前川知大さんが作・演出される人気劇団イキウメの新作ツアー。おなじみの劇団員にくわえ、達者な客演陣を迎えています。上演時間は約2時間15分、休憩なし。2010年上演の短編集の1つが基になってたんですね。
戯曲が悲劇喜劇 2017年7月号(6/7発売)に掲載されます。河合祥一郎先生と私の「演劇時評」第二回もありますので、よかったらご購入下さい(⇒第一回の宣伝エントリー)。
≪あらすじ≫ 公式サイトより
ジャーナリストの寺泊 満(安井順平)は、菜食の人気料理家、橋本和夫(浜田信也)に取材を申し込む。
きっかけは妻の優子(太田緑ロランス)だった。
寺泊は難病を抱えており、優子は彼の為に橋本が提唱する食餌療法を学んでいた。
当の寺泊は健康志向とは真逆の人間だが、薬害や健康食品詐欺、疑似科学や偽医療の取材経験も多く興味があった。
優子がのめり込む橋本を調べていく内に、戦前に食餌療法を提唱していた長谷川卯太郎(松澤 傑)という医師を知る。
寺泊は長谷川と橋本の容姿がよく似ていたことに興味を持ち、ある仮説を立てて取材に望んだ。
寺泊は、プロフィールに謎の多い橋本は長谷川卯太郎の孫で、菜食のルーツはそこにあると考えた。
橋本はそれを聞いて否定した。
実は橋本は偽名で、自分は長谷川卯太郎本人だと言う。
橋本の片腕・料理家の五味沢 恵(小野ゆり子)。
卯太郎の先輩医師・糸魚川典明(有川マコト)。
糸魚川の孫の弘明(盛 隆二)と佐和子(村岡希美)夫妻。
卯太郎の友人・玉田欣司(大窪人衛)。食の求道者・時枝 悟(森下 創)。
以上の登場人物でお送りいたします。
≪ここまで≫
≪作品紹介・あらすじ≫ 劇場公式サイトより
完全食を求めて生き延びた男をめぐる物語。2010年初演の短篇「人生という、死に至る病に効果あり」を長編化、フルスケール版にて、お送りします。
ライターの寺泊は、食事療法の取材中、戦後まもない1947年に「完全食と不食」について論文を書いた医師、長谷川卯太郎を知る。その卯太郎の写真が料理家の橋本和夫に酷似していたことで、寺泊は二人の血縁を疑い、橋本に取材を申し込む。菜食の料理家として人気を博す橋本のルーツは、食事療法を推進していた医師、卯太郎にあると考えたのだ。
「いや …… 長谷川卯太郎は私です。今年で122歳になる」
≪ここまで≫
ここからネタバレします。
・詳しい目のあらすじ(公式サイトのあらすじからの引用あり・間違ってたらすみません)
菜食の人気料理家、橋本和夫(浜田信也)は同じく料理家の五味沢 恵(小野ゆり子)と自身のキッチン・アトリエで料理教室を開いている。TV番組「3秒間クッキング」に出演するほどの売れっ子だ。ある日、生徒の一人である寺泊優子(太田緑ロランス)が夫の寺泊 満(安井順平)を連れてきた。彼は薬害や健康食品詐欺、疑似科学や偽医療の取材をしてきたジャーナリストで、橋本に興味を持ったのだ。実は3か月前にわかったのだが、彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っており、優子が教室に来たのも食餌療法(=食事療法)を学ぶためだった。ALSは5年以内に呼吸もできなくなるほどの難病なのだ。3歳の息子を持つ若い夫婦はあらゆる方法を探し、菜食にたどり着いた。とはいえ寺泊はラーメンと缶コーヒーが大好きという否・健康志向で、今ではもう死は乗り越えたと言う。涙をこらえて懸命に微笑む優子が切ない。
寺泊のインタビューを受けることにした橋本は、自分は戦前に食餌療法を提唱していた医師の長谷川卯太郎本人で、年齢は122歳だと言い出す。事前の調査で橋本の顔がその有名医師にそっくりだったこともあり、「橋本は長谷川の孫だろう」とあたりを付けていた寺泊は、面くらった。信じようがないのだが、いたって自然なたたずまいの橋本の話を聞くことにした。
