新国立劇場演劇『かもめ』04/11-04/29新国立劇場小劇場THE PIT

 今月のメルマガのNo.1お薦め公演です。新国立劇場初のフルオーディション企画が前売り完売、連日満席で嬉しい限り!2020年の『反応工程』の次にもつながってほしいです。
 公式によると上演時間は約2時間50分です(1~3幕 1時間50分 休憩15分 4幕 45分)。
 オーディション情報:https://shinobutakano.com/2018/01/11/8343/
 ギャラリー・プロジェクト「フルオーディションの可能性」非公式レポート:https://shinobutakano.com/2019/04/14/12088/

 稽古場ダイジェスト映像:
  https://youtu.be/ZPknlwNH1eY
 稽古場レポート:
  https://okepi.net/kangeki/1504
  https://spice.eplus.jp/articles/231872
 鈴木裕美×小川絵梨子 対談・キャストインタビュー:
  https://natalie.mu/stage/pp/shinkokuritsu1819_02

≪あらすじ≫ 公式サイト(https://www.nntt.jac.go.jp/play/theseagull/)より
ソーリン家の湖畔の領地。女優のアルカージナと愛人の小説家トリゴーリンが滞在している。アルカージナの息子コンスタンティンは恋人のニーナを主役にした芝居を上演するが、アルカージナは芝居の趣向を揶揄するばかり。コンスタンティンは憤慨しながら席を外すが、アルカージナは、ぜひとも女優になるべきだ、とニーナをトリゴーリンに引き合わせる。
ニーナは、トリゴーリンに名声への憧れを語り、徐々にトリゴーリンに惹かれていく。コンスタンティンは自殺未遂を引き起こし、さらにはトリゴーリンに決闘を申し込むが、取り合ってすらもらえない。モスクワへ戻ろうとするトリゴーリンに、ニーナは自分もモスクワに出て、女優になる決心をしたと告げ、二人は長いキスを交わすのだった。
2年後、コンスタンティンは気鋭の作家として注目を集めるようになっている一方で、ニーナはトリゴーリンと一緒になったものの、やがて捨てられ、女優としても芽が出ず、今は地方を巡業している。
コンスタンティンがひとり仕事しているところへ、ニーナが現れる。引き留めるコンスタンティンを振り切り、再び出て行くニーナ。
絶望のなか、部屋の外へと出て行くコンスタンティン。銃声が響く……。
≪ここまで≫

 まず、開演に遅刻したことをお詫びします。開演時刻を30分間違えて慌てたせいで、ホームを間違えて電車を2本乗り過ごし、初台駅に到着したのは開演時刻でした…。引っ越ししてから、こういうことが多発しています(涙)。冒頭のマーシャとメドベジェンコの会話が観られていません。

 『かもめ』は個人的に大好きな戯曲です。たとえば2004年のロシア・マールイ劇場版は、(映像で見ただけにもかかわらず)私の観客としての人生を変えたといっても過言ではありません。数えてみたら、これまでに18種類の『かもめ』を観ていました(漏れがあるかもしれませんが)。思い入れのある作品なので、どうしても色々比べる視点で観続けることになりました。

 戯画的な方向性の演出で、会話には“ボケ突っ込み”のように笑いを誘うやりとりが多かったです。突然大きな声を出したり、敢えて型を見せるような動作をしたり、わかりやすいポーズを取ったり…。セリフの当てぶりをするような動作(ジェスチャー)も多く、説明過多でもあり、私の好みではありませんでした。他のお芝居でもよく見ますが、可笑しくないのに大勢でそろって声を出して笑う演技も苦手です。

 コンスタンティン(=トレープレフ)の最後の決断に納得できたのは、その前のニーナ(岡本あずさ)とコンスタンティン(渡邊りょう)の場面のおかげだと思います。岡本さんと渡邊さんは前半と後半でガラリと変わり、時間の経過と人物の変化が一目でわかりました。経済的に自立した二人が生きることについて語る場面は、すっかり没頭して、私自身の人生を問う時間にもなりました。

