【観劇】パルコ・プロデュース『凍える FROZEN』10/02-10/24 PARCO劇場

 英国の女性劇作家であるブライオニー・レイヴァリーさんの三人芝居を栗山民也さんが演出されます。翻訳は平川大作さん。上演時間は約2時間25分(途中休憩20分を含む)。
 レイヴァリーさんが脚本を担当したNTliveの「宝島」と「ブック・オブ・ダスト」がすごく面白かったんです。NTliveの2本は原作がありましたが、『凍える FROZEN』はご自身のオリジナル戯曲ですね。全く印象が違いました。

≪作品紹介≫ https://stage.parco.jp/program/kogoeru/
トニー賞ノミネート衝撃のストレートプレイ上演決定!

凍てついた3人の心
止まったままの時間が、静かに動き出す。
1998年にイギリスで初演された『FROZEN』は、2004年にNYで上演され大評判となり、同年に演劇賞の権威「トニー賞」のBEST PLAYにもノミネートされたブライオニー・レイヴァリーのヒューマンサスペンスです。重厚で骨太な脚本と「病的疾患による連続殺人」を扱ったこの作品は、否応なく観客の胸を締め付けます。2018年には、LONDONのTheatre Royal Haymarketでジョナサン・マンビィの演出でもリバイバル上演されました。

10才の少女ローナが行方不明になった・・・それから20年後のある日、連続児童殺人犯が逮捕された・・・児童連続殺人犯のラルフを前に、ローナの母ナンシー、精神科医のアニータがそれぞれ対峙する。三人の内面に宿る氷の世界・・・拭いきれない絶望感、消えることのない悲しみ、やり場のない憎悪、そして・・・
それぞれの止まったままの時間が、不意に動き始める。
善悪の羅針盤を持てなかった男・・・裁くのは誰か。

家庭内暴力、幼児虐待・・・社会に潜む病巣が事件となって表出し、毎日のようにニュースとして報道される現代に、疑問を投げかける衝撃のストレートプレイ。日本を代表する演出家栗山民也の手によって、本年10月PARCO劇場にて開幕いたします。
≪ここまで≫

 ある連続殺人犯と彼を担当する精神科医、そして被害者遺族が対峙する物語です。独白が大半を占める三人芝居で、まとまった長さのセリフを各人が担当します。独白のなかで家族や知人のことも演じるので、全俳優が複数役を演じていました。三人とも心が凍え切ってしまいそうな状態(“極北”)にいて、もがきます。独白が多いとついていくのが大変になることもありますが、照明、映像、音楽のサポートのおかげもあってか、置いていかれる感覚はなかったです。

 私自身が約50年(うげー)の自分の人生において、他者に対して振るってきた暴力の数々を自覚し、一つひとつを振り返って反省しなければ…とツイートしたばかりでした。取り返しのつかない犯罪とその被害と原因について考える時間をいただけたのは、とてもタイムリーでしたね。辛いですけど、自分の罪をなかったことにはできないし、無視したまま、違う自分へと変わることはできないと再確認しました。ありがたいです(辛いけど…)。

 演劇は俳優の声、体、心を通じて、他者の人生を疑似体験させてくれます。どの役も演じるのが本当に大変そう…。三人の俳優さんに敬意と感謝の気持ちが湧いてきます。どうぞ最後まで、健やかにつとめられますように。

 公演パンフレットに載っていた筑波大学教授・原田隆之さんの寄稿が勉強になりました。凶悪犯罪の原因や被害者、加害者心理は複雑で、この作品の登場人物が語ること全てが現実と合致しているわけではないそうです。

 ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。私個人の解釈なので間違いや勘違いは多々あると思います。

 白い十字路が舞台の中央で交差し、同じく白色の壁が三方を囲みます。舞台奥の壁は一本道の突き当たりが開口部になっており、下手の壁には出入口の四角い穴が開いています。壁には映像が映し出され、各幕のタイトル文字も表示されます。
 下手面側(しもてつらがわ・舞台の左側前方)は行方不明になった女児ローナの母・ナンシー(長野里美)の家のスペースで、壁には庭に咲く花がカラフルに映写されます。ローナの死が判明する20年後は、その花々が白黒に変わりました。長野里美さんは“平凡な主婦”を可愛らしく演じており、過度にヒステリックにならず、時を経て落ち着きを獲得していくのも自然で魅力的でした。