長谷川卯太郎(松澤 傑)は23歳でシベリアに出兵し、満州で5日間も何も食べられず飢えていた時に、日本人の時枝 悟(森下 創)に助けられた。時枝は食の求道者で、人間に必要な栄養素全てを含む完全食を探し求め、色んな食材を試していた。彼は人類の食糧不足を克服するために、安く簡単に大量に見つかる完全食を求めて、一種類のものしか食べないという単一食の人体実験を、自分で行っていたのだ(豆、きびなど)。やがて医師になった長谷川のもとに、衰弱した時枝が運ばれてきた。3年以上、水だけで生きているというのだ。長谷川はまだ時枝が試していない完全食を自分で試すことにした。それは人間の血だ。
飲血(いんけつ)を始めた長谷川は徐々に元気に、若くなっていった。56歳なのに若すぎるため、院内で老け化粧をするほどだ。身体検査をすると20代の陸上選手なみという「病的健康」状態(笑)。しかし肌は太陽の光に弱く、日中は外に出られなくなった。先輩医師の糸魚川典明(有川マコト)は長谷川の体、細胞が未来の医療に役立つかもしれないと言い、彼の食糧である血を確保し、秘密を守って支えた。糸魚川が老いて亡くなってからは、その孫で医師の弘明(盛 隆二)と佐和子(村岡希美)夫妻が協力者となった。佐和子はアンチエイジングに興味のある女医だった。
どんどん元気になり若返る長谷川を見て、長谷川の妻(小野ゆり子)も飲血を始める。若返った妻は元気になり美しくなったが、太陽を浴びられないし、酒も食事も全く楽しめない。さらに長谷川は性的不能だから不満は募るばかり。飲血者は吸血鬼のように孤独なのだ。妻は我慢できず、自分で酒を飲み、食べ物を口にして、死んでしまう。彼女は命よりも食の楽しみを選んだのだ。死に方は壮絶だった。苦しんだ末に胃腸に入ったものを吐き出し終わると、今度は大量の血を口から吐きはじめ、すべての血を出し切った後、急速に老いて、亡くなった。
「天の敵」⑦完全食はどこかにある、じゃ駄目なんだな、俺達が決めるんだ、俺達の体が決めるんだな。これは意志の問題でもあるんだな。何を食べて生きていくのか、自分で決めて、実行するのみ。食べもの自体にいい悪いはな、本当はないんだな…。イキウメ春公演、本日開幕いたしました。 pic.twitter.com/56PP9CT82O
— イキウメ/カタルシツ (@ikiume_kataru) 2017年5月16日
売血が違法になると、長谷川は路上で赤の他人に声を掛け、なんとか足りない分の血液を確保していたが、ヤクザに見つかってしまう。「自分は血を飲むことでしか性的興奮を得られない変態なのです」と嘘の告白をすると面白がられ、仲間になった。中でも一番下の子分の玉田欣司(大窪人衛)とは折り合いが良く、玉田に誘われた長谷川は、当時流行していたボーリングをすることに。ボーリングは夜間に室内でできるので好都合だった。筋力、集中力ともに常人離れしている長谷川は、すぐにプロになって優勝を連発。賞金を荒稼ぎして有名になってしまったため、ボーリングはすぐに辞めた。玉田は暴力団員同士のつまらない小競り合いで死んでしまう。名前を変え、戸籍もない長谷川と触れ合った人々は、次々に老いて彼のもとから去っていく。時代も彼を取り残し、変わっていく。
ある時、飲んだ血液があまりに美味しかったため、長谷川は弘明に血液の提供者が誰なのかを聞くが、プライバシーの問題もあるので当然教えてもらえない。無理やりにカルテを覗いて提供者を突き止めた。若い女性、恵(小野ゆり子)だった。長谷川は恵を追いかけてお茶に誘い(思いっきりナンパし)、彼女がベジタリアン(菜食主義者)だと知る。菜食のみでできた血液だから別格だったのだ。適当な嘘をついて恵を病院に連れ込み、長谷川は採血したばかりの彼女の血を、我慢できずにチューブから吸い込んだ。その瞬間を恵に目撃されてしまい、長谷川は弘明と佐和子を呼び出して、すべての事情を話してもらう。恵は菜食主義者の料理家で、なんと長谷川卯太郎の著書を読んでいた。恵は目の前にいる長谷川と組んで料理家の仕事をしたい、そうやってライバルとの差別化を狙いたいと提案する。彼女こそが今、キッチンアトリエで長谷川と協働している相棒なのだ。今では長谷川の伴侶でもある。
