【観劇】トランスレーション・マターズ『月は夜をゆく子のために』10/08-10/19すみだパークシアター倉

 木内宏昌さん翻訳・演出のストレート・プレイをベニサン・ピットの客席が並ぶプロセニアムの空間で拝見。一瞬ですが、TPTの公演を観に来たような感覚になりました。上演時間は約2時間40分(途中15分の休憩を含む)。

 私はトランスレーション・マターズの支援会員です。上質の翻訳劇が観たいという私の願いは、トランスレーション・マターズが叶えてくれると期待しています。

 エントランスまでのウッドデッキと階段、隣りのカフェなど、訪れたことが嬉しくなる劇場です。開放的で快適でした。70代の母が「換気ができているからか、劇場内の空気もきれいでとても気持ちよかった」と言っていました。途中休憩で外に出られるのもありがたいです。

すみだパークシアター倉(そう)にて

≪あらすじ≫ パンフレットより
この月夜の2ヵ月後、ジムは世を去る。 実兄の晩年を描いたオニール最後の戯曲。
A Moon for the Misbegotten

1923年、禁酒法時代のアメリカ。 コネチカットの農場に暮らす貧しい小作人の父子。ケチで根性曲がりのアイルランド移民二世フィル (父)と、その長女でふしだらな噂が絶えないジョジー。彼女が恋心を抱く地主の息子ジムは、昨年他界した母の遺産を相続することになっている。しかしジムは重度のアルコール中毒。 ブロードウェイでは女遊びとギャンブルの日々を送る男。 フィルの三男マイクの「脱出」からその日が始まる。
≪ここまで≫

 木製の扉がついた可動式の装置が2つあり、複数の椅子なども合わせて移動して場面転換します。移動は俳優が行います。演技スペースの周囲には干し草の塊が積み上げられており、劇場の壁際に俳優が待機する演出がありました。月光、朝日をあらわす照明が美しく、温度差も感じられるほど臨場感がありました。幕の始まりと終わりの音楽は上品で、作品に寄り添う存在感です。会話中に流れるBGMや効果音で場面の雰囲気を補完することもあり、それも上品でした。

 登場人物たちはとにかく饒舌で、セリフが膨大!「そうだ、これは『夜への長い旅路』のユージン・オニールの戯曲だった…」と一幕が始まった時に腹をくくりました。面と向かって直接ぶつけあう早口のセリフの応酬は、しっかり咀嚼するより、音楽とダンスを味わうように鑑賞してもいいのかもしれません(私の母はそうしたようです)。

 セリフの言葉どおりの意味と役人物の気持ちが一致しないことが多いのですが、俳優が役人物の目的をはっきりさせ、他者に積極的に働きかける演技をしているおかげで、舞台上で何が起こっているのかが伝わります。セリフと場面の指し示す意味を探り、今回の上演における事実、真実を確かめて共有するプロセスは、きっととても大変だっただろうな…と思いました。そしてもちろん、演じることも。一人ひとりが話す分量が多く、話している間に感情も意識を向ける先もくるくると変わります。独白ではなく会話ですから相手役と反応し合う必要もあり、何もかもがひっきりなしで休みなし状態…!

 舞台下手面側に置かれていた黄色い干し草を被った豚の剥製(?)は、小作人のホーガン家で飼われている豚でしょうか。家畜そのものであると同時に、ジムに「金髪の豚」とののしられる売春婦、そして甲斐甲斐しく父の世話をするあばずれの長女ジョジーでもあるのかなと思いました。あの豚は生きていくのに不可欠な食料および商品、男性の支配欲を満たす奴隷、男性の性欲のはけ口、あらゆる暴力を受けとめるサンドバッグ、何もかも許し抱きしめてくれる母親…だと想像すると……ムカついてきますね!(笑)※個人の妄想です。

 地主の息子ジム役は内藤栄一さん。登場するなり何かがおかしい人だなとわかりました(酔っぱらっている)。傲慢で暴力的だけど子供っぽいところがあり、生まれつきの大きな不幸を背負った(ように見せる)憂鬱で繊細なお坊ちゃん…こりゃモテないわけないなっ!(笑) 勢いに流されて慌ててセリフをしゃべることがなく、目的も行動も緻密に組み立てられている印象を受けました。瞬時に豹変する演技が巧みで、小さく口ずさむ歌もお上手でした。体の芯に固い諦念が居座っているように見えたのも、役作りゆえかしら。体も鍛えられているようにお見受けしました。歌の分野(ミュージカルなど)でも活躍していただきたいですね。

 ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。「だ・である調」になりました。

 一番年上の長女ジョジーの下の三兄弟は、自分たちをこき使う性悪な父フィル・ホーガンに反発し、家を出て行った。男勝りなジョジーは「結婚は自由を奪うものだ」と言ってはばからず、村の大半の男たちと肉体関係を持っているらしい。評判の悪いあばずれだが、父とは馬が合う。小作人のホーガン家は地主であるタイローン家に対し、地代を滞納している。タイローン家の跡継ぎは飲んだくれの長男ジムで、ジョジーとジムが相思相愛であることを、フィルは知っていた。そして、ジョジーが実は処女であることも。

 ホーガン家の土地を隣人の大富豪ハーダー家が買う可能性が出てきた。ジムは「フィル以外の誰にも売らない」と言っていたが、酔っ払いは信用できない。疑心暗鬼になったフィルは、ジョジーの色仕掛けでジムを落とし、結婚を迫ることを思いつく。紆余曲折の末フィルの計画通りに進んだものの、二人は結ばれることなく別れた。ジムはジョジーが処女であることも、過度な強がりであることも知っていて、本当に愛していたが、それゆえ彼女に手を出すことはできなかった。ジョジーはジムの告白(母の葬式に出なかった経緯)を聞き、彼の全てを許し優しく抱きしめた。

