新国立劇場演劇『君が人生の時』06/13-07/02新国立劇場中劇場

 日本の近代演劇に大きな影響を与えた海外戯曲を新翻訳で上演する、「JAPAN MEETS…―現代劇の系譜をひもとく―」シリーズの第11弾です。宮田慶子さんが芸術監督になってからの企画で、8月の『怒りをこめてふり返れ』で最後になるそうです。有名古典を親しみやすいセリフで味わう機会をたくさんいただいてきました。翻訳は『星ノ数ホド』と『月の獣』で小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞した浦辺千鶴さんです。⇒舞台写真

 ウィリアム・サローヤン作『君が人生の時』は、1939年にニューヨークで初演。ニューヨーク劇評家賞とピュリッツァー賞を受賞しています(本人は辞退)。サローヤン戯曲『おーい、救けてくれ!』の無料上演もありました。

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
舞台はサンフランシスコの波止場の外れにある、安っぽいショーを見せるニックが経営する場末の酒場。そこには様々な事情を抱えた客がやって来ては去っていく。ピアノの名手、ダンサー、港湾労働者、哲学者、警察官、娼婦……。誰もがそれぞれの想いを抱えながら酒を飲み、本音をポツリと語り、時の流れに身を委ねる。
若く美しい放浪者のジョーは、いつからかこの店にやって来て毎日朝から晩までシャンパンを飲んで過ごす不思議な男だった。この店で出会いジョーの弟分となったトムは、客の一人、自称女優の魅惑的な女性キティに恋しているが思いを打ち明けられずにいた。
 ≪ここまで≫

 ここからネタバレします。

・詳しい目のあらすじ

 第二次世界大戦が開戦した1939年の、米国サンフランシスコの波止場にあるニック(丸山智己)が経営する安酒場(サルーン)が舞台。朝から晩まで優雅にシャンパンを飲んでいる不思議な紳士ジョー(坂本昌行)は足が不自由で杖をついており、ジョーに命を救われて弟分となったトム(橋本淳)が、かいがいしくジョーの使い走りをしている。トムが密かに恋する魅力的な女性キティ・デュボワ(野々すみ花)はバーレスクのスターを自称しているが、実際は売春婦で、今日も自分を買ってくれる男を探しに来ている。

 金持ちのジョーと店主のニックは一緒に競馬の馬券を買ったりもする親しい間柄で、次々に来ては去っていく客たちと彼らとの交流を描いていく。ニックの母親(二木咲子)は英語が話せないイタリア人で、ビールを飲みに来た2人の子供を持つ人妻メアリー・L(渋谷はるか)は、ジョーと同じアイルランド人だった。キティはポーランド人で、アイルランドの歌を元気に歌う新聞配達の少年(永田涼)は、実はギリシャ人だ。いつも同じ言葉しかつぶやかないアラブ人(沢田冬樹)もいて、酒場は人種のるつぼである。

 ニックには小さな娘アナ(澤山華凛と三浦涼音のダブルキャスト)がいるが妻は亡くなっているようだ(ネックレスのロケットを見る仕草でわかる)。金がない酔っ払い(原金太郎)は追い出すが、金を持ってきたら入れてやるし、貧しい黒人のウェスリー(かみむら周平)や、テキサスから来た元西部開拓者の老人キット・カーソン(木場克己)にも食事を施す。売春婦を過剰に取り締まろうとする風紀係の役人ブリック(下総源太朗)に反発し、「この店の客は皆いい奴だ」と堂々と言い放つ。男気と包容力、リーダーシップのある、頼れる人物だ。

 ウェスリーはピアノが弾けたので、タップダンサーでもあるスタンドアップコメディアンのハリー(RON×Ⅱ)と組んで、下手の舞台でショーを披露するようになる。ニックのおかげで彼らは職にありついたのだ。ピアノとタップダンス、そしてアラブ人のハーモニカ、キット・カーソンのパーカッションとのセッションは、人の世の幸福をあらわす重要な場面だった。終盤で遠くに聞こえる讃美歌の合唱も美しかった。

