世田谷パブリックシアター『炎 アンサンディ(再演)』03/04-19シアタートラム

 ワジディ・ムワワド作、上村聡史演出『炎 アンサンディ』は2014年初演です(⇒初演レビュー)。演出の上村さんは読売演劇大賞・最優秀演出家賞、千田是也賞を受賞。翻訳の藤井慎太郎さんが小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞されました。作品も文化庁芸術祭賞(演劇部門 関東参加公演の部)・大賞を受賞しています。

 メルマガ3月号でお薦め3本としてご紹介していました。東京公演は前売り完売です。当日券の情報は公演公式ツイッターでどうぞ。兵庫公演あり。

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。(出演者名)を追加。
中東系カナダ人女性ナワル(麻実れい)は、ずっと世間に背を向けるようにして生きてきた。その態度は実の子供である双子の姉弟ジャンヌ(栗田桃子)とシモン(小柳友)に対しても同様で、かたくなに心を閉ざしたまま何も語ろうとしなかった。そのナワルがある日突然この世を去った。彼女は公証人(中嶋しゅう)に、姉弟宛の二通の謎めいた手紙を遺していた。公証人は「姉にはあなたの父を、弟にはあなたがたが存在すら知らされていなかった兄を探し出して、その手紙を渡して欲しい、それがお母さんの願いだった」と告げる。その言葉に導かれ、初めて母の祖国の地を踏んだ姉弟は、封印されていた母の数奇な人生と家族の宿命に対峙することになる。その果てに姉弟が出会った父と兄の姿とは!
 ≪ここまで≫

 全体の感想は初演のレビューでどうぞ。最初に提示された大きな謎が、旅するごとに解けていきます。推理サスペンスの楽しみが増し、スピード感もあって、物語を知っているのにはらはらドキドキしました。エンターテインメントとして味わっている自分に驚きました。こんなにも凄惨な、内戦のお話なのに…。場面転換の演出が素晴らしいです。途中休憩の前以外、暗転がありませんでしたよね。待望の再演でしたが、期待以上の成果になったのではないでしょうか。

 カナダで映画化↓され、2011年のアカデミー賞外国語映画賞ノミネート。邦題は「灼熱の魂」。

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 ここからネタバレします。

・詳しいあらすじ(間違ってたらすみません。役の年齢などは公演パンフレットを参照しました。)

 10年間ある裁判に没頭し、その後5年間全く口を利かなかったナワルは、公証人エルミルに複数の遺言状を託していた。財産の分配方法も指定されており、エルミルには万年筆、ジャンヌには背中に数字の入ったジャケット、シモンには赤いノートが渡される。65歳で亡くなった彼女のつぶやきを看護人アントワーヌ(中村彰男)が聞いていた。それは「こうして一緒になれたから、これからは大丈夫」。15歳の頃の恋人であり、最初に生んだ息子の父であるワハブ(岡本健一)と一緒だった時に口にしていた言葉だ。

 アントワーヌ(今は劇場で音響の仕事をしている)はナワルの沈黙をテープに録音していた。500時間(たぶん)はあるそのテープをジャンヌに手渡す。遺品の中に、バス車両の前に母ともう1人の女性が写っている写真があった。アントワーヌの助けでそれを拡大、解析したところ、中東のある場所で、母がピストルを持っていることがわかった。ジャンヌは1人でその地へと飛ぶ。

 生んだとたんに息子を奪われた15歳のナワル。恋人のワハブも(武装勢力に?)連れ去られてしまった。その1年後、祖母(栗田桃子)に言われたのは「読むこと、書くこと、数えること、話すことを学べ」「ここから出ていけ、そして戻ってきた時に私の墓に私の名を刻むのだ」「約束を果たせない者に刻む言葉はない」。2日後に祖母の葬儀が行われる。16歳で故郷を出てから3年後、読み書きを覚えて村(難民キャンプ?)に戻ってきたナワルは祖母の墓にナジーラ(祖母の名前)と刻む。そして息子を探しに村を出るが、サウダ(那須佐代子)が付いてきた。何を聞いても「考えるな、忘れろ」と言われる故郷に未練はないという。2人は反政府組織の一員として活動(出版など)するようになる。

 ナワルは40歳。サウダは読み書きができるようになった。ナワルの息子を探していくつも孤児院を訪れたが見つからない。乗っていたバスが襲撃されたこともあった(ナワルは襲撃者に自分は村の者ではないと主張し逃げることができた/1978年に大虐殺があったという設定)。仲間も次々に殺され2人は追い詰められた。ナワルは敵の最高指導者を殺し、牢に入れられる。サウダは自爆テロを起こして死亡。獄中で尋問係に拷問、強姦され、その子供を出産した女は「歌う女」と呼ばれるようになる。ジャンヌは「歌う女」とはサウダのことだと思っていたが、実はナワルだった。強姦されて生まれた子供が“兄”だと信じたかったが、生まれたのは双子、つまりジャンヌとシモンだったのだ(赤ん坊の頃はジャナーヌ、サルワヌと名づけられていた)。牢から解放されて農民から双子を受け取った時、ナワルは45歳だった。