 『かもめ』は1896年に初演され、1898年に真価を認められた戯曲です。約120年前…。今回は英国劇作家トム・ストッパードさんの1997年初演の英語台本を、小川絵梨子さんが新訳し、鈴木裕美さんが演出されていますので、私があまり引き込まれなかった原因が何なのかは、具体的には指摘できないです。

 ここからネタバレします。正確性は保証できません。細かいことを書き連ねていますが初日時点の感想ですので、今の上演はすっかり変わっているかもしれません。

 トリゴーリンが、初めて会う人に挨拶もできないような、あからさまに人見知りをする気の弱そうな人物になっているのは初めて拝見したように思います。自分に憧れるニーナと二人きりになったトリゴーリンが、有名小説家の苦悩について吐露する場面では、彼は執筆業を突き詰める求道者というより、本当の自分と他人の評価の不一致にオタオタする、一般の若者のようでした。田舎娘を前にみっともない自分をさらす純な男性は可愛らしいです。
 その後ニーナから「モスクワで女優になる」と告白された時も、トリゴーリンは相変わらず人付き合いが下手な若者という造形でした。モスクワでの再会を約束する場面では、身分違いの男女が恋を成就させ、それが祝福されたような幸せな時間が流れました。将来にも幸福が待っていると予感させるものでした。これが整合性を欠く原因のひとつになったのではないかと考えます。

 ニーナに再び心を奪われたトリゴーリンは勇気を振り絞って(今作では純粋に、勢い余って)アルカージナに別れを告げますが、アルカージナに丸め込まれます。とてもスリリングな場面なので、コントのようにはして欲しくないんだよなぁと常々思っています。今作では男女のパワーゲームは明確に伝わりましたが、なぜかアルカージナがトリゴーリンを抱きながら客席に向かってセリフを言ったり(そのため緊張感が途切れる)、彼を落とした時に彼からは見えない右手を高く上げてガッツポーズをしたりして(ポーズで説明をしている)、興がそがれました。マキノノゾミさんが同劇場で演出した『かもめ』でも、三田和代さん演じるアルカージナの顔にスポットライトが当たってがっかりしたんですよね。
 トリゴーリンの「僕には自分の意志というものがない」というセリフが変わっており、演出次第で可笑しいオチにできるのを防いでいて、良かったと思いました。

 4幕は2年後です。ニーナを捨ててアルカージナと復縁し、湖畔に再訪したトリゴーリンが、新進小説家として有名になったコンスタンティンに気さくに話しかけます。それだけでもムカつく上に、「あなたのお芝居を上演した舞台装置、今も残っているなら見たいです」などとぬけぬけと言ってのけるのです。その一人芝居に主演していたニーナをモスクワに呼び寄せて一緒に暮らし、妊娠までさせたのに、彼女なんて存在しなかったかのような振る舞いです。なんたる無神経…てか健忘症かよ!(思わず声を荒げてしまう私) コンスタンティンの傷心に追い打ちをかけるのは原作どおりです。ただ、今作では3幕でトリゴーリンとニーナが純粋に相思相愛だったように見せていたため、トリゴーリンの人格が豹変したように見えて強い違和感がありました。

 トリゴーリンは小説のモチーフを見つけるとメモをします。今作ではその回数が増えて、熱心さも増しているようでした。4場でシャムラーエフが持ってきた剥製のかもめに、彼は奇妙なほどおののきます(剥製にスポットライトが当たるのが嫌でした)。おそらくニーナのことを思い出したのでしょうけれど、すぐに彼はその剥製を見ながらノートに何かを書きとめ始めました。2年前と同様、一心不乱に。小説を書くことに夢中で、他のことは忘れてしまう男性だと印象づける演出なのかもしれません。もしかしたら彼は現代人の表象なのでしょうか。言ったこともやったことも平気でなかったことにして、それを隠そうともしない人、いますよね。

 小説家になったコンスタンティンが自分の文章能力について批判的に語る場面は、原作ではコンスタンティンの独白になっています。今作では、医師のドールンだけが部屋にとどまってコンスタンティンの言葉を聞き、コンスタンティンもまたドールンに向かって話すという演出になっていました。公演パンフレット(広田敦郎さんの寄稿)によると、ストッパード版のト書きの指定のようです。コンスタンティンの芝居に理解を示すのはドールンだけですので、「ドールンこそがコンスタンティンの唯一の理解者である」という設定をわかりやすく伝える意図かなと想像しました。でも今作のドールンの造形はそうでもないような…。誰かが独り言のように語る場面は他にもあるので、私は原作のままでもよかったですね。

