ロシア国立サンクトペテルブルク・マールイ・ドラマ劇場『たくらみと恋』02/18-19世田谷パブリックシアター

たくらみと恋
たくらみと恋

 ロシア国立劇場の28年振りの来日公演ということで、2月のメルマガのお薦めNo.1としてご紹介していた公演です。

 上演時間は約2時間10分というアナウンスでしたが、12分ほど遅れて開演し、カーテンコールもたっぷりあって、全て込みの上演時間は約2時間30分だったと思います。開演前、上演中に拍手が起こったり、カーテンコールでキャストに花を贈るお客様が次々に出てきたり、客席でも異国情緒を味わうことが出来ました。

 私は期待し過ぎのせいもあって(2004年のロシアの舞台が私の観劇人生を変えたので)、大絶賛とまでは行きませんでしたが、俳優の技術と洗練された演出には唸らせられました。日本での公演が2ステージしかないのはもったいないですね。


≪あらすじ≫ 公式サイトより
ドイツの貴族ワルタワ(パンフレットではヴァルター)の息子フェルディナンドは、町に暮らす下級音楽家の娘ルイーゼと相思相愛の仲。一方ドイツの大公は外国の皇女との婚姻を前に、愛人のミルフォルド夫人を別の男と結婚させようとしていた。この話を聞きつけたワルタワは息子のフェルディナンドとミルフォルド夫人を結婚させ、大公に恩を売り、権力を手中にしようと策略をめぐらせはじめる。それを知り反抗するフェルディナンド。しかし、ワルタワは彼が夫人にプロポーズをしなければ、ルイーゼと彼女の家族を投獄すると脅す。そして、ルイーゼにも罠が仕掛けられ・・・。若者二人の愛が強い故に、大人たちの政治的都合に利用される。その愛は嫉妬や誤解を生み、二人の運命の歯車は大きく狂い始めていく。
≪ここまで≫

 少佐フェルディナンド(貴族、宰相の息子)と町娘ルイーゼ(16歳の平民女性)の若く熱い恋を、金と名誉に執着する大人たちが破滅させます。ドイツ版『ロミオとジュリエット』とも言われる1784年の戯曲だそうです。1789年のフランス革命前ですね。男尊女卑、身分差別が確立されている階級社会が背景になっています。

 縦横、斜めに横切る木の柱だけが浮き立って見える、黒い壁が舞台奥にあります。黒い壁には中央の少し下手寄りに、木の枠に囲まれた出入り口が1つだけ。ほぼ何もない空間に、上下(かみしも)の袖からテーブル、椅子などが出てきて場面転換します。その場には居ないけれど会話の話題にはのぼる人物が舞台上に居続けて、会話をする人たちとアイコンタクトを取るので、話が分かりやすいし、時空を超える演劇ならではの表現を楽しめます。装置、道具の移動が場面の展開に先行するので、物語の道しるべ、予言とも受け取れるのが面白いです。

 俳優の姿は大臣、少佐、音楽家などの身分にふさわしく、性格が緻密に表現されるので、ただ立っているだけ、相対しているだけでも人間関係と世界観が伝わります。セリフが説明的に響かないのも素晴らしいです。

 ここからネタバレします。間違ってたらすみません。セリフは正確ではありません。

 白シャツ、白ジャケットに黒蝶ネクタイ、黒ズボンの給仕姿の男性アンサンブル(計7名)が、テーブルと椅子などを移動させ、登場人物の指示どおりに先頭だって行動する。座ろうとすると椅子を用意するし、次の場面になる前にテーブルを持ってくる。気が利く部下たちである。やがて見えてくるのは、彼らが意志を持たず上司(上官)の命令を訊く従順な部下(兵隊)であること。そして主要人物の次の行動を先におぜん立てしていくことから、個人の人生を狂わせる世間、世論、コロスであるという解釈もできる。顔色を全く変えない恐ろしい集団である。

