【写真レポート】SPAC「宮城聰による舞台芸術の日仏交流に関する講演会」03/22日仏会館

 宮城聰さんが芸術総監督をつとめるSPAC・静岡県舞台芸術センターが、今年もゴールデンウイークに「ふじのくに⇄せかい演劇祭2016」を開催します(過去エントリー⇒)。ラインナップ発表会と合わせて宮城さんの講演会が開かれました。

 ●ふじのくに⇄せかい演劇祭2016公式サイト
  日程:2016年4月29日(金・祝)~5月8日(日)
  会場:静岡芸術劇場/舞台芸術公園/駿府城公園

(写真提供:SPAC)
(写真提供:SPAC)

 講演会とラインナップ発表会の2つに分けてレポートします。録音した内容をほぼ全て掲載しているので長文です。短くまとまった記事は以下のツイートのリンクからご覧ください。

【 宮城聰による舞台芸術の日仏交流に関する講演会 】
 登壇者:宮城聰(演出家・SPAC芸術総監督) 聞き手:大岡淳(SPAC文芸部)

大岡:SPAC静岡県舞台芸術センターは静岡県が設立した劇団で、多数の劇場も持っている集団です。公立の劇団は日本では珍しい存在ですが、我々が日本唯一ではなく、たとえば兵庫県にはピッコロシアター、茨城県水戸市には劇団ACMがあります。活動の規模、内容を考えると、日本の公立劇団の中では我々がトップランナーではないかという自負は持っております。スタッフ、俳優が何人も所属していて、常に創作活動に励み、世界レベルの作品作りをモットーとして活動しております。同時に、今の日本の観客に紹介すべき優れた、先進的な作品を海外から招聘して、「ふじのくに⇄せかい演劇祭」でご覧いただきます。あるいは世界から優秀な演出家を招聘して、SPACの俳優、スタッフとコラボレーションして作品を作ってもらう、そういう活動もしております。
 劇場に専属の劇団が存在し、そこで創作活動をしているのはヨーロッパでは珍しいことではなく、むしろスタンダードです。でも日本にはこのようなシステムが根付いていません。そういう意味では我々が先駆けて世界標準の作り方、施設の運営、集団の運営に取り組んでいると言えるかもしれません。また、これは静岡県の取り組みであることをご承知いただきたいと思います。

大岡淳さんと宮城聰さん(写真提供:SPAC)
大岡淳さんと宮城聰さん(写真提供:SPAC)

大岡:これから宮城さんにお話を伺っていきます。我々はフランスと深い関係を持って活動をしてきました。宮城さんは演出家個人としてもSPACという集団としても、フランスと、あるいはフランスにかかわりの深い演劇人たちと、色んな活動をしてきた経緯があります。まずはフランスの演劇と宮城さんの演劇がどういう風に出会ったのかをお話しいただけますでしょうか。

宮城:大学で渡邊守章先生のゼミに入ったんですね。たぶんそれが初めてのフランス現代劇との出会いだったと思います。大学時代には小田島雄志先生からシェイクスピアも少し習いましたけど、僕は全然真面目な学生じゃないんで(笑)、大学には行っても授業にはあまり出なかったんですね。守章先生はフランス語は教えてらっしゃいましたけど、演劇そのものを講義されるのは珍しかった。シラバスに「初めて演劇についてゼミを開いてみる」と書いてあったので、参加してみたんです。そしたら、フランス革命を描いた太陽劇団の『1789』という、集団創作の記念碑的作品のフィルムを守章先生がわざわざ借りてらして、1回の授業では半分しか観られないので、前半と後半の2回に分けて流して下さった。英語字幕だけだったので全部は分からなかったけど、あんまりにも面白いというか、こんなに活気のある演劇は観たことがないなと思いました。守章先生はそのゼミで現代のフランスのお友達の、色んな演出家の話もされていて、そのあたりが一番最初の出会い方だったと思います。

大岡:アリアーヌ・ムニューシュキンが演出した『1789』は祝祭性の強い、華やかな歴史劇にして祝祭劇といった作品ですね。

宮城:ええ、今、しゃべっていて気がつきました。ちょうど『イナバとナバホの白兎』という新作を作ってるんですけど、あの映画で見た『1789』が忘れられなくて、「また自分でもああいうものを作ってみたい」と思ってやってるようなところがあるんですよ。本当に今、集団創作で、台本も俳優たちが作るやり方をしてるんです。

大岡:ムニューシュキンという演出家自身が日本文化の造詣も深く、日本の演劇から色んなものを取り入れてやろうとしている人です。それに対して宮城さんが、ある種のレスポンスとしてフランスとかかわるのは非常に意義深いことと思います。フランスで宮城作品を上演した最初のケースはどういうものだったんでしょうか?

