眞鍋卓嗣さんの演出目当てで俳優座の公演にうかがいました。上演時間は約2時間20分(休憩15分を含む)。眞鍋さんと脚本家の堀江安夫さんとのお仕事は『先生のオリザニン』以来と2度目とのこと。同劇団で上演された堀江戯曲『樫の木坂四姉妹』は未見です。
≪あらすじ≫ 公式サイトより
岩手県の中心部からやや離れた海辺の集落にある旅宿、「清和館」。
女主人・須藤いわねとその夫・清介は家を出た息子・清和が戻ってくるのを待ち続けていた。
宿泊者たちが清和館で気ままに暮らしていたある日、遍路の白装束の男が宿を訪ねてくる。そして宿の近くで倒れていた女性と、頻繁に宿に出入りする少女。
宿泊者たちと来訪者たちは言葉を交わすうち、自分の過去と向き合っていく。
2014年、加藤剛・頼親子共演で話題となった「先生のオリザニン」を手掛けた脚本家(堀江安夫)と演出家(眞鍋卓嗣)が再びタッグを組み作り出す「北へんろ」、どうぞご期待ください!
≪ここまで≫
ここからネタバレします。
・詳しい目のあらすじ(間違ってたらすみません)
東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から約3年。舞台は女主人・須藤いわね(川口敦子)といわねの夫・清介(武正忠明)が経営する、岩手県山田町の海辺の旅宿「清和館(せいわかん)」。逗留して2年以上になる牟田裕子(早野ゆかり)と元酪農家の屋敷陽造(児玉泰次)と主人らが、囲炉裏を囲んで談笑していたところに、遍路の白装束姿の中年男性、早見透(加藤佳男)が現れる。仙台に嫁いだ娘とその子供(速見の孫)が東日本大震災の津波にさらわれ、今は被災地を歩いて回っているという。清和館には同じく津波で両親が行方不明になった少女・片平ジュン(田澤このか)も暮らしていた。ジュンは両親を探して海辺をひたすら歩くうちに、この宿にたどり着いたのだ。
ジュンが得意の民謡を歌いながら、海辺でいつもどおり両親を待っていると、水浸しの女性が倒れていた。どうやら入水自殺未遂らしい。宿に運び込むと、湧田かなえ(瑞木和加子)という若い教師だった。彼女もまた被災地を回る遍路で、速見とは何度か出会っている顔見知りだった。速見とかなえは徐々に、清和館の須藤夫婦と宿泊客が普通ではないことに気づいていく。実は全員が既に死んでいるのだ。
いわねと清介は、昭和19年(1944年)に南方で戦死した息子・清和(きよかず)の帰りを待っている。宿の名前も息子から取ったものだ。清介は昭和8年(1933年)の昭和三陸地震で亡くなった元漁師で、漁ができないから仏像彫刻に耽っている。早くに死んだので、いわねよりかなり若い。
居間の欄間には、息子が挙げられなかった祝言の絵が飾られている。海辺の人目につく場所に墓を建て、夫が作った仏像もお供えている。息子の遺骨は届いたが、木箱の中に小指ぐらいの骨が1つあるだけだった。いわねはそれを息子のものだと信じて舐めたりもしたという。どんな宿泊客も歓迎し、明るく朗らかに、かいがいしく世話するいわねを支えるのは、ひたすら息子を待つという執念だ。
裕子は愛人と車に乗っている時に陸前高田で津波に遭った、男好きで誰にでも愛嬌を振りまく奔放な女性。やがて新聞配達店を営む裕子の夫・市夫(渡辺聡)が迎えに来たが、裕子はその後にやってきた愛人・吉松隆一(小泉将臣)とともに幸せそうに宿を去る。市夫は自分を待っている家族の元に戻るという。死後の世界でも人間の気持ちはままならない。
陽造は飼っていた牛を全頭殺処分させられて自殺。一家は離散している。未練があるので宿と故郷の川内(?)を行ったり来たりしていたところ、宮城で(?)若い女学生たちが牛を育てて、その子牛が生まれる現場に遭遇した。酪農が新しい世代に受け継がれている事実に感動した陽造は、自分は早まってしまったと反省して、「彼女たちを見守ることにする」と言い、宿を去った。
このように、清和館は成仏できない幽霊たちが集う、幽霊による休息所。幽霊になりかけている人間も迷い込む。
浪江町出身のかなえは、遍路仲間の早見に身の上を打ち明けた。彼女は父が東北電力の原発誘致を阻止したことに疑問を持っていた。東京電力の原発誘致で潤う大熊町を見て、公金があれば浪江にも小学校や体育館が建つ、国と電力会社が仕事をくれて、自分たちに未来の希望を与えてくれると信じ、電力会社のスポークスマンになったのだ。でも今では、原発事故の放射能汚染のために故郷の一部はまだ帰宅が許されない。津波で亡くなった生徒もいる。自分は被災者に対して顔向けができない。だから遍路を始めたのだが、それも保身で欺瞞だとわかっている。だからふらふらと海に入ってしまったのだろう…。
