新国立劇場演劇『トロイ戦争は起こらない』10/05-22新国立劇場中劇場

 栗山民也さんが1935年初演のフランス戯曲を演出されます。今月のメルマガでお薦めNo.1としてご紹介していました。上演時間は約2時間50分(休憩20分含む)。

 ショックが大きかった…。戦争はなぜ、どのようにして起こるのか。戦争を世界からなくすことはできるのか。そういう大きな問いについて自分が漠然と持っていた楽観的な考えを、完全に覆されました。

 セリフが凄かった…ロビーで戯曲の文庫本(950円)↓を購入しました。

ジャン・ジロドゥ〈1〉トロイ戦争は起こらない(ハヤカワ演劇文庫41)
ジャン ジロドゥ
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≪あらすじ≫ 公式サイトより
永年にわたる戦争に終わりを告げ、ようやく平和が訪れたトロイの国。
夫である、トロイの王子・エクトールの帰りを待つアンドロマック。しかし、義妹のカッサンドルは再び戦争が始まるという不吉な予言をする。
一方、エクトールとカッサンドルの弟・パリスは、ギリシャ王妃・絶世の美女エレーヌの虜となり、戦争の混乱に紛れてギリシャから彼女を誘拐してしまう。妻を奪われ、名誉を汚されたギリシャ国王・メネラスは激怒し、「エレーヌを返すか、われわれ、ギリシャ連合軍と戦うか」とトロイに迫る。しかし、彼らの父であるトロイ王・プリアムやそのとりまきたちは、たとえ再び戦争を起こしてでもエレーヌを返すまいとする。
幾度にもわたる戦場での生活に、戦争の虚しさを感じていたエクトールは、平和を維持するためにエレーヌを返そう、と説得するが、誰も耳を貸そうとはしない。
とうとう、エレーヌ引渡し交渉の最後の使者・ギリシャの知将オデュッセウスがやってくる。果たして戦争の門を閉じることはできるのか。あるいは、トロイ戦争は起こってしまうのだろうか。宿命の罠は、愚かな人間たちが囚われ堕ちていくのを静かに狙っている―。
≪ここまで≫

 「戦争と戦争の間を平和と呼ぶ」という言葉を聞いたことがあって、そんな消極的な平和認識は悲しいなと思っていたんですが、この舞台を観て、その通りだと思いました。そう思わざるを得なかったです。戦争は、止められない。…すごくショックです。まさか自分がそんな風に思うなんて。戦争は必ず起こるのだと、認めさせられるなんて。

 つまり人類がやるべきことは、停戦、休戦状態をどれだけ長引かせられるか、になるんですね。このお芝居だったら、戦争の扉をどうすれば閉じられるのか、そしてどれだけ長く閉じ続けられるのか。そのためにとことん考え、決してあきらめることなく、対話を、議論を、交渉を、し続けなければならない。日本国憲法の前文にあるとおり、人間が自由に生きるためには、私たち自身の不断の努力が必要なのだと、腹の底から、思いました。

 ここからネタバレします。セリフなどは正確ではありません。

 男も女も、老いも若きも、賢者も愚者も、兵士も庶民も、皆が戦争を起こす原因になっていました。戦争を始めるのは政治家だ、軍隊だと思い込むのは想像力が足りていないし、政治家でも軍隊でもない自分の、責任逃れに過ぎなかったのかもしれません。

 エクトール(鈴木亮平)はギリシャの兵士オイアックス(粟野史浩)の挑発に乗らず、顔を殴られても我慢した。それでオイアックスはエクトールを「敵ながらあっぱれ」と評価し、エレーヌ(一路真輝)を連れてギリシャに戻ると言ってくれます。ここでエクトールは1つ目の交渉に成功します。

 次は敵方の大将オデュッセウス(谷田歩)とエクトールの一対一の問答になり、ギリシャはトロイの財産を奪いたいがため、わざとエレーヌを誘拐させたのだとわかります(そういう見方はできると思います)。ギリシャはトロイのせいで戦争が起こるように仕向けたわけです。真珠湾攻撃や湾岸戦争と同じですよね。エレーヌが無傷かどうかは本当は関係がなかった。でもオデュッセウスは結局、「エクトールの妻アンドロマック(鈴木杏)の瞬きが妻と同じだから」という理由で、撤退の決断をするのです。人間同士が知力、精神力を尽くして議論し、ぶつかり合った末に、(女性への)愛が戦争を遠ざけました。これでエクトールは2度目の成功を手に入れます。

