリート、超お嬢様ですね。そして質問に対してこれ以上の正解はないぐらいの正解を答える、完璧な学級委員タイプ。なのに、作品の危なさが尋常じゃない。大変なギャップを内側に抱えた女性なんです。今回は相棒というべき俳優のジョナタン・カプドゥヴィエルさんが人形劇団ハレの役者たちに混じっています。ジョナタンは私から見るとかなりヤバい奴だったんですが、そのジョナタンの影が薄くなるほどヤバいおじさんたちと共演している感じ(笑)。「これほどギリギリな人たちもそういない」というギリギリな人たちが直に観られますので、楽しみにしていてください。
「ふじのくに⇄せかい演劇祭」で上演するジゼル・ヴィエンヌの『腹話術師たち、口角泡を飛ばす』は前回の『Jerk』に続きデニス・クーパーの作。実際にケンタッキー州で毎年開催される腹話術師の国際会議がモデルです。『Jerk』での圧倒的技術で魅せたジョナタン・カプドゥヴィエルも出演。
— narushima yoko (@ynarunarugo) 2017年2月26日
■演劇/イタリア『六月物語』
構成・演出・出演:ピッポ・デルボーノ
木内:『六月物語』はイタリアのピッポ・デルボーノによる一人芝居です。2007年に本演劇祭の前身となる「Shizuoka 春の芸術祭 2007」で初来日し、『戦争』『沈黙』の2作で衝撃を与えたピッポ・デルボーノが10年ぶりの来日を果たします。簡素な舞台にデルボーノ自身が立ち、即興で語られるのは彼の壮絶な人生。そこに寓話、愛や自由についての詩の数々が挟み込まれ、言葉は重なり合い、普遍的な物語へと紡がれていきます。
宮城:ピッポさんは私と同い年で、私にとってはライバルというか、彼のことを考えると自分の励みになる存在の一人です。世界に絶望した後、どうやって希望を取り戻していくのか。どういう希望を掴んで生き続けるのか。もう生きていてもしょうがないところまで行った後で、どうやって生き続けるのか。それを、身をもって見せてくれている人です。
彼は精神病院で出会った人たちをはじめ、アウトサイダーたちとの出会いによって、生きる側になんとか戻ってきた。アウトサイダーたちを自分の劇団の劇団員にして、ずっと1年中そのメンバーで、ほとんど世界中を旅しています。この旅そのものが私にとってはとても励ましになっているわけです。
『六月物語』はピッポさんの作品にはめずらしく、彼しか出ません。なぜこういう作品があるかというと、ピッポさんはHIVポジティブで、ある時期にもう自分の残りの人生がそう長くないと考えていたんですね。例えばパリで1ヶ月公演すると通常、月曜日は休演日になる。しかし彼は休演日でも休みたくないんです、自分の残りのステージが指折り数えるほどしかないと思っているから。だから休演日に劇団員は休ませるけど、自分は休まずに一人芝居をやっていた。それがこの『六月物語』。自伝です。今回、それこそギリギリのスケジュールの中、本当にとんぼ返りでやってきて、自分の人生について話してくれます。きっと励まされると思います。
※ピッポ・デルボーノ・カンパニーは2011年、ピッポ・デルボーノさんの体調急変により来日が叶わず、公演中止(⇒代替公演の紹介エントリー)。
■静岡音楽館AOI×SPAC-静岡県舞台芸術センター 共同事業
ふじのくに⇄せかい演劇祭2017連携プログラム
『1940 ―リヒャルト・シュトラウスの家―』
演出:宮城聰 音楽監督:野平一郎(静岡音楽館AOI芸術監督) 脚本:大岡淳(SPAC文芸部)
横山:いよいよ最後の演目紹介となりました。「ふじのくに⇄せかい演劇祭2017」連携プログラム『1940 ―リヒャルト・シュトラウスの家―』は、静岡音楽館AOIとSPAC-静岡県舞台芸術センターが5年の構想期間を経て実現させた共同プロジェクトです。AOI芸術監督・野平一郎とSPAC芸術総監督・宮城聰がタッグを組み、音楽と演劇による歴史物語をお贈りします。本作の脚本を担当する大岡淳から作品をご紹介いたします。
大岡:SPAC文芸部に所属しております、大岡です。静岡駅前にある静岡音楽館AOIという音楽ホールは、静岡市が持っている公立の文化施設です。現代音楽の作曲家である野平一郎先生が監督をされています。SPACは県立の劇団ですので、市立の音楽ホールと県立の劇団によるコラボレーションとなります。
1940年に日本が皇紀2600年を祝う祝賀イベントを開催し、リヒャルト・シュトラウスがそのための奉祝曲を提供しました。宮城芸術総監督から、このエピソードとリヒャルト・シュトラウスの家をモチーフにと言われ、私が脚本を担当しております。芝居のパートと演奏のパートを交互にご覧いただく形式になるんじゃないかと予想しています。