恵の血を飲み続けるうち、長谷川はなんと、日光に当たることができるようになった。菜食主義者の血のおかげだ。恵は長谷川に自分の血しか飲んでほしくないと言うのだが、量が足りない。そこで二人は菜食主義者専門の料理教室を開き、血液提供者を確保する。血も足りているので、長谷川は弘明の病院には行かなくなった。半年ほど経って、弘明と佐和子の方から長谷川を訪ねてきた。なんと彼らは飲血を始めて、若返っていた。長谷川は「弘明のおじいさんの糸魚川先生(有川マコト)は、決して飲血はしなかった。君たちのことも信じていたのに」と二人を責める。長谷川が喜ぶだろうと思っていた弘明と佐和子は怒って去ってしまう。おそらく今生の別れになるだろう(殺されないと死なないけど)。
飲血者となって永遠の命を得た長谷川は「返しようがない借りを作っている」と感じており、夜しか生きられず、食の楽しみも得られないのは、それに見合う罰だと思っていた。しかし今では恵の血のおかげで太陽を克服し、日中に沖縄の海を泳げるようにまでなった。彼の最後の望みは、弘明と佐和子の研究の結果、自分の体が人類の役に立つこと。でも頼みの綱だった二人が飲血者になってしまい、その希望は断たれた。飲血者には血液の提供者、そして協力者が必要だ。やがてその協力者たちも老いると弘明と佐和子のように飲血者になるだろう。人間の欲にはきりがない。善悪にかかわらず、人間は望みをかなえ、物を作っていく。原発もその例だ。「歴史は後戻りできないのだし、人間は太陽(原発)だって作った」。
長谷川の前に時枝が現れた。前よりもフラフラしていて、実体感が薄い。なんと彼は体から離脱し、食を克服したという。長谷川は昔、時枝のミイラになった体を目撃していた。「そんな姿になったなら、もう人間じゃないのでは?」と問う長谷川に対し、「俺のことが見えるお前も人間じゃないのかもよ」と時枝。
長谷川がここまで赤裸々に話をしたのは、寺泊が「死を克服した」と言ったからだ。このままだと約5年のうちに死ぬかもしれない、そんな筆舌に尽くしがたい苦境にいる人間を、長谷川は信じたのだろう。長谷川は、自分はもう未練はない、弘明と佐和子を始末して、この世を去ると言う。食物連鎖は生産者、消費者、分解者で成り立つが、飲血者はその中に入れない、観察者とでもいうべき存在だ。飲血者はこの世界に無用なのだと。
寺泊は長谷川に尋ねる。「この話はどこまで本当なんですか?」 答えはない。
長谷川が去り、寺泊が一人で残された。寺泊は冷蔵庫を開けてみる。血液を探したのだろう。しばし迷い、力なく、冷蔵庫のドアを閉めると、優子が待っていた。ソファに座って頭を抱え、寺泊は小さく嗚咽する。優子は彼を抱きしめ、優しく「大丈夫、大丈夫」とささやく。終幕。
・感想
主人公の長谷川(浜田信也)は122歳。彼が23歳の時から回想を始めるので、ちょうど100年間を振り返ることになります。
行き過ぎた資本主義、フェイク・ニュース、ポスト・トゥルース…ここ数年で自分の生きてきた世界とは違う世界になった気がしています。「歴史は繰り返す」のは真実ですし、今の日本が戦前に似ているという指摘も否定しませんが、過去を参照し、そこから得た知恵を、そのまま生かすことはできないのではないか。それほどまでに、人類の社会は新しいフェーズに進んだのではないか。インターネットとスマホ、SNSが、時間と距離、それにかかる費用(お金)を圧縮したことで、人類は体験したことのない世界に足を踏み入れたのではないか。最近、そう感じています。
