【映画】ナショナル・シアター・ライヴ2022「ヘンリー五世」09/23-09/29シネ・リーブル池袋

 久しぶりにナショナル・シアター・ライヴの感想を書きました。「ヘンリー五世」の上映時間は約3時間20分、途中休憩20分を含む。観られてよかった…。毎度、3000円の入場料が高いとは思わないんですよね。パンフレットも必ず買います。今週再上映の「ロミオとジュリエット」も観に行こうっと♪

≪作品紹介・あらすじ≫ https://www.ntlive.jp/henryv
『ゲーム・オブ・スローンズ』のジョン・スノウ役で一躍世界の人気俳優になったキット・ハリントンが、ついにヘンリー5世を演じる!
演出は『メアリー・ステュアート』(2015)や『豊饒の海』(2018)など日本の舞台でも活躍しているマックス・ウェブスター。

かつて放蕩の限りを尽くし、父ヘンリー四世らの心配の種だったハル王子は父の死後、即位してヘンリー五世に。若いころと打って変わって才知溢れ尊敬を集める名君へと成長した。そんなヘンリーがフランス王位に対するイングランドの権利を主張すると、フランス側は取り合わないどころか親書で侮辱。憤ったヘンリーはフランスへと進軍する。
≪ここまで≫

 NTLiveの前提として俳優に技術があり、とにかくうまい。ウケを狙ったり媚びたり子供っぽく甘えたりしない。どの場面も人間が堂々としている。そして歌もうまかった…讃美歌(かな?)に聞き入った。

 ここからネタバレします。

 舞台を現代に置き換えたシェイクスピアの歴史劇。放蕩者のハル王子が父・ヘンリー四世の死後、ヘンリー五世となる。はるか昔の血筋をたどってヘンリー五世こそがフランスの正統な王位継承者であると主張し、イングランド軍は海を渡ってフランスに侵攻する。

 作品上映前に主演のキット・ハリントンさんへのインタビュー映像があった。彼が演劇学校の入試で演じたのがヘンリー五世。学校を卒業してプロになって働くうちに、『ヘンリー五世』という作品および主人公への印象は変わっていったそうだ。ヘンリーがフランス兵の捕虜を殺したのは国際法違反で、キャサリン王女が嫌がるのに無理やりキスをしたのも決して許されないハラスメントである。それが今作に反映されている。また、剣で戦う劇にはしたくなかった、現代を映す舞台にしたかった等。

 三方を客席が囲むシンプルな抽象美術で、床も階段も舞台奥の壁も金色だ。壁には映像が映し出され、登場人物の顔のアップが映写されることも多々ある。ヘンリー五世の血筋について解説する際は、パワポ資料のような画像が次々に表示され笑いを誘っていた。
 壁の板は十字架の隙間が生じるように四枚に分割され、縦横に開く仕掛けになっている。十字架部分の奥の照明がずらりと並んで光ったり、隙間の真ん中から客席に向かって黒い金属製の通路がニョキニョキと出てくることもある。戦場の場面では黒い小さな粒が床に敷き詰められた。

 ヘリコプターのプロペラ音や銃声が鳴り響くなか、機関銃をかまえる迷彩服姿の俳優は男女ともに軍人らしい貫禄がある。俳優は本格的な(タフな)軍事訓練を受けたそうだ(上映前のインタビューにて)。ピシっと着こんだスーツは現代の軍服だとも思った。ヘンリー役以外の俳優は1人で複数役を演じる。ジェンダー・バランスに配慮した配役で、女性が兵士、上官、貴族役を演じる場面も多い(クロス・ジェンダー・キャスティング)。カラー・ブラインド・キャスティングであるだけでなく、右腕の肘から手までがない(前腕から末梢が欠損している)女性俳優が出演するなど、出演者の多様性はかなり重視されている。フランス国王の家族ら(王、王子、王女、伝令など)を黒人俳優が演じることで、白人(ヘンリー五世)による黒人支配という帝国主義的な世界観も伝わった。

 イングランド軍は英語、フランス軍はフランス語のセリフを話す(英語字幕があったらしい)。イングランド軍にウェールズ、スコットランド等から来た兵士がいて、それぞれが英語方言を話すのは原作通りだ。コーラス(語り部)を演じたのは中国系の女性俳優で、中国がカギを握る現代の国際情勢の反映とも読み取れた。彼女はイングランド軍の少年兵士も演じており、時々中国語を話す。現代の傭兵や“多国籍軍”が思い浮かんだ。

 「聖クリスピンの祭日の演説」や王女キャサリンへの求婚場面は映画や日本の舞台でいくつか観たことがあり、比較できてとても面白かった。有名な「聖クリスピン~」はさすがの説得力。ヘンリーが身分を隠して戦場の兵士と手袋を交換するエピソードは、ヘンリーを寛大な王ではなく、権威を笠に着て弱者の心をもてあそぶならず者として描いていて痛快だった。

