【稽古場レポート】こまつ座『私はだれでしょう』02/25都内某所

私はだれでしょう
私はだれでしょう

 こまつ座3月公演『私はだれでしょう』の稽古場に伺い、通し稽古を拝見しました。こまつ座の現場に伺うのは昨年10月以来です。

 井上ひさし作『私はだれでしょう』の初演は約10年前。台本が完成せず、初日が二度も延期されたんです。あの時、運良く観られた私はメルマガ号外を発行しました。今月のメルマガでもお薦めNo.1としてご紹介しています。

 チケット代は一般6600円、学生3300円と、高くないです。家族、恋人、友人を誘って大勢で観て、感想を分かち合ってください!

●こまつ座『私はだれでしょう』 ⇒公式サイト
 ≪東京、山形、千葉≫
 日程:3月5日(日)~26日(日)
 会場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
 出演:朝海ひかる、枝元萌、大鷹明良、尾上寛之、平埜生成、八幡みゆき、吉田栄作、朴勝哲(ピアノ奏者)
 作:井上ひさし 演出:栗山民也
 入場料6,600円 学生割引3,300円
 上演時間:3時間予定(休憩含む)

 ≪あらすじ≫ プレスリリースより。(出演者名)を追加。
昭和21年7月。戦後行方不明の肉親や知人を探す、日本放送協会(NHK)のラジオ番組『尋ね人』をつくる脚本班分室。元花形アナウンサーの川北京子(朝海ひかる)を室長に、室員の山本三枝子(枝元萌)、脇村圭子(八幡みゆき)と、「放送用語調査室」主任の佐久間岩雄(大鷹明良)、労働組合の高梨勝介(尾上寛之)らがいる分室は、連合国軍のCIE(民間情報教育局)の指揮下にあり、日系二世のフランク馬場(吉田栄作)が担当官として着任したばかり。そこに「ラジオでわたしを探してほしい。わたしはだれでしょう」と助けを求める男(平埜生成)がやってくる。
 ≪ここまで≫

 時は1945年の敗戦から約1年後の夏。舞台は東京にあった日本唯一のラジオ局(現NHKラジオ)です。初演同様、幕開けのピアノ(朴勝哲)から心をつかまれました。何もかもを失って焼け野原を生きることの痛ましさを背景に、人々が日常生活を明るく楽しむ姿を元気いっぱいに見せてくれます。素直な気持ちを伝えようとする俳優の皆さんのアンサンブルが素晴らしくて、私は何度も涙をぬぐいました。

 ラジオ局に届く投書の、離れ離れになった家族を探し求める言葉から、すぐに東日本大震災を思い浮かべました。6年前はインターネット上に安否確認の情報が溢れましたが、この時代はラジオだったんですね。

 投書の一通々々と真剣に向き合って、身を削って働くラジオ局の職員たちの奮闘ぶりに胸打たれ、私も、この人たちのような仕事がしたいと、強く思いました。このお芝居は「仕事とは何か」という問いかけへの、ひとつの答えを教えてくれます。仕事とはすなわち、生きることだとも思います。

 演出は初演と同じく栗山民也さんです。初演の時は、戯曲完成後にじっくり稽古する余裕はなかったはずで、今回の再演が『私はだれでしょう』の“完全版”と言えるのかもしれません。

 以下、栗山さんのご発言をメインにレポートさせていただきます。

写真左から:平埜生成、朝海ひかる、枝元萌、吉田栄作、大鷹明良 撮影:田中亜紀
写真左から:平埜生成、朝海ひかる、枝元萌、吉田栄作、大鷹明良 撮影:田中亜紀

■10年前の芝居が今を映している

 今から約70年前の事実をもとにしたフィクションですが、安倍政権下の今の日本で起こっていることと、驚くほどに合致します。

 栗山:まさに今の芝居なんだよ。「言い換え」「ブラックリスト」「二重国籍」、そして「共謀罪」。井上さんが今、書き下ろしたんじゃないかっていうぐらい。
 栗山:昔の国営放送(NHK)は軍御用達の放送局だった。NHKがどこへ行くのか。それは今の問題でもある。
 栗山:井上さんが怒(いか)ってるのがわかる。(物語を)積み上げようすると、パっと怒りではじけるんだ。

