新国立劇場演劇研修所(⇒facebookページ)の第9期生修了公演『嚙みついた娘』の稽古場に伺いました。演出は同研修所所長の栗山民也さんです(2015年の栗山さん演出作品の稽古場レポート⇒1、2)。
昭和11年(1936年)初演の『嚙みついた娘』は、三好十郎戯曲の中では珍しい喜劇色の強い作品です。上演時間は1時間30分弱(予定)と短めで、テレビドラマ「家政婦は見た!」の昭和初期版と言えるかも?!(笑) とはいえ1936年は二・二六事件が起きた年でもあり、軍国主義へと突き進む日本が背景になっています。
●新国立劇場演劇研修所第9期生修了公演『嚙みついた娘』⇒公式サイト
2016年01/08-13新国立劇場小劇場 THE PIT
作:三好十郎 演出:栗山民也
A席3,240円 B席2,700円 学生券1,000円 Z席(当日券)1,620円
⇒CoRich舞台芸術!『嚙みついた娘』
⇒公式facebookページより関連記事(1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32)
⇒「演劇研修所説明会レポート」(9期生の発言を多数掲載)
⇒「第12期生(平成28年度入所)募集」※〆切は12/23(郵送のみ)
≪あらすじ≫ 公式サイトより
昭和の初め。東京の資産家富田家に、夫人が名誉顧問を務める春光園ホームより東北の娘ステが女中として働くために連れてこられる。ホームの職員北向から女中の心得として、正直が肝心だと教えこまれるステ。富田家の部屋を案内してもらううちに長男、次男、長女、夫人、主人たちの欺瞞に満ちた生活を見聞きしていく…。
≪ここまで≫
舞台美術は盆(周り舞台)を使いますが、形は四角です。本番と同じ大きさの装置が稽古場に建て込まれていて、毎度本当に贅沢ですね!
私は1場から4場までを拝見。全体の4割ぐらいです。東北地方から上京した少女ステ(八幡みゆき)が、資産家である富田家の女中となり、当時の上流階級の人々や使用人たちと出会っていきます。
いかにも教育ママ風のイライラした女性、北向麗子(髙橋美帆)がステを連れて歩いていく場面から幕開けです。
栗山:自分が相手に対してどういう位置関係を取ればいいのかを、稽古場で確認しないといけないよ。色んな方法を試してみて。歩きながら話す楽しさを出していこう。そうするうちに自ずとテーマが見えてくる。この場面はステという“もの”を連れて行っている。“もの”を移動させる過程でしょ。
台本だとト書きも含めて4ページにも満たない場面ですが、貧農の娘ステの生い立ち、キリスト教の慈善財団職員である北向の立場を踏まえて、幾度も繰り返し稽古が行われました。
栗山:(北向は)扇子の使い方を探ってみて。杉村春子のように(笑)。(杉村さんは)扇子を生き物のように使うからね。
ステが最初に出会うのは書生(永澤洋加)と女中スズ(加茂智里)。彼らの噂話から、富田家の主人とその家族の人間関係が見えてきます。
栗山:これは(人間の)ピラミッドみたいな芝居。たとえば女主人と女中の着物には、ものすごく差があるからね。ピラミッドの頂点に居る旦那様のひとことで大きく変わる。だから「旦那様」という言葉に主人のキャラクターがにじみ出るようにして。
誰かが新しく登場するごとに、その場にいた人々の態度と空気が急変します。観客としてはその関係性を探るのが楽しい!役柄の身分、職業がさまざまなので、会話の中に、目に見えない凹凸(おうとつ)が沢山あるように感じます。栗山さんの演出によって、その起伏はより大きく、鮮明になっていきました。
栗山:女主人は女中に個性なんかいらないと思ってるんだから。女中は記号のようにピタっと動く。でも女中部屋では、個性丸出しでね(笑)。
栗山:誰も皆、裏を持っている。それが裏のままだったり、表に出たりする。そういうところがいっぱいある芝居だね。態度を少し曖昧にしておいて、相手を釣るとか(笑)。
一途な恋や、はやる功名心、ぬけ目ない企みが渦巻く家中にポンと放り込まれたステは、「正直でさえあれば大丈夫」という助言を一生懸命に守ろうとして、次々と問題発言を連発します。“空気を読まない”ステが場を乱していくのが、とても痛快です。
栗山さんは演出以外に細かい演技指導もされますし、俳優が稽古場でやるべきことを優しく教えてくださいます。本番に向けた稽古であると同時に、研修の場でもあるんですね。
栗山:“演じる”ことはしない方がいい。君は普段そんな動き方する?(研修生が「いいえ」と返事) キャラクターは作らなくていい。
栗山:(須山役の研修生に対して)たとえば新聞記者は機転が利く。だからといって“新聞記者”という類型を作るんじゃないよ。“須山”という人物を作るんだ。その上で、役の職業はとても重要。
