俳優、ダンサーである野坂弘(のさか・ひろむ)さんのユニット“地平線”の旗揚げ公演『贖い(あがない)』の稽古場に伺いました。野坂さんは新国立劇場演劇研修所の第7期生で、『贖い』は同研修所の修了生が主体となって創作するNNTD actor’s Projectの第2弾です(⇒第1弾レビュー ⇒修了生の活躍状況)。
野坂さんが団体の公式facebookページに連載されている「なぜ、今、演出をするのか?」をこちらにまとめました。3年間の研修を終えてから約2年間、ダンスや海外古典劇などの様々な公演に出演してきた一人の俳優が、創作環境も含め全てをゼロから立ち上げ、理想を目指して更新し続けるという、団体紹介文にあるとおり「笑っちゃうくらい愚直」な挑戦です。
●NNTD actor’s Project・地平線『贖い(あがない)』
日程:2016年9月22日~25日
会場:アトリエ春風舎
出演:高橋美帆 坂川慶成
作:ジョアンナ・マレースミス 訳:家田淳 演出:野坂弘
一般3500円(当日3800円)
学生2000円(当日2300円)
高校生以下1000円(当日1300円)
平日昼割:23日(金)昼公演3000円
団体割引:3人でご予約の方は3人で9000円
⇒チケット予約フォーム
⇒公式facebookイベントページ
⇒CoRich舞台芸術!『贖い(あがない)』
私はそれほど多くの稽古場見学経験があるわけではありませんが、今までに見た中で一番、演技についての演出が細かい!多い!そして難易度が高い!…ほんの数ページの場面に、いったいどれだけのタスクがあるのか…演技の稽古は正味2時間のみでしたが、私はただ見ているだけで頭がパンクしました…。出演者のお二人(高橋美帆さんと坂川慶成さん)も同研修所の修了生です。やはり同じ教育を受けた素地があるから、全員で突き詰められるのでしょうね。
稽古時間は朝10時から16時まで。まずは初めての稽古場だったので、10時半までは演技スペースの採寸などに費やされました。次は見学者である辻村優子さん(同3期生)と私も加わって、全員で車座に。10時半から12時40頃までの約2時間強が、話し合いに割かれました。そういえば同研修所ヘッドコーチである池内美奈子さんのワークショップでも、最初は車座になって一人ずつ話をするところから始まっていました。
話題は「今、感じていること」から流れるままに、自由に拡散。辻村さんも野坂さんも非常に率直で、反対意見もどんどん出てきました。私も積極的に発言させていただきました。
※野坂さんと私は辻村さんのワークショップに参加経験あり(⇒レポート)。次回は9/30(金)です。
辻村:演技は俳優の心身に、毎ステージ、同じことを起こすだけじゃない。俳優が起こすのは体験。人と人との間に起こさなきゃいけない。
野坂:今を言葉にすることで、稽古を積み重ねていけばいい(このおしゃべりの時間も稽古の一部)。
今日は朝から地平線@ChiheisenTaro 「贖い」の稽古場におじゃましてきました。
いつも「今」でいる方法を探すと途端に「今」は消えてしまう。
時々「今」を感じるときに、自分が生きていることを思い出してハッとする。
そんなことをみんなで話しました。— つじこ (@tsujitsujiko) 2016年9月12日
12時40分ごろから昼食休憩に入り、制作担当の窪田壮史さん(1期生)が到着。13時になる頃には、俳優は各自でウォーミング・アップを開始していました。正味の稽古時間は14時から16時までだったので、約1時間はアップをしていたことになります。
野坂:自分たちが研修所で時間をかけてやってきたことを、ここでもやりたい。(研修所での経験を水泳にたとえると)泳ぎを3年間やってきたのに、卒業したらプールがなかった(というのが現実)。陸上でも球技でもいいし、それはそれで楽しい。でも、せっかく学んだのだから、泳ぎたい。それで「小さくてもいいからプールを作ろうよ」と呼びかけた。
野坂:修了生全員に通じる共通言語があるとは思っていない。実際、自分がそれを実感したことが全くない(笑)。ただ「共同創作をする時は共通言語があった方がいい」という考えは、共有した方がいい。私たちはそのことを共有しています。
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『贖い(あがない)』は人種差別、格差社会、死、そして恋愛といった身近でのっぴきならないテーマがギュっと凝縮された、現代の大人の会話劇。30代の男女(サムとイーディー)が数年振りに、ある都市の高級マンションの一室で再会し、亡くなった男性について語り始めます。
今は初日まであと10日という時期で、通し稽古は既に2回終えているとのこと。冒頭の5分間のほどの場面を、何度も繰り返して稽古することになりました。場面の途中から始める時は、マイズナーテクニックのリピティション(相手に向かって同じ言葉を相互に、繰り返し語りかけ、変化する感情を受け取り伝え合うエクササイズ)を行ってからセリフを言い始めます。テクニックの有効活用ですね!見ていても楽しい~!