1940年、昭和15年は翌年が太平洋戦争開戦の年にあたります。「開戦前夜」であり、宮城の言葉を借りると「熱狂前夜」という状況です。東京では「贅沢は敵だ!」というスローガンが既に掲げられていた。そう言うくらいですから、贅沢している人はまだまだいたんですね。東京の消費文化はまだ華やかで、散りきっていなかった。とはいえ日中戦争は始まっており、1940年には東京オリンピックと万国博覧会も予定されていましたが、この2大イベントは中止されました。日中戦争に物資を提供しなくてはならならず、大型の公共事業はもうやれなかったんですね。オリンピックも万博も諦める、だけどこれだけは絶対やろうと、政府が主導して取り組んだのが「紀元二千六百年(皇紀2600年)記念行事」。神武天皇即位から数えて2600年目をお祝いするイベントでした。
奉祝曲を提供してくれた世界各国の作曲家たちの中で、一番大物だったのがリヒャルト・シュトラウスです。当時のドイツでは反ユダヤ主義的政策が進んでいたので、ユダヤ系の作曲家、芸術家たちはほとんど亡命していた。シュトラウスはユダヤ人ではないので国内に残ることができ、ナチスから高い地位を与えられていましたが、実際はヒトラーやドイツ宣伝相ゲッベルスと心情的には組みしていないところがありました。弾圧を受け、いつ殺されてもおかしくない状況にありながら、轟然と作曲活動を続けていく。戦後になると、シュトラウスはナチスとの関係を取り沙汰されていきます。
また、1940年は日独伊三国軍事同盟が締結された年です。どういう人たちが彼に奉祝曲を依頼したのか、私は想像を膨らませております。南ドイツのガルミッシュにあるリヒャルト・シュトラウスの家を舞台に、ドイツ駐在の日本人の人間模様なども織り交ぜながら、どうして日本はドイツ、イタリアと組んで戦争に向かっていくことになったのか、どうしてシュトラウスは日本のためにお祝いの曲を書いてくれたのか、戦争前夜の彼らはどういう状況に生きていたのか。そのあたりをお芝居と音楽を織り交ぜて描きます。
AOIが一流の音楽家の方々を揃えてくださったので、我々も負けないようなお芝居を作って、面白いコラボレーションで演劇祭を飾りたいと思っています。
宮城:1940年という年と、リヒャルト・シュトラウスという人物。私はこの二つに前から関心がありました。1940年はオリンピックと万博が行われようとしていた。今の日本と似ていますよね。そして観光ブームの年でもあった。今だとNHKの大河ドラマゆかりの地に急に沢山お客さんが来たりしますよね。1940年は皇紀2600年ということで、天皇にまつわる事について騒いで、日本中ですごい観光ブームが起こり、大衆消費社会が華やかだった。それも今の日本とけっこう似てるんじゃないか。
リヒャルト・シュトラウスは私にとって痛切な作曲家です。個人的に好きな曲がいくつもあります。「4つの最後の歌」(歌曲”Vier Letzte Lieder” /1948年)、「メタモルフォーゼン」(弦楽合奏曲”Metamorphosen” /1945年)はドイツが負けた後に書かれたおそるべき傑作です。それより前の、いわゆるワーグナーの楽劇の流れを汲む「エレクトラ」には私自身、演出家として影響を受けました。
そういう天才中の天才であるリヒャルト・シュトラウスが、ヒトラー宛に書いた手紙がありまして、何年も前に読んで衝撃を受けました。情けないというか…文面的にはなんとか取り入ろうとして、媚びへつらっているんです。なぜリヒャルト・シュトラウスほどの世界の歴史に残る大天才が、ヒトラーにこんなに惨めな内容の手紙を書くことになったのか。もし彼が19世紀に生まれていたら、こんなことにはならなかったんだろう。とある時代に生まれたアーティストの一種の悲劇なのかなと思っていました。
でもリヒャルト・シュトラウスの立場を考えてみたら、私は彼ほどの天才ではないけれども、明日はわが身なのではないかという気がしてきたんです。皇紀2600年の奉祝曲をオーダーされた時、リヒャルト・シュトラウスはどう思ったんだろう。「これを受けたら交換条件として、こういうことができる」「これを受けておけば、こういう風に思ってもらえる」など、いろいろ考えて受諾したのではないか。もし私たちの劇場にこれと似たような話が来たら、私たちはどうするんだろう…。そんなことをすごく考えてしまうんですね。今、歴史的な事実を大岡さんにつぶさに調べていただいて、戯曲に起こしてもらっているところです。
■静岡ストリートシアターフェス「ストレンジシード」