宮城:最初は『王女メデイア』でした。フランス南東部のグルノーブルの演劇祭が招聘してくれて。演劇祭では野外の会場とかテントとか色々ありましたけど、僕らが上演したのはグルノーブルの真ん中にある、本当に古い劇場でした。ヨーロッパの古い劇場はいわゆるイタリア式で、前の席と後ろの席との間がとても狭い。「遅刻した観客はどうやって入るんだ?」っていう構造で(笑)、とっても面白かったです。

『王女メデイア』舞台映像(写真提供:SPAC)
『王女メデイア』舞台映像(写真提供:SPAC)

大岡:『王女メデイア』はエウリピデスの悲劇を、日本の近代の歴史と重ね合わせた演出になっていました。

宮城:『王女メデイア』を作ったのは1999年で、海外での上演をかなり意識したものでした。グルノーブルでやったのは2001年ですね。

大岡:韓国の女性とおぼしきイメージのメデイアを、日本の紳士たちが操り人形のように操っている。ある種のメタフレームが設定された、日本の近代史の文脈に則した演出だと思います。フランスで上演された時、この枠組みがどう受け取られるのかはスリリングだったんじゃないでしょうか。フランスのお客さんはどういう感じでしたか?

宮城:モスクワでやった後、モロッコ、ローマ、グルノーブル…というツアーをしたんです。その頃の僕はいったん海外に出たら、なるべく長くツアーしよう、あんまり日本に帰ってきたくない…というぐらいに思っていて。モスクワまで行ったらヨーロッパまで行っちゃおうという。「全然近くないじゃないか!」って感じですけど(笑)。そしたらモスクワでやった時の噂を聞いて、グルノーブルまで観に来る人がいて、本当に驚いたんですね。ヨーロッパの演劇界の情報網はすごく、ある意味、狭いというか。それには驚きました。
 お客さんは色々です。グルノーブルの地元の演劇好きの方々は「きれいだった」と、いいことをおっしゃって。中には歴史的な文脈を読み解いて、それを自分たちにも重ね合わせられるという、プロの方もいらっしゃいました。ギリシャの歴史はひとことで言うと、アジアに対する侵略の歴史なので、「ヨーロッパ人にとっても他人事とは思えない」という感想でしたね。

大岡:打てば響くところがあったんですね。
宮城:そうですね。

(写真提供:SPAC)
(写真提供:SPAC)

宮城:さっき申し上げたように『王女メデイア』は海外でやることをかなり意識した演出でしたが、言葉と動きを分けるやり方は、僕がク・ナウカを設立した1990年からやってるんです。その時点から「言葉の壁を超えたい」「日本人以外のお客様に観てもらいたい」と思って、動きと言葉を分けたんですね。このやり方をすることで、日本語のスピーカーじゃない人にも観てもらえるんじゃないかなと思って。最初のうちは、「美学的なこと」というのかな…ひとことで言うと、「美しいものを作る」「美しいものはユニバーサルだ、世界に通用するんだ」という風に考えていた。たとえば「日本の美術が世界で評価されるのは、それが美しいからだ」と、僕は単純に考えていたんですね(笑)。

 そういう風に考えていたのは1995年の『エレクトラ』まで、いや1996年の『天守物語』までかな…。その頃に、「美しいということだけではダメなんだ」と、鈴木忠志さんから指摘されたんですよね。指摘っていうほどダイレクトじゃなかったんだけれど、ちょっとした雑談の中で。僕にとっては本当に、とても大きなひとことだったんです。「美学的な問題は普遍的じゃない」「きれいとか美しいとかは普遍的にならないんだ」と鈴木さんがおっしゃって、すごく驚いた。僕の考えと正反対でした。その時はすぐには飲みこめなかったんだけれども、なんといっても鈴木さんは海外で最も上演されている日本人演出家だから。どういうことなのかなと僕も考えたんです。

