ベルリン・シャウビューネ劇場『暴力の歴史』10/24-10/26東京芸術劇場プレイハウス

 ドイツ人演出家のトーマス・オスターマイアーさんが、2016年に書かれたフランスの小説を舞台化。ドイツ語上演、日本語・英語字幕付きで上演時間は約2時間15分(休憩なし)。東京芸術祭の演目です。

 メルマガ2019年10月号で今月のお薦め3本としてご紹介していました。

≪作品概要≫ https://tokyo-festival.jp/2019/historyofviolence/
“暴力”のかたち
社会に黙認された暴力の形を、あなたはどう受けとめる?

クリスマスイブ、「私」はアルジェリア系の青年と愛を交わす。
しかし、スマートフォンが無くなっていることに気づいた
「私」がそのことをなじると、
青年は出自と両親への侮辱だと激怒し、「私」はレイプされる。告発へのためらい。
故郷の姉は、「私」のパリジャン気取りを嘲笑する。
警察の自宅捜査が始まる—。
教育・収入格差、移民やセクシュアル・マイノリティへの偏見。
私たちは加害者なのか、それとも被害者なのか。
現代社会で再生産され続ける“暴力”の形を抉り出す。
≪ここまで≫

≪あらすじ≫ https://tokyo-festival.jp/2019/historyofviolence/
早朝4時のパリ。青年エドゥアールはクリスマスディナーから帰宅する途中、レピュブリック広場でアルジェリア系の男レダと知り合う。弾んだ会話はいちゃつきに変わり、そのままエドゥアールはレダを自分の部屋へと連れ帰る。二人はその夜を共に過ごし、レダは自分の幼少期とアルジェリアからフランスへ逃げてきた父親の話をする。浮かれた雰囲気の中で二人は笑い、愛撫しあい、ベッドを共にする。しかし数時間後、別れ際にエドゥアールが自分のスマートフォンがなくなっていることに気づくと、突然、暴力的な空気が部屋を支配する。レダはエドゥアールを銃で脅し、レイプする。翌朝、エドゥアールは警察、そして病院にいる。このトラウマにどう向き合っていいか途方に暮れた彼は、逃げ込むように北フランスの田舎に暮らす姉のクララを訪ね、彼女に事情を打ち明ける。この劇的な出来事に対する周りの人々、警察官、医師の意見や反応は、社会に深く根付いた人種差別、ホモフォビア、そして不透明な権力構造を暴いていく。
≪ここまで≫

 舞台奥には壁全体を覆うほど大きなスクリーン、中央奥と下手端の床には家具類が置かれており、上手端にはドラム演奏者がいます。シャープでひんやりとした印象の空間です。

 出演俳優は4人だけ(男性3人、女性1人)。主人公の金髪の男性(エドゥアール役)以外はさまざまな役を演じます。舞台上で俳優がスマホで撮影する写真、映像がスクリーンに生中継され、各場面の大きな背景になります。

 演出はスタイリッシュでクールで知的で洗練されていて、俳優は静止も暴発も自在の、さすがの演技力でした。おぼつかなさ、奇妙な曖昧さなどの不安材料が全くないので、すっかり落ち着いて作品と向き合えました。

 ことの顛末を話してから回想をしていく形式なので、ハラハラし過ぎず、冷静に考えながら観ることができました。フランスのお話ですが言語はドイツ語。スクリーン上部の下手側に日本語、上手側に英語の字幕が表示されます。地名などのフランス語を含めると、4か国語を同時に摂取する状態で、私はそれに少し疲れてしまったかもしれません。

 エドゥアールが着ているピンク色の薄いセーターがとても素敵でした。昔からああいうセーターが似合う男性が好きだったんですよね(笑)。今も昔も、私の生活範囲ではなかなかお目にかかれません。

 ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。

 レダは移民の子で、彼の父親が理不尽な収容所生活をさせられていたこと。レダも主人公のエドゥアールも、ゲイであるだけで息苦しい人生を強いられてきたこと。レダにレイプされ殺されかけたエドゥアールは、姉とその夫の家に避難するけれど、姉たちが心からいたわってくれないこと。警官がエドゥアールの話をそのまま聞かず、警察側にとって都合のいいように誘導していくこと(姉も然り)。さまざまな「暴力」を目の当たりにし、じっくり考える時間になりました。

