新国立劇場演劇『あの出来事』11/13-11/26新国立劇場小劇場THE PIT

 メルマガ11月号でお薦めベスト3としてご紹介していた公演です。『どん底』に続くシリーズ「ことぜん」の第2弾で、英国劇作家デイヴィッド・グレッグさんの戯曲を瀬戸山美咲さんが演出されます。初日を拝見しました。上演時間は約1時間40分。日本語と英語の字幕付き。

 南果歩さんと小久保寿人さんの二人芝居かと思いきや、合唱団30名の公募があり、オーディション情報掲載時も含め、私には非常に珍しく予習万端で伺いました。

 映画『ウトヤ島、7月22日』↓は怖すぎるので見ませんでしたが(汗)、

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 Netflixオリジナル映画『7月22日』↓は見ました。素晴らしかったです。

 ↓2019/11/26加筆
 

≪あらすじ≫ https://www.nntt.jac.go.jp/play/the_events/
合唱団の指導者を務めるクレア。彼女の合唱団には、移民や難民など、さまざまな立場の人たちがいた。

ある日、練習中に突如入ってきた少年が銃を乱射し、多くの人が亡くなる。団員が殺されるのを目の当たりにしたクレアは、それ以来、魂が分離したような気分になってしまう。

クレアは、犯人の少年を「人間」として捉えようと、自分や少年の関係者との対話を試みるが……。
≪ここまで≫

 以下は関連イベント(⇒シアタートーク、⇒演出家と翻訳家のトーク)に参加した後に書いた感想です。
 翻訳の谷岡健彦さんによる作品・劇作家解説(⇒)も読んでから拝見しました。

 ここからネタバレします。セリフ等は正確ではありません。

 劇場に入るなり学校の講堂のような美術が目に入って「うわっ」と小さな声を出してしまいました。ここで銃の乱射があった想定の物語が始まるのか…そう思っただけで瞬間的に動悸がしてしまったのです。明るい照明のまま、演技の素人が大半であろう合唱団の人たちが入場すると、列の先頭の女性がガッチガチに緊張しているのがわかりました。…私もドキドキだよ!(笑) この芝居、無事に幕が下りるんだろうか…というスリルとともに開幕しました。座組で選曲したという「グリーンスリーブス」の合唱が始まった時は、予想以上に歌が上手だと思いました(失敬!)。

 メインの2人が登場し、合唱団の女性リーダー・クレア(南)と入団希望の若者(小久保/役名はすべて“少年”)が会話を始めるのかと思いきや、するりとかわされました。クレアの視線が舞台奥の合唱団に向けられているのかどうかも曖昧で、いきなり抽象世界へ。小久保さんが複数役をシームレスに演じていくのがわかり始める最初の15~20分ぐらいは、あまりにスリリングで、嬉しくて興奮しました。公募の合唱団という不確定要素も多いに影響していたと思います。

 南さん演じるクレアと小久保さん演じる犯人、犯人の父、極右政治家、聖職者(クレアの同僚?)などとの会話から、彼女の現状と、彼女が居合わせた事件の詳細が徐々にわかってきます。こういう情報の出し方がすごく好き。小久保さんがスルスルと変身するので、会話の相手が誰なのかを探りつつ、渡される情報を脳内で組み立てていくのも楽しい! とはいえこの時、日本語字幕を頼りしていたのも事実です。表意文字の漢字の情報量は絶大ですね。だんだん慣れてきて、英語との比較もできるようになるのは、作品鑑賞にとって好都合なのかどうか…好みが分かれそうな気がします。

 字幕については、鑑賞後に今までの観劇経験を思い出しつつ考えたのですが、字幕なしの上演で観たかったという気持ちが大きくなりました。今作については演出の瀬戸山さんの強い意志で、登場人物クレアの信条である「多文化主義」「反・排外主義」を体現する上演を目指したようです。聴覚障碍者などに向けたバリアフリー公演そのものが素晴らしいですし、国立劇場主催公演のあるべき姿でもあると思います。ただ、もし今後こういうことがあるなら、少なくてもいいので字幕なしの回も設けてほしいな…と今も思います。

 また、これは当事者ではない私にははっきりとはわからないことですが、俳優と翻訳者にとって日英字幕が必ず表示されるのは、きついだろうと思いました。南さんはシアタートークで「(観客にとっては)答え合わせですよ」「字幕は敵です!」と冗談交じりに、少し皮肉っぽくおっしゃっていました(⇒南さんの公式ブログに詳細あり)。日英字幕の表示を前提に歌詞が翻訳されたと考えると、何を日本語にして何を英語にするか、むしろノルウェー語だけにするか等、字幕なしの公演とは違う工夫が凝らされただろうと予想します。