 でもトロイの老詩人(大鷹明良)が「大人しくエレーヌを返すなんて恥辱だ、兵を呼べ!戦争だ!」と騒ぎ出し、エクトールはとっさに老詩人を刺して、黙らせてしまいます。エクトールが震えるアンドロマックを背後から抱きしめていると、白い幕が下りてきてお芝居が終幕する気配が。突然、客電がパっと点いて、劇場全体がしらじらと明るくなりました。「え、ここで終わり?戦争は回避できたんだ…?」と思いきや、幕は途中で止まり、逆に、上がり始めたのです。再び幕を開けた舞台に若い兵士たちが大勢登場して、刺されて床に転がっていた老詩人に聞きます。「誰に刺されたんだ!?」と。老詩人は答えて曰く「オイアックスだ!」。驚いたエクトールは必死で「俺が殺したんだ!」と言いますが、兵士たちは耳を貸さずオイアックスを追って、殺してしまいました。もう、戦争は、止められない。すぐに戦闘機が飛び交う音(たぶん)が、大音量で劇場中に響き渡りました。怖い…辛い…。『アドルフに告ぐ』もそうでしたよね。沖縄を思いました。

 じゃあ、いったい誰が戦争の直接のきっかけになったのか。パっと思いつくのは、勇んで軍歌を作って、「自分はギリシャ兵に刺された」と嘘をついた老詩人ですよね。でも彼を剣で刺したのはエクトールです。自分にとって都合の悪いことを言う他者を黙らせるために、武器を使ったエクトールもまた、戦争を産み落とす原因だったのだと私は思います。

 結局トロイとギリシャは戦争を始めてしまうのですが、両国ともに準備万端だったことも大きな要因です。軍隊があって既に戦闘態勢が整っていたから、すぐにトロイが戦場になってしまったんですね。少なくとも59人が死亡したという米国ラスベガスの乱射事件からもわかるように、人間は武器があれば使ってしまうものだと、私は常々思っています。武器じゃなくとも、目の前に手に取れる何らかの道具があると、人間は使ってみたくなるものですよね。だから武器も、軍隊も作ってはいけない。今の日本はとても危険です。

 映像で登場する3人の神の声を担当されたのは三田和代さん。3人目のゼウス役はお顔が壁に大きく映し出されました。語りの技術がやはり凄いです。
 預言者カッサンドル役の江口のりこさんに何度も笑わせてもらいました。

20171005_troy_stage

約2時間45分(1幕60分 休憩20分 2幕85分)
新国立劇場 開場20周年記念 2017/2018シーズン
≪東京、兵庫≫
出演:鈴木亮平、一路真輝、鈴木杏、谷田歩、江口のりこ、川久保拓司、粟野史浩、福山康平、野口俊丞、チョウヨンホ、金子由之、薄平広樹、西原康彰、原一登、坂川慶成、岡崎さつき、西岡未央、山下カオリ、鈴木麻美、角田萌果、花王おさむ、大鷹明良、三田和代
脚本:ジャン・ジロドゥ
翻訳:岩切正一郎
演出:栗山民也
美術:二村周作
照明:勝柴次朗
音楽・演奏:金子飛鳥
音響:山本浩一
衣裳:前田文子
ヘアメイク:鎌田直樹
映像:上田大樹
演出助手:豊田めぐみ
舞台監督:藤崎遊
プロンプ:小川碧水
制作:中柄毅志
プロデューサー:茂木令子
主催:新国立劇場
【発売日】2017/08/06
<全席指定>
S席:8,640円
A席:6,480円
B席:3,240円
Z席:1,620円
※就学前のお子様のご同伴・ご入場はご遠慮ください。
※Z席は舞台のほとんどが見えないお席です。予めご了承ください。
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009658.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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