スコットランドのグラスゴーにあるバーズ・オブ・パラダイス・シアターカンパニーと、ナショナルシアター・オブ・スコットランドが製作した2018年初演のミュージカルです。
障害を題材にタブーをやりつくす、問題提起だらけの底抜けに明るいミュージカルでした。めちゃくちゃ面白かった……。どぎついブラックユーモアが満載で、笑っていいのか、怒っていいのか、どうやって受け止めて、何を考えればいいのか…混乱と興奮で心がかき乱されました。腹を決めて笑うことにしましたけど(笑)。
≪あらすじ≫ http://festival-shizuoka.jp/program/my-left-right-foot/
映画『マイ・レフトフット』を舞台化することになったアマチュア劇団。スタッフとして働くクリスが脳性まひで右足に障害を持っていることから、演出家のアミーは彼に聞き取りし、脚本をよりリアルに書き直そうと考える。一方、クリスに想いを寄せるジリアンは、「クリスが主役に抜擢された」と嘘をついてしまう。自ら障がい者を演じることに胸を高鳴らせ、稽古場に向かうクリス。しかしそこには、障がい者役を演じる主役グラントの姿が・・・。
≪ここまで≫
↑「ジリアンの嘘」のエピソードはなかったです。障害を持つクリスが演出家エイミーに首ったけで、彼女から「(演出を)手伝ってほしい」と言われたのを「主役の障害者を演じてほしい」という意味に勘違いしたという流れでした。
舞台はミュージカルの稽古場です。上手でピアノを弾くアレックスが外側から物語を解説します。彼のセリフがなかなかに辛辣で可笑しくて、ツッコミ担当とも言えます。「演劇についての手話を勉強したい」と言う女性ナットを登場させ、彼女が全員のセリフに手話をつけます。部屋の上部全体を使う凝りに凝った字幕映像もあり、聴覚障害を持つ観客も一緒に楽しめるようになっています。冒頭でアレックスが「上に字幕が出る」と説明したのは、視覚障害を持つ観客のためでしょうね。
具象と抽象が共存できる美術で、稽古場でありながらいろんな場所、時間に簡単に飛ぶ演劇的自由がありました。アレックスがたまに劇中人物を演じたり、ナットが外側に出て彼と話したりして、メタシアター(劇中劇)の枠が突然壊されるのも刺激的です。
作・演出のロバート・ソフトリー・ゲイルさんご自身が障害を持つ方であることが、色んな方向のエクスキューズとして働いたように思います。計算が行き届いた素晴らしい娯楽作だと思いました。
上演時間の公式アナウンスが95分→120分(途中休憩含む)→143分(途中休憩15分を含む)と徐々に長くなっていって驚きました(笑)。登場人物一人ひとりのエピソードを追加していったのかなと思いました。それぞれのソロがあってとても良かったです。
『マイ・レフト/ライトフット』演出のロバート・ソフトリー・ゲイルさん、スタッフのマイリ・テイラーさんが来静しました!#ふじのくにせかい演劇祭 #festivalshizuoka https://t.co/hSPIid4WwU pic.twitter.com/RjUJb56PHs
— SPAC-静岡県舞台芸術センター (@_SPAC_) April 29, 2019
『マイ・レフト/ライトフット』演出のロバート・ソフトリー・ゲイルさんに続き出演者の皆さんも無事に来日!上演は5月2日&3日。先ほどアップした文芸部・横山義志によるブログもぜひお読みください!#ふじのくにせかい演劇祭 #festivalshizuoka https://t.co/M2M8VslDml pic.twitter.com/62JOu1AuwQ
— SPAC-静岡県舞台芸術センター (@_SPAC_) April 29, 2019