 ヨーロッパのお客さんは芝居を観た後に、一緒に観た友達と議論をするんですよね。あーじゃないか、こーじゃないかって。日本のお客さんは、たとえば歌舞伎座だと「きれいだったわねぇ~」「で、何食べる?」となる(笑)。フランスとかで芝居を観終わったお客さんは、場合によっては、そばに居ただけの他人とも議論してるんですよね。「ああ、そうか、芝居を観て論じることができなければ、ヨーロッパの演劇ファンにとっては一次的なもので、短い間の娯楽として終わっちゃうんだなぁ」と思ってね。「きれいだったわね」だけで終わっては、人から人へとつながっていかない。「あれにはこういう問題があって、私はこう思ったが、こういう風に言う友人もいた」といった話ができないと、伝わっていかないのかなと思ったんですね。

 『王女メデイア』の前に作ったのが『桜姫東文章』だったと思うんですが、後から考えるとその『桜姫東文章』までで、僕は美学的な追求に行き詰まっていたんです。『桜姫東文章』では、最初はお姫様だった主人公の桜姫が水商売へと転落し、しゃべり方も変わっていく。どういう衣装なら面白いかと考えて、着ている物の“緯度”がだんだん南下して、最後はベトナムの服になっていくようにしました。そういう見た目を面白がってくれる人もいるんだけれど、それ以上どうしたらいいのか。毎回思いつきの世界になってしまって。思いつきっていうのは偶然ある時も、全くない時もありますからね。そうじゃなくて、何かそこに議論できるイシュー(issue、議論されるべき課題)を込めておけば、毎回コンスタントに演出ができるんじゃないか。『桜姫東文章』の後のちょっとしたスランプの時に、考えに考えて、もう次はど真ん中に速球を投げ込むしかないなと思って『王女メデイア』にしたんです。まさにど真ん中に投げた直球(笑)。『王女メデイア』のころのアテネ、ギリシャって、戦前の日本にすごく似てると思って、そこにイシューを込めた演出にしてみたんですね。

大岡:SPACの芸術総監督になられる前の、ク・ナウカというカンパニーでのお話ですね。鈴木忠志さんは「芸能は共同体で、みんなで共有するものだけれど、芸術はそれを超えていくものじゃないか」という言い方をされています。共同体の感性の中で「言わなくてもわかるよね」「美しいよね」と共感を確かめるのではなくて、「なぜ、美しいと感じたのか」と意見を言ってみる。これがたぶん演劇の公共性だと思います。我々の演劇祭もそういう公共の場になりつつあると思うんです。多様な場所からやってきた人々が、出会って、お互いに「なぜそう感じたのか」と意見交換をする。おそらくフランスの劇場には自然とそういう公共性が備わっていて、宮城さんは『王女メデイア』を介してそれに触れられたのかなと思いました。

(写真提供:SPAC)
(写真提供:SPAC)

大岡:今回の新作『イナバとナバホの白兎』は、ケ・ブランリー美術館の開館10周年記念として委嘱されました。ケ・ブランリーとの出会いを教えて頂けますでしょうか。

宮城:2004年だったかな、パリで1か月間、ク・ナウカが公演をしたんですね。パリではある程度、長く上演していないと、本当に観る目を持ったパリのシアターゴーアーが観る演目のリストに入らない。2~3日だけの公演は親善試合というか(笑)、対等な試合として扱われず、ゲスト枠にしかならない。異文化紹介ネット的なものに思われてしまって、演劇というよりイベントみたいなものになっちゃう。パリの芝居を観てる人が、ク・ナウカという無名の新人を、何の先入観もなくどう評価してくれるのか。僕はそれを試したかった。

 2004年1月の1か月間のパリ公演では、『天守物語』『トリスタンとイゾルデ』『マクベス』の3演目をやりました。『天守物語』の反応は賛否両論というか、「がっかりした」という反応もみられて、「ああ、そうなのか…これではダメという人もいるんだ…」と僕は正直、すごく驚いた。『天守物語』はアジアの色んな国でやっていて、どの国でも一目で、「これは伝統劇そのものではない。伝統と現代を出会わせた演劇だ」とわかってくれたんです。これ、とっても面白いし、不思議ですよね。アジアだとどの国の人も皆、伝統と輸入してきた近代との境目で、板挟みで生きているので、『天守物語』を観るとその問題にすぐに結びつけてくれるんです。でもヨーロッパだとそうとも言い切れなくて。娯楽という範疇で受け止める人もいた。アジアでわかってもらえた問題意識が、ヨーロッパでは必ずしも通じるわけでもない。

