ニ兎社『書く女』01/21-31世田谷パブリックシアター

書く女
書く女

 永井愛さんが作・演出される『書く女』は2006年初演。1896年に25歳で亡くなった女性作家、樋口一葉のお話です。上演時間は約2時間50分(休憩10分込み)。

 ヒロインに黒木華さんを迎えた全国ツアーの東京初日を拝見しました(ツアー初日は埼玉公演です)。1月のメルマガではお薦めNo.1としてご紹介していました。

 ⇒CoRich舞台芸術!『書く女

 ≪作品紹介≫ 公式サイトより
 創作の原点となった日記をもとに、樋口一葉が作家として成長していく過程を描きます。
 ≪ここまで≫

 主な装置は上手上側に伸びる階段のみの抽象空間。ふすまが数枚移動したり、調度品が出てきたりして場面転換します。舞台奥と上部には何本もの細い線が舞台を横切るように張られていて、天へと続く階段にも、波打つ浜辺にも見えました。線と線の間の幅が均等でないゆえか、舞台上部が垂直に見えたり平面に見えたりするんですね。その横線たちと垂直に交わる縦線(棒?)が上下(かみしも)に数本ずつ並んでいて、格子になった部分が障子や原稿用紙にも見えました。シンプルに見えて、実はすごく計算された美術ですね。

 言葉がするすると染み込んできて、俳優が見ている景色が私にも見えるようでした。私はこういうお芝居が好きです。俳優が目には見えないものを体と言葉で立体化して、それを観客と共有します。双方の想像力によって、劇場の中に、架空の世界が力強く生まれる時間です。一葉たちが生きている日常、彼女が小説で描いた世界がありありと浮かび上がって、私は今の空気を感じながら、100年以上前の日本人の悲しみ、喜びを自分のことのように想像できました。

 日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)の時代のお話なので、和洋折衷の衣装からはもちろん、士族の誇りを大切にする一葉の母のセリフからも、時代の空気がわかります。今と照らし合わせるとあからさまに女性の地位が低いですし、一般的な家族像も全く違います。でも報道の自主規制や言論の自由が徐々に奪われていく様子からは、今が昔に近づいていることに気づかされます。他人事じゃない!

 出演者はイケメン、美女ばかりでしたね~。下駄での階段の上り下りは大変そうでしたが、着物が良かったな~。登場回数が少ない人物も多いので、大人数の座組みは贅沢です。1人で複数役を演じてもいいんじゃないかと最初は思ったのですが、各人物の役割、個性がはっきりしているので、1人1役の方が作品の意図が伝わりやすいのだろうと思い直しました。

 主役の黒木華さんは暗闇に灯る小さな光のようです。素直で、透き通っている。素朴さ、したたかさなどの感情の切り替えが軽やかで素早い。彼女が自作の歌や日記、小説を語ると、その情景が観客の私にも見えて、ともに味わえているように思えました。舞台上に自分として、一葉として、ただ居るようにしてくださるから、彼女を媒体にしてさまざまに想像を巡らせることができるのだと思います。
 一葉の学友でクリスチャンの「い夏(伊東夏子)」役の清水葉月さん。首をプルンプルン!と振るのが可愛らしかった。
 一葉の母、樋口たき役の木野花さん。温かいな~、優しいな~。たきがどんなにひどいことを言っても、「あぁ、そう思うのは一般人としてもっともだよね」「痛々しいなぁ、愛らしいなぁ」という風に見つめることが出来ました。

 一葉の最初の師匠である半井桃水(平岳大)は背が高くて体格のいいイケメンで、母性本能くすぐる系の困った男!無防備だから可愛いんですよね~。本人は純粋で一途で邪心がないんだけど、そもそも頼りないし、ぶっちゃけ迷惑だし!こういう男にこそ、女は引っかかってはいけないと私は思いますっ(難しいんだけどなっ)。平さん、柔軟で素敵でした~。二枚目だけど本質的には三枚目といえば、新国立劇場演劇『ピグマリオン』のヒギンズ教授もそうでしたよね。
 そういえばこのお芝居に登場する男性は文学関係の人たちで、見かけもいい人ばかりですね。でも皆、どこかダメなところがあって…。実はダメ男たちの品評会状態なのかも(笑)。

 ところで「たけくらべ」といえば「ガラスの仮面」な私…。北島マヤと姫川亜弓が美登利役の演技対決をしてくれます↓。

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 青空文庫「たけくらべ」はパっと見て「あぁ…難しそう…」となるかと思います…。噂によるとこちら↓がわかりやすいらしい。

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 ここからネタバレします。セリフは不正確です。

 暗闇に舞う紙吹雪は、花びらにも、雪にも、宇宙に浮かぶチリにも見えました。一葉も、私も、誰もが虚空に浮かぶ小さな、小さな粒なのだと想像できました。
 音楽として、街の騒音としてその場で奏でられるピアノ(林正樹)が上品で良かったです。