Creators of #MyLeftRightFoot @robertsoftley (writer/director) & @RichThomCreativ (music/lyrics) talk about creating work that tows the line between provocative & offensive, & why musicals are good for making political points.#MusicalTheatre@NTSonline @brightfest @DundeeRep pic.twitter.com/cmy5EieyHR
— Birds of Paradise (@BOPTheatre) May 3, 2019
🎥『マイ・レフト/ライトフット』作品トレーラーhttps://t.co/zmFdzijbUM
🎥演出家からのビデオメッセージhttps://t.co/hu8apmhrtW
🎥日本語手話による作品紹介ビデオhttps://t.co/0iDTsoz4cP
— SPAC-静岡県舞台芸術センター (@_SPAC_) May 1, 2019
ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。
1980年代の映画「マイ・レフト・フット」は脳性麻痺の男性画家・小説家のクリスティ・ブラウンの自伝で、主演俳優のダニエル・デイ・リュイス(劇中でDDLと略すのが笑える)がアカデミー賞主演男優賞を受賞しました。「障害者を演じる俳優は、健常者であってはならない」というアマチュア演劇協会(だっけ?)の厳格なルールを遵守するため、クリスティ役を演じるはずだった元プロ俳優のグラントが降ろされ、実際に障害を持つクリスが抜擢されます。
このアマチュア演劇団体の目的は、ダイバーシティ(多様性)とインクルーシビティ(社会包摂性)をテーマにした演劇を作り、大会で優勝すること。そのために健常者のグラントを排除することになってしまうのは皮肉です。このように物事の両面を見せていく趣向が連続し、大いに笑いを誘うネタも仕込まれているので、脳みそフル回転状態でした。
“アマチュア演劇の稽古”という設定で、舞台上で明るくやって見せることが、いちいちひっかかります。健常者が障害者の真似をすること、健常者が障害者に「障害があるってどういう気持ち?」と聞くこと、言葉が不自由な人の発言を健常者が得意げに通訳してみせること…。うがー!もやもやする!でも笑えてしまう!
卑猥な言葉も大量で…でも、とても具体的には書けないよ(笑)。たとえば障害者のクリスが、好きなエイミーとの性の妄想を吐露することや、美しい女性ジリアンが、クリスへの性欲を隠さないことなど。
「人間は変わることができる」と示すことに胸打たれます。でも、お酒で勇気を出しても、酔いがさめれば元に戻ってしまうし、あれだけ演劇に熱中しても、大会が終わればスパっと辞めてしまうし…決してきれいごとにしないのが痛快です。ケンカして劇団を去ったグラントが、反省して善人になって戻ってきたかと思いきや、実は間違った全能感に満ちており、かえって変人になっていたのには笑いました。ホント、皮肉が凄いです。
それでも「一度はやってみよう」と明るく鼓舞する姿勢が爽快です。人間はそれぞれに自分勝手で、完全に一体になることなどなく、バラバラだからこそスリリングで面白いとも思えました。
終盤に入り、各エピソードを(たぶん)上演の逆順に歌(サビの部分)で振り返りながら、大会での「マイ・レフト・フット」の上演を時系列に見せていくのには唸りました。娯楽作品としての完成度が高いことが素晴らしいです。
ジリアン:私はいつも二番手。でも勇気を出して自分で行動してみよう(アマチュア演劇協会に電話をして、主役が健常者であることをチクる→大好きなクリスが主役になり達成感を得る→でもクリスは演技が下手だった…)。
ジリアン:(この気持ちはあなたへの)愛じゃない。でも朝のベッドであなたと一緒に目覚めるのは悪くない。
グラント:俺は俳優だ。演じる権利を奪うな!
グラント:俺は内面が身障(しんしょう)。ADHDがあると証明できる!(そうすれば主役を演じられる!障害者になりたい!)
