坊っちゃん劇場『ミュージカル「誓いのコイン」(再演)』01/01-03/24坊っちゃん劇場

 2006年に愛媛県松山市にできた坊っちゃん劇場は、オリジナルのご当地ミュージカルを年中ロングラン上演しています。徒歩1~2分の場所に温泉宿泊施設があるのは、わらび座がある秋田県角館のたざわこ芸術村のスタイルですね。
 ⇒【観光記録】愛媛県松山市の坊っちゃん劇場に行ってきました

 ミュージカル『誓いのコイン』は信頼する俳優が主演していた初演(2011年)を見逃したのです。今回の再演鑑賞は私にとって約8年越しのリベンジ! 初四国上陸、初愛媛滞在で、たいそう幸せな観劇になりました。上演時間は2時間、途中休憩10分を含む。

 初演のロシア公演(しかも国立マールイ劇場で上演)の様子↓をNHKが特集していました。まさに「心の国境は越えられる」んですね。↓4分30秒あたりからインタビューの様子が見られます。⇒関連エントリー

 満州からの引き揚げやシベリア抑留など、日本人が戦時中に外国でひどい目に遭うエピソードはよく映画やお芝居でも観てきましたが、不勉強ながら、日本の俘虜収容所にいたロシア兵のことはあまり知りませんでした。収容された人々だけでなく、彼らを保護する側のことを考えられたのは非常に良い機会でした。

 人間の善意と善行、それらがもたらす幸福を肯定的に描きながら、決して一方的にならず、安易なハッピーエンドにもしないところが素晴らしいです。このような勇気ある姿勢が、今の日本で必要なことだと思いました。

 こんな良作が地域の劇場で創作され、現地でロングランされていることは、本当に喜ばしいことだと思います。
 坊っちゃん劇場の昨年のオリジナルミュージカル『よろこびのうた』は東京公演があり、All Aboutのファミリーミュージカル部門でNo.1に選ばれました。同じスタッフによる新作『瀬戸内工進曲』は4月11日に坊っちゃん劇場で開幕します。

All Aboutのファミリーミュージカル部門No.1
All Aboutのファミリーミュージカル部門No.1

 ここからネタバレします。

 日露戦争中の明治37年(西暦1904年)の愛媛県松山市を舞台にした、日本人看護師サチ(帆風成海)とロシア兵俘虜ニコライ(四宮貴久)のラブ・ストーリーです。しかしながら、男女のロマンティックな悲恋が主軸なのではなく、実話をもとに、国や社会状況などによって引き裂かれる人間を描いた、スケールの大きい普遍性のあるドラマになっています。

劇場ロビーに展示してある当時の写真。最前列左から2番目がヒロインのモデルになった人物です。
劇場ロビーに展示してある当時の写真。最前列左から2番目がヒロインのモデルになった人物です。

 人口約3万人の松山にのべ6000人のロシア兵俘虜がやってきたのだから、ものすごい変化ですよね。日本の軍人が「ハーグ条約に則って俘虜を丁重に扱うように」と指示したため、看護師だけでなく平民もこれに従うことになります。この国際感覚は、非常に残念で恥ずかしいことに、今の日本政府にないものだと思います。

 左目を負傷し失明の危機にあるニコライは、日本人への敵対心、不信感から治療を拒否していましたが、サチの半ば強引な説得により手術を受けることを決意。視力が戻ったことでようやくサチをはじめ日本人に心を開くようになります。

 看護師たちは「夫、息子を戦争に奪われる悲しみ、苦しみはロシア人の母親も同じのはず。だからきっとロシア兵たちを無事に祖国に帰してあげたい(大意)」と歌います。なんと素晴らしい…。もー涙がボロボロ流れて大変でしたよ、私…。人間にはこの想像力こそ必要なのだと強く思いました。

 地元の人たちも最初はロシア兵俘虜に強い抵抗感がありましたが、やがてロシア人向けの商店が次々にできて、経済も潤いました。長崎の出島みたいですね。

 そんななか、日本軍による旅順陥落の報が。旭日旗を振って歓喜に酔う日本人たちのちょうちん行列は、ロシア兵たちを苦しめます。無邪気に勝利を喜ぶ人々と、苦渋の表情を浮かべる人々の対比が鮮やかで、歌の構成も演出も見事だと思いました。異文化が豊かに混交し、異なる人種同士が直に仲良くなっても、国と国の争いが再び亀裂が生んでしまうのです。