 初演と同様、桃水が一葉におぜんざいを作ってあげるシーンは可愛らしかった~。20粒しか入っていない透き通ったおぜんざいが「夢のように美味しい」のは、やはり男性が作ってくれるからですよね(家事は女性の仕事という時代に)。こんな人に「朝鮮で妻と死に分かれ、生涯結婚はしないと誓った」「もう少しここにいて、30分でいい、20分でも、15分でも!」なんて言われたら、普通は落ちますよね(笑)。

 一葉が小説家として認められるようになってから、彼女の家は文学サロンのようになっていきます。「一葉って…いい男にモテ過ぎだろ!」って突っ込みたくなりましたけど(笑)、一葉のことをよく知る友人によると、このお芝居で描かれるのは彼女の人生の明るい部分がとても多いそうです。そういえば家族はずっと極貧で、引っ越す度に生活が悪くなっていくのに、あくまでも舞台の空気は明るいんですよね(そして男にモテる)。だから敢えて、舞台美術と照明を暗くしたのかなと思いました。

 黒木さんが演じる一葉は寺島しのぶさん版に比べると、素朴さやけなげさが前面に出ている印象ですが、決めるところは決めるというか、辛辣なセリフもちゃんと届きました。たとえばライバルの田辺龍子(長尾純子)に「生まれてからは父親、結婚してからは夫の言うことを聞いている。あなたは父と夫の間をいったりきたり。その世界でしか生きていない」と言い放った時は、ドキリとしました。ごもっとも…。

 後半になって登場する辛口評論家の斎藤緑雨(古河耕史)と、一葉が対決する場面がスリリングでとても面白かったです。緑雨の“樋口一葉評”が鋭くて、一葉自身もようやく本当の好敵手、つまり友が現れて喜んでいる様子。高熱で苦しいのに、彼女に優しい言葉をかける桃水を追い出し、緑雨を迎え入れるのです。 

 緑雨:男性に虐げられる女性の悲しみや不満を代弁していると評されているが、本当は、あなたはそれを冷笑しているのではないか。
 一葉:評論家たちは私が女だと思って褒めるから、私の作品の悪いところも見えていないし、良いところも見えていない。

 緑雨:あの小説のラストシーンは、男が出て行って女を棄てたのではなく、女が男を追い出したのではないか。
 緑雨:あなたは(手紙の書き方を指南する本で)女たちに「心にもないことを書け、嘘を付け、本心を明かすな」と言った。そして「男がやってることは全部やれ!ただし、こっそりと」と、ささやいた。
 緑雨:小説「うらむらさき(裏紫)」の続きが読みたい。これからやってくる言文一致体の時代に、あなたの作品がどうなるのか知りたい。

 一葉が舞台の上手面側に立ち、客席に向かって小説のあらすじを臨場感を持って語る場面が何度かありました。生き生きと、さも楽しそうに語った後、腹の底から湧き上がってくるような低くて太い声で笑います。そして一瞬沈黙して真っ直ぐ前を見つめてから、机に向かって一心不乱に書き始めるのです。私も彼女の「冷笑」が欲しいと思いました。どっぷりと日常に浸かりながら、同時に、冷めた目で全体を見据えたい。

 緑雨との議論のおかげで、一葉の「冷笑」が挿入されていたことに気づくことができました。一葉の「厭う恋」が作品へと昇華されたことにも納得できました。欲を言えば、この2人の間にエロティックな空気も欲しかったですね。これまで取り巻きの誰も到達できなかった彼女の心の中の秘密の場所に、緑雨は侵入することができたのだから。もちろん恋愛ではない方向で。 

 田辺龍子(小説家の三宅花圃) :自分の力だけで書いたのは一葉だけ(他の女性作家は自分も含め、誰か(夫など)の庇護のもとで書いていた)。

≪埼玉 東京 愛知 岐阜 石川 山形 滋賀 兵庫 栃木 東京 広島 福岡≫
出演:黒木華、平岳大、木野花、朝倉あき、清水葉月、森岡光、早瀬英里奈、長尾純子、橋本淳、兼崎健太郎、山崎彬、古河耕史
作曲・ピアノ演奏:林正樹
脚本・演出:永井愛
美術:大田創
照明:中川隆一
音響:市来邦比古
衣裳:竹原典子
ヘアメイク:清水美穂
舞台監督:澁谷壽久
演出助手:鈴木修
制作:安藤ゆか・山田茜音
1・2階席6,000円 3階席4,000円 25歳以下3,000円 高校生以下1,000円
※未就学児入場不可
※25歳以下3,000円(世田谷パブリックシアターチケットセンター ・ぴあ店舗・ぷれいすのみ取扱い、3階席のみ、枚数限定、要証明書提示)
※高校生以下1,000円( 世田谷パブリックシアターチケットセンター ・ぷれいすのみ取扱い、3階席のみ、枚数限定、要学生証提示)
http://www.nitosha.net/kakuonna2016/
http://setagaya-pt.jp/performances/20160121kakuonna.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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