文学座『熱海殺人事件』09/02-09/14文学座アトリエ

 文学座9月アトリエの会が昨年、コロナで公演延期になったつかこうへい作『熱海殺人事件』を上演しています。稲葉賀恵さんの演出なので情報を知った時からすごく観たかったんです。配信があったおかげで拝見できました。上演時間は約1時間50分。配信には終演後のトーク映像が付いています。

≪あらすじ≫ http://www.bungakuza.com/atami2021/index.html
部長刑事木村伝兵衛と富山から赴任してきた新任刑事の熊田、そして婦人警官ハナ子が、熱海で起きた殺人事件の真相を、容疑者大山金太郎を取り調べる中で華麗に改ざんしていく─。 本作は1973年につかこうへい氏が当時25歳の若さで文学座に書き下ろし、翌年に第18回岸田國士戯曲賞を最年少で受賞した不朽の名作。今回は初演版台本を再構築。世代を超えて数多く上演される本作品に文学座の新キャストと演出の稲葉賀恵が挑みます! 文学座の初演から48年、つかこうへいの遺した伝説的テキストを今一度読み解き、再創造に挑戦します。
昨年4・5月に上演を予定しておりましたが、緊急事態宣言の発令に伴い、公演中止を決定しました。あれから1年半の時を経て、キャストとスタッフが再集結!今、現代に放つ新しい『熱海殺人事件』にご期待ください。
≪ここまで≫

 私が『熱海殺人事件』を拝見したのは約20年前で、今や、おぼろげな雰囲気しか憶えていません(記憶力の衰えヤバい…涙)。観劇人生を始めるきっかけになったのは1999年の『蒲田行進曲』でしたし、演劇を観始めたころは“つか芝居”が大好きだったのに、長い間、観に行かなかったのは、演技の方法が苦手な上演が多かったからなんですよね(三浦大輔さん演出版は観ました)。今回は、稲葉さんが文学座の俳優と何をするのかを観たいと思い、今の時代の、今の私が、つかこうへい戯曲から何を受けとるかに興味がありました(その意味でも自分が劇場で体験できないことが悔しいです)。

 『熱海殺人事件』は1945年の敗戦から28年後の1973年に、25歳の男性が書いた戯曲で、翌年に岸田國士戯曲賞を受賞しています。無から有を生み出し虚構を真実に変えながらも、何も残さずに消えていく演劇、すなわち演技という劇薬でもって、当時の日本の姿を徹底的に暴いたのだと思いました。繰り返し上演されるべき戯曲ですね。稲葉さん、文学座の皆さん、ありがとうございました。

 終演後の特典映像のトークによると、戯曲は初演版を使っていますが、初演版は3種類あるため、現代に上演するのにふさわしい部分を選んで上演台本にしたそうです。たとえば1冊目では短かったセリフが3冊目だと長くなっているので、3冊目を採用した等。セリフを変えるといっても語尾ぐらいで、初演版どおりの上演といえるそうです。コロナで延期になったため昨年は3週間、今年は6週間も稽古をされたと知り、贅沢な舞台を観せていただけたのだなと思いました。

 ここからネタバレします。映像配信を拝見したので見えてないところは多いです。間違いがあったらすみません。

 一見、ほぼ何もないブラックボックスの空間の下手に、オーバーヘッドプロジェクターが光っています。上手側(たぶん)には生演奏の奏者が2人(ギターとドラム)。舞台中央奥の壁の約3分の2は、半透明の四角いスクリーンによって覆われています。白いスーツ姿の石橋徹郎さんが登場し、プロジェクターの透明シートに「熱海殺人事件」と黒いペンで走り書きをすると、それがスクリーンに大きく映し出されました。

 映写される手書きの絵と影絵で、昔ながらのアナログの手作り感を出し、古いプロジェクターや、石橋さん演じる部長刑事が使う黒電話から時代背景が伝わります。「差別やハラスメントは当たり前」の昭和の社会が描かれますよ…という合図でもありました。俳優が口にしたことが劇の中の事実になっていくのは演劇のお約束(魔法)ですね。俳優が机や椅子を持ち運んだり、照明、音響の指示を出したりプロジェクターの操作をしたり、ミュージシャンや黒子の姿を観客に見せたりするなど、観客を物語に没入させない工夫が随所に。魔法を信じながら、嘘を見極めようと目を凝らす、刺激的な時間になりました。

 60歳で引退間近の部長刑事のそばには、食事の世話までしてくれる制服姿の女性警察官(山本郁子)がかしずいています。そこに20代の新任刑事(上川路啓志)が登場して、大振りの演技から人間関係が見えてきます。虚構だと自覚しながら俳優の企みに乗っかっていけたので、素っ頓狂なセリフや文脈から外れる飛躍を、俳優とともに楽しんだり、笑ったりできました。生演奏のミュージシャンや音響、照明のオペレーター、演出部のスタッフも息の合った共犯者でしたね。映像配信でしたがチームワークが見て取れ、臨場感を味わえました。

 熱海で同年齢の女性アイを殺害した容疑をかけられた大山金太郎(奥田一平)は、きれいに刈り上げた坊主頭で薄汚れた作用服を着た19歳(たぶん)。部長刑事ら大人3人は事件をドラマティックに仕立てようと躍起になって、金太郎にあることないこと吹き込んで、自分たちに都合のいい自白をさせようとします。シャイで素直な金太郎は子供のように正直で、大人3人の期待に添わない、平凡な返答をするばかり。容疑についても否認し続けます。しかし、事件の経緯や被害者女性との関係をよりスキャンダラスなものにでっち上げ、掘り下げていくうちに、金太郎もノリノリになって大衆が求める犯人像に近づこうと模索を始めます。

