地人会新社の第6回公演は、北村有起哉さんと田畑智子さんの二人芝居。南アフリカの劇作家アソル・フガードさんによる戯曲『豚小屋~ある私的な寓話~』を、栗山民也さんが翻訳・演出されます。来年1月7日(土)の初日に向けて、毎日、通し稽古が行われている年末の稽古場に伺いました。
台本の初めにあるとおり、「第二次世界大戦中、ソビエト軍から脱走し四十一年間を豚小屋に隠れて過したパヴェル・ナヴロツキーという脱走兵の真実の物語にインスパイアされ書かれた」、という戯曲です。
豚小屋に41年間…!? ちょっと思い浮かべただけでゾっとしますし、実際、豚小屋の中で繰り広げられるお話なのですが、退屈な日常の中の小さな幸せに胸躍り、何もかもをひっくり返すような出来事にドキドキさせられます。繰り返し訪れるさざ波と大波に揺さぶられ、さりげない伏線の張り方にもシビれる、起承転結の構成が見事な四幕劇でした!
●地人会新社『豚小屋~ある私的な寓話~』 ⇒公式サイト
2017年1月7日(土)~15日(日)
会場:新国立劇場小劇場 THE PIT
出演:北村有起哉 田畑智子
作:アソル・フガード 翻訳・演出:栗山民也
A席6,500円 B席5,000円 25歳以下3,000円
※1月7日(土)19:00の回はプレビュー公演でA席、B席ともに3,500円、25歳以下2,000円!
J-Stage Naviならまだプレビュー公演の残席あり!(ただし一般のみ)
⇒チケットぴあ、ローソンチケット、イープラス
⇒CoRich舞台芸術!『豚小屋~ある私的な寓話~』
※休憩なしで2時間を切る上演時間になりそうです。
■『普通の生活』を奪う戦争
北村有起哉さん演じる脱走兵パーヴェルが、10年間も隠れていた自宅の豚小屋から、起死回生の脱出劇を計画する場面から始まります。田畑智子さんは献身的にパーヴェルを支える、妻のプラスコーヴィア役。2人の会話から少しずつ背景がわかってきます。「お国のために」と意気揚々として出征した夫が、なぜ、何をきっかけに、脱走したのか。夫が生きていることは喜ぶべきことのはずなのに、なぜ、身を隠し続けなければならないのか。
栗山:戦争は精神と肉体を隔離していくこと。パーヴェルは軍隊に入って一冬、一冬と過ごすうちに、バランスを崩していった。井上ひさしが書きたがっていた芝居の題名は『普通の生活』。なぜに戦争が普通の生活をできなくするのか。どうして小さな幸せを奪ってしまうのか。それでペンを取った。
栗山:俳優が役柄を批評すると“反戦演劇”になっちゃう。舞台は「戦争反対!」と主張するものじゃない。「戦争をしたい、戦争をしなければ」と思っている人たちが実際に居るから、戦争は起こる(それを見せる)。(ある場面の)プラスコーヴィアはロシアの社会主義に完全に(心を)持って行かれてるよね。人間にはそういう怖さもある。
■夫婦役の相性は抜群♪
悪臭と騒音が支配する家畜小屋で、長年、誰にも言えない苦労を重ねてきた若い夫婦が、悩み、語り、ぶつかって、日常をしたたかに生きて延びる姿は清々しいです。俳優さんはお2人とも、とにかく可愛いらしい! 不恰好で情けないからこそ憎めない! お互いに「相手役が智子ちゃんじゃなきゃ、やらなかった」「有起哉くんだから、この仕事を引き受けた」とおっしゃるほど、夫婦役の相性は抜群です。
今年7月の舞台『BENT』(演出:森新太郎)でも、佐々木蔵之介さんとのほぼ二人芝居で確かな演技力を披露してくださった北村さん。目的と感情が鮮明で、周囲に広く意識が開かれており、しなやかかつ俊敏に動く身体に魅せられっぱなし。パーヴェル役は台本にして3ページ以上、1人で話し続けることもある難役ですが、長いセリフを長く感じさせません。コミカルなやりとりで劇空間の温度を上げ、和らげておきながら、突き刺すような鋭い動きとセリフで、一瞬にしてその空気を壊すのもお手の物です。