他にも「幕開きだから情熱っぽく」「もっと魂を込めて言ってみて」「宗教的な声にして、背中に羽がついてるみたいに(笑)」「ルール違反だけど…こうやってみようか(笑)」など、栗山さんの助言と新しいアイデアで、お芝居がより立体的になり、躍動感が増していきました。
栗山:一人が、ある位置を取れば、相手はそれを受けて、必ず変わる。気持ちの入れ方次第で、ひとつの言葉が全然違って届くからね。
栗山:自分が何をしたいのか、したくないのかをよく考えて。何でも稽古場でやっちゃえばいい。止めるのはこっち(演出家)がやるから。調整は後でやればいい。まず、やってみて。
栗山:デジタルにパッパと(演技を)切り替えること。芝居は帳尻合わせじゃないから。偶然を作らなきゃ。どんどん気持ちを入れ替えていかなきゃいけない。劇作家は偶然の事件を起こしていくからね。戯曲は日常より事件が多いんだよ。
研修生、修了生の皆さんを舞台上以外(主に稽古場)でお見かけすると、身体が透き通っているみたいだと、いつも思います。人の話をよく聞く、素直な方が多いんじゃないでしょうか。この日の稽古場でも、スーっと染み入る音が聞こえるかと思うぐらい、澄んだ空気が流れていました。
家具や衣装は和洋折衷で、セリフに英語の単語も出てくる近代戯曲ですが、およそ80年前の話ですから、時代背景や当時の習慣を調査して身につける必要があります。方言や所作の練習もあって、演じるハードルが高いお芝居だと思います。
栗山:1日20回、帯を結ぶ練習をすること。この場面では帯を締める動作に、何かの怒りが込められてる。
栗山:当時、満州とはどういう場所だったのか。「五族協和」という標語があったね。満州はこの時代の別天地。この女中は満州に行くことを人生の突破口だと思っている。女中という職業から脱皮したい。殻から飛び出したいんだ。
時が経ち、日本人の生活はすっかり変わりました。ただ、この戯曲に登場する憎めない人々を見ていると、人間の本質は変わらないことにも気づかされます。ヒットラー、ムッソリーニという人名も出てくるので、世界史の大きな流れも肌で感じられるのではないでしょうか。
流行を追いかけ、未来ばかり眺めて、愚行を繰り返さないために、私たちは常に過去から学ばなければなりません。国立の劇場がこういう作品を、若い俳優をキャスティングして上演してくださることを、心からありがたく思います。
栗山:三好十郎のセリフには匂いを感じる。他の戯曲と全然違って、もっと肉感があるんだよね。言葉の使い方、会話の割り込み方が動物的だよ。僕らはどんどん動物じゃなくなってきているからね。取り戻さないと。
取材の後、戯曲を最後まで読んだところ、何度もニヤっとし、時には吹き出し笑いもしました。三好十郎戯曲でこんなに笑えるのって、初めてかも(笑)。来年1月の本番では“動物”度を増した昭和の人々に会えますように!
※今回は9期生(女性6人、男性3人)以外に修了生5人が助演されていて、プロンプターも修了生。実はチラシ(&ポスター)も修了生のデザインです。
※私が新国立劇場演劇研修所の稽古場に伺ったのは、昨年の8期生試演会①『親の顔が見たい』以来です(⇒2010年は『マニラ瑞穂記』)。
【出演(およそ登場順)】
北向麗子(春光園ホーム職員):髙橋美帆
柿村ステ:八幡みゆき
須山(新聞記者):草彅智史
スズ(女中):加茂智里
書生:永澤洋(8期修了生)
富田睦子(長女):竹内香織
富田宇之介(長男):村岡哲至
富田德子(夫人):岡崎さつき
クニ(女中):宇田川はるか
富田德次郎(次男):清水優譲
畑山(ピアニスト):形桐レイメイ(5期修了生)
逸見キチ子:泉千恵(6期修了生)
富田卯太郎(主人):坂川慶成(8期修了生)
若目田完治:峰﨑亮介(7期修了生)
作:三好十郎 演出:栗山民也 美術:伊藤雅子 照明:田中弘子 音響:福澤裕之 衣裳:成田有加 ヘアメイク:鎌田直樹 方言指導:若尾義昭 演出助手:坪井彰宏 舞台監督:米倉幸雄 演劇研修所長:栗山民也 主催:文化庁、新国立劇場制作新国立劇場
プロンプター:安藤ゆかり(7期修了生) チラシデザイン:荒巻まりの(8期修了生)
A席3,240円 B席2,700円 学生券1,000円 Z席1,620円(公演当日、ボックスオフィス窓口のみで販売。1人1枚、電話予約不可)
就学前のお子様のご同伴・ご入場はご遠慮ください。各種割引はご利用になれません
※稽古場レポートの写真のキャプションは敬称略。撮影は筆者。
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/151020_007710.html
~・~・~・~・~・~・~・~
★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
便利な無料メルマガ↓も発行しております♪