【レポート】早稲田小劇場どらま館・2017春の講演会「演劇教育のすすめ・ドラマティーチャー石井路子の場合」07/05早稲田小劇場どらま館

 立東舎から「高校生が生きやすくなるための演劇教育」を上梓された石井路子先生の講演会に伺いました。聞き手は早稲田大学教授で翻訳家でもある水谷八也先生。水谷先生は前田司郎さん作・演出の『チャンポルギーニとハワイ旅行』(2012年、アトリエヘリコプター)で初めていわき総合高校の舞台を観て、それ以来、石井先生の作品を追いかけているそうです。※石井先生は今は追手門学院高校のドラマティーチャーで、かつてはいわき総合高校で教えていらっしゃいました。

 私がいわき総合高校の舞台を始めて観たのは震災直前の2011年2月。震災後は2作品拝見しています(レビュー⇒)。2011年8月の劇作家協会公開講座も拝聴しました。2014年に王子小劇場で行われた高校生向けのワークショップで初めて石井先生にお会いし、お話もさせていただきました(⇒詳細レポート)。

 学校・大学での演劇教育の普及については、青年団の平田オリザさんが長年、地道な草の根運動をしてくださっています。私自身、娘に演劇教育を積極的に受けてもらって、その効用、恵みを実感していますので(本人は辛かったかもしれないけど・笑)、石井先生が本を出版されたことがものすごく嬉しいです。

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 以下、私がメモした内容です。「です・ます調」と「だ・である調」が混ざっています。正確性は保証できません。非公式レポートです。

水谷:いわき総合高校で作品を作ったプロの演劇人は前田司郎、藤田貴大、飴屋法水など非常に幅広い。演じるのは高校生だから、すぐに卒業して代替わりしていく。それなのにいつも作品が素晴らしい。演劇の基礎体力というか、土台の部分を石井先生が作ってくれているのだと思う。
石井:演劇を媒体として自分を知ったり 他者と向き合う方法を知る。私が教えるのは公演にたどり着く前まで。発表を前提としていない。自分が伝えたいと思わないとお客さんと向き合えない。

石井:日本の戦後は演劇教育が盛んだった。アメリカからGHQを通して経験主義が持ち込まれ、演劇をすることで民主主義を学ばせようとした。それを文部省が採用し、発展して学芸会になった。全体主義ではなく、個人が経験して学ぼうという考え方。田舎の青年団の集まりなどで演劇が行われ、民主主義が学ばれていた。1950~60年代は盛んだった。でも高度成長期に「そんなことをやって何の足しになるんだ?」という声が増え、知識中心になり、廃れた。
水谷:演劇は総合芸術。演劇教育が高度成長期に廃れたのは象徴的です。

水谷:私は石井さんの授業を何度か見学しています。
石井:まず、じっとしていない。静かにしろと言わない。むしろ静かにしていてはいけません、しゃべりなさいと言う。学校は一斉授業で講義形式。生徒は受け身になる。飛び出さないし、「はい!」と言わない生徒をよしとする。だから日本の学生は自分の意見を言うことが苦手。話せる素地、きっかけを作ることが、我々のやるべきこと。頭で考えることより先に、体を動かす。自分を知る事が第一。そのために体を知る事。

石井:今の子供はゲーム世代、下手すると30~40代も。体がおざなりでリアルな感覚がない。何でもできるようなイメージを持っている。でも動いてみたら全く何もできない。それに向き合ってもらう。まず筋トレ。はじめはやらされていると思ってるけど…。
水谷:見学したら、生徒たちは辛そうでしたよ?(笑) サボってる子もいましたよね。
石井:サボりたい人はそうすればいい。差がついて初めてわかる。個人の経験を奪ってしまう気がするから、「ちゃんとやらないと~~になるよ!」などと、こっちが予防線を張ることはしない。

石井:私は辰年生まれで攻撃的(笑)。お互いを叩くエクササイズもやる。痛みで体の輪郭がはっきりする。手をグーにして相手の足の甲をガリガリし合うワークもやる。現代の生活って痛みが伴わないんですよね。だから体の輪郭を意識できていない。ワークには痛みに慣れる効果がある。痛いのは生きていることです。

水谷:「声のベクトル」というワーク(映像あり)。自分に背を向けている人たちから1人を選んで、「なあ(ねえ)」と声をかける。ちゃんと選んだ1人に伝わるかどうか。
石井:方向を定めてエネルギーをその人に向けると届く。昔はオレンジジュースが飲みたいと思ったら木を植えるところから始めたかもしれない。でも今はお母さんが「喉乾いたでしょ、はい、あなたの好きなオレンジジュース」と持ってきてくれる。「声のベクトル」が苦手なのは、そういう過保護な親を持つ子や、一人っ子が多い。自分から発信しなくてもいい人。
水谷:声に意志と欲求があれば届くんですね。