その場に役人物として存在しているし、常に相手も空間も感じ取って反応しているし、言葉の矛先がブレないし。久しぶりに会ったワケあり男女の駆け引きに、既に多くの拮抗、葛藤が見えていました。私はとても面白く拝見していたんですが、演出の野坂さんも両俳優も、全く満足されていないご様子。野坂さんの指摘はまさに怒涛の如く繰り出されます。
「言葉をもっと道具として使いたい」「選択肢をもっと広げていきたい」「対象をもっと具体化したい」「心の色んな層を使って」「走っていいけど焦らなくていい」「やってきたことも残して、遊んで」「恐れず飛び込んで」「体を信じて」…などなど。
「この3つの言葉は1つ1つ変化させて。彼の軽やかさが彼女の言葉を引き出すようにしたい」といった、演技の具体的な方向性はもちろん、物語をリズミカルに、軽やかにドライブさせていく感情のすばやい変化、空気の色合いを変えるしぐさ、息遣いなどについても的確で、微細な提案が出されます。また、野坂さん自身がカンパニーデラシネラ作品に出演するダンサーでもあるので、体の動きについても非常にセンシティブです。そして、俳優として実際にやって見せることもしばしば。さまざまな階層、角度からの指摘が、息をつく暇もないぐらい一挙に、大量に提示されていきます。
野坂:(感情、動機の)説明はしないで。相手に渡して。あくまでも軌跡だと思って。お客さんの能動性を信じよう。
野坂さんは演技について語る時に、この公演および稽古のあるべき形や、演劇全般についても積極的に言及されていました。
野坂:演劇は軽やかであるべき。とげとげして、暴力的なものは、自分の好きな責任の取り方じゃない。
野坂:失敗したと思って演技をやめる方向性は、この稽古場のルールには沿っていない。全部使って遊ぶことの方がプライオリティーが高い。止まるところなんて見たくない。何があっても遊ぶんだ!ってこと。
私が特に面白いと感じたのは、戯曲と稽古、そして関係者の今の生活も重ねていること。関係者の中には見学者である私も含まれます。
野坂:やってみればいい。もっと暴れん坊がいい。遊び方が謙虚になるのは歓迎されない。この戯曲の価値観とも逆行してる。彼ら(サムとイーディー)は傷に気づいて、それでも前に進んで、真実に近づくから。
野坂:いつだって私たちは問い直すことができる。いつだって覆されていい。いつでも新しく作り直していい。
稽古が終わった後、俳優のお二人にお時間をいただき、個別に質問をさせていただきました。
高橋美帆(9期生):弘さんも坂川さんも研修所の先輩ですが、対等な立場でとことん向き合える場所です。作品について話し合って、泣きながらケンカもして(笑)。本当の意味で自分の力を試せるし、自分の力で何かを創造している時間だと感じています。「(演出家に)やれって言われたからやろう」という風に自分を捨ててしまわないで、演出家の要望にちゃんと向き合って、どうすればいのかを自分で考えて、自分を使って、応えていく。自由で、シビアな環境です。
―演技について、ここまで細かい演出を見たのは個人的に、初めてです。演出家の指摘(ノート、ダメ出し)が凄い量ですよね。
高橋:そうですね(笑)、1つ1つノートに書いて、随時直していかないと。1回、言われたことが入ってなくて、同じことを繰り返しちゃって。その時、「稽古をする意味を考えよう」という話に戻ってくれたんです。「稽古は積み重ねること。やったことをなかったことにするんじゃない。ゼロにするんじゃなくて、今まであったことはあるままにして、その上で、新鮮にやるんだって。
―それは…ものすごく、厳しいと思うんですが…。
高橋:はい…本当に…。今日は大丈夫でしたけど、毎日泣いてました(笑)。でも演じるキャラクターがすごく強い人間で、とにかく前に進もうとしているから、普段の自分もとどまらなくなってきて。ネガティブに陥りそうになったら、このキャラクターと向き合うことで、ちゃんと自分に帰っています。俳優としての救いになってますね。
坂川慶成(8期生):弘さんはよく人を見てるし、すごく知的で、感じやすい。僕は鈍感な方なので(笑)、今まで自分が見てこなかった部分や、サっと流していた部分が明確になって、不思議というか…新しくて、すごくエキサイティングな体験です。