 ニックの高校時代からの友人で警官のクラップ(中山祐一朗)はブリックの横暴なふるまいが不満で、取り締まりにも疑問を持っており、もう警官をやめたいとも言っている。今の日本の警察官や機動隊の気持ちかもしれない。
 クラップ:いい奴ばかりのいい世界なのに、やっかいごとを起こしてもめる。それは俺たちがイカれてるからだ。
 同じくニックの友人で、スト破りに抗議した港湾労働者(沖仲仕?)のマッカーシー(石橋徹郎)は(役人ブリックに?)こんぼうで殴られていた。

 青年ダッドリー(林田航平)が電話口でずっと待っていた恋人エルシー(瀬戸さおり)は看護師で、多くの兵士の死を看取っている。こんな時代に結婚しても幸せになれないというエルシーだが、ダッドリーの熱意に打たれ、「あなたが戦争に行って死んでしまう前に」と結婚を承諾する。愛を信じて行動する若いカップルと、その様子を見て嗤う2人の娼婦(枝元萌、二木咲子)が対照的だ。好奇心で安酒場にやってきた場違いな社交界の夫婦(一柳みる、篠塚勝)の存在が、貧富と身分の差を露わにする。ジョーの計らいで安宿を引き払い、名門ホテルへと移ったキティは、貴婦人のような衣装をまとって再登場するが、上流社会は居心地が悪いとこぼす。身に付いた習慣を捨てるのは容易ではなく、新しい環境には慣れられないものなのだ。

 ニックが不在の時にブリックがやってくる。ウェスリーに殴る、蹴るの暴行を加えた後、キット・カーソンも倒し、キティを娼婦と決めつけて、「バーレスクのダンサーなら踊ってみろ、服を脱げ」などと、至極失礼な言いがかりをつけて脅す。ジョーに銃を向けられて外に出て行ったブリックは、最後にはキット・カーソンに銃で撃たれて死ぬ。警察も犯人を捜そうとしなかった。
 ジョーはトムにトラック運転手の仕事を見つけて、キティには本をプレゼントして、二人の仲を取り持つ。二人を見送った後、ジョーも酒場を去る。

・感想

 慶應義塾大学教授の常山菜穂子さんの公演パンフレットへの寄稿から引用させていただくと「全編にわたって労働闘争や資本家の横暴、貧困や差別、官憲の悪意、戦争の恐怖が示唆されている」戯曲です。芸術監督であり演出の宮田慶子さんは、同じく公演パンフレットの作品解説に、「いまこそ世界に、サローヤンの視点が必要であると、つくづく想わざるにはいられません」と書かれています。

 安保法制の強行採決、武器輸出三原則の緩和(防衛装備移転三原則)、大学の軍事研究支援、自衛隊の南スーダン派遣、沖縄の米軍基地反対運動の弾圧、義務教育での銃剣道の実施など、軍国主義の時代へと急速に逆戻りするような政策が取られている今の日本において、有名古典の新訳上演という枠組みで、堂々と政治的主張をしていると言えます。新国立劇場の姿勢と行動に敬意を表し、感謝したいと思います。

 中劇場(約1000席)で出演者26人という大人数の群像劇です。ジャニーズ事務所所属のスターである坂本昌行さんが主役ということもあって、前売り券は早々に完売だったのではないでしょうか。坂本さんは昨年の『マーダー・フォー・トゥー』(2016年5~6月、テレビ朝日、シーエイティプロデュース)で読売演劇大賞・優秀男優賞を受賞されています。

 煉瓦の壁がそびえる安酒場の舞台美術(伊藤雅子)で、ジュークボックス、ピンボール・マシン、カルーセルのオルゴールなどの機械仕掛けの大道具が大活躍していました。特にピンボール・マシンは成功した時に旗がいっぱい出てくるのが可笑しかったです。細部までこだわった具象表現は見どころだらけでしたが、キティの部屋を上手に設置したのは、致し方なく行った臨時的な対応であるように見えて、あまりいい演出だとは思えませんでした。舞台が広いせいもあると思いますが、ジョーとその会話相手が上手側、タップダンサーとピアニストが下手側という風に空間がきれいに分断されたのも残念でした。上手側で会話が進行する間、下手側の人々が黙りこくっているという不自然さも気になりました。私に代案があるわけではありません。すみません。

