パソナグループ『フェードル』04/08-30 Bunkamuraシアターコクーン

 『フェードル』はフランスの劇作家ラシーヌの1677年の戯曲で、エウリピデスのギリシャ悲劇『ヒッポリュトス』から想を得た作品とのこと。主演は大竹しのぶさん、演出は栗山民也さんです。上演時間は約2時間10分、休憩なし。東京公演の後、新潟、愛知、兵庫公演あり。

 ゴゴ、ゴゴゴゴゴ…ドッカーーーーーン……という感じでした…。ギラギラ、ごつごつした、重たいものが、次々に、これでもか、これでもかと飛んでくるみたいっ!
 今の私の周囲では見かけないタイプの人間(神々)がいました。激しい恋に身を焦がし、嫉妬に悶え、王座を巡って策略をめぐらし、プライドを守るために命を懸ける…。自分勝手にジタバタする姿はみっともないはずなのですが、潔さが徹底されていて、むしろかっこいい!

≪あらすじ≫ 公式サイトより
名声に輝く立派な王テゼ(今井清隆)を夫に持つ、人妻・フェードル(大竹しのぶ)の前に現れた義理の息子。
清潔なエネルギーに溢れ、その面差しは夫に酷似しながら夫には失われた若さと高潔さに輝く。フェードルはこの義理の息子イッポリット(平岳大)に恋してしまう。しかも、夫は不在、生死も不明。苦しみの末フェードルは恋を打ち明ける。しかし、結果はイッポリットの手ひどい拒絶であった。苦しみの中、突然、夫が生きており、帰還することに・・・!
≪ここまで≫

 保身のために事実を隠蔽し、嘘に嘘を重ねて、恥を恥とも思わず高い地位に居座り、だらしなくにやける政治家たちの姿を毎日見せられて、私はほとほと嫌気がさしています。それにひきかえ『フェードル』の登場人物たちは、立派!! 誰もが潔いんです。はぁ…一体、今の日本人はどうなっちゃったんだろう…なんてことを、自分のことは棚に上げて、ふつふつと考えました。

 ここからネタバレします。

・詳しい目のあらすじ(間違ってたらすみません)

 アテネの王テゼ(今井清隆)の妻フェードル(大竹しのぶ)は、テゼとその前妻(アマゾン族の女王)の息子イッポリット(平岳大)を愛してしまう。不義の恋に悩んだフェードルは彼に辛く当たり、嫌われようとするが、思いは募るばかりで、とうとう病に臥せってしまった。ひどく心配する乳母エノーヌ(キムラ緑子)に問い詰められ、フェードルは禁断の恋を白状する。

 イッポリットは行方不明の父テゼを探す旅に出ると言うが、本心は違った。父の敵方の一族の生き残りで囚われの身であるアリシー(門脇麦)に恋をしてしまい、その思いを絶つために国を離れたいと思っていたのだ。養育係のテラメーヌ(谷田歩)は、おそらくテゼは死んでいるだろうから国を出る必要はなく、アリシーへの恋は忌むべきものではないと言う。別れの挨拶のためにアリシーと会ったイッポリットは、思い余って愛の告白をしてしまう。アリシーはもともとイッポリットを立派な兵士として尊敬していたこともあり、どうやら相思相愛のようだ。

 テゼ死亡の報が届き、フェードルの恋はそれほど大きな問題ではなくなったと判断したエノーヌは、跡目争いを避け、そして勝利するために、イッポリットとの不仲を解消するべきだとフェードルに助言する。フェードルはイッポリットを呼び寄せて愛の告白をするが、当然、イッポリットは拒否。フェードルはイッポリットの剣で自殺を図るが、エノーヌに止められる。そこにテゼが生きて帰ってくるという報せが入る。身の破滅だとおびえるフェードルに、エノーヌは「イッポリットの方から告白してきたことにしよう」と提案する。エノーヌはフェードルを自分の娘のように溺愛しているのだ。

 「息子イッポリットが剣で脅して妻フェードルに言い寄った」とエノーヌから聞かされたテゼは、激怒して、イッポリットに罰を与えるようにと海神ネプチューンに祈る。そしてイッポリットにも直接、国外追放を言い渡す。イッポリットは父を思いやり、真実は伝えず、「自分が愛しているのはアリシーだ」と告白して、その場を去った。

 自分にはアリシーという恋のライバルがいたことを知ったフェードルは、狂わんばかりに嫉妬する。(展開を失念) フェードルに「もうお前のことは信じない」と言い渡され、エノーヌは絶望して、自殺。もう一度真相を確かめたいと思ったテゼだったが、エノーヌは既におらず、イッポリットは海神ネプチューンが遣わしたのであろう怪物に挑んだ末に、自分の馬に轢かれて、血まみれになって死んだとテラメーヌから聞かされる。イッポリットはアリシーのことを頼むという遺言を残していた。