 小児性愛者の連続殺人犯・ラルフ(坂本昌行)は酒浸りで短気な男性で、いかにもならず者っぽい造形です。こっそりコレクションしている児童ポルノのビデオ(?)や、体に入れた複数のタトゥーを自慢します。舞台中央の通路の下手側にある小さな蛇口をひねって水を出し、手を洗ってクリーム(?)を塗ります。彼は清潔好きなんですね。ラルフがローナを誘拐する場面では、床に映し出される左右の小さな足跡が、ローナの動きを表していました。とても怖かった…。子供には「知らない人の車に乗ってはダメ」「知っている人でも、親に言ってからじゃなきゃダメ」ときつく教えなきゃと改めて思いました。

 NYからロンドンにやってきた精神科医アニータ(鈴木杏)が講義する場面は、講義内容がテキストで下手奥の壁に映写されました。「悪意による犯罪を罪とするなら、疾病による犯罪は症状である」という発言は強い印象を残しました。逮捕されたラルフを診察したアニータは、幼少期の虐待のせいでラルフの脳が正常に発達していないことを突き止めます。ラルフもまた被害者だったことで残忍な犯罪に理由が与えられたように感じたのですが、「(だから)ラルフは悪くない」という主旨のアニータの発言には、大いに戸惑いました。被害者ローナとその家族に思いを寄せていたので、「じゃあナンシーは、私は、この怒りを、悲しみを、どうすればいいの?」と。ここで途中休憩。

 時間は前後するかもしれませんが、ナンシーとその長女イングリットが次女ローナの遺骨と対面する場面がとてもよかったです。長野さんの独白だけで進むのですが、ナンシー、イングリット、遺骨、そして納棺師の姿がありありと見えるようでした。ナンシーは頭蓋骨を両手で優しく包み、曇りない笑顔で「ローナだとわかった」「やっと会えた」と言います。ネパール等(モンゴルだっけ)を旅して成長したイングリットに励まされたナンシーが、ラルフを許し自分を解き放つ決心をする展開に納得できました。

 論理的思考ができないラルフは、少女を殺すことが違法であることを理解できず、少女たちも自分を愛していたのだと思い込んでいます。でも、ナンシーとの面会で彼に変化が訪れました。ナンシーが「私はあなたを許します」「私はあなたを恨んでいない」と伝え、ラルフも少し心を許し、二人でタコの仮装をしたローナの写真を見て微笑み合います。この二人の共通点は「ローナを大好きなこと」だったんだな…と感じ、とても切なかったです。やがてローナがラルフの父母について尋ねると、ラルフはアニータには言わなかった虐待を生々しく再現します。怒鳴られ、殴られ、汚い言葉を使うと口に石鹸(?)を入れられていた…。後からわかることですが、彼は性的虐待も受けていました。

 「ローナは決して怖くなかったわけじゃない、あなたと同じで、暴力を振るわれてとても怖かったんだ」とナンシーに言われ、ラルフは胸に痛みを感じ始めます。おそらく良心の呵責や後悔が、初めて心の中に生まれたのでしょう。ラルフは面会後、ナンシーに手紙を書きます。震えながら、涙しながら「ごめんなさい」「ごめんなさい」と幾度もしたためる丸い背中が弱弱しく、痛々しくて、かわいそうにも見えてきました(7人も殺したのに)。ようやく書き上げた手紙を封筒に入れると、なんと、破り捨ててしまいました。彼のなかで様々な感情がぶつかり合っているのだと思いました。

 板挟みの気持ちに苦しむラルフが中央の通路に向かうと、蛇口から水が流れ始めました。蛇口から流れる水は肉欲のメタファーかしら。彼の顔が幼児性愛者の顔に見えてきました。舞台上手奥の壁が徐々に上手袖へと移動し、壁の裏にあったホリゾント幕の面積が広がって空間が明るくなっていきます。ラルフは悲痛な声をあげながら通路を舞台奥へと進んでいき、自ら首を吊って奈落に落ちました。胸が痛いと言い出してから自死するまでの数日間(数時間?)は、心身に激しい痛みを伴う旅路だっただろうと思います。ラルフは少女たちの恐怖を追体験しながら自分の残虐行為と向き合い、それでいて欲望を抑えられず、矛盾する気持ちと罪の重さに耐えかねたのではないでしょうか。息も絶え絶えになるなか、自らの意志で通路を歩んでいった坂本さんの演技に引き込まれました。