 早朝に帰宅したフィルは「ジョジーにとって(結婚をつかむ)最後のチャンス」だと思い、ジムを陥れようとしたと吐露する。その思いを受けとめたジョジーは父と二人で生きていく未来を受け入れ、朝食を作るために居間を出た…ところで終幕。ジョジーとジムが互いの愛を確認し合った場面では、最低最悪の状況で生まれる崇高な瞬間を味わえた。ただ、ジョジーはなぜ父と暮らすことを肯定的に捉えたのだろう。そして、あんなに聡明な女性がなぜ積極的にあばずれを装ったのか、その目的が私には見えてこなかった。フィルは「実は善い面も持った憎めない老人」に、ジムは「家庭の幸せに恵まれなかった純粋な病人」に見えたが、それでいいのだろうか…。

 母の棺を載せた列車で泥酔するジムの相手をした売春婦のことを、ジムは幾度も、怒りを吐き出すように「金髪の豚」とののしっていた。怒りは自分に向けたものでもあったと思う(飲みすぎで母の葬式に参列できなかった)。列車の個室で数日間(だったかな)、ジムの面倒をみた売春婦は、性交以外に会話もしただろう。ジムの暴言と暴力にも耐えたはずだ。彼女はジムと1日50ドルの契約関係を結び、ジムだけでなく、列車の乗客と乗務員を迷惑な酔っ払いから救ったとも言える。なのにジムとジョジーとの会話でも、売春婦はまるで触れてはいけないもののように汚物扱いされていた。

 ジョジーは3人の弟を農場から脱出させてやり、相思相愛のジムと肉体関係を持たず結婚もせず、偏屈な父と2人で生きていくと決めた。これは家庭内の女性一人に無償のケア労働が押し付けられる典型例だ。ラストシーンでは、ジムを見送って徹夜状態のジョジーが下手奥へと去った後、椅子に座ってパイプをふかし、朝食を待つ父の後ろ姿が舞台に残る。特に不穏な空気はなく、以前と同じ日常が戻ってきた…と思わせる静かな幕切れだった。自分の望みを全て諦めて、男たちを慰撫して奉仕すると決心した女性を美化してはいないか。父の暴力性を、ジムの身勝手さをもっと際立たせても良かったのではないか。

 女性へのあからさまな差別と搾取、娼婦を忌み嫌う感情と処女崇拝も、1920年代のアメリカ北東部の常識だったのだろう。作者ユージン・オニールが実兄をしのび、彼の願いを全て叶える供物としてジョジーを造形したのかもしれない。男性が女性に「母」であることと、自分専属の「娼婦」であることを求めるのは「男性あるある」だ。男性劇作家が創造した物語のなかで、女性の登場人物が「母」と「娼婦」の役割を担わされることは少なくない。原作に敬意を払い、時代背景や設定を忠実に立体化していくことは、戯曲上演の入口として重要だと思う。でもそこに重点を置きすぎると、古い価値観を延命させてしまう可能性があるのではないか。たとえば戯曲の世界を跋扈する甘え切った登場人物に鉄槌をくだすような、2022年の批判的な視点を含んだ演出も観たかった。

↓2022/10/17加筆

↓2022/10/23加筆

トランスレーション・マターズ 上演プロジェクト2022
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亡き兄と同じ歳となり、作家は一日2時間の執筆が限界となった。
「人は誰も、孤独のまま旅立つことはない、残されることはない」
その祈りが‘白鳥の歌’のように──A Moon for the Misbegotten
2022年新訳『月は夜をゆく子のために』
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【出演】
ジョジー・ホーガン(フィルの一人娘、評判のアバズレ):(ダブルキャスト)まりゑ、毛利悟巳
 ※私は毛利さん出演回を拝見しました。
ジェイムズ・タイローン・ジュニア(通称ジム、大地主の息子、飲んだくれ、父は3年前、母は1年前に病死):内藤栄一
マイク・ホーガン(フィルの三男、長男と次男と同様に家出):大城清貴
T・ステッドマン・ハーダー(フィルの隣人、大富豪):小倉卓
フィル・ホーガン(小作人、頑固で偏屈な乱暴者、妻は17年前に死去):大高洋夫
脚本:ユージーン・オニール 翻訳・演出/木内宏昌
翻訳監修/トランスレーション・マターズ 
美術/中村公一
照明/倉本泰史
音響/長野朋美 
衣裳/小泉美都
ヘアメイク/林 摩規子 
音楽/松崎ユカ
舞台監督/河内 崇 

宣伝美術/山本恵章(Gene & Fred)
宣伝物制作コーディネート/武次光世(Gene & Fred) 
宣伝写真/岩村美佳
小道具協力/高津装飾美術 TPT

プロデューサー/三瓶雅史(ニューフェイズ)
制作/藤野和美(オフィス・REN) 鴻上夏海(ニューフェイズ)
制作・票券/福本悠美(オフィス・REN)
助成/公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京 文化庁『ARTS for the Future!2』補助対象事業
主催・企画・製作/一般社団法人トランスレーション・マターズ

【発売日】2022/08/27
(全席指定/税込)
一般/6,600 円(前売・当日共) 
学生割引券/1,000 円(チケットぴあ前売のみ取扱/枚数限定)
https://translation-matters.or.jp/production_01_moon.html
https://stage.corich.jp/stage/178395

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