 求婚の場面のヘンリーはキャサリンを愛しているわけではなく、あくまでも王族同士の取引遂行に徹していた印象だ。脅したり、すかしたり、たまに道化を演じて油断をさせたり、頭のキレる策士だった。映画「ホロウ・クラウン~嘆きの王冠」ではヘンリー五世役のトム・ヒドルストンが、大げさなほどウブな演技をして胸キュン場面を成立させていた(素晴らしかった)。魅力爆発状態の王が急逝するという悲劇的な流れがあったが、今作にはそんな気配はなく、心の通わない政略結婚が内戦の火種になったように解釈できて、非常に対照的だった。

 ヘンリーの造形だけでなく、キャサリン王女がヘンリーを見つめる視線、表情にも惹かれた。王女だけでなく召使も理知的で誇り高い、大人の女性だった。求婚をほぼ無理やり受け入れて腹をくくった王女が、自分の言葉で婚約を発表する場面は、カメラのシャッター音とフラッシュが連発してまるで記者会見のようだった。そういえばロリー・キニア主演「ハムレット」にも似た場面があった(クローディアスとガートルードが話す場面が国民向けのテレビ番組のようになっていた)。ポーカーフェイスに徹する誇り高き王族たちの欺瞞、悲哀を感じ、政治のグロテスクさも伝わった。たしかフランス王子は中指を立てていた。

 最後の場面では冒頭と同様にコーラス(中国系女性)が一人で登場し、ヘンリー五世亡き後、幼くして王位に就いたヘンリー六世の周囲の不穏な空気と、王位をめぐる未来の戦争を予言する。「(フランスではなく)私のイングランド、私たちのイングランドが戦場になる(血を吹き出す)」といった言い回しで、どうやら原作とは違うらしいが、アジア人がイングランドを「我が国」と呼ぶのは今の英国を表しているように思った。

公演期間:2022年2月12日~4月9日
公開日:2022年4月21日
劇場:ドンマー・ウェアハウス
上映時間:3時間、休憩含む

キャスト(アルファベット順)

フランス王、カンタベリー大司教、サー・トーマス・アーピンガム:ジュード・アキュワディキ

ジェイミー(スコットランド人大尉)、サー・トーマス・グレイ、グロスター公爵、テノール:シェイマス・ベッグ

バードルフ、ベイツ (王軍の兵士)、フランス人兵士:クレア・ルイーズ・コードウェル

エクセター公爵、フランス軍司令官:ケイト・デュシェーン

ヘンリー5世:キット・ハリントン

フランスの使者、 イーリー司教: オリヴィエ・フバンド

クイックリー夫人、ウィリアムズ(王軍の兵士)、マクモリス(アイルランド人大尉):メリッサ・ジョーンズ

モントジョイ フランス軍伝令、ニム:デヴィッド・ジャッジ

ピストル、ウェスモランド伯爵:ダニー・キレイン

フランス王女キャサリン、ガワー(イングランド人大尉):アヌーシュカ・ルーカス

オルレアン公爵、ベッドフォード公爵、 バス・バリトン:アダム・マクシー

ルウェリン (ウェールズ人大尉)、 フォルスタッフ: スティーヴン・ミオ

アリス、ケンブリッジ伯爵、ソールズベリー伯爵、メゾ・ソプラノ:マリネラ・フィリップス

スクループ卿、ランビュアズ卿、ハーフラー市長、ヨーク公爵、 ソプラノ: ジョアンナ・ソンギ

コーラス (説明役)、少年:ミリセント・ウォン

アンダースタディ:ゲシン・アルダーマン、トーマス・デニス、ディアニー・サンバ=バンズ
※本パフォーマンスではフランス王女キャサリンとガワー大尉をディアニー・サンバ=バンズが演じています。

作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:マックス・ウェブスター
美術:フライ・デイヴィス
照明デザイン:リー・カラン
音響デザイン:キャロリン・ダウニング
ムーヴメント・ディレクター:ブノワ・スワン・プーフェ
映像デザイン:アンドレイ・ゴールディング
音楽:アンドリュー・T・マッケイ
キャスティング・ディレクター:アンナ・クーパー CDG
プロダクション・マネージャー:アンソニー・ニュートン
衣裳スーパーバイザー:リサ・エイトケン
軍事コンサルタント:トム・リー
ファイト・ディレクター:ケイト・ウォーターズ
小道具スーパーバイザー:リジー・フランクル(プロップワークス)
ボイスコーチ:バーバラ・ハウスマン
方言コーチ:ファビアン・アンジャルリック、マジェラ・ハーリー

NTLive秋のアンコール文化祭inシネ・リーブル池袋
原題:HENRY V 上映時間:3時間20分(休憩あり)
【料金】
一般 3000円、学生 2500円(要学生証提示)、障害者割引 2500円(要手帳提示)
※各種割引適用外
※各種ご鑑賞券・招待券・株主優待券 使用不可

パンフレット1100円
https://www.ntlive.jp/henryv
https://spice.eplus.jp/articles/308162
https://ttcg.jp/cinelibre_ikebukuro/movie/0912400.html

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