木内:「ふじのくに野外芸術フェスタ2017」では、静岡市の「まちは劇場プロジェクト」と連携し、静岡ストリートシアターフェス「ストレンジシード」を開催いたします。昨年よりウォーリー木下さんがプログラム・ディレクターを務め、今までの常識や領域を超える注目のアーティストたちが続々と静岡に集結し、街を舞台にパフォーマンスを繰り広げます。
ウォーリー木下(sunday/オリジナルテンポ):インターナショナルなフェスティバルに参加した時、野外でフリンジ的に、地元の人たちがパフォーマンスをしているのを観たんです。それに影響を受けて自分も10年ぐらい前から、野外の作品を作るようになりました。
JR静岡駅から徒歩15分ほどの駿府城公園で、SPACの野外公演『アンティゴネ(略)』が上演されます。静岡ストリートシアターフェス「ストレンジシード」では、その会場と静岡駅の間に3つほどステージをつくり、いろんな演目を上演します。
1.市役所ステージ
市役所前の大きな階段が客席で、アーティストは階段の下でダンス、演劇を披露します。
2.学校ステージ
今は使われていない小学校のグラウンドをステージにします。
3.お城ステージ
駿府城公園にはお城はないんですが、芝生がたくさんあります。その一角でパフォーマンスをします。
【みんなに広がれ!】会場地図、タイムテーブルがアップされました!https://t.co/eh1i7nj8Kb
— ストレンジシード (@SSTFstrangeseed) 2017年3月28日
今回は16組のアーティストが参加します。参加者には野外の仮設舞台ではなく、街の空間を使った演劇やダンスを作っていただきます。日本の劇団やダンスカンパニーが野外で公演をすることは多くはないので、作る側にとって貴重な機会だと思います。僕の場合も、劇場と野外では作るものが全然違います。
たとえば雨が降ってきたり、怒号が飛び交ったり、救急車が通ったり。昨年は風が強くてテントが飛んで行ったりしたんですけど、そういう滑稽なこともありながら、どうやって作品を作品たらしめるか。作る側は、自分たちの作品がどれくらいの強度を持っているかが試されます。お客さんを巻き込みながら、自分たちがやりたい根っこの部分を見つめるためには、野外という要素は重要です。
静岡の場合、チケットを買って劇場に行く行為自体がまだまだハードルが高い。公演情報すら手に入らなかったりします。今回の野外フェスティバルでは、テーマの「ギリギリ人」にある通り、ギリギリの人たちが野に放たれて、突然お客さんの目の前に現れ、通行人が演劇体験をすることになります。それをきっかけに、こういうものが世の中にあって、自分たちの町を変容させて、自分たちももしかしたら演劇の一部になれるかもしれない…と思ってもらえればいいなと思います。
最後に、静岡市民の皆さんにも参加してもらえる企画を考えています。一つはダンスカンパニーBaobab主宰の北尾亘さんが、現地で一般公募した方々と一緒に作るダンス作品。もう一つは『RPC(アール・ピー・シー/リアル・プレイ・シティ)』という名称で、僕が企画・総合演出をします。静岡の小劇場の演劇人とダンスカンパニーの方々と一緒に、静岡発の企画ができないかと昨年から考えていました。
『RPC』は静岡の目抜き通りから一本横に入ったところにある、七間町という商店街が舞台。簡単に言うと、ロール・プレイング・ゲームをリアルな町でやってみよう、役者だけでなく静岡市民を何十人も巻き込んでやろうという企画です。お客さんは「勇者」や「魔法使い」になり、地図を手に商店街の色んなお店に入って、店主の方々と話をする。やがてゴールが見えてきて最後はお姫様を助けるという筋立てです。お店はいつもと違う名前になって、店主も何かを演じてくれます。5月5、6、7日の3日間、朝10時から夜6時までやっています(6日のみ夜8時55分まで)。ぜひ注目してください。
質問:参加者選択の基準などを教えてください。
ウォーリー木下:まずポップであることが重要です。町の中で何かをやると暴力的なことになりやすいので、入り口はなるべくやさしい方がいい。「なんだろう、この変な人たちは?」と不思議に思うぐらいの敷居の低さで、観客や通行人がすんなり受け入れられるものがいいなと思って選んでいます。また、普段劇場でやっているものをそのまま野外で上演しても面白くないので、空間に合わせて変容させながら新しい作品を生み出していくことに期待できる人たち。あとは、なるべく全国各地からという思いもあり、今回は仙台、大阪、京都からも来ていただきます。
横山:駿府城公園では、このほかにも宮城聰がアーティストや論客とともに演劇、フェスティバルについて自由に語り合う「広場トーク」も開催します。パネリストに静岡県出身の漫画家しりあがり寿さん、ロフトワーク共同創業者、代表取締役の林千晶さんを迎えます。司会はフリーアナウンサー中井美穂さんが務めます。
