温泉ドラゴン『嗚呼、萬朝報!』04/25-05/03高田馬場ラビネスト

 座付劇作家が2人(シライケイタさん&原田ゆうさん)いる男性5人の劇団、温泉ドラゴンの新作です。今回は原田さんの戯曲をシライさんが演出されます。上演時間は約2時間。

 「CoRich舞台芸術まつり!2018春」の第一次審査で「あと一歩」に選ばれた公演です。⇒応募内容

≪あらすじ≫ 公式サイトより
 明治時代半ば、演説会や新聞紙への投稿で政府批判を繰り広げた黒岩周六(涙香)は、投獄や新聞の発禁処分などの目に遭うが、よりよい社会を目指し、その情熱は衰えない。周六は一念発起し、大衆志向の新聞社、萬朝報(よろずちょうほう)を立ち上げる。様々なアイディアで読者を獲得していき、萬朝報はどんどん部数を伸ばしていくが……。
 周六と共に萬朝報を盛り上げる仲間たち、周六と義母と妻との複雑な関係、戦争観の違いによる社内不和と離別。権力に臆することなく、自由に快活に生きた黒岩涙香の半生を描く。
≪ここまで≫

 インディペンデントの新聞発行者とその周囲の人々の数十年を描く三幕劇です。舞台は明治時代半ばですが、今、私が生きている社会で起こっていることと重なることが多く、照らし合わせながら色々と考えることができました。史実をもとに書かれた戯曲ですから、なおさらです。理想と現実、規範と欲望、個人と世間、国家について…。とはいえ堅苦しいわけではなく、登場人物たちが敢えて熱くぶつかり合ったり、互いに道化を演じたりして、人間臭さを前面に出して盛り上げる群像劇でした。

 あらすじにある「(黒岩)周六と義母と妻との複雑な関係」は実話だそうで、それぞれに思惑がある3人が、落としどころを見つけて共に暮らすのがとても面白いと思いました。明治時代には妾が存在し、離縁も再婚もありました。人間は本当に移り気で、ままならない。それがとても魅力的です。家族の形について、世間や国からとやかく言われる筋合いはないと強く思います。

 女性がしっかり着物を着てくださっているのがいいですね。男性の和装、洋装もキリっとしていいました。
 義母役の植野葉子さんはさすがの着物の着こなし。20歳代の黒岩涙香などを演じた寺本一樹さんの透明感が好印象でした。
 登場人物が激しく怒ったり、大笑いしたりすることが多かったです。本当に怒っていると思えなかったり、なぜ笑うのかわからないことがありました。私が拝見したのが初日だったからかもしれません。

 ここからネタバレします。
 ※新聞状の当日パンフレット(無料配布)を参考にしました。セリフは正確ではありません。

 舞台奥にある木製の板をふすまのように移動させたり、家具を入れ替えたりして場面転換するシンプルな舞台美術です。本棚の本が徐々に増えていくのがいいですね。暗転は全くと言っていいほどなく、薄暗いなか、床に折り重なった本にまばらに当たる照明が良かったです。

 1部1銭に抑えた庶民価格の「萬朝報(よろずちょうほう)」は、連載小説などの大衆向けの内容で部数を伸ばします。政府批判も煽り気味の内容で、スキャンダラスな香りもぷんぷん。記者は何でも自由に書ける、ただし嘘だけはダメという非常に風通しの良い環境です。それゆえ政府から理由も示されず発禁処分を受けたり、競合他社から圧力をかけられたり…。

 日露戦争勃発前夜、開戦賛成か反対かで「萬朝報」内で意見が割れますが、黒岩(30~40歳代:いわいのふ健)は大衆が求める紙面にするため、そしてロシアの動向を踏まえて「非戦論」から「開戦論」へと舵を切ります。その結果、内村鑑三、堺利彦が異を唱えて退社。幸徳傳次郎(後の秋水:筑波竜一)は反戦の意を表明する自分の記事も掲載すべきだと主張しますが、黒岩は拒否。その場で幸徳も去ります。

