パルコ・プロデュース『アンチゴーヌ』01/09-27新国立劇場小劇場THE PIT

 フランスの劇作家ジャン・アヌイによる1944年の戯曲を栗山民也さんが演出されます。岩切正一郎さんによる新訳です。今月のメルマガでお薦めNo.1としてご紹介していました。初日は約2時間10分、休憩なし。

 舞台が、近い!めちゃ贅沢!! 開演したら1階席には座れません。遅刻厳禁ですよ~。東京公演の後、長野、京都、愛知、福岡公演あり!

 パンフレット(1500円)には栗山さんの長文の寄稿があります。観る前に読んでおくと、このお芝居の観方のヒントになると思います。立ち止まって振り返るために、本棚に大切にしまっておきたい一冊です。稽古場写真もグっときます。

 ≪作品紹介≫ 公式サイトより
たった一人でも、世界に立ち向かおうとした女性がいた—–
実力派キャストを迎え、現代に問う意欲作!

時代を超え世界中で上演され続けている、フランスの劇作家ジャン・アヌイの代表的悲劇作品「アンチゴーヌ」。栗山民也演出のもと、岩切正一郎の新訳・豪華俳優陣の競演で現代によみがえります。

法と秩序を守り、権力者として政治の責任を貫こうとする冷静な王クレオンに対し、自分の良心にまっすぐに従い、自己の信念を貫くアンチゴーヌ。
2つの相対する立場と信念は、そのまま国家と個人・現実と理想の対決でもあり、それぞれが抱える想いは通じ合うことなく、物語は悲劇へと進行します。アンチゴーヌとクレオンの対決を通して、私たちは生きることの矛盾や人間存在の本質を目撃することとなるでしょう。

アンチゴーヌ役には、パルコ・プロデュース公演には初出演となる蒼井優。クレオン役には、映像・舞台にと幅広く活躍し、圧倒的な存在感と演技力を放っている生瀬勝久が挑みます。

また、梅沢昌代、伊勢佳世、佐藤誓ら実力派俳優陣が脇を固め、多彩な顔ぶれが揃いました。壮絶なドラマに、どうぞご期待ください!
 ≪ここまで≫

 栗山さんは2015年に、新国立劇場演劇研修所8期生の修了公演で『アンチゴーヌ』(⇒舞台写真)を演出されました。その時と同様の十字路の舞台美術です。道以外には椅子2脚のみという何もない空間なのですが、ハっとするような照明の切り替えと、人間関係や感情の揺らぎを形にする身体表現とステージングで、次々に変化を起こして飽きさせません。そして、何度も言っちゃうけど(笑)、俳優との距離が近い!ドキドキするほど!通路際は息遣いも聴こえそうっ。

 『アンチゴーヌ』はソフォクレスによる紀元前5世紀のギリシャ悲劇『アンティゴネー』をもとに、1944年の独仏関係を反映させた戯曲です。当時のフランスはナチス・ドイツに占領されていたんですね。衣装と選曲からもわかるようになっています。現在と第二次世界大戦中、そして紀元前の世界が重なるのを体験できるのは、演劇ならではだと思います。

 主要人物の背景がアヌイによって肉付けされており、大昔の物語が今の人間を映す鏡として立ち上がっていました。序詞(プロローグ)によって最初から悲劇は予言されますが、会話の中でハラハラするようなどんでん返しが連続し、舞台上の人々と同じように、私自身の気持ちも揺れ動きました。圧倒的な悲劇を前に、いったい、どうすれば、いいのだろう…と。

 見どころはやはりアンチゴーヌとクレオンの一騎打ち。法と秩序に対し「YES」と言うのがクレオン、それに疑問を呈し「NO」と叫ぶのがアンチゴーヌです。極端な分断が広がる今の世界にも、ぴったりと当てはまる構図ですよね。
 2015年に観た時は、自分の信念に従い、正直に生き抜いた行動派のアンチゴーヌに魅了されたのですが、今回はクレオンに素直に同情できました。生瀬勝久さんが自信に満ちた君主ではなく、大きな責任を背負わされた地位の高いビジネスマンのような、身近な存在に見えたからかもしれません。キャッチーな新訳のおかげでもありそうです。

 アンチゴーヌは「わからない」と叫びます。意味がわからない、納得できない、同意できないという気持ちに嘘をつかないのです。考えることを止めて無言でスルーすれば楽に生きられそうなものですが、彼女は一人で世間に波風を立て、周囲に迷惑をかけ、自分の命が奪われようとも、信念を貫きました。
 だけど…。立て続けに悲劇が起こるのは、彼女のせいでもあるんですよね。アンチゴーヌとクレオンのどちらが正しいのか、どちらも間違っているのか。二人はどこで間違ったのか、他にどんな選択肢があったのか…。答えが与えられるわけではない、命がけの選択について、自分に問いかけつつ考えることができました。