 体制側の理不尽で横暴なやり口だけでなく、庶民側の節操のなさも描かれます。

 栗山:三枝子(枝元萌)が言ってることの8割は、お金のこと(笑)。
 栗山:あれほど熱心に共産主義の話をしていたのに、チョコレートに心奪われる。コロっと変わって、アメリカ側に寄っちゃう。

写真左から:尾上寛之、吉田栄作、枝元萌、朝海ひかる 撮影:田中亜紀
写真左から:尾上寛之、吉田栄作、枝元萌、朝海ひかる 撮影:田中亜紀

■今をともに生きる/違う方を向いている全員がぶつかり合う

 栗山さんが俳優に常に求めるのは、舞台上でその時を生きることです。こまつ座常連のベテラン俳優、宝塚歌劇団の元トップスター、フレッシュな若手らが揃う座組みで、どの俳優に対しても平等に確認していきます。

 栗山:自由とは、何か。一番大事なのは、人のことを聞くこと。相手のことを聞くことからしか始まらない。
 栗山:耳を傾けよう。芝居全体のテーマでもある。その場で起こったことだけの芝居がいい。観客は初めての事件の瞬間を観たい。
 栗山:芝居を繰り返していくと、空気を感じるのが大事になってくる。井上芝居は温度が上がったり、下がったりするスピードが早いからね。

 全員が心を開いて、お互いを感じながら舞台に臨むと、美しい調和が生まれます。ただ、行為まで同じなってしまうことは、このお芝居が目指すものではないようです。

 栗山:みんな同じ方向を向いた時が、危険。全員が違う方を向いていることがとても大切。それぞれに違う人々が、ともにラジオに向かう奇跡が見たい。奇跡を見つけるのが演劇。
 栗山:それぞれのキャラクターのぶつかりがあった方がいい。仕上げる必要はない。答えも、完成もないのが演劇。作家がそれを求めてる。

写真左から:吉田栄作、朝海ひかる 撮影:田中亜紀
写真左から:吉田栄作、朝海ひかる 撮影:田中亜紀

■歌の指導

 人々の思いを綴る歌は、易しい言葉だからこそダイレクトに心に響きます。でも、ただ歌うだけではないんですね。通し稽古の後のダメ出しの時間は、演出の栗山さんだけでなく、音楽監督の後藤浩明さん、歌唱指導の亜久里夏代さんからも指摘がありました。

 後藤:決めるところは決めて。エネルギーを持ちつつ、精度は上げて欲しい。
 亜久里:大事なワードの直前のアプローチを意識しましょう。

 栗山:(歌は)集中するのではなく、少しズレてていい。調和より、集合を求めたい。足し算でなく掛け算にしたい。それぞれの人々が、細胞が、躍動してる感じ。「生きよう」という意欲が見えるように。歌もちょっと慣れると、つまらなくなるからね。

 ダメ出しの後に歌稽古も行われました。

 後藤:早い歌ほどゆったり、たっぷり。
 後藤:全部カットインだと芝居っぽい。ぐ~んと(徐々に上昇して)いく感じが欲しい。
 後藤:“ワークソング”は今、誰が何をしているのかが歌で示される。そして最後は内容と向き合っていく。伴奏も変えましょう。

写真中央:平埜生成 撮影:田中亜紀
写真中央:平埜生成 撮影:田中亜紀

■浅草のコント/不条理劇/ブレヒトの“異化効果”

 俳優は、役人物として自然に生きるだけでなく、歌と音楽に合わせて動いたり、客席に向かってアピールしたり、さまざまな種類の演技を、同時に行うことを求められます。

 栗山:(歌い方について)感情で言葉を崩していい時と、感情はこめずに情報を伝達する時がある。
 栗山:ここはほとんど浅草のコントだから(笑)。それを大真面目にやるのが面白い。
 栗山:ここのつなぎも、ものすごく唐突なんだ。不条理劇だからね。

 ブレヒト(ドイツの演出家)の“異化効果”にもとづく演出も施されています。新国立劇場の『東京裁判三部作』(2010年に連続上演・2018年6月に『夢の裂け目』再演予定)もそうでした。