すぐにあきらめて妥協しなきゃいけなかったり、先に決めていくしかないような現場もあるけど、弘さんは行きたい方向がはっきりしてて、一切妥協しないで邁進していってるから…すごく大変…(笑)。この座組みは意識が強いし、目指すところが高いし、そのために求められていることが、ものすごくハイレベル。もっともっと、いつもいつも、ずっとずっと、まだまだ、まだまだ…って求められて、全然気が抜けないし、ごまかせない。辛いといえば辛いです(笑)。でもすごく充実してますし、今、絶対に必要なことなんだと思ってやってます。弘さんに「ありがとう!」って言わなきゃって感じ(笑)。
弘さんのノートは多いですが、俳優が時間が欲しいと言ったら、30分でも40分でも割いてくれる人。「時間に対する意識をもっと持とう」とも言われました。「自分がどういう俳優になっていくのか」という展望から逆算して、この座組みの時間をどう使おうかと。つまり人生の時間について突きつけられています。
■取材を終えて
舞台創作はどんな現場でも大勢の人間がかかわりますから、常に変化し続けるし、何が起こるかわかりません。だから可能な限り、かつ、最小限の「安定」は求められるものだと思います。でも“地平線”の演技の稽古においては、停滞や繰り返しはルール違反。本番のステージももちろんそうでしょう。
「やりたいと思っていたことを、何もかも、やる」という決意と実行力を見せつけられました。「今、起こっていること全てを無視しない」という姿勢は、実に演劇的で、すなわち生きることでもありますよね。先日ブログにアップした、ピアニストのダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim)さんがおっしゃることにも通じる気がします。
↓アグレッシブ過ぎて、おばちゃん少々クラっとした(笑)。若者はこうでなければ、ですね!
— 高野しのぶ (@shinorev) 2016年9月11日
たとえば、イギリス、ナショナル・シアターの作品のクオリティを、本気で目指して創作しています。
『贖い』を観て、そのあと大いに見比べてほしいです!!『贖い』9/22~25 @アトリエ春風舎
NLliveの新作、9/30? https://t.co/RLUEBniL0k
— 地平線 (@ChiheisenTaro) 2016年9月10日
もちろん、
ジョアンナ・マレー=スミスさんの作品はイギリス、ナショナル・シアターでも上演されています。世界が認める劇作家の作品を、希少な日本上演!!
『贖い』9/22~25 @アトリエ春風舎
— 地平線 (@ChiheisenTaro) 2016年9月10日
オーストラリア大使館の今後のイベントページにも載せていただきました!
まさにオーストラリアの代表現代作家。
ジョアンナ・マレー=スミスの作品に是非触れにいらしてください。
この機会をお見逃しなく!! pic.twitter.com/gE0IKJKljD— 地平線 (@ChiheisenTaro) 2016年9月4日
ジョアンナ・マレー=スミス珠玉の会話劇『贖い』が稀少な日本上演/9月22日からアトリエ春風舎でhttps://t.co/t8yUUhcstf
— エントレ (@entre_news_jp) 2016年8月26日
オーストラリア劇作家による会話劇「贖い」新国立劇場演劇研修所の修了生らで https://t.co/cGEJU8HPX1 pic.twitter.com/XwDCB25R9p
— ステージナタリー (@stage_natalie) 2016年9月13日
“Redemption” by Joanna Murray-Smith
出演:高橋美帆 坂川慶成
作:ジョアンナ・マレースミス
訳:家田淳
演出:野坂弘
音楽・音響:松田幹
舞台監督・照明:黒太剛亮
ドラマターグ:田中圭介
制作:窪田壮史
デザイン:荒巻まりの
企画制作:地平線
一般 3500円
学生 2000円 / 高校生以下 1000円
平日昼割 23日(金)昼公演 3000円
団体割引 3人でご予約の方は3人で 9000円
※全席自由
※上記は予約のみ、当日はそれぞれ+300円
アフタートーク
22日(木)19:00 劇作家・演出家 大池容子
25日(日)13:00 翻訳家・演出家 家田淳
https://www.facebook.com/events/1263216503719195/
※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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