 計11人を演じた小久保さんが、外見や声色といったわかりやすい部分での演じ分けを敢えてしなかったおかげで(演出の指示により「女性らしくしなを作る」といった準備はすべて却下されたとのこと)、一人の人間の中にさまざまな人間が住んでいることを容易に想像できました。また「体から魂が離れた」状態にあったクレアには、出会う人全員が犯人に見えたのかもしれないという翻訳者の解釈にも納得できました。俳優は2人だけですが、色んな人に出会えて面白かったし、考えさせられました。たとえば極右政治家の「たいていの人はレイシストだ」という発言に私は反論ができませんでした。聖職者のレズビアンであるクレアも強い個性を持つ人物ですよね。そんな彼女の旅路に同行するような観劇体験ですから、私自身も脳内でさまざまな衝突をしていくことになりました。

 小久保さんの演技が素晴らしかったと思います。特にクレアのパートナー女性カトリオーナの演技は、色っぽくてうっとりするほどでした。自立していて包容力もある彼女は、恋人のクレアがいつまで経っても事件を忘れられず、自分自身を痛めつけている(自死も図る)ことに苛立ちを隠せません。パートナーの理解を得られず傷ついたクレアは「私は被害者なのに?」とこぼすのですが、この言葉はさまざまな事件の被害者や被害者遺族の苦しみと悲痛の声に聞こえました。傷は癒えないんですね。

 クレアは犯人が生まれたばかりの時代に遡り、赤ん坊の彼を殺す想像をします。森に生えるキノコから作った“破壊の天使”という名の毒薬で、彼を毒殺する計画もします。それでいてクレアは「犯人を許す」と公言し、とうとう牢屋にいる犯人との面会が実現するのです。犯人は自分を許すと言ったクレアにだけ、面会を許可しました。「精神科医に勧められたから」でもあります。小久保さん演じる犯人は朴訥とした青年で、リラックスしている印象でした。極度の緊張状態にあるであろうクレアとは対照的です。

 事件当日、音楽室に逃げたクレアとシンさんに向かって、彼は「弾が一発ある。どっちを撃てばいい?」と質問していました。人間を、命を、軽視した許しがたい言葉です。二人ともが「私を撃って」と言ったのだとクレアが明かした時、(私は)涙が込み上げました。合唱団は相互扶助の精神に基づいたコミュニティーで、本当の意味で互いを大切にしていたことがわかったからです。クレアが生き残ったということは、シンさんが撃たれたんですね。ここから推察できるのは、クレアが白人でシンさんが有色人種だということ。犯人は悪びれずに、ごくごく素直に「(そのやりとりを)おぼえていない」と答え、あろうことか「自分には睡眠障害がある(その辛さがあなたにわかりますか?)」と平然と言ってのけるのです。この無邪気さ、許せない…。私は怒りと無力感でいっぱいになりました。役名が少年(The boy)である所以はこれかと思いました。※犯人のブレイビクは犯行時32歳でした。

 クレアの前には“破壊の天使”が入った紅茶のティーカップがあります。犯人が手に取ろうとした瞬間、彼女はそれを振り払い、ティーカップとともに毒入り紅茶が床にばら撒かれました。犯人は「なんで、こんなことをするの?」と、とても不満そうに言って(生きたまま)去ります。クレアは彼の命を守ったのに、それは伝わらない。世の中ってこういうものだよねと思いました。

 クレアが犯人を許したと解釈する観客もいらしたようですが、私個人としては、それは無理だろうと思いました。許すなんて…(今の私には)不可能。まず彼は、彼女が想像していた犯人像からは、かけ離れていたでしょうね。こんな「クズ人間」は殺すに値しないと思ったのかもしれない…もしくは、彼と同じレベルに堕ちないために、暴力に訴えることをやめたとか…。いや、どれも不正解な気がします。他公演のレビューでも紹介しましたが、映画「7月4日に生まれて」のセリフ「私はあなたを許しません。でも神はあなたを許すでしょう」(正確性は保証できません)をここでも引用しておきます。
 ※11/20のトークで瀬戸山さんは「クレアは少年と同じ選択をしなかった」とおっしゃり、「クレアが犯人を許したとは限らない」という解釈も示しました。