 レダはエドゥアールの家で一夜を過ごし、エドゥアールがシャワーを浴びている間に、彼のiPadとスマホを自分の服のポケットに入れていました。盗んだのは明らかだったのに、エドゥアールに疑われると逆上します。「俺を侮辱するのか」「俺を泥棒だというのか」から、「母さんを侮辱することは許さない」に至り、一時的におさまりそうになるものの、最終的には銃でエドゥアールを脅し、レイプしてしまいます。

 レダはエドゥアールを「汚い同性愛者」などとののしっていました。彼とセックスをしたばかりなのに。セリフにもありましたが、レダは自身の性的指向に嫌悪感を抱いているんですね。本当は盗んだのに「自分は泥棒ではない」と主張するのも同じことです。レダは父親の話をしていた時に、「収容所の仕組みは嘘を生み出す。なぜなら家族宛ての手紙には「フランスで成功して幸せだ」と書かざるを得ないから」と言っていました。あまりに理不尽で、受け入れがたいことが起こると、人間は嘘をつかずにいられなくなる…。

 嘘はエドゥアールが最後に言っていたことにつながるんですね。一人暮らしの自分の部屋でレイプされて、体にも心にも大きな傷を負ってしまった彼は、嘘をつくことで生き延びられたと吐露します。嘘は想像力の賜物で、人間らしさそのものとも言っていいのかもしれません。

 嘘が生きる糧になる人もいるでしょうが、嘘で死ぬ人もいるし、嘘自体が罪になることもありますよね。まずは嘘をついた人間のなかに何があったのかを、ありのままに見つめて、受け入れることが大切なのではないか…などと考えました。他人の嘘だけでなく、自分がついた嘘についても。

上演言語:ドイツ語(日本語・英語字幕付)
上演時間:約135分(休憩なし)

※受付開始は開演の1時間前、開場は30分前
※公演には一部、性的・暴力的な表現が含まれています。

出演 クリストフ・ガヴェンダ、ラウレンツ・ラウフェンベルク、レナート・シュッフ、アリーナ・シュティーグラー、
演奏 トーマス・ヴィッテ

原作 エドゥアール・ルイ著『暴力の歴史』(2016年)
演出 トーマス・オスターマイアー
独仏翻訳 ヒンリッヒ・シュミット=ヘンケル
トーマス・オスターマイアー、フロリアン・ボルヒマイヤー、エドゥアール・ルイによるドイツ語での初演翻案

演出助手 ダーヴィッド・シュトエル
舞台美術/衣装 ニーナ・ヴェッツェル
音楽 ニールス・オステンドルフ
映像 セバスティアン・ドュプィ
ドラマトゥルク フロリアン・ボルヒマイヤー
照明 ミヒャエル・ヴェッツェル
振付 ヨハンナ・レムケ
製作 Schaubühne Berlin
共同製作 Théâtre de la Ville Paris, Théâtre National Wallonie-Bruxelles and St. Annʼs Warehouse Brooklyn.
初演 2018年6月

主催:東京芸術祭実行委員会 [豊島区、公益財団法人としま未来文化財団、フェスティバル/トーキョー実行委員会、公益財団法人東京都歴史文化財団(東京芸術劇場・アーツカウンシル東京)]
後援:ドイツ連邦共和国大使館 / ゲーテインスティトゥート 東京、東京ドイツ文化センター、在日フランス大使館 / アンスティチュ・フランセ日本
制作:株式会社precog

9月1日(日)10:00~ 一般発売
・一般S席:前売5,000円 / 当日5,500円
・一般A席:前売4,000円 / 当日4,500円
・障害者割引:S席4,500円 / A席3,600円
・29歳以下(A席):3,000円
※未就学児童は入場不可
※推奨年齢16歳以上
※障害者割引は前売のみ、東京芸術劇場ボックスオフィス電話・窓口のみ受付
※29歳以下割引は、東京芸術劇場ボックスオフィスのみ取扱い。
(前売のみ・枚数限定・要証明書)
※車椅子で観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問い合わせ
ください。
https://tokyo-festival.jp/2019/historyofviolence/

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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