 栗山:振りを完璧にやるのはだめ。自分が躍動していないと。途中でぶつかった方がいい。揃うのは気持ち悪い。とはいえ、わざと外すのもだめ。たとえばブレヒト(の手法)は、がちゃがちゃしたままにして、間(ま)を揃わせない。音楽は観客を挑発するためにあって、音楽性を聴かせるためじゃない。

写真左から:枝元萌、大鷹明良、平埜生成、朝海ひかる 撮影:田中亜紀
写真左から:枝元萌、大鷹明良、平埜生成、朝海ひかる 撮影:田中亜紀

■作者が要請していること/面白いことは俳優同士でやっていい

 再演とはいえ今回はキャストが一新されており、井上戯曲に取り組むのが初めての方もいらっしゃいます。栗山さんが作者の思いについて語られることが多かったですね。

 栗山:主役という言葉はあまり好きじゃないんだけど、井上芝居は一人ひとりが主役。各人物の世界がちゃんとできている。俳優はその世界を見つけないといけない。「中央の2人だけが重要な場面」はありえない。後ろの人々は消えているんじゃない。それを作者が許さない。

 栗山:俳優が説明だと思ったら、観客が観ても説明に見える。(俳優は)本当に泣く時しか泣いちゃいけない。これだけシリアスな内容だと「(いかにも芝居風な)芝居」は、はじかれる。本当にそこで生きることを、(井上さんの)本が要請している。

 20代の若い俳優(平埜生成さんと八幡みゆきさん)には、俳優の仕事についてのアドバイスもされていました。

 栗山:(この芝居に)現代の若者が出てきたら、成立しないよ。
 栗山:細かいところで自分を発見していかないと。だんどりだと成長しない。

 栗山:この作者は声を出して台本を書いている。(井上ひさしは)音楽家なんだよね。それをまず理解して、探し出した上で、「こうやった方がもっと面白い」と思うことを、やってみて。

 栗山:面白いことは俳優同士でやっていいんだよ。自分でどんどんやっちゃっていいんだ。(それが)俳優の仕事だからね。

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■投書も“主役”

 記憶喪失の若い元兵士(平埜生成)を巡る謎解きは、サスペンス仕立てのコメディーになっていて、微笑ましいエピソードをいくつも提供してくれます。彼の正体がわかった時、戦争の正体も暴かれます。

 栗山:日本に、いや、世界に軍隊は要らないんだよ。だって人を殺すためのものなんだから。そして兵士とは、ロボットなんだから。

 登場人物たちも、人気番組「尋ね人」のコーナーに届く投書も、この舞台の“主役”です。通し稽古が終わった時、舞台上の棚にぎっしりと積み重ねられた封筒が、動き出しそうな気がしました。

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2017 都民芸術フェスティバル参加公演
≪東京、山形、千葉≫
出演
【川北京子】朝海ひかる
【山本三枝子】枝元萌
【佐久間岩雄】大鷹明良
【高梨勝介】尾上寛之
【山田太郎?】平埜生成
【脇村圭子】八幡みゆき
【フランク馬場】吉田栄作
朴勝哲(ピアノ奏者)
作:井上ひさし
演出:栗山民也
音楽:宇野誠一郎
美術:石井強司
照明:服部基
音響:山本浩一
音響効果:秦大介
衣裳:前田文子
ヘアメイク:鎌田直樹
振付:井手茂太
音楽監督:後藤浩明
歌唱指導:亜久里夏代
宣伝美術:下田昌克
演出助手:保科耕一
舞台監督:村田旬作
制作統括:井上麻矢
制作:長山泰久 若林潤 嶋拓哉
2016年12月10日(土)前売開始(全席指定・税込み)
入場料 6,600円
学生割引 3,300円(中学、高校、大学、各種専門学校、演劇養成所の学生対象)
※車椅子席、介助犬同伴をご希望の方はチケットご購入時にこまつ座(電話)へお申込みください。
※未就学児はご入場いただけません。
http://www.komatsuza.co.jp/program/index.html#262
https://tomin-fes.com/list/theater05.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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