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
古代ギリシャ・テーバイの王オイディプスは、長男エテオークル、次男ポリニス、
長女イスメーヌ、次女アンチゴーヌという、4人の子を残した。
エテオークルとポリニスは、交替でテーバイの王位に就くはずであったが、
王位争いを仕組まれて刺し違え、この世を去る。
その後、王位に就いたオイディプスの弟クレオン(生瀬勝久)は、亡くなった兄弟のうち、
エテオークルを厚く弔い、国家への反逆者であるとして、ポリニスの遺体を野に曝して埋葬を禁じ、
背く者があれば死刑にするよう命じた。
しかし、オイディプスの末娘アンチゴーヌ(蒼井優)は、乳母の目を盗んで夜中に城を抜け出し、
ポリニスの遺体に弔いの土をかけて、捕えられてしまう。
クレオンの前に引き出されるアンチゴーヌ。クレオンは一人息子エモン(渋谷謙人)の婚約者で姪である彼女の命を助けるため、土をかけた事実をもみ消す代わりにポリニスを弔うことを止めさせようとする。
だが、アンチゴーヌは「誰のためでもない。わたしのため」と言い、兄を弔うことを止めようとしない。そして自分を死刑にするようクレオンに迫る。懊悩の末、クレオンは国の秩序を守るために苦渋の決断を下す。
 ≪ここまで≫

 ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。

 道の上だけでなく下も演技スペースなので、ホンットーに、俳優が近い!!は~、何度もドキドキしちゃった♪
 あくまでも初日の印象ですが、走ることになっているから走る、照明の下に行くことになっているから行く…といった振付に即した動きが、ほんの少しだけ気になりました。回を重ねて自然になっていくことと思います。

 最初に語りだす序詞役の高橋紀恵さんは、ナチスの収容所の女性看守のような制服を着ています。冷徹そうな美女なのがいいですね。言葉の意味も情景も伝わりました。希望が持てる状況を批判し、悲劇を称えるセリフにゾクゾクして、ユダヤ人強制収容所を思い浮かべました。アンチゴーヌの行為は死を確信していたからこそ、宝石のような強度があり、荘厳でさえあるのだと思います。

 女性3人(高橋紀恵、梅沢昌代、伊勢佳世)が担当したコロスも良かったです。それぞれに声も姿も違うので、さまざまな人間の代表だと思えました。特に伊勢さんはクレオンの妻ユリ(編み物をする心優しい女性で、一人息子エモンの死後に自殺)を想像させてくれました。

 クレオンは前王オイディプスが追放され、その息子が2人とも討ち死にしたため、嫌々ながら国王になることを引き受けました。他に適任者がいなかったのでしょう。賢くて優しい男性なのだと思います。外敵から国を守るために軍隊を組織し、ポリニスのような反乱分子が出てこないよう内政にも心を配り、「自分がやりたいことをやる人生」を放棄せざるを得なかった。だからそれを他者(=アンチゴーヌ)にも強要します。

 冒頭はアンチゴーヌが次男ポリニスの遺体にスコップで土をかける場面でした。「兄を埋葬します」と誰かに伝える前に、すでに行動を起こしているんですね。次は白昼堂々、素手で土を掻き出して弔おうとした時に、衛兵たちに捕まりました。言葉より行動が先にあり、その両方が真実である彼女の生き方を、私は美しいと思います。

 最初はアンチゴーヌをなだめていた姉イスメーヌ(伊勢佳世)ですが、考えを変えて「自分も兄を弔う」と言い出します。でも動機は「(呪われた4人兄妹のうち)私だけ取り残されるのは嫌だ」という保身なんですね。アンチゴーヌに「あなたはだめ、もう遅い」と言われたら「明日、土をかけに行く!」と答えたり。「明日」て…アンチゴーヌは既に2度も土をかけ終わっているのに…。これは笑いどころだと思います。

 アンチゴーヌに比べるとイスメーヌは凡庸ですが、大半の人間がそうなのでしょう。衛兵たちの様子からもわかります。彼らは不平や言い訳ばかり言って、まともに仕事(見張り)をせず、トランプをして遊んでいます。
 衛兵の1人(佐藤誓)にいたっては、死を前にしたアンチゴーヌの前で、“伍長と衛兵の待遇”について延々と話し続ける始末。偉い人に従って、こびへつらって、少しでも楽したい、得したい、儲けたいと思っているのは、志高いアンチゴーヌとは対照的です。とはいえ妻子ある男性ですから、給料や待遇が気になるのは当然かもしれません。

 「自分しか知らないことだ」とことわった上でクレオンが語った、オイディプスとその息子たちの真の姿は衝撃的でした。弟ポリニスは夜遊びがひどく、多額の借金の肩代わりを父親にねだって、断られたことがあります。オイディプスの悩みの種のダメ息子でした。さらには、ポリニスだけでなく兄エテオークルも、父の暗殺を企んでいたというのです。