 フェードルは毒を飲み、テゼの前で苦しんで死ぬ。舞台奥の石の壁が開き、真っ白な光が後方から差し込む。その奥に白いドレスを赤い血で染めたアリシーが登場し、同じく血に染まったイッポリットの上着を抱きしめていた。テゼはアリシーを自分の娘のように扱うと誓う。

・感想

 石の壁がそびえる抽象舞台で、古代ギリシャの遺跡を思わせます。下手から舞台に向かって細くて長い通路があるのは、能舞台のよう。中央には赤紫色の一人掛けの豪華なソファが置かれ、上から同系色の布がたっぷりと掛けられていました。

 フェードルが舞台中央のソファと布の色と似た赤紫色のドレスをまとっていたので、大竹さんが舞台上に居ない間もずっとフェードルが居るようでした。何もかもがフェードルの狂気的な行動に支配されているようにも思えました。フェードルは赤紫、イッポリットはくすんだ青、アリシーは白、テゼは黄色という風に、衣装が色分けされており、人物がシンプルな空間に鮮やかに浮かび上がります。ドレープが凝っていて、豪華なデザインでした。

 最後以外に舞台装置の大がかりな移動はなく、照明、音響で速やかに場面転換します。一瞬で長い時間が経ったり、伝令が伝える情報で状況が一変したり、急展開が連続するのでスリルが持続します。観ている自分の緊張がずっと解けなかったです。

 『フェードル』といえば「義理の息子との禁断の恋」というイメージだったんですが、実は「王位争い」も物語の重要な要素だったんですね。テゼ亡き後、先妻の息子で高名な戦士であるイッポリットが継ぐのか、それとも現在の妻フェードルの息子が継ぐのか。アリシーもまた候補にだったというのが非常に面白いです。

 テゼ死亡の噂、次のアテネ王がフェードルの息子になったこと、テゼが帰還したこと、フェードルの狂乱、イッポリットの果敢な死など、劇中で起こる重大な出来事が口伝えで知らされます。真実を伝えるために、言葉、声、表情、振る舞いなどの、自分の全てを使う、つまり命を懸けるんですね。伝令がいかに重要かつ名誉ある任務であるかが、想像できました。

 フェードルの父方の祖父は全能神ジュピター、母方の祖父は太陽神ヘリオス。つまり彼女は神の子孫なんです。神の子孫を妻にしたテゼもまた、神に近い存在なのでしょう。考え方、生き方が凡人のそれとはかけ離れていて当然です。そういう役を人間である俳優が演じて見せてくれることが、演劇の醍醐味だと思います。

 フェードル役の大竹しのぶさんは、『ピアフ』でも感じたとおり、存在そのものが固い岩のように確かで、重みがあり、さすがの貫禄でした。圧倒的なゆるぎなさが魅力で、他の追随を許さない迫力をお持ちだと思います。感情の素早い変化と、それに呼応する声、言葉、体の変化、使い分けの技術も凄いと思いました。個人的には、もうちょっと弱弱しいところも観たかった気がします。誰か、何かの影響をつぶさに受けて、気持ちが小刻みに、しかしはっきりと揺れ動く様を観たいんですよね。キムラ緑子さん演じるエノーヌと、母と娘のような可愛らしいやりとりがあったのが良かったです。

 イッポリットは「恋愛を忌避する勇者」と呼ばれ、「傲慢だ」とも言われていた気がするのですが、平岳大さんは誠実で優しい、悩み多き若者のようで、気が強いとか、頑固といった印象はあまりなかったですね。アリシーにうっかり恋の告白をしてしまう場面がとても面白かったです。

 熱苦しく、愚かさをさらけ出す人たちを笑えるような場面が、もっとあっても良かったんじゃないかなと思いました。観客の(声に出さない)声を聴く姿勢でいる俳優が多くない気もしました。

■記事など

≪東京、新潟、愛知、兵庫≫
【出演】フェードル:大竹しのぶ、イッポリット:平岳大、アリシー:門脇麦、テラメーヌ(イッポリットの養育係):谷田歩、パノープ(フェードルの侍女):斉藤まりえ、イスメーヌ(アリシーの腹心):藤井咲有里、エノーヌ(フェードルの乳母):キムラ緑子、テゼ:今井清隆
脚本:ジャン・ラシーヌ、翻訳:岩切正一郎 演出:栗山民也
音楽:金子飛鳥
美術:二村周作
照明:服部基
音響:山本浩一
衣装:前田文子
ヘアメイク:佐藤裕子
演出助手:坪井彰宏
舞台監督:加藤高
宣伝美術:柳沼博雅
宣伝写真:渞忠之
宣伝スタイリスト:菊池志真
宣伝ヘアメイク:新井克英(大竹しのぶ)、林摩規子
主催・製作:テレビ朝日、産経新聞社、パソナグループ、サンライズプロモーション東京
企画:パソナグループ
制作:クオーレ、ヴィーブル
【発売日】2017/01/21
S席:¥10,800
A席:¥9,000
コクーンシート:¥5,000
※未就学児のご入場はご遠慮いただいております。
http://www.phedre.jp/

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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