木ノ下歌舞伎『隅田川/娘道成寺』01/13-22こまばアゴラ劇場

 木ノ下裕一さんが主宰される木ノ下歌舞伎の、女性舞踊家によるソロ舞踊2本立て公演。木ノ下“大”歌舞伎第三弾です。前売りは完売。

 モモンガ・コンプレックスの白神ももこさんが出演される新作『隅田川』は、白神さんが振付を担当され、白神さんと杉原邦生さん、木ノ下裕一さんの共同演出です。

 きたまりさんは2008年初演の『娘道成寺』を演出・振付・出演。4度目の上演で、30分から60分バージョンへと再創作。きたまりさんは平成28年度文化庁芸術祭賞の舞踊部門(関西)で新人賞を受賞されたばかりです。

 すみませんが上演時間を失念。『隅田川』、『娘道成寺』の順で休憩は20分でした。公式サイトだと全体で約2時間です。
 原作をご存じない方には、当日パンフレットのあらすじを読んでから観ることをお薦めします。
 『隅田川』あらすじなど→ 『娘道成寺』あらすじなど→

 ≪解説≫ 公式サイトより
古典芸能屈指の〈鬼女物〉と〈狂女物〉
身体から紡ぎ出される、ふたつのものがたり

[隅田川]
これまで2つの木ノ下歌舞伎作品で演出を担い、その度に思いもよらない独自の視点で歌舞伎の現代化に挑んできた白神ももこ氏。今回は日本古典芸能屈指の〈狂女物〉である『隅田川』に挑みます。
その指先足先にまで物語を宿し、確かな技術に裏付けされた身体で多彩な情感をこまやかに描き出す白神氏が、子を探し求め狂女となる女性をどう演じるのか。
本作で初となる木ノ下裕一、杉原邦生との共同演出にもご注目ください。

[娘道成寺]
木ノ下歌舞伎の『娘道成寺』は、2008年の初演以来、30分のソロダンス作品として上演を重ねてきました。4度目の再演となる今回は、本作を60分バージョンへと再創作し、初めての全曲上演に挑みます。古典芸能の代表的〈鬼女物〉、また歌舞伎舞踊屈指ともいわれるこの大曲を再びひとりで踊るのは、振付家・演出家・ダンサーのきたまり氏。その芯の強さ、情熱と沈着をあわせ持つ美しさで〈鬼女〉の根源に迫ります。
 ≪ここまで≫ 

 私は歌舞伎の知識はほぼゼロに等しい素人です。2014年に拝見した舞踊『三番叟』もそうだったんですが、何も知らなくても面白いのが木ノ下歌舞伎。もちろん、知っていたらより楽しめると思います。
 原作(歌舞伎)の要所を丁寧に引用した上で、現代舞踊にしているんですよね。数百年前の日本人が考え出した芸を、現代人の心身を通して観せていただき、昔の人たちが、ここに今もいるような感覚を得られました。

 白神さんもきたまりさんも、おそらく裏方スタッフの方々も、作品のために身を削っているのだと思いました。観客に媚びたり、自分のいいところを見せようとしたり…といった表層的で愚かな態度はかけらもなく、取り上げた歌舞伎作品を尊重し、自分たちの構想、理想に対して真剣に取り組み、その結果を観客に届けてくれたのだと思います。私はこういう出会いがしたいと常々願っています。

 ここからネタバレします。

『隅田川』
 黒子2人と白神さんとでコミカルに幕開け。白神さんが小さな書道机を前に正座して、墨と筆で「田川」と書いて(なぜ「隅」が省略されたのかは不明)、それらの小道具を黒子がドンガラガッシャンと落としたりする(上手袖の奥だったので私の席からは見えず)、ドタバタ喜劇。黒子が引っ張る小さな木製のキャスターに乗った白神さんは、隅田川で東京見物。長い櫂のような棒を持っているので船頭にも見える。BGMは滝廉太郎の「花」(「春のうららの隅田川~」)。アナウンスで言及されるのは黄色いオブジェが乗ったアサヒビールの建物などで、景色は現代。台の上に立って、ダンボール製のスカイツリーの顔出しパネルから顔を出して、白神さんは満面の笑み。スカイツリーの頂上部分は赤い電球が光るこだわり。

 いきなり白神さんのカラオケが始まる。昭和歌謡のようで、突然曲調が明るくなったり暗くなったり。12~13歳の梅若丸(=息子)を探す女性(=母)が船に乗る。母役も船頭役も白神さんが演じ、はたとコミカルな歌が止まって、呆然と立ち尽くすような静かな瞬間が挿入されるようになる。どうやら息子は死んだらしい…? 北白川(京都)からわざわざ墨田川(東京)まで、さらわれた息子を探しに来たのに…。BGMは「家路」に。「(息子を早く見つけられるように、空を飛ぶ)鳥になりたい」と、羽を広げる動きが切ない。言葉の説明はないのに、息子を失った母の絶望が伝わり、私は涙々。

 母、船頭を演じていた白神さんは、息子役も演じる。どこかから落ちて、さまようように見えた(が、真相はわからず)。息子でもあり母でもある身体。互いに心は求めあっているが、抱きしめたくても、引き止めたくても、叶わないもどかしさ、苛立たしさ、悲しさ。墓(梅若丸の塚)にたどり着いた母は、最初はそれを信じたくない仕草、でも徐々に、仕方なく受け入れていく。力を落とす姿が悲しい。最後は、それでもあきらめきれず、ずっと息子を追い求め、さまよう母の魂が今もここにあるように思えた。

