文学座『鼻』10/21-30紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

 文学座の創立80周年記念公演です。別役実さんの戯曲を鵜山仁さんが演出するというだけで興味が引かれます。上演時間は短めで約1時間15分、休憩なし。

 江守徹さんと渡辺徹さんの“ダブル徹”出演。故・杉村春子さんの“声の出演”が、80周年の歴史を体感させてくれました。

≪作品紹介≫ 公式サイトより
名作『シラノ・ド・ベルジュラック』がよみがえる。
別役実の「車いす」に乗って…。

別役実氏の文学座への書下ろしは27作品。その中には実際の事件をモチーフにした『数字で書かれた物語』や『あの子はだあれ、だれでしょね』、原作に想を得た『ジョバンニの父への旅ー『銀河鉄道の夜」よりー』『天才バカボンのパパなのだ』などがありますが、『鼻』は『シラノ・ド・ベルジュラック』にタイトロールを長年にわたって演じてきた三津田健(当時92歳)の為に書き下ろされた戯曲で、1994年、アトリエの会で上演され、好評を博しました。
 三津田健から江守徹へ――。今秋、あの『鼻』23年ぶりに蘇えります。江守は別役作品「初」出演。別役作品を観て文学座を志した渡辺徹も別役「初」挑戦。そして演出は長年別役作品を演出してきた藤原新平から鵜山仁へ――。鵜山は文学座では「初」めて別役戯曲を演出します。色んな初めて尽くし。皆様の想像を超える形での『鼻』の上演となりますが、「声」については、初演同様、杉村春子がつとめます。

修道院の経営する老人ばかりの病院の裏庭。この病院はひそかに長期療養者の総入れ替えを行って経営状態を回復しようと、院長を先頭に頭を絞っている。毎日医者と修道尼たちが「さりげない嫌がらせ」を実践しているのだが、さりげなさすぎて今度の患者にはどうにも通じないのだ。その通じない患者──なぜか将軍と呼ばれている老人が車いすで庭に現れ、庭の木の枝に作り物の「鼻」をぶら下げさせている。病院は早くこのあやしげな老人を追い出し、新しい患者を引き取って儲けたいのだが、本人がほかの病院へ行くと言わないのでほとほと手を焼いている。そこへ老婦人が付き添いの娘とともに転院してくる。老婦人が二階の窓からふと庭を見ると、下には車いすの老人がいた。彼女は娘を呼ぶ。「ロクサーヌ、ロクサーヌ……」 老人の体が、かすかに身じろいだ……。
≪ここまで≫

 舞台奥に張りぼて感満点の“病院”らしき建物があり、その前には庭の木々が並んでます。遠くの木ほど背が引くく、手前ほど高くなるという遠近法が使われているようです。でも俳優がそばに立つと木の高さ、大きさが目に見えてわかるので、だまし絵風のトリックがすぐに明かされる感じ。敢えて“作りもの”“まがいもの”感を出しているようです。

 真実は1つではなく人間の数だけあるんだと、思い知らされる日々です。人間は嘘をつかないと生きていけない上に、嘘をついたことを忘れます。そして嘘を本当だと信じ込むことも多々あります。思ってもいないこと、してもいないことを真実へとねつ造したりも…。上演を観ながら心の中で何度も頷くことになりました。

 将軍と呼ばれる老人(江守徹)の最後のセリフを聞きながら、虚構(嘘)の中に自分の真実があり、虚構という枠組みがあるおかげで、真実を他者と共有できるのかもしれないと思いました。

 ここからネタバレします。記憶が曖昧で…間違っている可能性が高いです。ごめんなさい。そのおつもりでどうぞ。

 エドモン・ロスタンの戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』の主人公は、他者のふりをして愛するロクサーヌに恋文を書き続けました。セルバンテスの小説「ドン・キホーテ」の主人公は“遍歴の騎士”を名乗るけれど、実は普通の老人です。シラノもドン・キホーテも自らが作る虚構の中で、本当の英雄になります。私はそんな彼らを本心からかっこいいと思っていて、それは最後の将軍についても同じように感じました。死んでも残るのは“心意気”!