 そこでニコライとサチは、お正月に歌とダンスの披露会を催すことを提案。ロシア兵俘虜と看護師らが、扇子を使った日本の伝統芸能やロシア民謡に合わせたダンスを披露していく場面は圧巻です。力強いコサックダンス(と言っていいのかしら)に特に感動しました。日本人俳優がロシア兵の衣装を着て、ロシアの民族舞踊を踊っている…この形でロシア人観客の前で上演されたと思うと…また涙がこみ上げます。

 急展開が連続し、飽きさせないのもこの作品の魅力です。ロシアは国内で革命が近づいており、内憂外患の状態にありました。日本がロシアに勝てた理由でもありますよね。日本の勝利、ロシアの敗北で日露戦争が終わり、ロシア兵俘虜たちは帰国することになります。
 ニコライとサチは二人でロシアに行こうと決めますが、周囲の反対もあり断念。息子戦死の報を受けた婦長(森奈みはる)が、サチに「自分が母だからわかる、あなたの母があなたを失う悲しみを」と訴えるのは、ロシア兵の母たちへの思いと同じもので、説得力がありました。

 ニコライはロシア兵を統率するレオーノフ海軍大佐(田代久雄)から、「ロシアで労働者の反乱が起こる恐れがある、祖国を守れ」と託されます(大佐は帰国できないため)。やがてロシア第一革命(1905年。1917年がロシア革命)が起こり、セルゲイ(宇高海渡)からレオーノフ宛ての手紙で「ニコライは反政府軍に殺された」とわかります。彼は死ぬ前に「サチのもとへいく」と言い残したとも書かれていました。
 サチはニコライの幻想とともに(上手奥の上部にニコライが登場する)、彼からもらった金のコインを泉に流し、終幕。
 ※コインを泉に投げ入れて願い事をすると、それが叶うという言い伝えを信じていたから(だったと思う)。このコインは実在します。

ロビーの出演者写真
ロビーの出演者写真

 レオーノフは日本に来た時に帰ろうと思えば帰れたのですが、部下を残して自分だけ帰国はできないと決断。戦争が終わる時に末期がんが発見され、そのまま松山に残ります(当時は日本からロシアまでは長い船旅でした)。彼のお墓もある松山のロシア人墓地の墓石は、すべてロシアの方角を向いており、今も地元の子供たちがお掃除をして、美しく保っているそうです。

 「おもてなしのこころ」という歌詞がありました(たぶん)。初演は2011年4月(震災で街中のペットボトルが品切れになっていた時期)ですので、「おもてなし」が東京オリンピック招致のキャッチフレーズになる前だと思います。自分のこととして他者を想像し、それを踏まえて他者に尽くすことは、それ自体が尊いです。このミュージカルは、小さなことでもやり続けること、小さな声でも歌い続けることを、まっすぐに、曇りなく、肯定していました。ひとりの人間の力は大きいのだと、勇気づけられました。

 SPAC芸術総監督の宮城聰さんのメッセージ↓がまさにぴったり。

 ※上記ツイートについて。正しくは「宮城聰」さんです。失礼いたしました。

≪東温市見奈良、宇和島市中央町(南予文化会館)≫
田島サチ:帆風成海
ニコライ:四宮貴久
婦長 高杉トシ:森奈みはる(特別出演)
レオーノフ海軍大佐:田代久雄
石浦宗介大尉:水野栄治
田島ミチ:中野祥子
アンドレイ:佐藤靖朗
ピョートル:岩渕敏司
セルゲイ:宇高海渡
ボリス:岡部雄馬
本条ヤエ:脇山尚美
浅岡マキ:保可南
石川ソノ:小林可奈
作・作詞:高橋知伽江
演出:栗城宏
作曲:深沢桂子
振付:尚すみれ
装置:土屋茂昭
照明:大島祐夫
編曲:玉麻尚一
小道具:岩辺健二
衣裳:山田靖子
ヘアメイク:我妻淳子
振付助手:横山佳奈子
演出補:大杉良
舞台監督:石井忍
ポスター・チラシ原画:智内兄助
キャスト写真撮影:重岡真美
制作:坊っちゃん劇場
一般3,600円
高校生2,370円
中学生以下1,860円
http://www.botchan.co.jp/coin2/index.html
坊っちゃん劇場復興特別公演 南予公演:http://news.botchan.co.jp/?eid=445

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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