 『天守物語』は1週間やってたんですけど、これは演目の選択に失敗したかな…と内心思ってたんですね。その後の『トリスタンとイゾルデ』と『マクベス』の方がずっと評判が良くて。ただ「捨てる神あれば拾う神あり」というか、何が幸いするかわからないんですけれど、当時、音楽系のホールのディレクターをやっていた方が『天守物語』をいつの間にか観に来てたらしいんです。僕は全然知りませんでしたけど。そのパリ公演の3か月ぐらい後だったかな、突然Eメールが来て、「2006年にパリに新しい国立美術館を作る。その中に劇場があるから、そこで君たちにこけら落とし公演をやって欲しい」という内容でした。最初はいたずらかと思ったんですよ(笑)、「そんなバカな!」「変ないたずらをする人がいるもんだ」と。でも、ちゃんと連絡先が書いてあって…まあ本当だったわけなんですけど。

 フランスにありがちなことなんですが、ケ・ブランリー美術館自体は2006年6月にできたけれど、劇場の落成は秋にずれ込みました(笑)。ケ・ブランリー美術館のコンセプトを聴くにつけて、これは『マハーバーラタ~ナラ王物語~』が一番ふさわしいだろうと思って、それを持って行ったんです。東京でやったものから演出は全く変えて、美術館の中にあるレヴィ=ストロース劇場のこけら落としになりました。

(写真提供:SPAC)
(写真提供:SPAC)

大岡:『マハーバーラタ』がケ・ブランリー美術館のレヴィ=ストロース劇場のこけら落としにふさわしいと考えた理由は?

宮城:ケ・ブランリー美術館のキャッチフレーズは「諸文化と対話する場所」なんです。僕は「インドの古代叙事詩がもし平安時代の日本に伝わっていたら、当時の日本人はどういう絵巻物を描いただろう」というアイデアから『マハーバーラタ』をスタートさせて、「文化が伝わっていくこと」あるいは「異なる文化との出会いの瞬間」をよみがえらせることを目指してみたんですね。
 異文化も時間が経つと日本のものになっちゃう。たとえば今、仏教も当たり前のように日本文化になってます。奈良時代の平城京を考えてみると、東大寺は途方もない異文化ですよね(笑)、あんな色の物は日本にはないし、思想自体もものすごく違和感がある。本当に新来の思想ですよね。

 異文化との出会いから化学反応が起こって、お互いの文化を一瞬、火花が散るように照らし出して、活性化させる。その後、異文化が日本人の気候、風土、日本語の持ってる思考回路に順化され、慣らされていく、つまり取り込んでいくプロセスがある。取り込むと言っても、圧倒的に強い自分たちの方に、外部のものを都合よく入れていくのではなく、自分たちもどんどん変わっていく。奈良時代の仏教によって日本人も変わってしまうわけです。そういう出会いと変容を表現しようと思ったのが『マハーバーラタ』だったので、ケ・ブランリー美術館のコンセプトに合ってるんじゃないかと。文化に普遍の、純粋培養されたエキスがあって、それが他に伝わるのではない。そもそも文化にオリジンはない。文化とは、出会いによって起こる現象そのものだという風に、僕は考えているんです。

大岡:クロード・レヴィ=ストロースの名前を冠している劇場でやるには、まさにふさわしいと思います。構造主義、文化人類学の草分けであるレヴィ=ストロースは、文化の中にも非常に精緻なシステムがあることを発見した人です。そのことによってレヴィ=ストロース自身も変わっていく…そういうことがそのまま体現できている作品ではないでしょうか。

宮城:未開から文明へという時間的な変化があるわけじゃない、ということですよね。『イナバとナバホの白兎』を作るにあたって、レヴィ=ストロースの「神話論理」という分厚い本を初めて手に取りました。レヴィ=ストロースの本の中では、主著である「神話論理」だけ邦訳が出てなかったんです。日本で「神話論理」第一巻「生のものと火を通したもの」の日本語訳が出たのは2006年の6月頃、なんと、僕らがケ・ブランリー美術館のこけら落としをやった頃でした。今回はじめて思い当たって、びっくりしました。

