ナショナル・シアター・ライヴ「深く青い海」07/07-13 TOHOシネマズ日本橋

 今月のナショナル・シアター・ライヴは1952年初演のテレンス・ラティガン作「深く青い海」。演出はキャリー・クラックネルさんという若い白人女性です。休憩時間に演出家インタビューあり。上演時間は約151分。

 素晴らしかった…。“場面転換のための暗転”なんて皆無(休憩前を除く)。てゆーか場面転換こそ演出の見せ場であり、批評性を前面に出せるところではないかと。ナショナル・シアター・ライヴは俳優さんはもちろん、演出家の方々にぜひご覧いただきたいです。

≪あらすじ・作品紹介≫ 公式サイトより
第二次世界大戦後のロンドン。何不自由なく夫と暮らしていたへスターだったが、若い元空軍パイロットのフレディに心を奪われ、駆け落ちしてしまう。しかし、フレディの愛に物足りなさを感じた彼女は――。20世紀イギリスを代表する劇作家テレンス・ラティガンの1952年初演作。過去に二度映画化され、ヴィヴィアン・リーとレイチェル・ワイズといった実力派女優がヒロイン・へスター役を演じてきた。今回同役に挑むのは、ナショナル・シアターによる舞台『メディア』(14年)での熱演が記憶に新しいヘレン・マックロリー。
≪ここまで≫

 ラティガン戯曲は自転車キンクリートSTOREで2005年に3作連続公演があり、大ファンになりました(関連エントリー⇒)。ある夫婦と妻の浮気相手という三角関係からジョン・ハリソン作『休暇 Holidays』を思い出しました。夫が金持ちで妻が絵描きなのも同じでしたね。どちらも実話に基づいています。

 会話を状況説明と感じさせないのが本当に巧み。戯曲がいいのが前提ですが、演出も的を射ています。若い女性演出家がここまでできるのか…と感服。

 演出家:準備を十分にしてから稽古に臨んだ。時代背景や人物像、せりふなど、戯曲を徹底的に研究し、どのように演出するかの方針も決めてから。でも結果的に大半は捨てた。稽古場で俳優と創造した。

 演出家:私は女性が主人公の戯曲に興味を引かれる(例:『人形の家』)。この戯曲の魅力はヘスターという女性の多面性。彼女は優しいけど怒鳴るし、陽気だけど鬱。ヘスター役のヘレン・マックロリーは、女性が持っているさまざまな性質をすくい上げ、曖昧にせずに一つずつをはっきりと緻密に演じたから、多面的な女性像が生まれた。

 ここからネタバレします。 セリフは全く正確ではありません。

 三角関係の男女がメインですが、大家さん(女性)、上の階に住む若い夫婦、(偽)医師のミラー氏などの周囲の人々も個性が際立っていて、群像劇としても楽しめました。アパート全体と複数の部屋を想像させる、高さのある舞台美術もめちゃくちゃ良かったですね。壁が透けて外廊下と階段、他の部屋の様子が見えるため、外の世界を常に意識させます。とはいえ風通しが良いというよりは、高い壁に囲まれた(心の)牢獄という印象です。

 下手の窓のカーテンが風でほんの少し揺れて、日光が薄く差し込むのがとても効果的でした。上手袖側まではその光は届きません。ヘスターが上手の床にはいつくばって、下手に向かってずるずると体を引きずっていく場面が前半にあったんです。まるで水底(上手)から水面(下手)へと必死で手を伸ばしているようでした。頭の中で空間を90度傾けて味わいました…しびれるカッコよさ! カンパニーデラシネラ『ふしぎの国のアリス』のアリスの落下場面と似てます。

 二晩連続で自殺を図ったヘスターを、前科者の元医師のミラー氏が再び助け、彼女に助言します。希望を持ってはいけない。希望の先には絶望が待っているから。希望なんて持たず、ただ生きればいいと。あなたには絵画があるじゃないか、とも。

 戻ってきてくれたフレディに、ヘスターは毅然とした態度で接し、自分から別れを告げます。泣きながら、自分で目玉焼きを焼いて、それをパンにのせて食べるヘスターの姿を静かに見せて終幕。

 ※パンフレットの鈴木裕美さんの寄稿によると、最後の「目玉焼きを焼いて食べる」場面は、戯曲にはありません。ヘスターは暖炉のガスのスイッチを入れて火をつけ、フレディの服をソファで畳んでいる…という結末だそうです(意訳)。
 上の階に住む若い夫婦の妻は、戯曲では妊娠していないしタバコも吸いません。

 ラティガンは同性愛者で、同性の恋人のケニー・モーガンは、ラティガンと別れた直後に自死しました。それがこの戯曲が生まれるきっかけになったとのこと。

■感想ツイート

“The Deep Blue Sea” by Terence Rattigan
上映時間:約180分/初演劇場:ナショナル・シアター/作:テレンス・ラティガン/演出:キャリー・クラックネル(『人形の家』、『メディア』)/出演:ヘレン・マックロリー(「ハリー・ポッターと死の秘宝」)、トム・バーク(「マスケティアーズ/三銃士」)
一般3000円
Cast, in order of appearance:ミセス・エルトン(大家さん):マリオン・ベイリー Marion Bailey, フィリップ・ウェルチ(妊婦の夫):ヒューバート・バートン Hubert Burton, アン・ウェルチ(妊婦):ヨランダ・ケトル Yolanda Kettle, ヘスター・コリアー(妻):ヘレン・マックロリー Helen McCrory, ミスター・ミラー(医師):ニック・フレッチャー Nick Fletcher, ウィリアム・コリアー(夫):ピーター・サリヴァン Peter Sullivan, フレディ・ペイジ(元空軍パイロット):トム・バーク Tom Burke, ジャッキー・ジャクソン(フレディの友人):アデミトワ・エドゥン Adetomiwa Edun

演出 Director: キャリー・クラックネル Carrie Cracknell; 美術 Designer: トム・スカット Tom Scutt; 照明 Lighting Designer: ガイ・ホーア Guy Hoare;  音楽 Music: スチュアート・アール Stuart Earl; 振付 Movement Director: ポリー・ベネット Polly Bennett; 音響 Sound Designer: ピーター・ライス Peter Rice; アクション Fight Director: ケイツ・ウォーターズ Kate Waters; ボイスコーチ Company Voice Work: シャーミアン・ホーア Charmian Hoare; スタッフ主任 Staff Director: ローズマリー・マッケナ Rosemary McKenna

http://www.ntlive.jp/thedeepbluesea.html
http://ntlive.nationaltheatre.org.uk/productions/56769-the-deep-blue-sea

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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