 ラルフの葬儀でアニータとナンシーが再会します(ナンシーはラルフとの面会希望を伝えるために、一度だけアニータに会っていた)。ナンシーが「ラルフの自殺は、私と面会したせい?」と尋ねると、アニータは「はい」と答えました。あまりにストレートで意外でしたが、物語の流れ上、納得はできました。もしそれが事実だとしたら、アニータが面会に反対したのは正しかったのかもしれませんね…でも早計は慎むべきだとも思います。
 ※パンフレットの原田隆之さんの寄稿を読むと吉かと。

 アニータが自分の浮気話を打ち明けるのが面白かったですね。ナンシーとは2度しか会っていないのに、何かしらの連帯感があったのかしら。アニータが10年来の研究仲間で親友だったデイヴィッドと(アクシデントのように)肉体関係を持ったのは、彼が交通事故で突然死する3日前でした(事故の相手はコカインを大量に摂取していた)。デイヴィッドの妻メアリーとその子供二人とも親しいので、アニータには罪悪感があります。ナンシーは「(メアリーには告白せずに)罪を抱えて生きていきなさい」とアドバイスしました。

 そういえばナンシーも、夫のボブに内緒で他の男性とデートしていましたよね。彼女の場合、暗闇の20年間を経てようやく新しい人生が始まったというポジティブな側面がありますが、これも罪ではあるでしょう。連続殺人事件と同列にはできませんが、罪は日常生活において軽々しく生まれ、生涯にわたり自分の中に残るのだという警句を、私も真剣に受け止めたいです。

 一幕と二幕の終わりは照明の溶暗と客電の点灯が同時進行し、舞台上が暗くなるにつれて客席が明るくなって、暗転しませんでした。ストレートプレイでは「溶暗後に客電が点灯して休憩」「突然の暗転後に明転してカーテンコール」といったタイプによく遭遇するので、比較的珍しいタイプの照明の演出ではないでしょうか。物語と現実とがじんわりと地続きになってよかったと思います。

 自分の拙い解釈をここまで長く(だらだらと)書いてきたものの、どうにも腑に落ちない感覚があります。「これは嘘なのでは?」「この会話の裏に違う意図があるのでは?」等と、舞台上の出来事を疑いたくなるような瞬間が、もっと欲しかったかもしれません。観客が登場人物に感情移入できることは重要ですが、3人の人物を俯瞰して全体を批判的視点から観る時間が、もっとあってもいいのではないかと思いました。

 アニータは医学的知識をわかりやすく伝える語り部、凶悪犯と対峙する精神科医、大切な人を亡くし人間関係に悩む若者という、複数の役割を担っています。鈴木杏さんはパンフレットで「バランスが重要」という主旨の発言をされていて、やはり簡単ではないのだなと思いました。
 客席に向かって話す講義は緩急があって明晰でわかりやすく、NY発ロンドン行きの機内にいるアニータは精神不安定でわがままでコミカル(笑)。デヴィッドの妻と電話で話す場面は、小道具(恐竜のおもちゃ?)などを使って、若い女性のプライベートな時間をリアルに見せてくれました。

↓2022/10/20加筆

パルコ・プロデュース2022
≪東京都、福島県、兵庫県、愛知県、長野県、新潟県、福岡県、沖縄県≫
出演:坂本昌行、長野里美、鈴木杏
▼登場人物
ラルフ (連続殺人犯 小児性愛者)・・・・・・坂本昌行
ナンシー(娘のローナをラルフに殺される)・・・長野里美
アニータ(精神科医)・・・・・・・・・・・・・鈴木杏

脚本:ブライオニー・レイヴァリー Bryony Lavery
翻訳:平川大作 演出:栗山民也
美術=二村周作 照明=服部 基 映像=上田大樹 音楽=国広和毅
音響=井上正弘 衣裳=前田文子 ヘアメイク=佐藤裕子
演出助手=戸塚萌 舞台監督=藤崎遊
宣伝=る・ひまわり 宣伝美術=永瀬祐一 宣伝写真=加藤アラタ
宣伝衣裳=ゴウダアツコ 宣伝ヘアメイク=大宝みゆき
プロデューサー=佐藤玄 制作=藤原治・千葉文香 制作助手=古城茉莉 製作=宇都宮誠樹
企画・製作=株式会社パルコ
【発売日】2022/08/20
(全席指定・税込)10,000円
https://stage.parco.jp/program/kogoeru/
https://stage.corich.jp/stage/183212

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