 有り余るお金で他者に奉仕をし続けるジョーは傷痍軍人なのでしょうか。謎の多い人物を演じるのは困難だと思いますが、若くして教訓めいた言葉を発するに至った経緯や根拠が感じ取れるような、人間としての厚み、凄みをもっと見たかった気がします。ニックは銃声を耳にするとその場に飛んでいくような善人です。丸山智己さんはどちらかというとスマートで線が細いイケメンだったので、詳しいあらすじに書いたような肝の太い人格者には見えづらかったです。早々と通り過ぎていく平凡な1日の中に、小さくてもキラリと輝く瞬間が無数にある。そんな時間を登場人物たちと同じように体験したかったのですが、テンポが遅いというのか、スローペースな会話が多くて、全体的に停滞している印象を受けました。冷静な諦観がベースになった、説明的な演技が多かった気がします。役人物を演じる俳優には、その場、その時に喜怒哀楽を味わう当事者であって欲しいです。

 血も涙もない役人ブリック役の下総源太朗さんが印象に残っています。余計な気遣いなどせず、迷いなく突っ走る暴力が良かったです。ずっとピンボール・マシンと格闘(?)していたウィリー役の野坂弘さんは、『あわれ彼女は娼婦』のバーゲット役が高く評価された新国立劇場演劇研修所の7期生で、今回も見事に笑いを生んでいました。修了生は計7人出演しています。

 人間が1人では生きていけないことは自明です。でも「自己責任」という言葉が呪いになって、孤独を強いたり、辛くても受け入れて、助けを求めない人が数多くいます。安酒場に居座るジョーは孤独な人々に積極的に話しかけ、かかわり合って、そして助けていきました。人間として見習うべき態度だと思います。そういう教訓を沢山得られる素晴らしい戯曲でした。

 ミヒャエル・エンデが書いているお金についても考えました(⇒『ハーメルンの死の舞踏』)。お金は…基本的に「悪」だと思って生きた方が、人生を間違えないと思います。

“The Time of Your Life”
2016/2017シーズン JAPAN MEETS…-現代劇の系譜をひもとく- Ⅺ
出演:坂本昌行、野々すみ花、丸山智己、橋本淳、下総源太朗、沢田冬樹、中山祐一朗、石橋徹郎、枝元萌、瀬戸さおり、渋谷はるか、RON×Ⅱ、かみむら周平、林田航平、野坂弘、二木咲子、永澤洋、寺内淳志、坂川慶成、永田涼、澤山華凛、三浦涼音、一柳みる、篠塚勝、原金太郎、木場勝己
◆本公演では、アナ役(子役)はダブルキャストです。出演日は以下となります。澤山華凛 6/13(火)、16(金)、17(土)、20(火)、23(金)、25(日)、26(月)、30(金)、7/1(土)
三浦涼音 6/14(水)、18(日)、19(月)、22(木)、24(土)、27(火)、28(水)、7/2(日)
*同日に2公演ある場合も同じキャストです。
※私は6/14(水)で三浦涼音さん版を拝見。
脚本:ウィリアム・サローヤン 翻訳:浦辺千鶴 演出:宮田慶子 美術:伊藤雅子 照明:沢田祐二 音楽:かみむら周平 音響:上田好生 衣裳:半田悦子 ヘアメイク:川端富生 アクション:渥美清 振付:RON×Ⅱ 演出助手:城田美樹 舞台監督:福本伸生 歌唱指導:伊藤和美 イタリア語指導:デシルバ安奈 プロンプ:坂川慶成 制作:中柄毅志 プロデューサー:三崎力 
【発売日】2017/03/19
S席:8,640円
A席:6,480円
B席:3,240円
Z席:1,620円
※Z席は舞台が見づらいお席です。予めご了承ください。
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_007982.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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