 クレオンはもともと王だったエテオークルを英雄に、ポリニスを反逆者に仕立て上げると決め、2体のズタズタの遺体のうち、状態が良い方を英雄として葬り、もう一方をハゲタカの餌にしました。つまりアンチゴーヌが土をかけた遺体は、ポリニスのものかどうかわからないんですね。それでもまだ“兄”を弔うのかどうか。犯罪者の家族を許せるのか、偽の遺体に祈ることができるのかと、私自身が問われている気もしました。

 死刑を宣告されたアンチゴーヌが穴に入る場面で、交差点の中央床下に仕込まれた青白い蛍光灯が輝きます。彼女が最後に目にする人間は衛兵(佐藤誓)でした。あまりに対照な2人が対峙するので、短い場面の間に命について、人生について考えました。これからも生き残るであろう衛兵と、自ら死に近づいたアンチゴーヌの、どちらが人間として正しかったのか。

 衛兵(富岡晃一郎)がアンチゴーヌたちの最後を語ります。彼女は穴の中で首を吊りました。穴に入って嘆き悲しむエモンを追って、クレオンも中に入りますが、息子は父に剣を向けたかと思うと、自分の腹に突き刺して死にました。エモンの母ユリも後を追います。
 “小さなアンチゴーヌ”のせいで、彼女を含め王族が3人も亡くなったわけです。クレオンが勧めるとおり、黙って自分の部屋に戻っていれば、エモンもその母も死なずに済んだかもしれません。エモンとの間に生まれるはずだった子供も…。いや、アンチゴーヌが助かっていたら、彼女の弔いを目撃した衛兵3人はクレオンに殺されます。どう転んでも人が死ぬんですね。出口のない悲劇に誰もが飲みこまれてしまったようです。

 そもそも、アンチゴーヌが法を破らなければならなくなったのは、クレオンが勝手に兄と弟の死に差をつけたからですよね。1年ごとに王位を交換する約束をエテオークルが破ったから、ポリニスが反乱を起こしたわけで、エテオークルも悪いんです。「罪を憎んで人を憎まず」の精神で2人を平等に弔っていれば、こんなに死者は出なかったはずです。でもクレオンは、明々白々の結果を示して、仰々しい儀式を見せつけなければ、国の統治などできないと判断したのかもしれません。何しろ国民は皆、愚かですから。
 このように、なぜ?どうして?…と、今の自分の感覚を素直に受け入れつつ、わからないことについて考える。そうし続けるしかないのだと思います。

 人物の配置や体の動きで関係性が明快かつ雄弁に伝わりました。たとえばアンチゴーヌがふてぶてしくクレオンの王座に腰掛けるのは痛快でした。
 エモンと第二の衛兵を演じた渋谷謙人さんの、透明感のある存在の仕方が印象に残りました。

≪東京、長野、京都、愛知、福岡≫
出演
アンチゴーヌ:蒼井優、クレオン:生瀬勝久、乳母:梅沢昌代、イスメーヌ:伊勢佳世、衛兵(クレオンに報告する役目):佐藤誓、エモン(クレオンの一人息子、アンチゴーヌの婚約者)、第二の衛兵:渋谷謙人、伝令、第三の衛兵:富岡晃一郎、プロローグ(序詞役):高橋紀恵、クレオンの小姓:塚瀬香名子
脚本:ジャン・アヌイ
翻訳:岩切正一郎
演出:栗山民也
美術:伊藤雅子 照明:服部基 音楽:国広和毅 音響:井上正弘 衣裳:西原梨恵 ヘアメイク:鎌田直樹
演出助手:坪井彰宏 舞台監督:藤崎遊
宣伝美術:榎本太郎 宣伝写真:尾嶝太 宣伝スタイリスト:安野とも子 宣伝ヘアメイク:CHIHIRO 宣伝:る・ひまわり
プロデューサー:佐藤玄・今絵里子 制作:冨士田卓・山家かおり 製作:井上肇
企画・製作:株式会社パルコ
【発売日】2017/11/11
(全席指定・税込) 9,800円 ※未就学児のご入場はお断りいたします。
U‐25チケット 5,000円(観劇時25歳以下対象、当日指定席引換、要身分証明証/チケットぴあ、パルステ!にて前売販売のみの取扱い)
※本公演は特設ステージのため、上演中A~Dブロックの座席にはご入場いただけません。開演時間に遅れてしまった場合や、やむをえず途中で退席された後の再入場の場合におきましても、お手持ちの座席にはお座りいただけませんので、予めご了承くださいませ。なお、本公演の途中休憩はございません。
http://www.parco-play.com/web/play/antigone/
http://stage.corich.jp/stage/88032

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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