 大公の愛人ミルフォルド夫人はイギリスの没落貴族で、ドイツで6年もの貧困生活の末、大公に見初められたという辛い過去がある。彼女が登場すると音楽が流れる。常に軽やかにバレエを踊っており、豊満な肉体と色気で男を手玉に取る陽気な女性だ。フェルディナンドを誘惑して落とすし(結婚は承諾させる)、おそらくその父ヴァルターとも肉体関係がありそう。彼女が動く時は必ず給仕たちが手を添えている。彼女が男の力でのし上がり、男が居ないと生きられないことの表象だろう。

 宰相ヴァルターがルイーゼの家を訪ね、その両親も恋人である自分の息子も居る前で、ルイーゼを娼婦呼ばわりし、それに反論したルイーゼの父を「牢獄送りにして処刑する」とサラリと、にやけながら言ったことに戦慄した。権力の横暴が恐ろしいし、なんたる高慢。
 ヴァルターの秘書ヴルムはルイーゼを手に入れたいので、フェルディナンドとの仲を裂くためにヴァルターと結託し、2人を陥れる罠をはる。ルイーゼに「父母を守るためにフェルディナンドと別れなさい。そのためには彼にあなたを諦めさせなければならない。嘘の手紙を書きなさい」と提案。ルイーゼはヴルムへの恋文を彼の口述筆記で書かされて、その執筆を無理じいされたことは決して言わないと誓わせられる。

 ルイーゼはミルフォルド夫人と会い、「フェルディナンドとの結婚は既に世間に知ら占められている。結婚できなければ私の名誉は地に落ちる。あなたの幸せを心から祈るけど、今すぐここから消えて欲しい」と勝手なことを言われる。都合よく豹変するミルフォルド夫人の演技がいい。ルイーゼはフェルディナンドのことをきっぱり諦めていた。父母、そしてこの女性を助けるために身を引く決意を既にしていたのだ。

 手紙を見つけて(見つけさせられて)激高したフェルディナンドはヴルムに決闘を申し込む(ピストルを自分の頭と彼の首に当てる)が、ヴルムは逃げる(この姿がめっぽう情けない)。なぜだか突然、ヴァルターがフェルディナンドとルイーゼの結婚を承諾した。

 フェルディナンドはルイーゼの家を訪ねる。舞台には多数のテーブルがセットされ、白いテーブルクロスの上に燭台と白い花(白いチューリップの束)の花瓶が載せられていく。何かしらのパーティーの準備のようでもある。最初は燭台が多数、舞台下手手前のテーブルにまとめて並べられていた。灯りが付いていたので、『ロミオとジュリエット』の霊廟のイメージも浮かんだ。

 フェルディナンドがルイーゼの父に大金を渡し、「家のパーティーに行けなくなったので、それを父ヴァルターに伝言してくれ」と、彼を厄介払いして、ルイーゼと二人きりになった。「この手紙は嘘だと言え」とルイーゼに迫るが、彼女は「自分が書いた」と言うのみ。ルイーゼが持ってきたレモネードに、こっそりとヒ素を入れるフェルディナンド。自分は飲まずに彼女に飲ませる(おいおい、自分が先に飲めよ!と突っ込んだ私)。毒を盛ったことを伝えると、ルイーゼは本当のこと(自分の人生でたったひとつの嘘は、ヴルムにあの手紙を書かされたこと)を言い、死ぬ。フェルディナンドは衝撃を受けて後悔するが、自分のせいだと受け入れ、毒入りレモネードを飲んで後を追う。

 「人間に必要なのは地位、名誉、金ではない、愛である」といった内容のアナウンスが、しらじらしく流れる。そういえばヴァルターのセリフは、部下たちに命令するだけはマイクを通じて発せられていた。完。

 キャスト、スタッフワークともに高品質のお芝居だったはずなのですが、なぜか退屈している自分がいて、その理由を上演中も帰り道でも考え続けました。簡単に言ってしまうと、お高くとまってる感じがしたんですよね、たぶん…。「貴族と平民の悲恋」が題材で、登場するのは馬鹿でみっともない人間ばかりです。だけど最初から最後まで俳優はヒロイックなままだったように見えました(大公の愛人役を除く)。

