新国立劇場演劇『1984』04/12-05/13新国立劇場小劇場

 ジョージ・オーウェルのSF小説「1984」を翻案した英国戯曲(2014年)の本邦初演です。演出は小川絵梨子さん、主演は井上芳雄さん。メルマガで今月のお薦めベスト3としてご紹介していました。初日の上演時間は約2時間弱。

 安倍政権下での公文書改ざんと破棄、国会での虚偽答弁などの悪事が毎日明らかになっている今、この時にぴったりの作品でした。1948年執筆、1949年発行の原作に忠実でありながら、現前性のある上演になっています。終盤は体験型と言っていいぐらいの臨場感!いや~…ドキドキでヒリヒリでした……。

 戯曲掲載の「悲劇喜劇」↓がロビーで購入できます。

悲劇喜劇 2018年 05 月号
悲劇喜劇 2018年 05 月号

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早川書房 (2018-04-07)

 
 私には珍しく、原作小説↓を読んでから伺いました。すごく面白いですよ!

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≪あらすじ≫ 公式サイトより
時は2050年以降の世界。人々が小説『1984』とその”附録”「ニュースピークの諸原理」について分析している。過去現在未来を物語り、やがて小説の世界へと入って行く…。
1984年。1950年代に発生した核戦争によって、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国により分割統治されており、その3国間で絶え間なく戦争が繰り返されていた。オセアニアでは思想、言語、結婚等全てが統制され、市民は”ビッグブラザー”を頂点とする党によって、常に全ての行動が監視されていた。
真実省の役人、ウィンストン・スミス(井上芳雄)は、ノートに自分の考えを書いて整理するという、発覚すれば死刑となる行為に手を染め、やがて党への不信感をつのらせ、同じ考えを持ったジュリア(ともさかりえ)と行動をともにするようになる。
ある日、ウィンストンは、高級官僚オブライエン(神農直隆)と出会い、現体制に疑問を持っていることを告白する。すると反政府地下組織を指揮しているエマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書を渡され、体制の裏側を知るようになる。
はたして、この”附録”は誰によって、どのように書かれたのか? それは真実なのか? そして今、この世界で、何が、どれが真実なのだと、いったい誰がどうやって分かるのだろうか……。
≪ここまで≫ 

 小説は第一部、第二部、第三部、そして附録という四部構成になっています。翻訳戯曲によると附録の部分が舞台化されるのは初めてとのこと。井上さん演じるウィンストン・スミスが生きる1984年と、それを過去の時代として俯瞰する未来(2050年以降)とが交錯します。

 舞台美術(二村周作)は舞台中央奥に向かってそびえる上下(かみしも)の大きな壁に囲まれた、ほぼ三角形の空間です。下手はガラス越しに向こうの空間が透けて見え、上手は木製の引き出しが無数に埋め込まれており、上手手前にはウィンストンの椅子と机があります。装置が移動してどんどこ場面転換するのも見どころです。

 最初は原作のダイジェストのようで、ちょっと物足りない印象だったのですが、中盤以降、映像演出や暗転の効果がじわじわと効いてきたのか、どっぷりと世界にひたることができました。
 井上芳雄さんとともさかりえさんのラブシーンが大人で色っぽい! 拷問場面が凄い! 個人的に「2分間憎悪」などの映像はもっと派手でアゲアゲでもよかった気がします。もっと煽られたかったのかも(笑)。

 ※1984年に上映された映画↓もあるそうですが、私は未見です。

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 劇場ロビーのディスプレイでは次期芸術監督としての小川さんのインタビュー動画が流れていました。ときめくわ~~~♪ 『赤道の上のマクベス』の時と同様、ハヤカワ演劇文庫の棚があります! 新国立劇場で過去に上演された演劇のパンフレットの棚もありました!!

早川演劇文庫の棚
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新国立劇場のパンフレットの棚
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 ここからネタバレします。台詞は「悲劇喜劇」から引用しました。

 ほぼ冒頭で上下(かみしも)の壁の上方に映像が映されて驚きました。ウィンストンが日記に書いている文字が(おそらく)中継で大きく写し出されます。戯曲のト書き通りなんですね。「2分間憎悪」などの「党」からのアナウンスは、舞台中央奥の天井から降りてきた2枚のディスプレイにも映写されます。
 ウィンストンがジュリア(ともさかりえ)と逢引する部屋も映像で表現されます。とってもロマンティックで素敵なラブシーンなのに、映像なのは残念だなぁ…と思っていたら、彼らが監視されていたことが明らかになる瞬間に、下手のガラスを覆っていたカーテンが開き、隠れ家がむき出しになりました。舞台下手に隠れ家があったことは目で確認できますが、ウィンストンとジュリア(井上さんとともさかさん)が本当にそこで抱き合っていたのかは、見えていなかったのでわかりません。映像で描かれた会話が劇中の真実なのかどうか、そして2人の俳優の存在さえもあやふやになりました。

