作家の山本周五郎さんの小説「青べか物語」(昭和36年)を戌井昭人(いぬい・あきと)さんが脚色し、所奏(ところ・かなで)さんが演出する、文学座アトリエ公演の新作です。上演時間は約1時間50分。
戌井さんは何度も芥川龍之介賞の候補になっています。
2013年に『すっぽん心中』で第40回川端康成文学賞受賞。
2016年に『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第38回野間文芸新人賞受賞。
映画「俳優・亀岡拓次」↓は以外な展開で面白かったです。
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私にとってはパフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の人というイメージだったのですが、文学座代表だった戌井市郎さんのお孫さんで、もともと文学座研究生でもあったんですね。
色んな才能を輩出し、80周年を迎えた文学座ならではの企画だと思います。歴史ある文学座アトリエで今も実験が続けられていることにも感謝が尽きません。
≪作品紹介≫ 公式サイトより
2017年、文学座アトリエの会が据えたテーマは【新しい台詞との出会い】。
劇団が創立80周年を迎えるという時期に、その先20年をも見据えた新しく意欲的な表現、日本の劇作家による新しい台詞との出会いを目指しました。
その先鞭を担うのが、芥川賞候補に五度も挙げられた小説家にして、文学座研究所出身で初代劇団代表戌井市郎を祖父に持つ戌井昭人。うらぶれた漁師町浦粕の独特の狡猾さ、愉快さ、質朴さをもつ住人たちは、戌井が小説で描く登場人物そのまま。山本周五郎が描いた昭和の初めの世界が平成の作家と出会って“新しい台詞”が生まれる予感に溢れます。
戌井の演出助手を務めた事もある所奏が今回初演出となり、新たな世界を築き上げます。
新しい世界との出会いが常にアトリエの会を衝き動かす原動力となってきました。今回の出会いが生み出す化学変化が、この先の20年にどう作用するのか?乞うご期待です!
≪ここまで≫
≪あらすじ≫ 公式サイトより
うらぶれた漁師町、浦粕を訪れた“私”。
ある日“私”は、芳爺さんと呼ばれる老人から、町で笑いものになっていたボロ船「青べか」を買う羽目に。そのまま浦粕に住みついた“私”はやがて町の人たちから“蒸気河岸の先生”と呼ばれるようになる。
この物語は“私”が浦粕で見聞きした出来事、出会った人たちの話である。
≪ここまで≫
ここからネタバレします。
・詳しい目のあらすじ(間違ってたらすみません)
「青べか物語」は山本周五郎自身の体験をもとにした小説で、舞台である漁村の浦粕(うらがす)とは現在の千葉県浦安市。⇒「青べか物語」と 船宿・吉野屋
主人公の名前は“私”(上川路啓志)。職業は文筆家。新聞や雑誌への原稿執筆で暮らしている独身男性で、村民からは“蒸気河岸(じょうきがし)の先生”と呼ばれている。“私”は釣ったばかりのフナやナマズを子供たちから無理やり買わされ、芳爺(坂口芳貞)からはなんと、ボロ船を買わされるというお人よし。彼が出会った人々、遭遇した出来事がオムニバス形式のように、ほぼ何もない対面式のステージで展開していく。
居酒屋の女主人(つかもと景子)と女給たちは、金を見せびらかすいけ好かない男性客(松井工)をカモにして大枚をぶんどった。酔いつぶして女を買ったと思わせ、その金も支払わせる。浦粕の女性たちはたくましいのだ。酒と食事に浮かれ、わいわいと大勢が踊り暴れる演出で、人間らしさがあらわれていた。中央で輪になる振付がいい。
女給の一人である栄子(高橋紀恵)は赤いオートバイに乗っているキザな岸がん(きしがん・押切英希)という製薬会社の集金係と、心中事件を起こしたことがある。会社の金を横領して追い詰められた岸がんが、恋人の栄子に心中を持ちかけたのだ。「私に体を売って稼がせる気じゃないか」と思った栄子は心中に同意し、これが最後と熱く肌を合わせた後に、二人で毒薬を飲んだ。といっても栄子が飲んだのは頭痛薬で、彼女は病院で胃洗浄をされて生き残った。岸がんはというと、草履が桟橋に揃えて置かれていたため、身投げしたのだろう…。しかし1年後、なんと岸がんが街を訪れた。彼の毒薬も偽物だったのだ。この結末だと栄子が男に騙された話のようだが、彼女は「自殺未遂をするなんて不憫だ」ということで、それまでの借金を帳消しにしてもらっていた。これもまたたくましい女性の話。
「砂は生きている」と信じている漁師の富なあこ(山森大輔)は、砂が自分の肩に乗ってきたと嬉しそうに話す。彼の仲間の漁師、倉なあこ(松井工)は素直に聞いていたが、富なあこが「砂と一緒に話をした」と言い出すと、さすがに「大丈夫か?」となる。朴訥でどこか抜けている二人組の会話は笑いを誘う。
自称・兵曹長(坂口芳貞)は4人の子供と妻を亡くして以来、いつも大声で「人間はなにによって生くるか!」と叫んでばかりいる。精神を病んだらしく、どうやらその言葉しか話さない。漁師二人組と兵曹長の存在は、生命への哲学的な問いかけになっている。
俳優は誰もが複数役を演じ、舞台上で着替えることもある。イタチの面をつけて登場することが多く、その場合は無言のイタチ役として、村民たちに協力したり、騙したりもする。人間に備わった野生、狡猾さ、または逆に邪心のなさの表象にも思える。作品そのものがイタチのいたずらだったとも解釈可能。イタチが登場人物を演じているとも捉えられる。
