東宝『ミュージカル「ビッグ・フィッシュ」』02/07-28日生劇場

 2003年のアメリカ映画「ビッグ・フィッシュ」(ティム・バートン監督)が2013年にブロードウェイ・ミュージカルになりました。その日本版の初演です。演出は白井晃さん。上演時間は2時間55分(休憩20分、カーテンコール含む)。

 映画版が大好きだったんです。もともとはダニエル・ウォレスさんの同名小説なんですね。私が好きだったエピソードが変わっていて意外でした(うろ覚えですが)。

ビッグ・フィッシュ コレクターズ・エディション [SPE BEST] [DVD]
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント (2014-12-19)
売り上げランキング: 2,038

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。一部役名を修正。
エドワード・ブルーム(川平慈英)は昔から、自らの体験談を現実にはあり得ないほど大げさに語り、聴く人を魅了するのが得意。
自分がいつどうやって死ぬのかを、幼馴染のドン・プライス(藤井隆)と一緒に魔女(JKim)から聴いた話や、共に故郷を旅立った巨人・カール(深水元基)との友情、団長のエーモス・キャロウェイ(ROLLY)に雇われたサーカスで最愛の女性、妻・サンドラ(霧矢大夢・きりやひろむ)と出逢った話を、息子のウィル(浦井健治)に語って聞かせていた。
幼い頃のウィルは父の奇想天外な話が好きだったが、大人になるにつれそれが作り話にしか思えなくなり、いつしか父親の話を素直に聴けなくなっていた。そしてある出来事をきっかけに親子の溝は決定的なものとなっていた。
しかしある日、母サンドラから父が病で倒れたと知らせが入り、ウィルは身重の妻・ジョセフィーン(赤根那奈)と両親の家に帰る。
病床でも相変わらずかつての冒険談を語るエドワード。本当の父の姿を知りたいと葛藤するウィルは、以前父の語りに出ていた地名の登記簿を見つけ、ジェニー・ヒル(鈴木蘭々)という女性に出会う。
そしてウィルは、父が本当に伝えたいことを知るのだった-。
 ≪ここまで≫ 

 奥と手前の舞台全面を透明に近い紗幕が覆い、そこに映像が映し出されます。ステージの下手奥から上手手前に向かって、ふっくらとした土手のような膨らみが斜めに走っていて、奥が湖、手前が地面になったりします。全体としてはガランとした空間で、そこに壁や家などの大道具がじゃんじゃか運び込まれ、移動して場面転換。何もない空間が色んな場所に変わるのは、エドワード(父)の空想や夢、ウィル(息子)の回想を表すのにピッタリですね。いきなり現れた豊かな世界が、儚く消えるのもいいです。自分という白いキャンバスに、自分で色付けするのだという解釈もできるかと。

 エドワードは自分の人生経験を誇張して話すので、劇中劇として再現すると自動的に、派手で荒唐無稽なファンタジーになり、観ていて楽しいです。

 出演者の中では主役の川平慈英さんの、観客への旺盛なサービス精神が印象に残りました。アンサンブルのダンサー(曲芸をする女性や、“戦争”の話に出てくる女性ダンサーたち)が素敵でした。

 ここからネタバレします。歌詞などは正確ではありません。間違ってたらごめんなさい。

・詳しいあらすじ(メモ)

 父エドワードが巨大な魚(ビッグ・フィッシュ)を釣ったのは、息子ウィルが生まれた日だった。
 エドワード:物語を信じて進め 人生のヒーローになれ

 ウィルとジョセフィーンの結婚式でエドワードが(止めてとお願いしていたのに)自分の話をし続け、ジョセフィーンの妊娠まで暴露してしまい、ウィルは激怒する。エドワードは「不可解なハリケーンみたいな人」。
 ウィル:ストレンジャー これから生まれる息子も父も 息子に自分と父が認め合う姿を見せたい どうすれば

 下手の産婦人科で胎児の超音波映像を確認する息子ウィルとその妻ジョセフィーン。上手の内科では進行するがんのレントゲン写真を確認する父エドワードと母サンドラ。
 エドワードの病状を知り、ウィルとジョセフィーンはNYからウィルの実家に移る。妊娠中でお腹の大きいジョセフィーンはエドワードから彼の色んな(ホラ)話を聴く。
 エドワード:魔女に死を恐れるなと言われ、人魚から愛について教わった。愛の源泉。
 ウィル:母との出会いのエピソードだけでも7種類ある。親父はロマンチック野郎なんだ。

 Ashton(アッシュトン)という町で生まれ育ったエドワードは、フットボールも、人気も一番だった。人々は洞窟にいる巨人を退治しようとするが、エドワードは直接会いに行って交渉する。巨人の名前はカール。エドワードはカールと2人で街を出て、英雄になる。「いつか必ず戻る」と町一番の美少女ジェニー・ヒル(鈴木蘭々)に約束をして。
 エドワードはサーカス小屋を見つけ、そこで未来の妻サンドラに一目惚れ。巨人カールはサーカスの座長キャロウェイにスカウトされて就職する。エドワードはサンドラの情報欲しさにサーカスで3年もタダ働き。ようやくキャロウェイに居場所を教えてもらうと、サンドラは大学生になっていた。