 1700年代はこの作品のような身分、男女差別が前提でしたが、現代はそれほどではありません(少なくとも日本はそう)。フェルディナンドのルイーザに対する態度には身分差別と女性蔑視が根本にあります。それを批評するような視点も観たかったですね。作品世界を忠実に表現するだけでなく、今、これを上演する理由と意志も受け取って、味わいたいです。また、作り手が自分たちの作品と、自分自身を疑い、毎回変化していくことを厭わない姿勢も、舞台の時間を輝かせるものだと思います。

 舞台上演は常に新しい他者との出会いですし、今ここで生まれるライブです。その場で観客とともに作り上げるものだと思います。今回の出演者がそのことについてワクワクしていたり、ヒリヒリするような、柔軟さ(弱さと言ってもいいかも)とチャレンジ精神を持っていたようには感じられませんでした。「自分たちの上質な舞台を観客に届ける」という認識だけだと、作り手が上で観客が下という人間関係になりがちだと、私は思っています。長く海外ツアーをしてる人気演目によくあることかもしれません(ルーチン化するため)。

 あと、ロシア人またはロシア人俳優の個性なのかもしれませんが、一人ひとりが独立してますよね。堂々とされていて、他者とあまり混じり合わないというか。韓国人俳優と少し似てる感じもします。日本人俳優の柔軟さ(どろどろ、ダラダラと溶けて合体するんじゃないかという具合の時もある)、もしくは弱さも、個性なんでしょうね。
 ルイーザは16歳なんですが、30代の既婚女性ぐらいの貫禄のある演技でした。ほれぼれするほど立派な姿でしたが、物語にはあまり入り込めなかったです。

 ※パンフレットより
 ロシア国立サンクトペテルブルグ マールイ・ドラマ劇場は1944年レニングラードに設立された劇場。1983年にレフ・ドージンが芸術監督に就任。60名ほどの俳優が常勤し、ほとんどがドージンの教え子。30以上のレパートリーあり。
 『たくらみと恋』はロシア最高峰の演劇賞(黄金のマスク賞)の2014年グランプリ受賞作。フェルディナンド役のダニーラ・コズロフスキーはシャネルのCMでキーラ・ナイトレイと共演。ルイーゼ役のエリザヴェタ・ボヤルスカヤはメルセデスベンツのイメージキャラクターにもなった。

Maly Drama Theatre-Theatre of Europe, St-Petersburg, Russsia
“Love and Intrigue” written by Johann Christoph Friedrich von Shiller
Directed and adapted for the stage by Lev Dodin

【出演】サンクトペテルブルグ マールイ・ドラマ劇場 劇団員
宰相フォン・ヴァルター(ドイツ大公の宮廷の大臣):イーゴリ・イワノフ
フェルディナンド(その息子、陸軍少佐):ダニーラ・コズロフスキー
ミルフォード夫人(大公の愛人):クセーニア・ラポポルト
ヴルム(宰相の秘書):イーゴリ・チェルネヴィチ
ミラー(町の音楽教師:セルゲイ・クルイシェフ
その妻:タチヤナ・シェスタコワ
ルイーゼ(その娘):エリザヴェタ・ボヤルスカヤ
アンサンブル:男性7人
【作】 フリードリヒ・フォン・シラー
【上演台本・演出】 レフ・ドージン
【美術】 アレクサンドル・ボロフスキー

ロシア語上演[日本語字幕つき]
【発売日】2016/12/17
[S席(1階席・2階席) A席(3階席)]
一般:
S席6,500円
A席4,000円
高校生以下:
S席3,250円
A席2,000円
U24:
S席3,250円
A席2,000円
友の会会員割引:S席6,000円
せたがやアーツカード会員割引:S席6,300円
※未就学のお子様はご入場いただけません
※開演後は本来のお席にご案内できない場合がございます。ご了承ください
https://setagaya-pt.jp/performances/201702takuramitokoi.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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