 『かもめ』を二人の男性小説家と二人の女優という四人の男女の物語だととらえ、四人芝居にしたバージョンを観たことがあります。今作ではトリゴーリンの独特の造形もあって、「執筆」と「演技」には特に焦点を当てていないようでした。
 ニーナの一人芝居をどのように上演するかは解釈のしどころだと思います。今作では1幕よりも4幕の方が説得力のある演技で、ニーナの成長が見てとれました。4幕の岡本あずささんは素晴らしいと思いました。コンスタンティンとして彼女をありのままに受け止めていた渡邊りょうさんも。
 ストッパード版ではアルカージナがシェイクスピアのセリフをいくつも引用し、教養のある女優であるように示されます。ニーナの最初の一人芝居を現代に通じる高品質の前衛演劇上演にして、アルカージナを含む劇中の観客たちはそれを理解しない…という見せ方が私は好きですね。2004年に観たマールイ劇場版『かもめ』(映像)では最初の一人芝居に息を呑みました。

舞台美術の模型(美術:乘峯雅寛)
舞台美術の模型(美術:乘峯雅寛)

 ストッパードさんの翻案なのか、小川絵梨子さんの新訳なのかはわかりませんが、ニーナの「私はかもめ…いいえそうじゃない」というセリフが、(私の記憶によると)3回とも違う言葉に変わっていてとても良かったです。岡本あずささんは言葉も演技もバリエーション豊かで、グラデーションも細やかでした。渡邊りょうさんは、コンスタンティンは自殺を選ぶしかないと納得させてくれました。

 小説家になったもののコンスタンティンは充実を得られていません。自分をつかめていないんですね。対してニーナは都会で苦労して、子供を亡くし、男に捨てられ、演技がまともにできない地獄も経験し、それでも生き抜くのだという境地に至っています。社会的にはコンスタンティンの方が認められていますが、人間としてはニーナの方が成長しているし、自分の手で何かをつかんでいるんですね。そのニーナがはっきりと「今もトリゴーリンを愛している」と言う…。そして冒頭のコンスタンティンのセリフ(「ニーナがいないと生きていられない」等)のとおりの結末が訪れるわけです。2006年にチェルカスキーさんが「この戯曲は最初に登場人物の人生の目的(運命)が書かれている」とおっしゃったのを思い出しました。
 日本演出者協会『チェルカスキイ 演出家育成ワークショップ』まとめ:http://www.shinobu-review.jp/mt/archives/2006/0818121726.html

 ニーナとコンスタンティンのおかげでググっとお芝居に入りこめたのですが、その後の銃声が…。バキューーン!という大音量で劇場中に鳴り響いたんです…。衝撃を受けました…。ドールンが「私のかばんの薬瓶が破裂した」と言っても、誰も信じられないのでは……。

 医師ドールンと老人ソーリンは、表面的な言い方をすれば人生の勝者と敗者とも受け取れる関係です(少なくともソーリンはそう思っている様子)。長年の知り合いである老人二人の会話が、痴話げんかみたいな言いっぱなしのやりとりになっていて残念でした。私は言葉を交わす間に、ふわりと浮かび上がる何かを感じ取りたいんですよね。
 冒頭を見逃したことを含めても(すみません)、教師メドベジェンコのセリフが少なかったような気がします。勘違いかもしれませんが、とても好きな人物なので存在感が薄くて残念でした。伊勢佳代さん演じるマーシャは猪突猛進っぷりを信じられる太い存在感でとても好きでした。「恋を根こそぎ引っこ抜く」というセリフで、必ず胸から何かを引っこ抜く手振りをされるのは振付なのでしょうね。