 派手なスパッツに青いジャンパーという軽装、そしてショートカットのヘアスタイルで、性別と時代を超える。白神さんはバレエもできる方だが、敢えてどたどたと歩き、背中を曲げて「市井の人々」を演じる。導入部分で道化になりきって観客を誘い込み、昔の人々の心を今の身体に落とし込んで表現し、伝説を日常の物語として生き返らせる。白神さんの作品には、目の前にあるもの、こと、人への愛情が前提になっているように思う。その視線はそのまま古典の登場人物にも向けられている。

『娘道成寺』
 床に紅白幕を敷き、その上できたまりさんが踊る。BGMは歌舞伎の太夫の語り、三味線、鳴り物。白いワンピースの上に赤い透け感のある布地をまとって、表情は能面そのもの。ただ、じっと立っている姿に、何かがあることがわかる。きびきびとした力強い動きは、その場、その時を鮮やかに刻んでいるが、この女性(=白拍子の花子)はどこか、先を見ている。何かをしようとしている。しかもその動機は情念、怨念といった、尋常ではない、形のないものだ。だから目が離せない。

 歌舞伎の舞らしい振付があり、きつね、蛇などの描写があり、私にはわからないが、重要なポイントを逃さず表現しているらしい(『娘道成寺』をご存じの方から聞きました)。現代風の振付がポンと飛び出ると時にハっとさせられる。

 赤い衣装を少しずつ、はがすように脱いで、白いワンピース姿になると、背中が大きく開いて肌が露出していた。しなだれる姿が艶めかしく、性的なイメージが喚起され、人間の野生的側面も想像した。
 踊りが素晴らしい。表情の微細な変化も振付として見られる。総じて完成度が高いのは、上演を重ねているからだろう。磨き上げられた芸をライブで観られる喜びとは、こういうことだとしみじみ感じ入った。

 床マット状態の紅白幕は天井から吊り下げられたバトンとつながっており、徐々に上へと上がっていって、舞台奥の壁となる。床の中央にレッドカーペットのような細長い布が現れる(後ほど脱いだ赤い衣装とともに、奥の紅白幕の裏へと消える)。花道? 紅白幕に緑色の照明が当たり、黒と緑の縞模様になった。白黒の鯨幕にも見える。すぐにもとの照明になって紅白幕に戻った。祝儀と不祝儀が瞬間的に入れ替わり、生と死が共存しているよう。微笑の奥に秘めた殺意も連想。

 『隅田川』と同様、『娘道成寺』でも主人公の女性は、今もここに居るように感じた。白拍子の花子(実は清姫)は特に、退場の音楽(チントンシャンな感じの合奏)が流れても、悲しげで、去りがたそうだった。とうとう去ると決心してからはスタスタと客に背を向けて舞台奥へと歩き、中央の裾部分が引き上げられた紅白幕の奥へと退場し、ストンと座った。これは…もしかして、自分から鐘の中に入った、のか。

 幕開けは暗転の中、とても小さな電気が1つ、宙に揺れて光っていた。最後もまた暗転の中、その電気が光り、消えた。しばらくの真っ暗闇の後、終幕。短めのカーテンコールが3回。

■当日パンフレットのごあいさつ(木ノ下裕一)より部分抜粋

 今後、この国は、ますますその姿を変えていくことになるでしょうけど、簡易なジャポネスクを売り物にしたり、そのくせ平気で過去をなかったことにしたり、上り調子の空虚な未来を夢想したり……そんな風潮が今より加速しなければいいなと思っています。
 過去と未来が対等に手を取り会いながら〈道行〉できる方法はないものかしら、と考えたりします。そして、もしかしたら“古典”はそのためにあるんじゃないかな、と思ったりしています。

≪東京、京都≫
『娘道成寺』演出・振付・出演:きたまり(KIKIKIKIKIKI)
『隅田川』振付・出演:白神ももこ(モモンガ・コンプレックス)
『隅田川』共同演出:白神ももこ 杉原邦生 木ノ下裕一
監修・補綴:木ノ下裕一 美術:杉原邦生
舞台監督:大鹿展明 熊本進 証明:中山奈美 久津美太地 音響:小早川保隆 賞:臼井梨恵(隅田川) 大野知英(娘道成寺) 劇中歌作曲:西井夕紀子(隅田川) 演出部:岩澤哲野 濱田真輝 山道弥栄 補綴助手:稲垣貴俊 振付アシスタント:はなもとゆか×マツキモエ(娘道成寺) 文芸:関亜弓 宣伝美術:外山央 制作:本郷麻衣 三栖千陽 制作補佐:服部蒼
提携:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
助成:芸術文化振興基金、公益財団法人アサヒグループ芸術文化財団、公益財団法人セゾン文化財団
主催:木ノ下歌舞伎 提携:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場(東京公演) 共催:アトリエ劇研(京都公演) 京都芸術センター制作支援事業
前売:一般¥3,500、U-25¥2,800、高校生以下¥1,000 当日:¥3,800 ※未就学児童の入場不可
http://kinoshita-kabuki.org/sumidagawa_dojoji

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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