エンジナー(エンジニア?)を目指し猛勉強中の若者モクショウ(萩原亮介)は、定食屋の女給おさい(下池沙知)に惚れているが、「モクショウには他の街に女がいる」という噂を信じ込んだおさいは、エンジナーの試験に受かってやっと愛の告白をしてきた彼を、こっぴどく振る。やがておさいは浅草の海苔問屋に嫁ぐが、定食屋に出戻ってきた。赤ん坊を背負って給仕をするおさいが、よりを戻していいよとモクショウに強引に迫るが、彼にはもうその気はなかった。恋心が消えたというより、あまりのショックで女性を見られなくなってしまったようだ。ただ雨樋(あまどい)ばかりを探している。
船を売りつけた芳爺は会う度にタバコやビールをせびり、“私”は断れない。子供たちも元気に魚や貝類を売りつけてくる。しかし“私”がお金が全然ないと答えると、子供たちは「金のない奴から金は取れねえ!」と、ハマグリをタダでくれた。子供にも人情と正義感がある。どうやら今の日本、日本人から無くなってしまったものを描いているらしい。
“私”は「ここにいては、自身が弛緩(しかん)していくような気がする」と地元の名士である高品さん(押切英希)に伝え、浦粕を去る。数年で小説家と認められ、再び浦粕に足を踏み入れたのは30年後だった。映画館で猛獣ものの映画を見て感想を話し合った少年、長(チョウ)は41歳になり、子供も5人ある。彼も含め、“蒸気河岸の先生”を憶えている人は誰もいなかった。田んぼで農薬を使ったせいで、フナもナマズもいない。
2017年5月。死んだ“私”が今の浦粕を思う。「擬人化されたネズミが代表をしている遊園地の光」が見える。そこには犬もアヒルもいて…つまり浦安の東京ディズニーランドだ。大勢のイタチたちが現れ、それぞれの手に持った灯籠が光っている。灯籠流しのイメージで終幕。
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・感想
ほぼ何もないと言っていい対面客席の長細いステージに、浦粕(うらがす)の風景を立ち上げる趣向でした。「べか」とは船のこと。
私はA、B列のうち、B列に座りました。このレビューではB列から向かって下手を奥、上手を手前(劇場出入り口側)とします。長細い舞台中央にわずかな砂が散らばり、舞台の両面側にチラホラとススキや草が生えています。木製の古びた船、ベンチとテーブル、釣り用と思われる木製脚立などがあるだけです。
冒頭で、手前から軽装の着物姿の“私”が登場し、奥から大勢の俳優が前転をしながら登場しました。なかなかに驚かせてくれる、見どころのあるオープニングでしたが、“私”が前転して迫ってくる人たちに驚く“振り”(に見える動き)をしていたので、残念ながら私個人は、なだれ込むようにお芝居の世界に入り込めたわけではありませんでした。
手前の会話劇と並行し、奥で船を持ち上げて移動させると、河岸と水中を同時に体験できます。細長くて何もないステージだからこそ、自在に空間を歪ませたり、共存しえない場所を隣り合わせにしたり、融合させたりできるんですね。2つの太陽に照らされるシーンでは、イタチが人々を操る魔術的な瞬間もありました。
戌井さんの戯曲は、原作ものとはいえ、やはり鉄割アルバトロスケットのような野蛮さ、生々しさ、おふざけなどの要素がちりばめられていると思います。そのせいか、俳優の「セリフを言わされてる感(段取り通りに話している様子)」は気にかかりました。うねるような弦楽器の音色が好印象で、そういう音楽と俳優の身体とが拮抗したり溶け合ったりといった、演劇ならではの体感がもっと欲しかったです。被りものの動物が出てきたり、演じる役をどんどん変えていくなど、挑戦しているわりに、全体的に大人しい目の印象でした。
最後には誰もが亡くなっているわけで、死のイメージが通底している戯曲なのだろうと思います。不気味さ、怖さももっと感じたいと思いました。
栄子:こう不景気だといっそ死にたくなっちゃう
私(先生):その方が楽かもね
「擬人化されたネズミが代表をしている遊園地(ディズニーランド)」には大笑いしました。ほんっとに可笑しかった!
女優さんたちの衣装の着こなしの変化が楽しかったです。特につかもと景子さんが女主人から高品夫人になった時など。
芳爺と兵曹長を演じる坂口芳貞さんの演技、存在感が抜群でした。衣装と髪型のせいでもありますが、しばらく坂口さんだとわかりませんでした
≪東京、兵庫≫
【出演】芳爺・兵曹長:坂口芳貞、蒸気河岸(じょうきがし)の先生:上川路啓志、高品夫人・女主人・おでん屋・女将:つかもと景子、高品さん・岸がん(栄子と無理心中未遂):押切英希、栄子・少女:高橋紀恵、倉なあこ・カモ・長(ちょう・大人):松井工、富なあこ:山森大輔、長(ちょう・子供)、おかっちゃん、長の母親:鈴木亜希子、おさい(定食屋の女給):下池沙知、もくしょう(がり勉):萩原亮介
原作=山本周五郎、脚色=戌井昭人
演出:所奏
装置/石井強司
照明/阪口美和
音響/藤田赤目
衣裳/宮本宣子
舞台監督/寺田修
制作/白田聡、最首志麻子
【発売日】2017/04/03
前売・電話予約 4,300円
当日 4,600円
ユースチケット 2,500円
http://www.bungakuza.com/aobeka/index.html
※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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