 拷問の場面は上下(かみしも)の壁が開き、奥から真っ白で四角い部屋が浮かび上がります。照明で眩しいほどに照らされた異空間で、ウィンストンが椅子に縛られており、恐ろしいです。華奢な椅子が部分的にうすぼんやりと赤く汚れているのがまた怖い!
 ウィンストンを拷問にかけるオブライエン役は神農直隆さん。冷徹で余裕しゃくしゃくなのがいい! 肉体的な拷問は暗転中に行われます。残酷なほど隅々まで照らす明かりの中、血まみれになってボロボロになっていくウィンストンの様子から、観客は何があったのかを類推するのですが(左手の爪を剥がされたり、歯を抜かれたり)、目で見ていないので本当のところはわかりません。映像も暗転も、敢えて観客の目をくらまし、不確かさを増強させる効果なのだと思いました。あぁ…あの白い“101号室”が舞台面側に迫ってきた時も、本当に驚いた……。

 オブライエンが「党」と言う度に私の脳内では「自民党」に変換されました。
 オブライエン:個人は死人だ、ウィンストン。党にこそ永遠の命がある。そして、党は常に勝利する。
 自白することが何もなくなるほど吐き出し、最も嫌いなネズミが襲い掛かる仕掛けに顔をはめられて、愛するジュリアのことも裏切ったウィンストンは、とうとう自分を失ってしまいます。脅迫して痛みで追い詰め、他者との絆をズタズタにして自尊心を破壊するんですね。彼が客席に向かって「助けてくれ!」と叫び、オブライエンも観客に話しかけることがありました。ものすごい臨場感で、「自分ならどうするのか」と考えざるを得ませんでした。

 未来の場面になり、ウィンストンは上手手前のデスクにいて、現代服の人々が舞台中央より下手側のテーブルで談笑しています。小説「1984」の勉強会のようで、ホスト役はウィンストンとジュリアを陥れたチャリントン役も演じていた曽我部洋士さんです。ホストは「彼(ウィンストン)は想像上の人物です」「一切存在していないのです」と言い、やがて「2分間憎悪」の映像で「ありがとう」と言った直後に射殺された男(野坂弘)と同様に、ウィンストンが微笑みを浮かべて「ありがとう」と言って終幕します。
 書物上ではウィンストンは削除されず生き残ったのに、「フィクション」「存在しない」等と言われ、ウィンストン(=井上芳雄)は消えてしまいます。あったことがなかったことにされる現場が終幕の場面に選ばれたと考えると、とても恐ろしいですよね。劇中では「ここはどこ?」と問うセリフが何度もありました。観客一人ひとりの想像力、立ち位置を問われ、その不確かさを受け入れざるを得ませんでした。

“Nineteen Eighty-Four” Original:George Orwell Adapted by Robert Icke and Duncan Macmillan
≪東京、兵庫、愛知≫
開場20周年記念 2017/2018シーズン
【出演】
ウィンストン:井上芳雄
ジュリア(ウィンストンの恋人)、ウェイトレス:ともさかりえ
パーソンズ(7歳の娘に思考警察へと通報される):森下能幸
パーソンズ夫人、ウィンストンの母:宮地雅子
サイム(思考警察に連れていかれる):山口翔悟
オブライエン(党の中枢にいる):神農直隆
マーティン(オブライエンの部下):武子太郎
チャリントン(ウィンストンが隠れる骨とう品屋の店主):曽我部洋士
党員:堀元宗一朗
子役(トリプル・キャスト):青沼くるみ、下澤実礼、本多明鈴日
映像出演:野坂弘 声の出演:浅野雅博 大澤遊
原作:ジョージ・オーウェル
脚本:ロバート・アイク、ダンカン・マクミラン
翻訳:平川大作
演出:小川絵梨子
美術:二村周作
照明:佐藤啓
音響:加藤温
映像:栗山聡之
衣裳:髙木阿友子
ヘアメイク:川端富生
演出助手:渡邊千穂
舞台監督:澁谷壽久
音楽:坂本弘道
稽古場代役:岩澤侑生子 加茂智里
プロンプ:竹内香織
制作助手:原佳乃子
制作:田中晶子
プロデューサー:茂木令子
芸術監督:宮田慶子
主催:新国立劇場
【発売日】2018/02/18
A席:6,480円
B席:3,240円
Z席:1,620円
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009661.html
http://stage.corich.jp/stage/90552

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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