新国立劇場演劇『白蟻の巣』03/02-19新国立劇場小劇場THE PIT

 新国立劇場初登場の谷賢一さんが三島由紀夫戯曲を演出されます。『白蟻の巣』は昭和30年(1955年)の岸田國士戯曲賞受賞作。上演時間は約2時間30分(1・2幕95分 休憩15分 3幕40分)。

 シリーズ「かさなる視点―日本戯曲の力―」の第一弾で、4月の『城塞』と5月の『マリアの首』に続きます。

 破たんしている人間関係をカラっと、ストレートに届けてくださいました。じっとりと攻めるところもあり、ハレンチで滑稽で笑えるところもいっぱい。退廃的な大人のラブシーンにもわっくわく(笑)。

※兵庫、豊橋公演あり

 兵庫:4月4日(火)19:00 / 5日(水) 13:00
 会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

 日時:4月8日(土)13:00
 会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。(俳優名)を追加。
ブラジル、リンスにある珈琲農園。経営者である刈屋義郎(平田満)と妙子(安蘭けい)夫妻、その運転手の百島健次(石田佳央)と啓子(村川絵梨)夫妻。4人は奇妙な三角関係にあった。啓子の結婚以前に、妙子と健次が心中未遂事件を起こしていたからである。
それを承知で健次と結婚した啓子ではあったが、徐々に嫉妬にかられるようになり、夫と妙子が決定的に引き離される方法はないかと思案する。一方、心中事件を起こした妻と使用人をそのまま邸に置き続ける義郎の「寛大さ」に縛られ、身動きの取れない妙子。
義郎の寛大さがすべての邪魔をしていると思った啓子は、邸から遠く離れた地へ義郎を送り出す。
義郎の留守の間に健次と妙子が再び関係を結び、それが露呈することで自分たち夫婦が邸から追い出されることを目論んだのだ。
白蟻の巣のように、それぞれの思いが絡み合い、いつしか4人の関係が変化していく……。
 ≪ここまで≫ 

 1945年の敗戦から10年後に、劇団青年座に書き下ろされた戯曲です。公式サイトによると「戦後の日本に空虚感を抱いていた三島の思いが色濃く顕れている作品」とのこと。

 パンフレットに掲載された谷さんの2005年以降の主な作品歴49作によると、谷さんが三島戯曲に初めて取り組まれたのは、2010年の世田谷パブリックシアター主催『熱帯樹』リーディング公演(シアタートラムにて)でした。公立劇場からの提案で若手演劇人が近代戯曲を演出するという点は、今回と同じですね。劇場が人を育てるのだなと思います。

 49作のうち、私は44作を拝見していました。ご縁があって、2005年の劇団DULL-COLORED POP旗揚げ公演の前にも、3作は観ています。谷さんがとうとう新国立劇場主催公演の演出をされるまでになったことを、勝手ながら感慨深く、嬉しく思っていました。

 THE PITは小劇場という名前ですが、サイズとしては中劇場だと思います。その広さを全く感じさせない美術、照明、音響、ステージングで、余裕が感じられるほどでした。谷さんの新国立劇場デビューは難なく成し遂げられたように思え、その理由を考えてみました。

 お芝居の本番は俳優のもの。とはいえ、やはりスタッフワークの力は大きいです。たとえば照明の松本大介さんは2006年(DULL-COLORED POP『ラパン・アジルと白の時代』)から、美術の土岐研一さんは2009年(DULL-COLORED POP『マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人』)から、音響の長野朋美さんは2013年(DULL-COLORED POP プロデュース『最後の精神分析-フロイトvsルイス-』)から谷さんと創作をされています(私のブログの記録より・間違いはあるかもしれません)。「空中に浮んだ楼閣」(後述)が時には堅牢に、時には儚く舞台に立ち上がったのは、長年のチームワークの成せる技なのではないかと思いました。

 昭和30年の問題意識が今と地続きに感じられました。現代の視点から戯曲を読み解いて、時代背景や作家の経歴を踏まえ、6人の俳優と根気よく取り組まれた跡が見て取れました。谷さんの地力が発揮された公演だと思います。

写真展&美術模型
写真展&美術模型

 ここからネタバレします。

 ダイニングセット、ベッド、ソファなどの家財道具の奥に、麻を思わせる薄くて白い幕が数枚、天井からすだれ状に垂れ下がって、舞台奥の額縁全体を覆っている。その幕の奥には表面がごつごつとした壁がそびえ、照明によって壁の起伏が浮かび上がり、古い大木や遺跡にも見える。超えられない、屈強な壁のよう。「白蟻の巣」かもしれない。

 家具類が床をスライドして場面転換する。黒子や道具類を引っ張る糸は見えないので、仕掛けがありそう。絨毯の上にダイニングセットが載っていて、絨毯ごと移動する。
 茶色、焦げ茶色、黒色などがランダムに広がる床の色がいい。テラコッタ製のタイルを思わせる格子模様も刻まれている。ブラジルの乾いた地平と地面とともにある生活を想像させる。

 すだれ状の薄い幕のすき間から妙子が初めて登場する場面がいい。自分にとって嫌な、地獄のような場所だとわかっていて、自らその扉を開き、その空間に入って、やっぱり絶望する。裕福な邸宅での穏やかで優雅な朝食が、真綿で首を締めるられるような、窮屈な時間と映る。