それでも過去(現在も含む)から学ぶ以外の方法はないわけですから、演劇界のアーティストたちは今、とにかく歴史を、それも直近の過去を振り返る作業をしているのではないでしょうか。何しろ最近の研究で人間の集中の持続力は12秒間から8秒間に減ったらしく、なんと、金魚の9秒間より1秒短いそうです。次から次へと流れ込んでくる情報のせいで、忘却のスピードもものすごく早くなっていると思います。
●日経新聞「集中力の持続「たった8秒」 スクリーン中毒の実態」瀧口範子(フリーランス・ジャーナリスト)※2017/4/9付
「15年発表のマイクロソフト調査によると、00年から十数年で平均アテンション・スパンは12秒から8秒に縮まったそうだ。金魚の9秒よりも短い。水槽の中で落ち着きなく泳ぎ回る金魚より、人間はひどいことになる。」
【天の敵・お座席状況0521】本日で1週目ラスト。夜は18時から追加公演がございます。当日券は開演1時間前から受付で販売、現在のところはみなさまにご覧いただけている状況です。5/30からの三週目・平日公演はお日にちによって、プレイガイドで前売り券をお取扱いしている回がございます。 pic.twitter.com/rTfQPAi43b
— イキウメ/カタルシツ (@ikiume_kataru) 2017年5月21日
うっすらと不穏な空気を作るBGMに、現代風のシャープな舞台空間がマッチします。床は灰色がかった黒色で、上手はソファとテーブルがあるリビング、下手と中央の両方にキッチン・スペースがあります。瓶入りの食材や香辛料がびっしりと並んだ棚が、舞台奥一面に広がっています。棚に仕込まれた照明で全体が光り、青白く照らされる無数の瓶は美しく、存在感が大きかったです。
長谷川がとつとつと語り続けるのを、寺泊(安井順平)がツッコミを入れつつ聴くという関係性が完遂され、回想場面は彼ら二人も参加する形で上演されます。ほぼ同じ形式なので少々退屈することもありましたが、息の合ったコミカルなやりとりが良かったです。
食べるために費やす時間が人生で最も長いかもしれない。テレビのCMは食べ物関連が大多数だし、街にできるのも食事用の店舗ばかり。食の喜びを失った飲血者とは果たして人間なのか。また永遠の命を得た者の孤独は、吸血鬼の物語でもよく知られています。今の日本の若者は100歳まで生きるそうですね。人によって短くもあり、長くもある人生。何を幸せとするのかは、個人次第かもしれません。そんなことを考えられました。
ヤクザの舎弟(大窪人衛)の好きな漫画が「ポーの一族」だったのには大笑いしました。恵に長谷川の人生について教える時の参考文献として、寺泊がテーブルの上に置いたのにも爆笑。日本の傑作漫画なので全人類に読んでほしい!
どーでもいいことですが、私が幼かった娘に一番初めに読ませた漫画が「ポーの一族」です。英才教育!(笑)
≪東京、大阪≫
出演:浜田信也、安井順平、盛隆二、森下創、大窪人衛、小野ゆり子、太田緑ロランス、松澤傑、有川マコト、村岡希美
脚本・演出:前川知大
美術:土岐研一、照明:佐藤啓、音響:青木タクへイ、ドラマターグ・舞台監督:谷澤拓巳、作曲:かみむら周平、衣裳:今村あずさ、ヘアメイク:西川直子
主催:エッチビイ
提携:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
後援:TOKYO FM
運営協力:サンライズプロモーション東京
【発売日】2017/03/04 <全席指定> 前売:4,800円 当日:5,000円
http://www.geigeki.jp/performance/theater145/
http://www.ikiume.jp/kouengaiyou.html
※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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