 “父”が見つかった後、シモンは公証人エルミルと“兄”を探す。反政府組織の元首謀者シャンセディーヌ(中村彰男)を訪ね、ナワルの息子ニハッド(岡本健一)が彼のもとで有能なスナイパーに育ったと知る。ニハッドは母が見つからないことに絶望し、大義を捨てた殺し屋になってしまった。人を殺しては、その遺体を写真に撮っていたニハッドは、やがて体制側につかまるが処刑はされず、収監された反政府主義者の尋問係になった…。ニハッドはナワルを強姦した、双子の“父”でもあったのだ。シモンは沈黙する。ジャンヌは叫ぶ。

 “父”と“兄”を見つけた双子は、ニハッドがいる刑務所(?)にナワルの手紙を渡しに行く。ニハッドは不遜極まりない態度だったが、手紙を読み進め、事実を知ると、悲鳴をあげて椅子から崩れ落ちる。
 5年前、ナワルはニハッドの裁判で証言台に立ち、彼が自分にしたこと(強姦、拷問)を証言した。ニハッドは彼女を含む他の被害者の証言のすべてを認めたうえで、バカにした。そして自分の母が残したらしい赤くて丸いスポンジを鼻につけて、ふざけて見せた。「PEACE(平和)」の歌を歌いながら。その赤鼻はナワルが恋人ワハブからもらったプレゼントで、取り上げられてしまった子供の産着に入れたものだった。「ずっと愛してるからね」と言いながら。ナワルはその時から沈黙した。

 遺言の全てを成し遂げ、双子と公証人エルミルはナワルの墓地に行き、彼女の墓石に名前を刻んだ。公証人エルミルがなぜ遺言執行にこだわったのか。ナワルから預かっていた手紙はもう一通あったから。「全てが実行された時に二人の子供に渡してほしい」と。それがシモンを連れて中東まで行く動機だったのだ(私は最後にストンと納得した)。ジャンヌは母の裁判の記録ノートを破り捨て、シモンも母が彼に遺した赤いノートを捨てた。親を乗り越えていくこともテーマになっている。

 ナワルの最後の独白(テープに録音された沈黙に秘められたもの)は初演にはなかった。双子を自分の子供と認めた上での激励、愛するワハブと(天国で)再会できる喜びなどだったかと。ナワルの10~60代の人生が回想場面として描かれ、彼女の遺言状もナワル自身が読み上げてきた。最後に墓に葬られた死者として言葉が述べられた。
 雨が降る墓地で、エルミルと双子はビニールを被る。中央にはナワル。やがてニハッド(ワハブでもある)とアントワーヌもその中に。災害(雨)を皆で(ビニールを被って)避けて、こうして一緒にいられることが幸せなのだと思う。

・感想

 舞台の床の中央あたりに小さく丸い穴ある。蓋を取ると穴が見えて、墓穴になったりする。何もかもを吸い込むブラックホールのよう。終わらない戦争、繰り返す怒りと憎しみの隠喩のよう。
 ナワルの遺言には「埋葬時、自分の体に一人ずつバケツに入った水をかけて欲しい」とあった。私は(おそらく双子も)遺体に冷や水をかけるなんて、なぜ…?と思ったが、ナワルは祖母と同じように埋葬して欲しかったのだ。雨の降らない中東で水は貴重。それをかけるのは死者への最大の敬意なのだろう。

 サウダが語る内戦の様子がすさまじい。誰もが寝静まる難民キャンプに襲撃者たちがやってきて、赤ん坊を壁に投げつけ、子供に火をつけて殺し、銃弾で容赦なく殺戮を行った。三人兄弟を並ばせて、その母親に生き残る一人を選ばせることもあった。殴打された母親は長男の名前を呼び、次男と三男は射殺される。母親は「私が息子たちを殺した」と泣き叫ぶ。報復を誓うサウダをナワルが諫めるが、「じゃあ、どうしろというの?」と返すサウダ。彼女の怒りに震えて涙した。

 ナワル曰く「祖母の墓石にナジーラと刻んだ時が、命の始まりだった」。母の墓石にナワルと刻んだ時から、双子の人生が始まる。親がやり遂げようとした約束を子に託すこと、それを叶えて子が親を乗り越えていくことも、重要なテーマになっている。人は真実に触れた時に沈黙するというのも、教訓として深く心にとどめておきたい。

 ※ニハッドがポリス「ロクサーヌ」(The Police – Roxanne(1978年))を歌う場面があった。“娼婦”の歌。⇒ご参考

“incendies” by Wajdi Mouawad
≪東京、兵庫≫
出演:麻実れい、栗田桃子、小柳友、中村彰男、那須佐代子、中嶋しゅう、岡本健一
脚本:ワジディ・ムワワド 翻訳:藤井慎太郎 演出:上村聡史 美術:長田佳代子 照明:沢田祐二 音楽:国広和毅 音響:加藤温 衣装:半田悦子 ヘアメイク:川端富生 アクション:渥美清 映像:猪爪尚紀 演出助手:的早孝起 舞台監督:大垣敏朗 宣伝美術:岡垣吏紗 広報:森明睎子 宇都宮萌 稲山玲 営業:竹村竜 票券:小林良子 菅谷舞 制作:佐々木美典 本橋歩 萬福倫子(兵庫県立芸術文化センター) プロデューサー:浅田聡子 企画・制作:世田谷パブリックシアター 主催:公益財団法人せたがや文化財団
一般:6,800円 高校生以下:3,400円 U24:3,400円
友の会会員割引 6,300円
せたがやアーツカード会員割引 6,500円
【トラムシート】 一般 6,000円 高校生以下 3,000円 U24 3,000円
https://setagaya-pt.jp/performances/201703incendies.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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