⇒第二部に続く(後日公開予定)。
■ニュースなど
Web静新: 不遇の時代、肉体に焦点 ふじのくにせかい演劇祭 SPAC https://t.co/vWz8OecNt9 #静岡新聞
— 静岡新聞 (@shizushin) 2017年2月16日
県庁での「ふじのくに⇄せかい演劇祭2017」記者発表会だん。ギリギリ人襲来の「ギリギリ」は、何かと何かの境界線上に立っている、能力の限界に挑戦しているようなもの。人間に、肉体にフォーカスした演劇祭ですと宮城さん。
— narushima yoko (@ynarunarugo) 2017年2月16日
現代アート情報サイト「ART iT(アートイット)」にて「ふじのくに⇄せかい演劇祭2017」をご紹介いただいています♪
読み応えたっぷりの内容ですので、是非ご覧ください!https://t.co/V3HifH8zAy#festivalshizuoka17— SPAC-静岡県舞台芸術センター (@_SPAC_) 2017年4月2日
「ふじのくに→せかい演劇祭2017」“ギリギリ”な宮城聰とタニノクロウが構想語る https://t.co/rX1WmUkAVG pic.twitter.com/blQtTAPhwG
— ステージナタリー (@stage_natalie) 2017年3月29日
エントレより> 世界の演劇作品が静岡にやってくる! 「ふじのくに⇄せかい演劇祭」がGWに開催 https://t.co/ZNYfNGQPnp
— VAC (@VillageADClub) 2017年3月23日
世界最先端の演劇&日本の人気劇団らが集結!「ふじのくに せかい演劇祭」とは? https://t.co/RT2I2RNuaw #festivalshizuoka17 #森山開次 #柿喰う客 #タニノクロウ #庭劇団ペニノ #ウォーリー木下 #大岡淳 #dazzle pic.twitter.com/5RB3aC3CaB
— エンタステージ (@enterstage_jp) 2017年4月5日
[インタビュー]今、ギリギリの世界を面白がるための演劇祭。宮城聰とタニノクロウが語る、『ふじのくに⇄せかい演劇祭』での挑戦。「爆笑ではなく、ニヤニヤでいい」と語る宮城の胸の内に迫る。 https://t.co/q1XnEItw8f
— CINRA.NET (@CINRANET) 2017年4月7日
舞台芸術公園内の茶畑では、朝早くから近隣の農家さんの手で、茶畑の「ならし」の作業がはじまりました。古い茶葉を刈り込んで堆肥をまき、新芽を待つのだそうです。「ふじのくに⇄せかい演劇祭」では4/30にここで「お茶摘み」体験ができます!https://t.co/wL6CS8dfaa pic.twitter.com/iR99NLQiAS
— 静岡県舞台芸術公園 (@_spac_hirasawa) 2017年3月16日
静岡も演劇祭もディープに味わう「みんなのnedocoプロジェクト×ふじのくに⇄せかい演劇祭2017」おかげさまで続々とお申込いただいており、なんと受付終了のnedocoが!【締切:@富士山の見える丘/@街の真ん中】 https://t.co/YWiZ45x6n3 #nedoco
— シズオカオーケストラ (@shizuoka_orche) 2017年3月15日
今年のふじのくに⇄せかい演劇祭の「ギリギリ人、襲来!」って変なキャッチフレーズだな〜と思っていたが、今頃になって、井上ひさしの『吉里吉里人』のもじりであることに気がついた。この本読みたいのだが、字が小さすぎて無理。改版希望。https://t.co/00bTV9FhEQ
— ぼのぼの (@masato009) 2017年2月18日
SPAC「ふじのくに⇄せかい演劇祭2017」東京プレス発表会
日時: 2017年3月28日(火) 13:00~14:30
会場: アンスティチュ・フランセ東京(旧・東京日仏学院)内「エスパス・イマージュ」
登壇者:
タニノクロウ(庭劇団ペニノ主宰、座付き劇作・演出家)
ウォーリー木下(sunday/オリジナルテンポ)
木津潤平(建築家、木津潤平建築設計事務所代表)
大岡淳(演出家・劇作家・批評家、SPAC-静岡県舞台芸術センター 文芸部)
美加理(SPAC俳優)
宮城聰(SPAC‐静岡県舞台芸術センター芸術総監督)
演劇祭特設サイト:http://www.festival-shizuoka.jp
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