 薄い幕には弱い風があたり、南米の夏の乾燥した風を感じさせた。部屋を仕切るはずの壁もドアもない。登場人物は薄い幕のすき間から出入りする。そんな開放的な空間だが、人々はいつでも出て行けるのに、出て行かない。自ら閉じこもる牢獄のイメージ。パンフレット(宮田慶子さんと谷賢一さんとの対談)で言及されていた「空中に浮かんだ楼閣」にも思える。
 引用:三島さんは「小説は足を地面につけた大建築物」で、「戯曲は空中に浮んだ楼閣」とおっしゃったと言われています(宮田)。

 アグレッシブな(野心的な)選曲がいいアクセントになっていた。カーニバルの騒音、歓声などはリアリティがありながら、どこか抜け感もあって、空虚さが増した。

 家族という牢獄、建物、コーヒー農園という財産(持ち物)に縛られる。または権威、金に目がくらんで、実生活の幸せを見失う人々に見えた。

 刈屋義郎は日本の内閣が変わっても興味を持たない。「どうせまた変わる」と無関心。それを「寛大」な生き方と自負しているようだ。何もかもを受け入れ、許すようでいて、実は他者を拒絶して保身しているだけ。
 「怒らない」のは今の日本人にも当てはまる。敗戦した日本は不戦の誓いをしたのに、平和憲法を手に入れたのに、自衛隊ができて、アメリカ軍が駐留する。現政権が無法の限りを尽くしていても、「仕方がない」と受け入れている。それに対して怒らない日本人への批判でもある。「こんなのダメだ!」と怒る若者(=啓子)はSEALDsみたい。

 でも、人間は怠け者。本当は、変わりたくないのだ。今まで通り安穏としていたいのだ。変わりたいと言いながら、実は自分がそれを拒んでいる。啓子はアクセルとブレーキを両方踏んでいる。

 白蟻は人間の背の高さぐらいの巣を作り、去る。形骸化した巣が残っているが、白蟻はもう一匹も居ない。でも、また古巣に戻ってくるのではないか? 最後は奥の壁に赤い照明があたり、白蟻の巣に再び飢えた白蟻(妙子と健次)が戻ってきたようだった。
 妙子と健次の心中未遂と逃亡は死も厭わぬ愛、愛ゆえの死の美化。命がけの行動へのあこがれ。でも結局のところ成就しない。情けない。

 健次と出て行く時に妙子が着ていた白いドレスが素晴らしかった。一見シンプルでさわやかなデザインだが、フレア部分にレースが入っており、白蟻の羽に見えた。

・俳優について

 刈屋義郎役の平田満さんは、冒頭では「寛大さ」を柔らかく表現し、上品だがやや高圧的な存在のしかたが高貴な身分(華族?)の人物らしくて良かった。啓子の挑発に乗って、徐々にやんちゃ小僧のようになる。自分から提案して啓子と納屋で関係を持ち、最後には彼女に甘言をささやいて求婚する。枯れていた男性が若い女性にすがる様はかなり情けない。「若い血を得て自分は変わる!」と勢いよく宣言していたくせに、妙子と百島が帰ってくるのかも…という段になると「怒れない(変われない)」とくじける。ものすごくかっこ悪い姿をさらけ出すのに、愛らしさが増す平田さんが魅力的。

 浮気をし続ける妙子(安蘭けい)は、男に対して強い欲望があるはずだけれど、裏切り続ける自分に嫌気がさして絶望している(=死んでいる)。火傷しそうなほどの情熱を押し殺して、幽霊のように生きている女性。とても難しい役だと思った。登場場面が素晴らしかった。ただ、運転手の百島健次(石田佳央)と、心中未遂するほど熱い性愛に溺れた時期があったようには見えなかった。「死んでいる」のだから仕方がないのか。

 啓子役の村川絵梨さんは『時には野に咲く花のように』の印象が今も鮮やか。今回も元気なはじけっぷりが良かった。健康的なエロスがいい。わがままな気持ちを制御できない未熟さ、欲望に身を任せる若者の勇気、潔さもうかがえた。金に目がくらむ単純さ、甘さも若さゆえ。

 半海一晃さんの舞台は今までに2度拝見したことがあると思う。今回が一番良かった。自分の世界で自分の好きなように生きていたいから、身の程をわきまえる。お墓は日本に建てたいと言っていたが、いざ義郎が小切手を渡そうとすると、「日本に帰りたいという夢が叶うと死んでしまう、だから金はいらない」と断ってしまう。百島に義郎と啓子の浮気現場を見せるのは、面白がっているからだろう。親切な部外者面をして屋敷の人間関係をひっかきまわし、高みの見物をしている。勝手知ったる邸宅での密かな楽しみを失いたくないはず。

 女中のきぬを演じた熊坂理恵子さんの軽やかさは、サンバのリズムに思わず反応してしまうという、ブラジル生まれの日本人らしさをよく表していた。家事労働も板についていて、屋敷の日常に説得力を持たせた。

2016/2017シーズン かさなる視点 ―日本戯曲の力― Vol. 1 The Nest of the White Ants
≪東京、兵庫、愛知≫
出演:安蘭けい、平田満、村川絵梨、石田佳央、熊坂理恵子、半海一晃
脚本:三島由紀夫 演出:谷賢一
協力:ブラジル大使館
美術:土岐研一 照明:松本大介 音響:長野朋美 衣裳:前田文子 ヘアメイク:鎌田直樹 演出助手:渡邊千穂 舞台監督:足立充章
演出部:今井眞弓 鷲北裕一 吉村彩香 プロンプ:髙橋美帆 制作担当:井澤雅子 小仲やすえ プロデューサー:茂木令子 主催:新国立劇場
A席:6,480円 B席:3,240円 Z席(当日券):1,620円
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/151225_007979.html
http://www.nntt.jac.go.jp/play/news/detail/161011_009183.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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