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 南米の神話を研究していたレヴィ=ストロースは、「自然と文化の分かれ目、すなわち自然から文化へという境目はどこにあるのか、それは全て料理にある」と、書籍「生のものと火を通したもの」に書いています。つまり「食べるものに火を通すか通さないかが、自然と文化の決定的な境目となっている」と、神話研究から導き出した。僕らがやった『マハーバーラタ』の一番のクライマックスは、変身して醜くなり御者の姿に身をやつしている自分の夫を、「あれは私の夫だ」とその女房が見破るのは、その御者が焼いた肉を食べた時なんです。「この肉の焼き方は、間違いなく我が夫だ」って言うんです(笑)。『マハーバーラタ』を読んでた頃は、「なんで焼いた肉がこんなに重要なんだ(笑)、めちゃくちゃだな。かえってそのめちゃくちゃなところが面白いかな」なんて思ってたんだけれど。

大岡:私は観客として観ていて、妻と「やっぱり夫婦のきずなは味覚だね」って確認し合ったんですけど(笑)。
宮城:あはははは!
大岡:そういう卑近な話はともかく(笑)、レヴィ=ストロース的な境界線を刻んだ作品ということになるんでしょうね。今、宮城さんはケ・ブランリー美術館の開館10周年記念公演となる『イナバとナバホの白兎』を“料理中”です。これについてひとこといただけますか?

(写真提供:SPAC)
(写真提供:SPAC)

宮城:ケ・ブランリー美術館の館長は2006年のオープンの時から変わらず、ステファヌ・マルタンさん。シラク元大統領の片腕だった人です。マルタンさんから「10周年記念には、是非あなたたちに新作を委嘱したい」と言われて、非常にプレッシャーだった。『マハーバーラタ』は美術館のコンセプトにも合ってたし、僕の芝居としても、まぐれでうまくできた。まぐれを前提にされると本当に困っちゃうな…と途方に暮れてたんです、何をやればいいのかと。

 アヴィニョン演劇祭2014の後、KAAT神奈川芸術劇場で『マハーバーラタ』(円状舞台版 ⇒日本凱旋公演スペシャルトーク)を凱旋上演した時に、ゲネにいらした四方田犬彦さんから、「レヴィ=ストロースの最後の本は日本についての本なんだよ」と言われました。それは90歳を過ぎてからのエッセイが集められた「月の裏側(日本文化への視角)」という本で、その中の一番新しい(=最後の)2002年の文章が「イナバの白兎」だったんです。

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 「イナバの白兎」が、古事記の中のあんなところに、なぜ突然挿入されているのか。これは昔から神話研究者にとって謎でした。レヴィ=ストロースの新しい仮説はこうです。アジアにあったひとつの神話体系が、まず日本に、次いで北米に渡った。それで日本の「イナバの白兎」と同じような話が北米のネイティブ・アメリカンの神話の中にある。日本では伝わってきたのが早かった(古かった)ため、時間が経って、ストーリー上のつながりがなくなり、1つのエピソードが一話完結のようになってしまった。しかし遅れて伝わった北米では、主人公が海(湖、入り江)を渡るエピソードの必然性を示す「主人公が太陽神の娘をめとるためには、水を渡らなければいけない」という部分が残っている。きっと北米に伝わったのが遅かったからだろうと、レヴィ=ストロースは想像したんですね。

 レヴィ=ストロースは「私の後に、私より優秀な日本の神話学者が、ほつれた結び目を結び直してくれるだろう」という(笑)、宿題みたいな文章でそのエッセイを終わらせています。もし芝居で、演劇的想像力で、ほつれた結び目を結び直すことができたら…今回の10周年記念にふさわしい作品になるんじゃないかなと思いました。

大岡:ミッシングリンクを演劇でつなぐという試みに、ぜひご注目いただきたいです。草葉の陰でレヴィ=ストロース氏も喜んでいるのではないか…と思いたいですね。
宮城:思いたいですね、努っちゃうんじゃないかとも思うけど(笑)。
大岡:努られないようにしたいですね(笑)。

(写真提供:SPAC)
(写真提供:SPAC)