シーナ:家に帰れって…(そんなこと言われても)。私の家はここ(稽古場)よ。
「この作品は自分には合わなかった」とおっしゃる知人がいて、その理由が「俳優が他者を動かそうという気持ちで演じていない」というもので、なるほどと思いました。確かに段取りどおりに動いている感じはありましたね。私は作品の意図やメッセージに集中していたせいか、気になりませんでした。「登場人物が“アマチュア演劇の役者”であるため、歌や演技がそれほど上手くなくても受け入れられる(ようになっている)」というご意見もあり、確かに、巧い設定だなと思いました。
マイ・レフトライトフットは、役者が舞台手話通訳を兼ねるって演出に興味をひかれて行き、その点では大変満足。ただ「ミュージカル」としての出来は、英国物であることを考慮しても音楽の弱さと繋ぎが気になるんだけど、それを補って余りあるコンセプトと脚本の出来の良さが素晴らしかったですね。
— カッキー (@kakkyaa) May 4, 2019
5月2、3日静岡芸術劇場で上演されるミュージカル・コメディ『マイ・レフト・ライト・フット』について解説しています。サイトの下の方の「寄稿」をクリックすると読めるようになります。ふじのくに⇄せかい演劇祭2019 https://t.co/OSDV28YDvd
— 町山智浩 (@TomoMachi) April 25, 2019
英語上演/日本語字幕
出演:
エイミー(脚本・演出家):ケイティ・バーネット
イアン(気の弱い中年男性):リチャード・コンロン
ナット(手話通訳):ナタリー・マクドナルド(イギリス手話ディレクター)
アレックス(ピアノ演奏者):アレックス・パーカー(音楽監督)
クリス(障害を持つ男性):クリストファー・インブロスチアーノ
ジリアン(クリスのことが好きな女性):シャノン・スワン
グラント(元プロ俳優):ニール・トーマス
シーナ(一人暮らしの年配の女性、劇団の指揮を執りたい):ゲイル・ワトソン
演出・作:ロバート・ソフトリー・ゲイル
作詞・作曲:リチャード・トーマス、クレア・マッケンジー、スコット・ギルモア
ムーヴメントディレクター・振付:レイチェル・ドラゼック
舞台美術・衣裳デザイナー:レベッカ・ハミルトン
照明デザイナー:グラント・アンダーソン
映像デザイナー:ルイス・デン・ヘルトフ
音響デザイナー:リチャード・プライス
編曲・音楽制作:ローレンス・オーウェン
クリエイティブプロデューサー・ドラマトゥルグ:マイリ・テイラー
キャスティングディレクター:ローラ・ドネリー(キャスティング・ディレクターズ・ギルド)
プロデューサー:カラム・スミス
プロダクションマネージャー:ニーアル・ブラック
技術監督:ジェマ・スワロウ
舞台監督(カンパニー付き):リー・デイヴィス
副舞台監督:エマ・スケア
舞台監督(技術):デイヴィッド・ヒル
照明監修:ポール・フロイ
音響監修:アンディ・スチュアート
映像監修:アンディ・リード
衣裳監修:ケイティ・ロンズデール
衣裳:レスリー・マクナマラ
製作:バーズ・オブ・パラダイス・シアターカンパニー BIRDS OF PARADISE THEATRE COMPANY
ナショナル・シアター・オブ・スコットランド NATIONAL THEATRE OF SCOTLAND
協力:ブリティッシュ・カウンシル British Council
ふじのくに地球環境史ミュージアム
<SPACスタッフ>
舞台監督:村松厚志、内野彰子
舞台:渡部景介、降矢一美、守山真利恵、菊地もなみ、杉山悠里
照明:樋口正幸、久松夕香、花輪有紀、島田千尋
音響:右田聡一郎、牧大介、竹島知里
ワードローブ:高橋佳也子
通訳:齋藤啓、山田カイル
字幕翻訳:齋藤啓
制作:髙林利衣、清水聡美
シアタークルー(ボランティア):新久保梓、藤田泰史
スロームーブメント静岡(ボランティア):青木敏規、漆畑貴子、嶋村彩、金田由美、海野静江、帯金史
技術監督:村松厚志
照明統括:樋口正幸
音響統括:右田聡一郎
助成:文化庁 国際文化芸術発信拠点形成事業
<全席指定>
一般:4,100円
SPACの会一般:3,400円
ペア割引:3,600円
グループ割引:3,200円
ゆうゆう割引:3,400円
学割:2,000円
高校生以下:1,000円
障がい者割引:2,800円
※付き添いの方1名は無料
◎一部刺激の強い表現があります(16歳以上推奨)。
http://festival-shizuoka.jp/program/my-left-right-foot/
https://stage.corich.jp/stage/99189
※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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