 舞台美術は床全体に緑色の草のシートが敷き詰められており、客席に向かって降りていく数段の階段も同じく緑で覆われています。室内の場面でも家具を入れ替えるだけで床は引き続き緑のままでした。ただ4幕ではその上から何枚もの赤色系の絨毯が被せられました。かつての居間がコンスタンティンの仕事場と一緒になったという設定で、コンスタンティンのそばにいたいソーリンは下手端の長椅子に寝ます。でも、上手端にあるデスクまで遠い…。絨毯のせいもあってか、部屋が広すぎるように感じました。

■しのぶの『かもめ』観劇記録(18本)

2016年:東京芸術劇場『かもめ』10/29-11/13東京芸術劇場プレイハウス

2014年:劇団東京乾電池『かもめ』01/07-12ザ・スズナリ

2013年:Doosan Art Center Produce・東京デスロック+第12言語演劇スタジオ『가모메 カルメギ』10/01-26Doosan Art Center Space111(韓国・ソウル)

2013年:シス・カンパニー『かもめ』09/04-28 Bunkamuraシアターコクーン

2011年:第七劇場『かもめ』09/08-11シアタートラム

2010年:新国立劇場演劇研修所第4期生試演会②『かもめ』12/03-05新国立劇場小劇場

2010年:あうるすぽっと『長短調(または眺(なが)め身近(みぢか)め)』09/30-10/03あうるすぽっと

2008年:TBS/ホリプロ『かもめ』06/20-07/12赤坂ACTシアター

2008年:エンリケ・ディアス演出『かもめ・・・プレイ』06/07-08舞台芸術公園 野外劇場「有度」

2007年:東京ノーヴイ・レパートリーシアター『かもめ』06/01東京ノーヴイ・レパートリーシアター

2006年:ウラジオストク青年劇場『かもめ』05/12-14シアターX

2004年:NHK芸術劇場「ロシア国立アカデミー・マールイ劇場『かもめ』」11/21放送(22:00~01:00)

2004年:チェーホフ東京国際フェスティバル・ジンジャントロプスボイセイ『かもめ』09/15-20スフィアメックス

2004年:tpt『アントン・チェーホフ四幕喜劇 かもめ』03/25-4/11ベニサン・ピット

2004年:ク・ナウカ プロデュース『かもめ・第二章』01/14-18スフィアメックス

2004年:新国立劇場演劇『かもめ』新国立劇場01/11-29

1999年:Bumkamura『かもめ』翻訳・演出:岩松了

1999年:劇団俳優座No.248『かもめ』 翻訳:演出:安井武

■感想、その他

内田健介さんの感想(2019/05/26加筆)

■鈴木裕美さん

■オーディション参加者(の噂)

■追加(2019/05/09)

■追加(2019/05/11)

≪東京、兵庫、愛知≫
出演:
アルカージナ:朝海ひかる トレープレフ:渡邊りょう ソーリン:佐藤正宏
ニーナ:岡本あずさ シャムラーエフ:俵木藤汰 ポリーナ:伊東沙保 ※降板した福麻むつ美の代役
マーシャ:伊勢佳世 トリゴーリン:須賀貴匡 ドールン:天宮良
メドヴェジェンコ:松井ショウキ ヤーコフ:山﨑秀樹 料理人:高田賢一 小間使い:中島愛子
出演者変更のお知らせ:https://www.nntt.jac.go.jp/play/news/detail/13_013801.html
作:アントン・チェーホフ 英語台本:トム・ストッパード 翻訳:小川絵梨子 演出:鈴木裕美
美術:乘峯雅寛 照明:沢田祐二 音響:長野朋美 衣裳:黒須はな子 ヘアメイク:宮内宏明 演出助手:伊達紀行 舞台監督:村田明 制作:中柄毅志 
プロデューサー:茂木令子 芸術監督:小川絵梨子
観劇サポート:株式会社イヤホンガイド 窪田壮史
A席6,480円 B席3,240円 Z席(当日券)1,620円
https://www.nntt.jac.go.jp/play/theseagull/
参考:
http://www.ilaboyou.jp/text/text_seagull01.html
http://www.ilaboyou.jp/text/text_seagull02.html
http://www.ilaboyou.jp/text/text_seagull03.html
http://www.ilaboyou.jp/text/text_seagull04.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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