 「戦争については新聞社内で意見が一致していなければいけない」と、黒岩が信念を曲げて翻意せざるを得なくなったことこそ、戦争がもたらす大きな災いだと思いました。国で一丸とならなければ(国民を信じこませなければ)、全国民を計画的な大量殺人に巻き込めないからですよね。

 50歳代の黒岩(金井良信)の「思想も主義も危険ではない。自由を圧迫するから危険になる」というセリフに共感しました。彼は「(危険思想に走った)幸徳秋水を殺したのは自分だ」とも吐露します。黒岩とともに働いてきた曾我部(阪本篤)は「いや、正しい判断だった」と静かに、でも辛そうに答えました。日清戦争に勝った日本が日露戦争へと向かっていた時期(1903年ごろ)に、反戦を唱えることは社会的な死を意味していたかもしれません。

 20歳代の黒岩(寺本一樹)は12歳の娘がいる鈴木ます(植野葉子)に惚れ込み、熱烈にアタックします。片岡の妾だったますは「たとえ別れても、自分の生涯の男は片岡だけ」「あなたが誰かと一緒になって出て行くのは耐えられないから、娘の乃ぶ(光藤依里)と結婚して」と言い出すのです。これには驚いた(笑)。15歳の乃ぶは思いを寄せていた書生に振られ、黒岩もますのことを諦め、2人は夫婦になりました。いやーこれ実話ですって!(笑)

 黒岩(30~40歳代:いわいのふ健)のファンで記者志望だという人妻・河越てる子(加藤理恵)が「萬朝報」で働くようになります。てる子が離婚もして本気で黒岩に近づいたため、激怒したますが乃ぶを連れて職場に乗り込んでくる場面がありました。女3人の熱いバトルで盛り上がりましたが、知性と教養が売りのてる子が、ますのレベルに合わせてノリノリで喧嘩をすることに違和感がありました。ます、乃ぶ、てる子が全く違うタイプの女性として浮かび上がると面白いんじゃないでしょうか。

 50歳代の黒岩(金井良信)の家に金の無心にやってきた乃ぶは、歌舞伎役者に貢ぐ年増になっていました。クソ真面目な若い書生(寺本一樹)は、既に新しい妻もいる黒岩のところに、ふしだらな乃ぶがやってくることを毛嫌いしています。やがて黒岩との関係に吹っ切れた乃ぶが書生に長いキスをして、書生は初めてのキスにうろたえながらも、色に目覚めた様子。信念を持って理想に邁進していても、色恋や邪心が入り込んでくるものですよね。原田ゆうさんの戯曲を拝見するのは3作目かと思います。エロティックな要素が冴え冴えとするのがいいなと思います。

第11回公演
【出演】
20歳代の黒岩涙香、植松亀次郎(「萬朝報」を応援)、橋本貴知郎(書生):寺本一樹
30~40歳代の黒岩涙香、車屋:いわいのふ健
50歳代の黒岩涙香:金井良信
曾我部俊治(黒岩の右腕記者):阪本篤
鈴木乃ぶ(黒岩の妻):光藤依里
鈴木(片岡)ます(黒岩の妻の母・片岡の妾):植野葉子
幸徳傳次郎(秋水):筑波竜一
河越てる子:加藤理恵
脚本:原田ゆう
演出:シライケイタ
舞台監督:青木規雄(箱馬研究所)
照明:奥田賢太(colore)
美術:松村あや
衣装:藤田友
演出助手:古川真央(合同会社syuz’gen)
宣伝美術:村井夕(windage.)
制作:植松侑子(合同会社syuz’gen)
助成:公益財団法人セゾン文化財団
主催・製作 : 温泉ドラゴン
【発売日】2018/02/17
一般:4,000円、U25:2,500円
※未就学児入場不可
https://www.onsendragon.com/yorozu
http://stage.corich.jp/stage/89817

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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