新国立劇場演劇『消えていくなら朝』07/12-29新国立劇場小劇場THE PIT

 蓬莱竜太さんの新作を宮田慶子さんが演出されます。8年間つとめてこられた新国立劇場演劇部門・芸術監督としての、宮田さんの最後の仕事になるんですね。

 なんと、蓬莱さんの私戯曲です。事実と虚構の線引きがどこなのかは知り得ませんが、かなり赤裸々にご家族を描いていらっしゃることは伝わってきました。序盤からドキドキして、とてもスリリングな観劇体験になりました!

 パンフレット(800円)で蓬莱さんは「(ご自分にとって)『消えていくなら朝』以前、以降、というぐらいエアーポケットのような位置にある作品」とおっしゃっています。上演時間は約1時間55分。

 本日、マンスリープロジェクトがあります。

 ●マンスリープロジェクト(入場無料。要申し込み)https://www.nntt.jac.go.jp/play/monthly/
 トークセッション 「蓬莱竜太の劇世界」
 日時:7月16日(月・祝)17:00 会場:小劇場
 出演:蓬莱竜太
 聞き手:徳永京子(演劇ジャーナリスト)

≪あらすじ≫ 公式サイトより
家族と疎遠の作家である定男は、五年ぶりに帰省する。作家として成功をおさめている定男であったが、誰もその話に触れようとしない。むしろその話を避けている。家族は定男の仕事に良い印象を持っていないのだ。定男は切り出す。

「……今度の新作は、この家族をありのままに描いてみようと思うんだ」

家族とは、仕事とは、表現とは、人生とは、愛とは、幸福とは、親とは、子とは、様々な議論の火ぶたが切って落とされた。 本音をぶつけあった先、その家族に何が起こるのか。
何が残るのか。
≪ここまで≫

 場所は海辺。舞台は対面式キッチンのある、モダンな日本家屋の居間。天井の梁がいびつな方向に取り付けられ、不穏な空気を醸し出しています。

 人々の言葉の選び方があまりにも遠慮ない…というか、乱暴なので、血のつながった家族のぶつかり合いにドキドキします。これが実話かと思うと、さらにハラハラ…!でも、深刻になりすぎず娯楽作として仕上げられていますので、ご安心を。

 蓬莱さんはこれまでもご自身の故郷が舞台の作品などを書かれていたと思います。全体を冷静に見つめて、ご自分を美化することなく、むしろ恥部をさらすような姿勢を貫かれていることが素敵だなと、個人的には思っています。

 ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。

 羽田家は父・圧二郎(高橋長英)、母・君江(梅沢昌代)、長男・圧吾(山中崇)、次男・定男(鈴木浩介)、そして末っ子の長女・加奈(高野志穂)の5人家族。高校卒業後に上京し、東京で劇作家として活躍する定男が、若い女優の恋人・才谷レイ(吉野実紗)を連れて5年ぶりに帰省し、18年ぶりに家族全員が揃います。

 君江はキリスト教系(?)の新興宗教の熱心な信者で、圧吾と定男は小・中学校時代から宗教活動にかりだされていました。真面目で熱心な圧吾はそのまま教団で出世し、教団内の女性と結婚。でも1度の浮気がバレて破門になり、今は独身で営業職の、おそらく40代です。弟の定男を露骨にねたんでいます。

 定男は母の宗教が理由で学校でいじめられ、家庭が不幸だったことを恨んでいて、自分の家族が大嫌い。演劇で成功したのに家族は自分の公演には興味がないし、「お前がやってることは仕事じゃない」「裏切者、詐欺師」などと言われています。
 長女の加奈は、長男と次男を母に奪われた父のために、父が(ひっそりと心の中で)望むとおり“三番目の息子”になろうと努めてきて、女性らしさは棄てています。今はドラえもんフィギュア収集だけが人生の喜びです。

 「兄ちゃんには自分の言葉がないんだから、しゃべらない方がいいよ!」という定男のセリフに爆笑しました。あまりにひどいです。
 自分が女であることを諦めたのは父のためだったと吐露した加奈が、母が父の部下と浮気していたことを暴露します。「そんなことはなかった、私は浮気なんてしていない」ときっぱり否定し、開き直る母は、何でも木で鼻を括ったような言い方で「それはあたらない」と答える菅官房長官みたい(あー思い出すと超ムカつく)。

 舞台女優のレイに面と向かって「売れてないのだから、女優は仕事じゃないでしょ?」と言ってしまう羽田家の人々と、演劇人である定男とは話が通じません。「食えてはいないのだから、ある意味おっしゃるとおり」と認めるレイとも、少しケンカになってしまいます。私自身も演劇にかかわって十数年になりますが、今も昔も演劇に興味のない方とは同じような会話をすることがあり、もやもやするんですよね…。

 定男の「普通の家族のなかでぬくぬくと育ったレイに、俺の気持ちはわからない」という発言を受けて、レイが告白しました。「私の母はフィリピン人で、フィリピンでは日本人だといじめられ、日本ではフィリピン人だといじめられた。所属事務所からもハーフであることは不利だから隠せと言われている。定男さんの家族も私の家族も普通」という彼女の発言には説得力があります。ただ、彼女が混血だったという設定は、少々ご都合主義だと感じないわけではありませんでした。私は、全方位に対して瑕疵のない戯曲を、でき過ぎじゃないかと感じるタイプなのかもしれません。

 10歳(たぶん)の時に、定男は父と母の離婚話を耳にしたと告白します。父は妹を、母は兄を引き取ると言い、自分については口ごもっていたのだと。そこから両親への不信が始まったんですね。ただ、父も母もその会話を全く覚えていないし、母は「私がお前を引き取らなわけないじゃない!」と全否定。定男としては「俺のこの30年は一体、何だったんだ?!」となります(笑)。

 いつも自分たちを冷静に見ていた定男のことを、家族は「偉そうだ」「他人を下に見ている」と思っていたようで、さらに父は「恐れていた」とも言います。定男の態度はまさに指摘通りで、ある意味、みっともない姿でした。蓬莱さんはご自身を見つめ、いたらなさをさらしているんですね。人間は恐怖ゆえに攻撃するものだなとも思います。

 「本当に、これを戯曲に書くの(やめておいた方がいいんじゃない)?」と言うレイに、定男が「考える」と答えて終幕。波の音が響き、家屋がうっすらと青い明かりに照らされました。蓬莱さんはご家族のことを戯曲に書いたし、上演も始まっています。「考え続ける」ということを手渡されたように思いました。

新国立劇場 開場20周年記念 2017/2018シーズン
≪東京、兵庫、愛知、福岡≫
出演:鈴木浩介、山中崇、高野志穂、吉野実紗、梅沢昌代、高橋長英
脚本:蓬莱竜太 演出:宮田慶子
美術:池田ともゆき
照明:中川隆一
音響:上田好生
衣裳:髙木阿友子
ヘアメイク:川端富生
演出助手:渡邊千穂
舞台監督:澁谷壽久
映像制作:冨田中理
プロンプ:堀元宗一朗
制作助手:いとうちえ
制作:重田知子
プロデューサー:茂木令子
芸術監督:宮田慶子
主催:新国立劇場
A席:6,480 B席:3,240円 Z席(当日券):1,620円
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009662.html
http://stage.corich.jp/stage/92114

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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