夜の闇の中、宿に不穏な人影が現れる。なんと、血まみれの服を着てやせ細った清和(田中孝宗)だ。いわねが待ちに待った再会だったが、清和は「お母さんの思いは迷惑だ」「もっと自分のことを考えて」などと言う。自分はまだニューギニア(たぶん)の洞窟の中にいるので、日本に届いた遺骨は清和のものではない、とも告げる。崩れ落ち、泣き叫ぶいわねを支え、慰めて、清和は去る。長年、霊魂になってさまよっていたが、母との再会のおかげで行き場を見つけたらしい。
清和を待つ必要がなくなり、いわねは宿を閉める決心をする。夫の清介はもともとそれを望んでいたので賛成のようだ。その頃から宿で、地震のような揺れと、地響きの音がするようになる。
体調不良気味だった早見が倒れ、自分は末期がんだと告白。かなえに遺言を残す。早見は神戸出身で阪神・淡路大震災を経験しており、親子3人ともが家の下敷きになって、妻を亡くした。遍路をするのは亡き妻のためという気持ちが大きかった。男手一つで育てたのに遠くに嫁いでしまった娘には、怒りや恨みもあって、ほとんど音信不通だったのだ。でも今は後悔している。早見は「あなたは大丈夫、生きて下さい」とかなえを励まし、「気がかりなのはジュンのことだ」と告げる。全てを聞いたかなえは、ジュンを引き取ると約束する。
遺言を言い終わるなり早見は息を引き取った。再び地鳴りがして宿が揺れ始めた。もしかして、地震?! いわねと清介はすかさず「ここは任せて、あなたたちは行きなさい」と言い、かなえとジュンを送り出す。宿に残ったのは幽霊夫婦と早見の遺体だけになった。
暗転して、工事現場で作業中と思われる男たちの声が響く。「2つの骨が出た、えらく古い。こっちには遺体があるぞ」。地鳴りと思われた大きな音は、重機で古宿を取り壊す音だったのかもしれない。
明転すると、舞台装置はほぼ一掃され、柱だけが目に入るガランとした空間になった(下手の墓と上手の土間はそのままだが、照明は当たらない)。中央に遍路姿のかなえとジュンがいて、手を合わせている。宿を去った死者たちが次々に無言で現れ、全員が揃ったところで終幕。舞台面側の床には、大漁旗や網などの道具類や、古時計などがガレキのように散らばっていた。
・感想
お能だと現世(を生きる人の夢の中)に幽霊がやってきますが、このお芝居は、幽霊が経営する宿に、幽霊や死に近い人々が呼び寄せられるタイプで、その設定が面白いと思いました。内容はガッツリ“震災”もの。約6年経って風化が進んでいると指摘されています。私は東日本大震災のことはいつだって、どこでだって、演劇でも何ででも、描くべきだと思います。東京電力福島第一原発事故も収束していません。今もこれからも現在進行形です。
いわねは「広島と長崎、そして第五福竜丸の被爆事件があったから、日本人が放射能に晒されるのはもう4度目。4度目にもなるのに、全く学ばない」などと発言します。清介の死因は昭和三陸地震の津波ですので、東日本大震災の津波は“未曽有”の災害ではありません。つまり日本人が過去を忘れ去り、学ばないことへの怒りが語られています。
パンフレット(600円)で作者である堀江安夫さんがこう書れています。「(略)だが、書かずにはいられなかった。安っぽい正義感だとか感情だとか云々いわれても、かまわない。なぜなら、6年経っても、私の怒りは消えないからだ。6年経ってもままならない生活が放置されている現実に、益々怒りが募るからだ」
復興庁によると、2017年3月28日の「全国の被災者等の数」は約11万9000人です。「Yahoo!Japan 3.11応援企画(情報提供:時事通信社)」によると、プレハブの仮設住宅に暮らす人は、2017年1月末時点で3万5503人(岩手、宮城、福島の3県)。東京電力福島第一原発事故で出された避難指示は順次解除されており、「4/1までに福島県内11市町村の対象区域の約7割で解除」されますが、「若者ほど帰らないとする人が多い」とあります。
演出の眞鍋卓嗣さんはパンフレットで、「震災の影響で女川町の離島の小中学校が無くなり、住民は子供たちの声が消えてしまったことが本当に寂しいと嘆いている」ことが、テレビで放送されたと書かれています。それぞれの土地に深く結びついた民謡を歌う少女ジュンは、まさに未来、希望の象徴であり、ジュン役の田澤このかさんの歌が見事であるがゆえに、各地の文化の豊かさが今、ここに証明されているように思えました。だからこそ、普通の生活が奪われたままであることに、私は憤ってしまいます。