石井:できる子、できない子(上手な子、下手な子)は出てくる。でも知ってしまった自分と、知らなかった自分は確実に違う。
水谷:車いすの生徒が「声のベクトル」で聴く方をやった時、なかなか伝わらなくて、背もたれをはずすと、すぐにわかった。これは「聞く」のは耳だけじゃなくて身体全体ということ。人間は皮膚感覚で(他者を)とらえている。体全体で、空間全体(世界)をとらえている。自分の姿勢を意識しながら、全体も見ている。一点と全体の両方を、色んなエクササイズでもとめられている。※「拍手まわし」などの映像あり。

石井:人間って凄くて。最低5つぐらいのことを常に、普通に、同時進行でやって、感じ取ってる。現代演劇の俳優がやってることです。
水谷:劇評で俳優を論じることが少ない。「存在感がある」といった短い言葉で済ませられてしまう。もっと議論すべき。自分は感じていることを出せている俳優が好き。本来、人間にそなわっているものが、現代人は退化しているのではないか。

石井:そういう人はいます。それに気づいて、周囲を意識すれば使えるし、動力にできる。日常で同時展開にやれてるから私もできるはず、と気づいていれば。
水谷:意識していないことを、意識するということですね。

石井:私の授業に正解はない。あなたが感じたことが正解です、と言っています。だいたい、違う親のもとで育ってきたのに、お互いが同じなわけがない。お互いに違う方が気づくことが多い。
水谷:今の日本人は異なっていることを恐れていたり、見ようとしなくなってる。
石井:だから卒業生(の一部)は大学に進学して、少し困ってるらしい。自分は意見を言うけれど周囲の学生が全く発言しなかったりするので。
水谷:私の授業もそうなんです。学生が意見を言ってくれない。自分のやり方が悪いのかもしれないけど。「あいさつ」というワークを継続されてますよね?
石井:「あいさつ」は一定期間続けます。クラス全員で30分間で作品を作って発表する。その間、講師はいない。アイデアを出したりする段階で違う意見がぶつかって、なかなかうまくは進まない。協働することで他者との関係を学ぶ。
水谷:それ、私の授業でも採用しようかな。30分間、私は不在で(笑)、皆に作品を作っておいてもらう。
石井:いいと思います!

石井:「サーカスと芝居には、あまりものがない」という言葉(別役実だったか、井上ひさしだったか)が素晴らしい。演劇がいいのは、技術がなくてもいいこと。それぞれの場所がある。その人しか出せないものを出せばいい。勉強、スポーツができなくても、芝居は得意という人はいる。「ああいう輝き方もあるんだ」と見せられる。子供は素直だから、いいものはいいとわかる。多様性ですね。
水谷:その人それぞれの在り方が肯定されていて、本来の存在そのももの面白さがある。

石井&水谷:日本の体育の授業には…問題がある。※石井先生の本の53ページ参照。
石井:義務教育でダンスを教え始めているが、少し危ない。先日、コンタクトインプロの先生が来て大学生と一緒にワークをした。追手門学院の高校生は自然に体が動き出し、そのまま続く。でもダンスをやっていた大学生は、自分が知っているダンスの言語で踊るから、数時間続けると、「誰か私に振りを下さい!」となってしまう。表現としてのダンス教育はリズムダンスをやっている(自分の授業とは違う)。
水谷:ひとつの言語を獲得すると、人間はそれに支配されてしまう。音楽や言語も同じ。音楽家だったら「俺にフレーズを!譜面をくれ!」となる。石井先生は言葉を介さないで、体を使っている。

石井:(現代人が)体を使っていないことは本当に大変。他者に触れて、触れられたところから動くというワークを大学生とやった。フィードバックで大学生は「普段、他人に触れられる/触れることがないから緊張した」と言っていた。ワークが終わると、皆、元気になっちゃって帰らない(夜なのに)。アドレナリンが出て、解放されたんだと思う。ボディタッチ、スキンシップは必要。日本人にはハグが必要なんだと思う。
水谷:まさに(医療用語の)「手当て」ですね。

石井:はい。これは細胞レベルで何かが変わる話。絶対そう。人は肌が触れると、自分が元気になるのを感じられる。そのレベルで体を知ることが必要。授業で空間に細胞が開いていく。こんなこと言うからスピリチュアルとか言われちゃう(笑)。やってくうちにだんだん感覚が開いていくんです。子供たちもそうだった。だから草の根運動。やらなかったらゼロだけど、やっていれば一人でもやる人が増えるかもしれない。そうなればいい。
水谷:現政権は民主主義的な個人を嫌悪している傾向がある。憲法草案で「個」を消している。教育勅語を復活させる人も出てきた。石井先生がしていることは個人をつぶす運動ではない。草の根運動が必要。

