【稽古場レポート】俳優座劇場プロデュース『月の獣』09/21都内某所

『月の獣』
月の獣

 リチャード・カリノスキー作『月の獣』は、第一次世界大戦時のオスマン帝国(現・トルコ共和国)による「アルメニア人虐殺」から生き延び、アメリカに渡った若きアルメニア人夫婦の物語です。1995年にアメリカで初演され、2001年にはフランスの権威ある賞、モリエール賞を受賞。実話に基づいたこの4人芝居は、これまでにトルコ語を含む19ヶ国語に翻訳され、20ヶ国以上で上演されてきました。

 今回が俳優座劇場プロデュースによる日本初演となり、栗山民也さんが演出を手掛けます。私が栗山さんの稽古場にお邪魔するのは『アドルフに告ぐ』以来です。栗山さんご自身が約20年前から大切に温めてこられた戯曲と聞いておりましたので、期待を最大限にして伺いました。

 第一幕の通し稽古を拝見し、主役夫婦が登場するなり胸が締め付けられ、涙があふれました。でも、若い男女が徹底的にぶつかり、肩透かしをくらう形ですれ違う様は、あまりに滑稽!公演初日までまだ2週間ある稽古場で、ゲラゲラ笑いながら頬に涙がつたうという、ストレート・プレイ鑑賞の醍醐味を味わわせていただきました。

【写真(左から敬称略):石橋徹郎、占部房子】
【写真(左から敬称略):石橋徹郎、占部房子】

 休演日を含む10日間、9ステージという短期間の公演です。10/4(日)17:00と10/5(月)18:30は一般5800円のところ、なんと全席2900円(初日と翌日)!急いでご予約を!!

 ●俳優座劇場プロデュース『月の獣』10/04-13俳優座劇場 ⇒公式サイト
  出演:金子由之 石橋徹郎 占部房子 佐藤宏次朗
  作:リチャード・カリノスキー
  翻訳:浦辺千鶴
  演出:栗山民也
  全席指定 一般5800円 学生2900円 ※初日と翌日は全席2900円
  ⇒facebookイベントページ
  ⇒シアターガイド「第一次大戦下で起こったアルメニア人虐殺を題材に描く 舞台『月の獣』が10月に上演

 ≪あらすじ・作品紹介≫ 公式サイトより。(役者名を追加)
 リチャード・カリノスキーの代表作「月の獣」(Beast on the Moon)は、第一次世界大戦中のアルメニア人虐殺を生き延びた、前妻の祖父母の実話を基に戯曲として書き上げられました。1995年にアメリカで初演されて以来19ヶ国で翻訳され、2001年にはフランスにおいて最も権威あるモリエール賞を受賞しています。
 アメリカに亡命し若くして夫婦となったアラム(石橋徹郎)とセタ(占部房子)。家族を失い、迫害の苦しみに抗いながら、信頼と愛情を取り戻していく姿を老紳士(金子由之)の回想と共に辿ります。
 演出の栗山民也と4人の俳優が現代に問う「月の獣」。ご期待下さい。
 ≪ここまで≫

 ある老紳士(金子由之)が過去を回想し、アルメニア人のアラム(石橋徹郎)とセタ(占部房子)が初めて出会う日から物語は始まります。舞台は1921年のアメリカ、ミルウォーキー。「アルメニア人虐殺」が始まって6年経った頃です。
 射殺、斬首、砂漠に追いやられて餓死…。斬殺されたアルメニア人は150万人にも上るそうです(少ない説で20万人、最大で250万人とも言われる)。今年はその迫害が始まった年からちょうど100年なんですね。シリア難民のニュースが途切れることなく届く今、日本で上演されることの意義も感じます。

 栗山:アラムとセタは命がけの逃避行をしてきた。150万人も殺されたんだから、僕らの想像よりずっと悲惨。だからこそ、彼らは幸せをつかもうとする力が大きいし、貪欲で、耐える力も強い。そんな2人が、どうやって家族を作っていくのか。
 栗山:これは時代の犠牲。犠牲の全部を庶民が背負っていくことになる。彼らの傷み、絶望と、日本人との間には距離があるから、大いなるジャンプをして作らないといけない。

【写真(左から敬称略):石橋徹郎、占部房子】
【写真(左から敬称略):石橋徹郎、占部房子】

 敬虔で厳粛なキリスト教徒の青年アラムは19歳。都会育ちで自由奔放な少女セタは15歳。アラムは1枚の写真だけでセタを花嫁に選び、彼女をアメリカに呼び寄せました。会った瞬間、2人は奇跡的に逃げ延びた喜びを分かち合いますが、すぐにお互いの違いに気づき始めます。2人とも子供と言っていい程の年齢ですから、経験が少ないので包容力がなく、自分の望みや信仰にとことん真っ直ぐなのです。その違いは、歩み寄りなんて不可能だと思われるほど。

 栗山:セタにとってこの結婚は、いわば人身売買みたいなもの。それでも一番安心、安全な選択だったんだ。人はそれぞれに違うのに、アラムには自分と違う人を許せない不自由がある。それが滑稽なんだよね(笑)。
 栗山:宗教も政治と同じぐらい社会で重要なもの。生活の枠組みを作ることだから。日本人俳優がキリスト教のことを表現するのは難しいと言われるけれど、僕たちは学んでいかないと。人間は大きなことがあった時に宗教に頼る。(宗教でなくとも)誰もが何かを信じている。信念を持って生きている。そう考えるといいかもしれない。