田畑さんは小動物のような、無邪気な愛らしさを全身から発光させるような存在感で、登場する度に心が弾みました。真面目で、信仰心に厚いプラスコーヴィアの芯の太さ、力強さを見せつけることもあり、がっつりとギャップ萌え(笑)。ある場面で彼女が聖母マリアに見えた瞬間があったんです。パーヴェルに対して無防備に自分の身を投げ出し、全てを赦し受け入れる姿は、白く輝くようで、セクシーでもありました。
■表現を極めて、削って、核を見つける/エネルギーを持って
栗山さんの細かな指摘で、緻密な会話劇に面白いやりとりが増えていきます。とはいえ単に笑えるようにするのではなく、戯曲の軸からぶれない肉付けがなされていきます。
栗山:(この芝居は)シェイクスピア作品みたいにやらない。劇的に面白くしない方がいい。表現を極めて、削った方がいい。演劇にとって、アイデアは一番危険かもしれないよ。
北村:(アイデアで)つい、ごまかしちゃうってことですね。
栗山:むしろ核を見つけた方がいい。俳優はただ、そこに居ればいいことだから。
栗山:でも、下手すると“省エネ”になっちゃうこともある。“ただやらない”だけだとエネルギーがなくなってしまう。たとえば(小津安二郎の映画で有名な)俳優の笠智衆は、ものすごいエネルギーをもって、“何もしない演技”をした。セリフひとことに、ものすごいエネルギーと色んなものがあるから、様々な解釈が生まれる。(込められたものが)ひとつしかしなかったら、皆、同じ解釈になっちゃう。
■男と女/夢と現実/人間とは
生きるために必死で夢想して哲学する男(パーヴェル)と、家事を取り仕切り、豚を育てて家族を養う現実主義の女(プラスコーヴィア)が、しばしば対照的に描かれます。時が経って、物は朽ち、気持ちも変化して、この世に確かなものなど何もないのではないかと思われてくるけれど、“食ってクソして寝るだけ”という豚と同様の人間の営みは変わりません。夫を閉じ込め、妻をしばりつける豚小屋は地獄さながらですが、豚小屋がなければ安心して生きられない…。男と女、夢と現実、永遠と刹那、天国と地獄など、対立する事柄のはざまで苦悩する夫婦の姿は、今の私たちそのものです。
栗山:幸せの絶頂から、パッと(瞬間的に)リアルに戻した方がいい。ぞっとするリアルに。
栗山:パーヴェルは精神的には明るいことを言ってるけど、足は動かない。ジャンプしたいのに、できない。どこにも行けない。このギャップが人間だよね。
栗山:パーヴェルの白黒の世界に、天然色のプラスコーヴィアが現れる(笑)。
2人は度々神様に祈ります。信仰が彼らを支えていますが、同時に足かせや、牢獄のようにも見えてきます。豚小屋がアダムとイヴが暮らしていた楽園に映り、キリスト教のモチーフが目に入ってくる度に、ハっとさせられました。やがて自分は人間なのか豚なのか、人間と動物の違いは何なのか、人間らしさとは…という壮大な問いが立ちはだかり、衝撃的な結末が訪れます。
■演劇は体験型・知的アトラクション
改めて演劇は、知的想像力を大いに刺激する体験型アトラクションだと思いました。私はパーヴェルとともに豚小屋で悩んで、暴れて、プラスコーヴィアと一緒に家事をして、怒り、そして彼らの幸せな思い出に浸り、他者の視線に怯え、かぐわしい花の香りが漂い、きれいな星空が見える夜を、想像の中で満喫しました。つまり彼らと同様に私も、豚小屋に居ながらにして、何度も豚小屋を飛び出していたのです。
座組みが全力を注いでこの戯曲の世界を立ち上げ、俳優がその中でただ生きることをしてくれるから、観客もそこを自由に出入りすることができます。豚小屋は私が住む家、地域、国であり、精神が宿る肉体でもあります。きっと本番では劇場そのものも豚小屋になり、観客も参加する劇中劇のような演劇体験ができるのではないでしょうか。
最後には、叫び声と暴力しかない豚小屋で、穏やかな平和に思いを馳せる、静謐な思索の時間がやってきます。一場から三場を経由してこその、四場です。手元のスマホに容赦なく流れ込んでくる情報から身を遠ざけ、ひとところにとどまって、大勢の誰かと一緒に、驚き、笑い、悲しみ、共感しながらひたすら考える約2時間は格別なはず。どうぞ劇場で味わって下さい!