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水谷:石井先生といえばいわき総合高校でのご活躍。岸田國士戯曲賞を受賞した飴屋法水作『ブルーシート』には、あの時の正直な気持ちが詩的に出ていた。
石井:砂連尾理さんの『猿とモルターレ』にかかわった時、仙台の人が「震災の時は悲しいだけじゃなかった。笑いもあった」とおっしゃっていた。被災地と言っても色々。福島はとにかく悲壮で、怒っていた。私は政府にも政治にも怒っていたけど、まず自分に怒っていたし、無力だった。だから笑わなかった。高校生といえどやはり子供。何もできないんです。『北校舎、はっぴーせっと』を作った時、校舎が使えなくなっていたから、子供たちはまず掃除したり机を運んだりした。それがとても嬉しそうだった。人と一緒に何かをしたいんだなと思った。ずっと家族といたから、同世代の友達に会えるだけでも楽しかったんだと思う。

質問:『北校舎、はっぴーせっと』を観た。
石井:『北校舎、はっぴーせっと』はある意味実話。原発のことを演劇にすれば、誰かが傷つく。それでもやりますか?と何度も聞いた。彼女たちにはやらざるを得ない、モチベーションがあった。ずっと泣きながら作っていた。あの時のことはあまり話したくない。
水谷:やることで腑に落ちる。再確認するんですね。今の政治に足りていないこと。

水谷:自分の人生における演劇のベスト3はピーター・ブルック演出『夏の世の夢』、ダムタイプ『S/N』そしていわきで上演された『ブルーシート』。現実を避けずに、受け入れる方法がある。現実を見ないようにする今の日本で、さまざまなことを考える基盤になると思う。

石井:自分に震災経験があるからだと思うんですが、アートによって違いを乗り越えられると思っている。福島では総論的な共有ができなかった。福島で3年間、どうすればいいのかと考えていて、なんとかできるのはアート、文化なんじゃないかと思った。自分たちが表現することで社会を変えていく。あなたたちの意見が必ず何かにつながっていくんだと、伝えています。

質問:相手とともに何かをすることと、いわゆる「空気を読む」ことの違いは?
石井:「空気を読む」のは「察する」ということですよね。昼間にも同じ質問をされて、ちゃんと答えられなかったんです。話し合うと反対意見がでる。それで自分が否定されたと思っちゃうんですね。でも否定ではない。それぞれに意見が違うだけ。(この後、反対意見と批判の違いなど、会話が広がる)

水谷:『チャンポルギーニとハワイ旅行』から石井先生がかかわる公演をずっと観てますが、本当に観る価値があります。凄いですよ。無料ですしね。大阪までの旅費はかかりますが。次の公演は?
石井:12月にわたなべなおこさんを迎えた2期生のアトリエ公演があります。参加型演劇をやります。参加型は…大変です。
水谷:いわき総合高校でも8月に公演がありますね。皆さん、どうぞ観に行ってください。ロビーで石井先生の本を販売します。サインもしてくださいますので是非ご購入下さい。

■感想

 水谷先生は「演劇の基礎体力というか、土台の部分を石井先生が作ってくれている」と開口一番におっしゃいました。百回ヘッドバンキングしたいぐらい同意します(⇒ヘッドバンキングはよくないとYOSHIKI)。私が新国立劇場演劇研修所に注目し、修了生を追いかけている理由が、まさにそのことなのです。自分自身を身体から知って、それから他者とかかわっていく。他者とは共演者およびスタッフであり、そして観客です。なぜ舞台(人前)に立つのか、言葉(セリフ)を発するのかを明瞭に自覚した人間こそが、美しく輝きます。私はそういう舞台が観たいと願い続けています。

 「空気を読む」ことについて、私も講演会中に考えていました。空気を読んでいる人って、他人に気を使っている、または思いやっている気分でいるけれど、本当は自分を守りたいのだと思います。つまり保身なので、他者のことなんて本当は考えていない。だから正直な気持ちのやりとりをする人は、「あ、この人は私と本気でかかわろうとしていない」と気づいて、腹を立てるんじゃないかしら。マイズナー・テクニックのリピティションをやれば勘づくかもしれません。同じ言葉を繰り返し交換しているだけなのに、相手が本気で向き合ってくれないと感じると、心細くなったり悲しくなったり、またはメラメラと怒りがわいてくるので(笑)。

 石井先生も水谷先生も、子供のために必死になっている大人でした。このような大人になりたい。私も微力ながら草の根運動の一端を担いたいと思いました。このレポートがお役に立てたらと思います。

■聴講者の感想

■告知が1か月前だったにもかかわらず、当日前に50席が予約で満席になったとのこと

※2017/07/16加筆

※2017/07/27加筆

※2017/09/16加筆

日時:7月5日(水)18:30~20:00 ※質疑応答もあって終了は20:25ぐらい
会場:早稲田小劇場どらま館
無料、要予約
https://twitter.com/waseda_dramakan/status/875626217625362432
https://www.waseda.jp/inst/weekly/use/2017/06/16/30191/

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