 石橋さん演じる田舎生まれのアラムは聖書を極端なほど重んじる青年で、頑なな態度は暴力にもなりますが、愚かで可愛らしくも映ります。彼の職業は亡き父と同じ写真家で、リビングに置かれた家族写真に並々ならぬ思いを抱いています。
 幼少時から地獄を生き抜いてきて、母の形見となったぬいぐるみを手放せないセタを演じるのは占部房子さん。セタはキリスト教徒ではあるものの、自らを奔放だと言い切る快活な少女です。
 背が高くて体格の良い石橋さんと、細い体で可憐な占部さんは、いい意味で凸凹(でこぼこ)コンビ。がっしりとした男性に、小柄な女性が全く負けていないところが痛快です。

 栗山:素朴で、純粋で、透明感がある2人。まるで原石がぶつかり合うように、純粋だから信じられる。これは2人の関係性のドラマを通して、人間がどう変化したのかを見せる芝居。作品全体が文明批評になればいいね。

【写真(左から敬称略):栗山民也、坪井彰宏(演出助手)、石橋徹郎、占部房子、金子由之】
【写真(左から敬称略):栗山民也、坪井彰宏(演出助手)、石橋徹郎、占部房子、金子由之】

 第一幕を通した後に短い休憩を取り、舞台上でダメ出し(=フィードバック)がありました。栗山さんと俳優、演出助手がテーブルを囲み、イスに座ってダメ出しをするのは『CLEAN SKINS』もそうでした。戯曲を肉厚に立体化させるために、現状確認をして、演技の精度を上げる改善策を出していく場であり、人間について、世界について皆で思索する豊かな時間でもあります。

 栗山:リアクションが大きいと“芝居”に見える。コミカルにやらなくていい。もっと言葉だけでいい。自分がここに存在することを、言葉で証明していくように。存在感の深さ、弱さを見せる。説明に見えないように、これからの稽古でそぎ落としていこう。

 栗山さんの提案に対して素早く、竹を割ったように爽やかな返事をする石橋さんは、耳を澄ましてじっくり咀嚼する占部さんと対照的です。けれどもお2人のコミュニケーションは率直かつ円滑で、稽古場には朗らかな空気が流れていました。語りを担う老紳士役の金子由之さんは、空間に沁み込むように穏やかに存在していらっしゃいました。第二幕で彼の正体が明かされ、物語の射程が時間的にも空間的にも拡大されることになります。

【写真(左から敬称略):石橋徹郎、占部房子】
【写真(左から敬称略):石橋徹郎、占部房子】

 トルコ人に家族を皆殺しにされ、故郷を失い異国に亡命したアルメニア人は、アサド政権下でイスラム国(ISIS)等に国を破壊されている、今のシリア難民に重なります。また、人生の目的や信仰が異なる男女が衝突、葛藤する姿は、世界中のどこでも見られるものです。最近の出来事だと、私は「安全保障関連法案に反対するデモに参加する学生と、彼らを冷笑する大人が、もしも家族になったら…」と想像しました。『月の獣』は約100年前の異国の物語ですが、今、ここにある身近な日常を描く現代劇でもあると思いました。

 稽古が終わってから第二幕の台本を読むと、結末でまたもや涙が込み上げました。第一幕でセタが過去を吐露し、第二幕でようやくアラムの家族のことが描かれます。抹殺したいのに蘇ってしまうおぞましい記憶と向き合う2人が、4人目の登場人物によって劇的に変化していくのは、スリリングで感動的です。本を読んだだけでこんなに揺り動かされるのに、本番の舞台を観たらどうなっちゃうんだろう…と、我ながら少し心配になります(笑)。ハンカチを忘れずに俳優座劇場に行かなきゃ!
 最後に、石橋さんの言葉をご紹介させていただきます。栗山さんとの稽古が終わって、占部さんとの自主稽古が始まる前に、熱い気持ちを語ってくださいました。

 石橋:栗山さんが長年大事にされてきた『月の獣』をようやく上演できることになったのは、今、このキャスト、スタッフが揃ったから。栗山さんの演出は緻密。ダメ出しの言葉選びも丁寧で、マイナスに働く言葉は言わない。「こうしろ」と命令せず、ヒントをくれる。余白があるから俳優は想像力を発揮できる。栗山さんの言葉のように、この作品も丁寧に、緻密に作り上げたい。それによって作品だけでなく、大きな世界も立ち上がるのではないか。細部を大切に、これから詰めていきたい。

【写真(左から敬称略):占部房子、石橋徹郎】
【写真(左から敬称略):占部房子、石橋徹郎】

 ↓千秋楽の劇場のツイートです(2015/10/13加筆)。


≪ 以下は現時点での関連リンク、ツイート等です。ご参考にどうぞ! ≫

・日本ではあまり知られていない「シリア難民問題」がたった6分でわかる動画

俳優座劇場プロデュースNo.97
出演:金子由之 / 石橋徹郎 / 占部房子 / 佐藤宏次朗
作:リチャード・カリノスキー(Richard Kalinoski)
翻訳:浦辺千鶴
演出:栗山民也
美術:伊藤雅子
照明:服部基
音響:高橋巌
衣裳:西原梨恵
ヘアメイク:鎌田直樹
舞台監督:泉泰至
演出助手:坪井彰宏
制作:宮澤一彦(俳優座劇場)
企画製作:俳優座劇場プロデュース
一般5800円
ハーフチケット2900円(10月4日・5日)
グリーンチケット[学生]2900円(俳優座劇場のみ扱い)
8月25日から前売りチケット発売
http://www.haiyuzagekijou.co.jp/produce/?ca=10
http://www.richardkalinoski.com/the-plays/beast-on-the-moon/

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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