■劇作家アソル・フガードについて
アソル・フガードさんは南アフリカの国民的劇作家で、高松宮殿下記念世界文化賞の受賞者です(2014年・第26回/演劇・映像部門)。1960年代に執筆し、1980年に出版された初の小説『ツォツィ』は、英国と南アフリカの合作で2005年に映画化され、第78回米国アカデミー賞の外国語映画賞を受賞。
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栗山さんは20年以上前の、英国留学中に『豚小屋』を翻訳されました。当時ロンドンでよくフガード戯曲が上演されていたそうです。先日のこまつ座『木の上の軍隊(再演)』(⇒稽古場レポート)と同じく、この戯曲もまた“現代史”だとおっしゃっていました。
フガード戯曲だと私は『ハロー・アンド・グッドバイ』『シズウェは死んだ!?』『島 The Island』を拝見し、『豚小屋』が4作目です。『豚小屋』が一番笑ったし、たぶん、一番、泣きました…。こんな日に限ってハンカチを忘れるという痛恨のミス(汗)。何度も笑いながら涙をぬぐい、ポケットティッシュを1袋、使い切ってしまいました。
【Confetti1月号】地人会新社(@c_shinsya)が、旗揚げ公演以来再びフガードの戯曲に挑む『豚小屋~ある私的な寓話~』より、北村有起哉さん・田畑智子さんにインタビュー!詳細は⇒【https://t.co/siQPKCCp5o】
— カンフェティ 演劇・ミュージカル (@confetti_web) 2016年12月12日
【北村有起哉さん、田畑智子さん、栗山民也さん】地人会新社『豚小屋』稽古場レポ
第二次大戦中、旧ソ連軍から脱走し、41年もの間豚小屋で生きていた実在の人物にインスパイアされ、南アフリカ共和国の劇作家アソル・フガードが描いた『豚小屋』:https://t.co/1grqq9AVBN— おけぴスタッフ (@okepi_staff) 2016年12月30日
【掲載情報】本日の読売新聞夕刊Eパレット欄に来年1月上演、地人会新社「豚小屋~ある私的な寓話~ 」公演情報が掲載されています!ぜひご一読くださいませ。チケット一般発売は来週15日(火)からです!!→https://t.co/hkhpc3XJu8 pic.twitter.com/EPcZ9y9HFc
— J-Stage Navi (@jstagenavi) 2016年11月11日
“A place with the pigs” by Athol Fugard
出演:北村有起哉 田畑智子
作:アソル・フガード 翻訳・演出:栗山民也 美術:長田佳代子 照明:沢田祐二 衣裳:西原梨恵 音響:深川定次・坂口野花 ヘアメイク:鎌田直樹 演出助手:坪井彰宏 舞台監督:福本伸生 製作:渡辺江美
前売り開始 2016年 11月15日(水)
[全席指定・消費税込] A席6,500円 B席5,000円 25歳以下3,000円
1月7日(土)19:00の回はプレビュー公演でA席、B席ともに3,500円、26歳以下2,000円
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