 キャロウェイ:(父に向かって)お前はちっぽけな池(故郷)では大きな魚だったが、今は大きな池(街)で溺れかけている。
 キャロウェイ:秘密が世界を回す。秘密があればこそ成功できた。※キャロウェイは狼男だった。
 ウィル:父はたくさんしゃべったけど、しゃべらなかったこともいっぱいあった。

 エドワードは大学に押しかけて、既に婚約者(藤井隆)がいるサンドラに愛の告白をし、彼女の心をつかむ。サンドラが一番好きな花、黄色い水仙が舞台一面に。

 エドワード:今、夢が目の前で本物になる いつかこの日が来ると知っていた できるならこのまま永遠を 時が止まって
 サンドラ:見つめられ震える なぜなの?

 ≪休憩≫

 ウィル:全部つくり話なんじゃないかと思ったのが、戦争の話を聞いた時。いつの戦争かと質問しても教えてくれなかったから。パパの話に出てくる美人は、いつもママ。

 エドワードの財産(いずれ遺産となる)について調べ始めたウィルは、ジェニー・ヒル(鈴木蘭々)という女性と共同名義になっている家の書類を見つける。ウィルはジェニーを訪ね、エドワードが故郷の街アッシュトンを救っていた事実を知る。
 アラバマ(全体?一部?)が貯水池に沈むと知り、セールスマン時代のエドワードは故郷を一目見ておきたいと、アッシュトンに戻ったところ、町ではダム建設反対運動の最中だった。
 エドワード:街を作っているのは人、思い、夢だ。やりなおそう!

 不動産王になったキャロウェイと、ウォール街で活躍する大男カールの助けを借りて、新しい土地に新しい町を作り、町民全員が移住した(新アッシュトンの誕生)。アッシュトンが水没する1時間ほど前に、エドワードはジェニーを救い出す。そして彼女に新しい家を与え(共同名義)、「自分には愛する妻と息子がいる」と、彼女の愛は拒む。
 ウィルは「これは父が人生でやり遂げたことの中で、一番素晴らしいことだ(なのに自分は知らなかった)」とショックを受ける。

 ジェニー:自慢の息子だったのよ。あなたもお父様のことを誇りに思って。彼もそれを望んでいるはず。
 ウィル:父はひとつの街を救って、一人の少女を泣かせた。

 入院中の70代のエドワードの最後の物語はウィルが紡ぐ。ベッドを車代わりにしてステージを転がるのが楽しい。
 ウィル:父の話は36個。バージョンは沢山あって、ほとんどはダジャレ。
 エドワード:自分の人生がちっぽけなのはわかってた。だから少しでも大きく、語り継いでくれたら嬉しい。
 エドワード:実はこれはサプライズじゃない。思った通りだ。大切な人が大勢いる。一人だけ足たりない。⇒青いドレスのサンドラが登場し、夫婦の愛を確かめる。

 エドワードの葬儀には魔女、座長、大男のモデルになったのであろう人々が参列した。ジェニー・ヒルも。
 ウィルの息子が生まれている。エドワードがウィルの誕生日にビッグフィッシュを釣り、母にプロポーズした場所、すなわちウィルが恋人にプロポーズしてその1年後に結婚式を挙げた川岸で、2人は釣りをする。
 ウィル:物語のヒーローになれ 戦ってチャンピオンになれ 世界はお前のもの 戦えドラゴンと

 冒頭と同じように、巨大な魚(ビッグ・フィッシュ)が泳ぐ立体的な映像が、舞台前面に映し出される。

・感想

 「ビッグ・フィッシュ」は直訳だと大きな魚だが、大ぼら吹きという意味もある。つまりエドワードを指すが、人間の誰もが沼、池、湖、海といった限界のある世界で生きる(泳ぐ)魚であるとも受け取れる。
 
 映画版の「初めて会った時は早すぎて、次に会った時は遅すぎた」という魔女(ヘレナ・ボナム・カーター)のセリフが好きだったので、それがなくて(彼女の設定が変わっていて)少し寂しかった。
 ※パンフレット(1800円)の小山内伸さんの寄稿によると、「ジェニー・ヒルのストーリーが、小説・映画・舞台で著しく異なるが、ミュージカル版が最も納得のゆく設定となっている」とのこと。

 「農夫の息子」のエドワードはセールスマンで、その息子のウィルはニューヨークで働く「特派員(ジャーナリスト)」。“売るもの”が農作物、商品、情報と移り変わっていった米国の歴史が背景にある。一方、川辺と釣りは昔から変わらず、今も存在し、受け継がれる。その対比をわかりやすく示しても良かったのではないか。特に歴史。