いわねの息子、清和が南方戦線の惨状を明かします。食料は現地調達が原則だったため略奪を繰り返したが、アマゾンの中で略奪するものも無くなると、虫や木の根を食べた。仲間は餓死またはマラリアで病死していったのだと。日本軍戦死者のうち6割が戦病死と言われています。日本という国に、無理やり兵隊にされ、望んでいないことをさせられて、死に至らしめられたのです。年を経て戦争経験者の声を聴く機会はどんどん減っていきます。生の声でそれらを伝える演劇の役割を、大いに果たしている戯曲だと思いました。
現在、自民党と公明党が多数を握る国会と安倍政権は、日本を戦争が出来る国へと近づけています。2013年11月、自民党の石破茂議員が幹事長時代に「自衛隊が国防軍になったら、命令に従わなければ死刑」という発言をしています。2014年には武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則を閣議決定し、武器の輸出入を基本的に認めました。2015年7月に安保法制(安全保障関連法案)を強行採決し、駆けつけ警護などの新しい任務を与えて、自衛隊を南スーダンに派遣しました。そしてまさに今、北朝鮮と米国の間に戦争が起こったら…爆弾が落ちたら…などと危険を煽っているのです。私個人としては、この数年で軍靴の音がどんどんと近づいている感覚があり、それをとても恐れています。
歴史を正確に知り直し、なるべく多くの人と共有して、今と未来のための選択と行動をしなければと強く思います。この作品では東日本大震災だけでなく、阪神・淡路大震災、昭和三陸地震に触れ、原発事故に加えて、広島と長崎、第五福竜丸の被曝にも言及しました。さらに第二次世界大戦で戦死した若い兵士の声も届けて、過去から学べと観客を叱咤してくれています。また、国を挙げた原発推進によって引き裂かれた市井の人々の苦悩も描いています。劇作家と演出家の問題意識と力強い主張が感じ取れて、志の高さと人間一人ひとりに向けられた優しさにも心打たれました。
ただ、演劇作品としては物足りないところもありました。たとえば状況や心情をいかにも説明的なセリフで伝えるのは退屈でした。俳優が言葉の裏にある動機を表現すれば、カットできるセリフもあったのではないでしょうか。井上ひさし作品のように観客への説明ゼリフとして堂々と成立させるのでもよかっただろうと思います。演劇も含め、「伝える」より「伝わる」ことを目指す表現を、私は好みます。戯曲に対して少々かしこまり過ぎているような気がしました。
終盤で清和館が揺れて地鳴りが聴こえてきますが、原因は地震ではなく宿の取り壊しだった、というのが真相だろうと予想します。私は最初、この世から少し距離を置いている幽霊屋敷にさえも、地震が追いかけてくるのかと恐怖を感じました。震災の記憶を「風化」させている観客に、喝を入れてくれたのかもしれません。3.11の時、私は劇場の客席に座っていました。その時の記憶がフラッシュバックしたというわけではないのですが、舞台で地震を直接的に描いたのであれば、あまり良いアイデアではない気がしました。
※先日偶然に、片田敏孝さんの「放送大学」での講義を少し拝見しました。岩手県釜石市の中学生への避難教育についてです。自分のためのメモとして箇条書きしておきます。このお芝居は「知識の避難教育」に近い気がしました。
・これからの避難教育
× 脅しの避難教育
△ 知識の避難教育
○ 姿勢の避難教育
・津波避難の三原則
「想定にとらわれるな」
「最善をつくせ」
「率先避難者たれ」
・引用元:
「小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない」
「片田 敏孝先生のいのちを守る特別授業 第一回」
公演No.332
出演:川口敦子、武正忠明、田中孝宗、児玉泰次、早野ゆかり、渡辺聡、小泉将臣、加藤佳男、瑞木和加子、田澤このか
脚本:堀江安夫
演出:眞鍋卓嗣
美術:松岡泉
照明:桜井真澄(東京舞台照明)
衣裳:イカラシヒロコ
効果:木内拓(音映)
舞台監督:泉泰至
民謡指導:美鵬成る駒
制作:山崎菊雄・阿部愛
【発売日】2017/02/20
一般:5,400円 学生:3,780円 ※全席指定、税込
https://www.haiyuza.net/%E5%85%AC%E6%BC%94%E6%A1%88%E5%86%852017%E5%B9%B4/%E5%8C%97%E3%81%B8%E3%82%93%E3%82%8D/
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