【 SPACが活動をともにしてきたフランスの演出家の紹介 】

■クロード・レジ

宮城:レジさんは今93歳だと思うんですが、SPACに招聘してメーテルリンクの『室内』という作品を作っていただきました。いらっしゃった時にはまだ89歳で、静岡滞在中に90歳の誕生日パーティーを開きました。⇒世界初演前の記者発表レポート
 最近のレジさんは、大人数の俳優が出る作品は、フランスでは全く製作されてなかったんですね。『室内』は本当に例外的な作品です。SPACでなければこれを引き受ける劇場はないだろう、とおっしゃってましたけど(笑)。

 僕自身がずっと思っていたことなんですが、俳優が観客に対して上の立場からセリフをのたまうというか、上から下へ流すように、言葉をもって観客を圧倒すること、つまり俳優が観客を意のままに操ったり、圧倒したりするための道具として名ゼリフを使うことは、根本的に違うんじゃないか。僕はずっとそういう気がしていたんですね。二人一役を思いついたのも、おおもとにはそういう考え方があるんです。
 レジさんは僕がやってきた二人一役とは全く違うアプローチで、今、申し上げた問題にあたっている。「言葉を俳優が観客を圧倒するための道具にはしない」という命題、それだけに50年ぐらい取り組んでいらっしゃる。本当に僕にとっては励みになる存在ですね。

■パスカル・ランベール

大岡:パスカル・ランベールは世代的には宮城さんより少し下ぐらいで、その技量が認められ始めた劇作家・演出家です。SPACで上演したのは世界経済をテーマにした『世界は踊る~ちいさな経済のものがたり~』(2010年)。サブプライム危機があった時にパスカルが親友の哲学者に相談したら、マルセル・モースの「贈与論」、つまり世界経済の紀元までさかのぼって延々と説明されたそうなんです(笑)。それを演劇にした、市民参加型のお芝居です。私はフランス版製作時にジュヌヴィリエの劇場に滞在して演出助手のようなことをやりました。静岡でも一般市民から出演者を公募して、日本平の野外劇場・有度で上演しました。おそらくベスト5ぐらいの大雨に遭ったと思うんですけど(笑)。群舞で計算機の足し算を表現する、愉快な場面もありました。宮城さん、ご覧になったご感想は?初めて聞きますけど。

宮城:まずこれをテーマにしたのが面白い。アメリカのニュースで流れましたよね、せっかく住宅ローンで家を買ったのに家財道具と一緒に道路に茫然と立ちすくんでいる家族の様子が。パスカルはそういう人を見て、どうしてこんなことになっちゃったんだろう、と思った。サブプライムという言葉がニュースに登場し始めた時、私たちもこれはいったい何なんだろうと思いましたよね。その疑問をそのまま芝居にしてみることは、僕がさっき申し上げた「美学的なものは普遍性がない」「イシューでなければいけない」という発想そのもの。皆が「どうしてなの?」と思うことを取り扱って、観客同士が観終わった後に話し合える作品ですよね。

大岡:パスカルはクロード・レジのことをとても意識していて、非常に大きな影響を受けた世代なんだと言っていました。「レジの仕事を見ていると、妥協的な仕事はしてはいけないんじゃないかという気がする」と。『世界は踊る~』は表面的にも、集団でポエジーを紡いでいくところが、レジ作品のポエティックなところと共通するように思います。宮城さんがおっしゃるところで言うと、観客に対して理解しろと啓蒙的に迫ってくるのではなく、感覚で捉えてもいいものとして言葉が舞台上で行き交うような感じでした。

■ダニエル・ジャンヌトー

宮城:ちょうど今、ダニエル・ジャンヌトーさんが演出された『ガラスの動物園』がフランスで上演されています。『ガラスの動物園』はSPACがダニエル・ジャンヌトーさんを招聘して創作していただいた2つ目の作品です。昨年は『盲点たち』も上演していただきました。全く同じ演出と装置で、俳優をフランス人にした、フランス国内ツアーです。まもなくパリのコリーヌの上演があります。SPACで長い時間をかけて試行錯誤をして作り上げた作品を、俳優はフランス人ですが、そのままフランスの大きな劇場で上演されているのはとても嬉しいなと思います。