 アッシュトン、新アッシュトン、モンゴメリー(たぶんエドワードの自宅、ウィルの実家)の様子や雰囲気は、装置や回想でよく伝わった。しかしウィルとその新妻のニューヨークの生活は、産婦人科での検診の場面でしか想像できなかった。ウィルとその妻の演技にジャーナリストらしさや都会の空気が欲しい。特にウィルは、父エドワードの偉業(アッシュトンという街を救ったこと)を知った時、頭に雷が落ちるほどのショックを受けてもいいはず。

 セールスマンといえばアーサー・ミラー作『セールスマンの死』を連想する。エドワードはたった一人で車を運転して、だだっ広いアメリカ大陸を旅して、家族を養っていた。長いドライブの間、想像力を膨らませ、出張を色んな冒険にたとえて、孤独を乗り越えていたのだろう。エドワードはジェニーに息子の自慢話をしていた。仕事のふりをして、彼が何度も新アッシュトンにあるジェニー宅(彼とジェニーの共同名義)に通っていたのだとしたら、若い頃の2人に肉体関係がなかったはずがない。ウィルの「キスしかしてなかったんだよね?(だったら浮気に入らないはず)」という子供っぽい問いかけに、ジェニーはもっと含みを持たせてもよかったんじゃないか。一瞬驚いてから、笑みをたたえて自信と余裕を持って「そうよ」と返すのでもいい。

アーサー・ミラー〈1〉セールスマンの死 (ハヤカワ演劇文庫)
アーサー・ミラー
早川書房
売り上げランキング: 44,823

 父から息子、またその息子へと続いていくラスト。男同士の血のつながりの話になっていたけれど、孫は女の子にしてもいいんじゃないかな…と思ったりした。2003年の映画を2013年に舞台化している。今は2017年だから古臭さは仕方ないのかも。父と息子のどうしようもない、ぬぐい去ることができない確執について、女性の私がわかっていないだけなのかも。

 パンフレットの翻訳者(目黒条)の言葉に共感した。「人を助けるのが真のヒーローなのだ」「慈善の精神、ヒューマニティを大切にしてこそ、人は人として輝けるのである」。

 音楽・歌詞を担当されたアンドリュー・リッパさんの言葉(パンフレットより抜粋)。
 (略)自分自身の物語の「主人公」であり続けながら、何が真実なのかを見きわめて尊重する方法を、私は学んできたのです。そしてエドワード・ブルームのように、そうした物語がどのように終わるのかを私も知っています。
 それはあなたと共に終わります。
 それは私と共に終わります。
 それはその物語の結末に相応しい方法で終わります。
 『ビッグ・フィッシュ』の世界へようこそ。皆さまにもこれらのファンタジーを本当のことのように感じていただければ幸いです。私たちが事実だと思う事柄と同じように、イマジネーションもまた私たちを導いてくれるということに、私は気付きました。事実と物語の両方を信じながら人生を生き抜く方法を、私たち一人ひとりが学ぶ必要があると思います。
 どちらにも大切な意味があるのですから。
 ご来場に感謝いたします。

【出演】
川平慈英(エドワード・ブルーム)
浦井健治(ウィル・ブルーム)
霧矢大夢(サンドラ・ブルーム)
赤根那奈(ジョセフィーン・ブルーム)
藤井隆(サンドラの大学生時代の婚約者)
JKim(魔女)
深水元基(大男カール)
鈴木福(ヤングウィル Wキャスト) ※私が観た回
りょうた(ヤングウィル Wキャスト)
鈴木蘭々(エドワードの学生時代の恋人、Ashtonの家に暮らす)
ROLLY(サーカスの座長キャロウェイ)
東山光明
大谷美智浩
加賀谷真聡
風間由次郎
中山昇
樋口祥久
遠藤瑠美子
加藤梨里香
小林風花
小林由佳
菅谷真理恵
真記子
脚本=ジョン・オーガスト
音楽・詞=アンドリュー・リッパ
演出=白井晃
翻訳:目黒条
訳詞:高橋亜子
音楽監督:前嶋康明
振付:原田薫 Ruu
美術:松井るみ
照明:高見和義
衣裳:前田文子
音響:佐藤日出夫
ヘアメイク:川端富生
映像:栗山聡之
ファイティング:渥美博
歌唱指導:安崎求
演出助手:豊田めぐみ
舞台監督:田中政秀
制作: 荒田智子 清水光砂
プロデューサー:小嶋麻倫子
宣伝美術:永瀬祐一
S席:13,000円 A席:8,000円 B席:4,000円
http://www.tohostage.com/bigfish/

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
~・~・~・~・~・~・~・~
★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
 便利な無料メルマガ↓も発行しております♪

メルマガ登録・解除 ID: 0000134861
今、面白い演劇はコレ!年200本観劇人のお薦め舞台

   

バックナンバー powered by まぐまぐトップページへ