 クレアは再び合唱団を始める決意をしたようで、場面は「誰でも大歓迎!」と話しかけるオープニングに戻ります。そこで「ここに、いる」の合唱が始まり、激しく涙腺崩壊。初演時に「2011年の事件を2013年に舞台化するのは早すぎる」「被害者を利用している」といった批判があったそうですが、劇作家のグレッグさんは「歌があれば舞台化できるかもしれない」と考えたそうです(どこかのトークで聴きました)。たしかに歌の力は絶大でした。しかも合唱ですし。合唱団の一人ひとりの姿がつぶさに見えると、個人も集団も、出演者も観客も、劇場ごと何もかもが祝福されるような感覚がありました。もちろんそこには犯人も含まれるんですよね。

 要所要所でいろんな角度から照明に照らされる合唱団の存在感は、想像以上に大きかったです。演技のぎこちなさ、予想のつかなさが私にはとても楽しかった! 国籍問わず老若男女が集う多文化主義の合唱団として、ただ舞台上に存在することを目指されたのだろうと思います。一人ずつセリフを言う機会があり、数人が日替わりで担当する役もあるそうです。南さんがステージごとに話し相手を選ぶ、完全にアドリブの箇所もあるとか。また、こぼれた紅茶を掃除する黒装束の男性は、この公演の実際の舞台監督(川除学さん)とのこと!

 合唱団の中には、クレアに対して無邪気かつ無慈悲な応答をする役もあり(スピリチュアルなワークなどやりたくない、私たちはポップスが好き、もう事件のことは忘れたい等)、世間そのものだと思いました。今思うと、もっと不安定で、ぎくしゃくしててもよかったんじゃないかな…(笑)。もっとスリリングになっていいのでは!

■デヴィッド・グレッグさんの現在の活躍
 ※戯曲『ヨーロッパ』は1994年初演作

■感想

 ↑同感です。以下、河野孝さんの寄稿「自由と寛容精神が揺らぐ危機感を反映」より引用。
 「将来の劇作家は、こうした地球規模の問題や事件に対して作劇を考えていくことになるだろう。その際、ドキュメントとして事実を羅列するのではなく、事実と虚構の微妙な合間で本質的な問題を提示する「虚実皮膜」の構想力を発揮して、個人の問題として具体的に落とし込んでいくことが必要だ。等身大の日常や幻想的な世界を描くのも悪くないが、日本から「世界標準」で勝負できる劇作家の出現を望みたい」

関根信一さんの感想
「2011年にノルウェーのウトヤ島で起きた極右青年による銃乱射事件をモチーフに描かれたフィクション
遠くの出来事を観に行ったつもりが、とんでもなく身近なことに触れて、初めから終わりまでずっと息苦しいほどだった。レイシズム、暴力、宗教、ジェンダー、貧困、犯罪を裁くということなどが、説明でなく、今、ここで起きていることとして提示される。今年のベスト1に推したい作品。11月26日まで。」

■イベント

■公式

■関係者

■記事

■チラシ

■千秋楽

 ↓おまけ

 ⇒米谷郁子氏による新国立劇場『あの出来事』についてのツイートまとめ(非公開)

シリーズ「ことぜん」Vol.2
出演:南果歩、小久保寿人
『あの出来事』合唱団(五十音順):秋園美緒 あくはらりょうこ 石川佳代 カーレット・ルイス 笠原公一 かとうしんご 鹿沼玲奈 上村正子 木越 凌 岸本裕子 小口舞馨 小島義貴 櫻井太郎 桜庭由希 Sunny 白神晴代 菅原さおり 杉山奈穂子 鈴木里衣菜 武田知久 谷川美枝 富塚研二 中村湊人 松浦佳子 南舘優雄斗 柳内佑介 山口ルツコ 山本雅也 吉岡あきこ 吉野良祐
ピアノ:斎藤美香
脚本:デイヴィッド・グレッグ 翻訳:谷岡健彦 演出:瀬戸山美咲
音楽:ジョン・ブラウン 美術:原田 愛 照明:服部 基 音響:井上正弘 衣裳:半田悦子 ヘアメイク:林みゆき アクション:渥美博 合唱指導:菅原さおり 演出助手:城田美樹 舞台監督:川除学
後援:ブリティッシュ・カウンシル
【発売日】2019/08/25
A席:6,600円 B席:3,300円 Z席:1,650円
https://www.nntt.jac.go.jp/play/the_events/
https://stage.corich.jp/stage/103032

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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