■フレデリック・フィスバック

宮城:フレデリック・フィスバックさんの『令嬢ジュリー』も、SPAC招聘時のままの美術と演出で、俳優をフランス人にして、フランス・ツアーが実施されました。最後はオデオン座で上演されましたね。
 去年の秋にもフィスバックさんの最新作をSPACで上演したんです。コルネイユ作『舞台は夢』はフィスバックさんの初期の代表作(出世作)で、昔、フランスで長い間、上演されていました。SPAC版は全く違う演出で、読みが一層深まっていた。映像を使った演出としては、今のところ最高峰じゃないかと思っています。

大岡:『舞台は夢』は後半で劇中劇のような、非常に重要な場面が出てきます。それが映画あるいはテレビドラマを撮影しているような体(てい)で、実際にスクリーンに映写される。映像をただ重ねて使うのではなく、メタシアターの構造の中にうまく入れ込まれていました。

宮城:撮影しているスタジオ(現場)と、出来上がった映像の両方を、観客が一度に見ているような演出だったんですね。観客にとっては映像の方が見慣れたものだと思うんです。撮影している現場まで全て見せてしまうことで、フィクションと現実の関係を考え直させられるんですね。これが『舞台は夢(イリュージョン・コミック)』という戯曲の読みにそのままつながっているところが、非常に優れていたと思うんです。

■メルラン・ニヤカム

大岡:最後に、コンテンポラリー・ダンス作品の『タカセの夢』を演出したメルラン・ニヤカムさんです。

宮城:カメルーン生まれで主にパリで活動されているニヤカムさんは、先日、静岡に到着したばかりです。ニヤカムさんと最初にお会いしたのは、オーチャードホールで上演されたバロックオペラを観た時。ダンサーとして出演されていて、オーチャードホールのカフェでたまたま会ったんです。目の前にニヤカムさんがいるだけで、自分の体が温かくなるような感じを受けて(笑)、「この人は是非静岡に呼びたい」と。同時に「静岡の子供たちに、この人に出会ってほしい」と強く思いました。この人と出会ったら人生変わるって、本気で思ったんですね。それが実現して、静岡の中高生をオーディションで選んで。このプロジェクトは6年目になりました。

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【 演劇は効用とは無縁の、崇高なものに近づこうとする行為 】

大岡:フランスの演劇人たちと交流することで何を得たか、またはその意義について、言葉にしていただけますでしょうか。

宮城:演劇は今、世界の多くの場所で、商業主義との距離がなかなかうまく取れなくなっている。大衆性というか、ひとことで言うと「経済効果」という言葉ですかね。「公立劇場とはいえ、経済効果はどうなんだ?」と問うような言説に対して、うまく距離を取れないんですね。
 僕がやっぱり一番励まされるのはレジさん、あるいはオリヴィエ・ピィさんです。ピィさんはレジさんととても考えが近い。「演劇はそもそも労働じゃない」「効用とは全く無縁のものだ」という考え方です。演劇という行為自体が詩(ポエム)なのだから、効用はないし、測れない。だから“経済効果”などという“効用”には置き換えられない、と。
 オリヴィエ・ピィさんの戯曲、たとえば『若き俳優への手紙』にもそのまま表現されています。「一番大事なものは言葉では言えない。だから演劇は本当に大事なものを観ることはできない。しかし、その最も大事なものに近い岸辺までは行ける。そして言葉を使わなければ、その岸辺にはたどり着けないんだよ」と。そう『若き俳優への手紙』で言ってるんです。

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 僕にとっても演劇は本当にそういうもの。三島由紀夫にもちょっと近いかもしれないんですが、効用に変換できない行為なんですね。ある種の崇高性と言ってもいいんですが、崇高性と言い変えちゃうとエラそうで、上に立ってるみたいで(笑)、語弊を生みかねないんですけども…。やはり演劇とは、なにか崇高なものに近づこうとする行為だということを思い起こさせてくれる、それが、フランスの演劇人です。僕にとってはそこが本当に励ましになるんですね。

大岡:この演劇祭は、言葉にならぬものへのさまざまなアプローチを、いろんな世界の演劇人に見せてもらえる場所です。言葉にできないものだからこそ、あえてそのことを議論する。そのような観客の出会いの場所にもなるだろうと思います。

 ⇒「ラインナップ発表会」へ続く。(後日公開予定)

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