 芥川龍之介作『鼻』の主人公は長い鼻のせいで苦労しますが、鼻がなくなると自分を認識してもらえないという悲しい出来事が待っています。鼻がアイデンティティーだったんですね。将軍が木にかけておく沢山の長い鼻たちは、シラノのそれだけれど、男性器の形にも見えました。男性の(自信の)象徴でもあるんでしょうね。

 将軍が昔、老女(杉村春子)と待ち合わせをした時、付け鼻を探していた(取りに行っていた?)から会えなかったのは、悲しくも可笑しいエピソードですが、彼はシラノ役としてロクサーヌ役を愛していただけで、彼女自身を愛していたわけではなかった…となるのは残酷です。老女の付添人の元看護師(栗田桃子)が、「夫を愛していたのは初めて会った時(だけ)」と告白するのもショッキングですよね。でも本心だろうと思います。

 看護師らは「注射する直前にアンプルを目視し、正しい薬なのかどうかわからなくて不安そうな素振りを見せれば、患者は嫌がって自分から他の病院に転院するだろう」という作戦を練ります。とんでもないことです(笑)。終盤に元看護師が告白するには、彼女は本当に間違ったアンプルを患者に注射して、その患者を殺してしまったらしいのです(しかもその患者は彼女の夫だった)。あり得ないと思っていることは、実はあり得るし、「ふり」のはずが事実になってしまうこともあるんですね。

 また、元看護師は「夫を愛していたのは初めて会った時(だけ)」なわけですから、ミスではなく計画的に、本当に夫を殺したかったから毒を注射したのかもしれません。そして、その真偽は彼女自身にもわからない。恐ろしいことですが、これも人間の性質なのでしょうね。

 別役戯曲のセリフを、色んなテクニックを使って言いこなしている俳優さんがいらして、セリフを自分のものにするための工夫、努力について考えました。NTLive『誰もいない国 No Man’s Land』でも思ったのですが、声色や言い回し、呼吸方法などを駆使して、見どころを作ってくれるんですよね。ただ、得意技や癖が目立って、人物の背景や感情が観て取れないと退屈してしまうものだな~とも思いました

 セリフに「上手(かみて)」「下手(しもて)」という舞台専門用語が出てきます。戯曲に劇中劇風に見せる仕掛けが既にあるようなので、場面転換時の暗転はなくてもいいんじゃないかと思いました(明るい中で鼻を木にぶら下げていってもいい)。ただ、(たぶん)最後の暗転の時には、枯れ葉が舞い落ちてくるのがよく見えたので、暗転にバリエーションがあることを見せたのかもしれませんね。

 舞台奥の病院の書割に亀裂が入って左右に分かれ、上部は星空になります。将軍が語るシラノの最後のセリフを聞きながら、“病院”という設定の何もかもが取り払われた虚空で、孤独であり続ける自分の多層性を想像しました。

文学座創立80周年記念公演
≪東京、大阪≫
出演:江守徹、渡辺徹、得丸伸二、沢田冬樹、金沢映子、栗田桃子、千田美智子、増岡裕子、(声)杉村春子
脚本:別役実
演出:鵜山仁
【美術】乘峯雅寛
【照明】賀澤礼子
【音響効果】秦大介
【衣裳】原まさみ 
【舞台監督】黒木仁
【演出補】西本由香
【制作】日下忠男、最首志麻子
【宣伝美術】太田克己
【宣伝写真】宮川舞子
【発売日】2017/09/19
一般:6,000円
夜割:4,000円(10/21・23夜の部)
夫婦割:10,000円※1
ユースチケット(25歳以下):3,800円※2
中・高校生:2,500円※3
※1~3取り扱いは文学座のみ
※2・3ご御劇日当日、ユースチケットは年齢を証明するもの、中・高校生は学生証が必要となります。
※車いすでご来場のお客様は、必ず観劇前日までに購入席番を文学座までお知らせ下さい。
※未就学児の入場はご遠慮下さい。
http://www.bungakuza.com/hana/index.html
ぴあ
http://ticket-news.pia.jp/pia/news.do?newsCd=201710200001

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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