 4人が色んな設定の劇中劇や演出手法を試すうちに、初演当時だけでなく今も日本にはびこり、実害をもたらしている固定観念や社会構造などが次々にあぶり出されていきました。たとえば職場での強固な上下関係や男尊女卑の思想、肉体労働者(工員、女工)への偏見と差別、九州から東京に出てきた“田舎者”の劣等感、この事件をカミュの小説「異邦人」で描かれた衝動的な殺人事件と比較してこき下ろす西洋コンプレックスなど。「殺された女はブスだった」とやたらに女性への外見差別が強調されますが、終盤で新任刑事が「実は自分は包茎です」と告白することで、男性もまた身体的特徴を気に病むように強いられていることが示されました。

 とうとう、熱海の浜辺で金太郎がアイを殺す場面が始まります。手ぬぐいをほっかむり風に被った部長刑事と新任刑事が、小さな粒(小豆?)を入れた篭を左右に揺らして波の音を鳴らし、女性警察官が赤いワンピースに着替えてアイ役を演じます(山本さんが美しい!)。音楽、照明も総動員で観客も気分アゲアゲです。お芝居の序盤では容疑を否定していた金太郎ですが、色んなバージョンを試すうちにアイを殺す動機が生じて、彼女を絞殺してしまいます。アイに面倒がられ、置き去りにされたショックが殺意へと結実する演技に真実味があり、嘘が本当へと変化するトリックを見せられた心地でした。

 部下2人を動かし、思惑通りにスキャンダラスな殺人事件をでっち上げた部長刑事ですが、彼もまた組織や世間体に縛られています。舞台に1人残された彼は警視総監に電話をかけますが、受話器から漏れ聞こえるのは妻や家族の声。「こんな夜中にどうしたの?」という妻の質問を無視して、好き勝手に妄想の会話をし続けます。偉そうにしていた部長刑事が、実は認知症の老人または狂人だったのか…。最後には彼の長い独白を大音量の生演奏が掻き消していきました。部長刑事と結託して金太郎を殺人犯に仕立て上げた生演奏が、今度は部長刑事の存在を押しつぶしていくのがなんとも皮肉です。

 このお芝居がなぜ面白かったのか、他の“つか芝居”や有名戯曲の現代上演との違いは何だったのかを、少し考えてみました。木村伝兵衛、大山金太郎といった有名登場人物を『ハムレット』のハムレットや『かもめ』のトレープレフのように特別視するのではなく、“俳優が演じている役柄の1つ”として受け止められたのが大きかったですね。役柄を目玉商品として目立たせるのではなく、戯曲の構造とセリフの意図を丁寧に探り、1本通った芯を見つけて立体化されたのではないでしょうか。

 石橋さんは60代には見えないし、上川路さんも20代には見えないです。山本さんも若づくりはされていませんし“ブス”の演技もされていません。役柄の描写に近づけない演技のおかげで想像力が刺激されましたし、芝居は俳優(出演者)が作り出すものであり、俳優の存在そのものが芝居なのだと思えました。石橋さん(部長刑事)の電話で始まったお芝居が、同じく石橋さんの電話で終わり、『熱海殺人事件』は消えました。

 終演後のトークで、演出の稲葉さんは女性警察官役の俳優に、岸田今日子さんを想定していたと知りました。そういえば私は“つか芝居”でよくある、若いヒロインが男性に翻弄される設定が苦手だったんですよね。キャリアの長い山本さんが演じることで、「老獪な年増女が無垢な少年を手玉に取り、陥れる」という、逆の人間関係が見えてきて良かったです。

 序盤から容疑者(奥田さん)を囲む警察側(石橋さん、山本さん、上川路さん)の関係性と掛け合いが明快で、この上演の枠組みがくっきりしました。そのおかげで、脱線に次ぐ脱線にもかかわらず、進行方向がブレなかったのではないかとも思いました。上川路さんが時々、勝村政信さんに見えました(髪型のせいかしら)。奥田さんの詩のように韻を踏むセリフが意表を突く面白さで、あそこからこのお芝居の趣向に引き込まれた気がします。先輩(俳優)に責め立てられ、まんまと罠にはまってしまう幼さ、弱さに説得力がありました。ロックスターのような歌いっぷりが素晴らしくて、音楽ライブやミュージカルの高揚感を得られました。

≪東京都、兵庫県≫
出演:石橋徹郎、上川路啓志、奥田一平、山本郁子 演奏:芳垣安洋、助川太郎
脚本:つかこうへい 演出:稲葉賀恵 美術:乘峯雅寛 照明:阪口美和 音楽:高良久美子 音響:鏑木知宏 衣裳:原 まさみ 振付:下司尚実(泥棒対策ライト) 舞台監督:加瀬幸恵 制作:梶原 優、前田麻登、鈴木美幸 宣伝美術:デザイン太陽と雲 宣伝写真:宮川舞子
【発売日】2021/08/16
(全席指定・消費税込)前売 4,600円 当日 4,800円
ユースチケット 2,700円 (前売・当日共に、25歳以下) 
https://ameblo.jp/gekidan1980/entry-12697106265.html
9月10日(金)18:30開演の回をライブ配信、10日以降は見逃し配信でご覧頂けます。
視聴チケット料金:3,000円(消費税込・別途手数料)
※【文学座9月アトリエの会『熱海殺人事件』チケット一般発売一時見合わせのお知らせ】
https://ameblo.jp/bungakuza-atelier/entry-12692007256.html
8月23日(月)12時に文学座ホームページで対応について発表致します。
*未就学児のご入場はご遠慮ください。
http://www.bungakuza.com/atami2021/index.html
https://stage.corich.jp/stage/113657

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