世田谷パブリックシアター+KERA・MAP『キネマと恋人』11/15-12/04シアタートラム

キネマと恋人
キネマと恋人

 ウッディー・アレン監督の1985年の映画「カイロの紫のバラ」を題材に、物語の舞台を1930年代の日本にしたケラリーノ・サンドロヴィッチさんの新作です。妻夫木聡さん、緒川たまきさん主演という豪華キャストで会場はシアタートラム(250席弱)。すっごく贅沢です。前売り完売ですが当日券あり。東京公演の後、大阪、長野、愛知公演あり。上演時間は3時間15分(休憩15分を含む)。

 面白かった…♪ 映画、舞台、音楽など、人が生み出す芸術への愛情が溢れ出すようでした。終演して劇場から出て行く観客によって、それは外の世界にも届けられるのだと思います。

 パンフレット(1500円)はいつもながら充実。KERAさんのロング・インタビューは幼少期の喜劇との出会いから今作に至るまでに、好きだった作品やアーティストについて細かく言及されていて、読みごたえ、おおあり。

カイロの紫のバラ [DVD]
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 映画「カイロの紫のバラ」↑の主役のミア・ファローは当時、監督であるウッディー・アレンの恋人でした。そして舞台『キネマの恋人』の主役の緒川たまきさんはKERAさんの奥様。特別な公演ですね。

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 ≪あらすじ≫ プレスリリースより。
 昭和11年(1936年)、秋。東京から遠く遠く離れた、日本のどこかにある小さな島の小さな港町。この町唯一の映画館では、東京で封切られてから半年遅れで、ようやく新作映画がかかる。今日もスクリーンを見つめるひとりの女性、ハルコ(緒川たまき)。同じ映画を何度も観賞するハルコに気づいた映画の登場人物・寅蔵(妻夫木聡)は、あろうことかスクリーンから現実の世界へと飛び出し、彼女を連れ出してしまう。寅蔵を演じた俳優の高木(妻夫木聡・二役)は騒動を聞きつけ、なんとか寅蔵を映画の中へ戻すべく2人を探し始めるが――。
 ≪ここまで≫

 まずオープニングで落涙。小野寺修二さんの振付、上田大樹さんの映像、そして俳優の演技を組み合わせたステージングが凄いです。映像技術を駆使ながらも、手法はアナログで徹底されているよう。イスや板、ちゃぶ台を素早くスライドさせる場面転換は、動きが機敏なアンサンブルの方々(崎山莉奈、王下貴司、仁科幸、北川結、片山敦郎←小野寺修二さんがパンフレットで「信頼する五人のダンサー」と評されています)が大活躍。しゃがんで膝から下の足をスル~っと床に滑らせて移動したり、役人物を演じていたのが、突然、ピタッと静止して人間っぽくなったり。長い棒とゴムひもを使って空間を区切るのも面白かったです。

 映画を見ることだけが人生の楽しみという薄幸の女性ハルコ(緒川たまき)のもとに、スクリーンから映画の登場人物(妻夫木聡)が飛び出してくる設定がロマンティック。そこまでは「カイロの紫のバラ」と同じですが、ハルコの妹(ともさかりえ)や映画の“中”のエピソードなどから、愚かだけれど愛すべき人間像が浮かび上がります。笑いを生み出すアイデアも大盤振る舞いで、全出演者が無心に、作品のために集中してくださっているように思いました。

【写真中央(敬称略):緒川たまき 撮影:御堂義乘】
【写真中央(敬称略):緒川たまき 撮影:御堂義乘】

 前から4列目に座ったのは久しぶりな気がします。舞台がとても近くて、魅力的な俳優の演技を間近に観られて、小劇場演劇ならではの楽しみ方ができました。表情はもちろん、衣装の模様や質感、紐の色まで愛でることができました。レトロな着物はカラフルでデザインも可愛かったです。

 メインキャストの方々もどんどん着替えて、転換に加わるし、皆で踊りもするし。俳優という存在に圧倒されたな~…。緒川さん以外は複数役を演じるのですが、それぞれに全然違うタイプの役柄を担当されていながら、どれも適役でした。そう、誰もが可愛らしかった。ハルコに暴力を振るう夫役(三上市朗)さえも。作・演出のKERAさんの愛情がなみなみと注がれているからではないでしょうか。

 『キネマと恋人』の時代は二・二六事件があった1936年(昭和11年)で、舞台は東京からは遠く離れた小さな(架空の)島です。軍国主義まっしぐらという時に、大人気の娯楽であった映画は生活に必要だったと思います。映画、演劇だけでなく音楽、歌なども含めた芸術が、私たち人間が生きる糧になり、もしかしたら生きる意味にもなり得ることを、声高に、明るく、説得力ある方法で、証明してくれたようにも思いました。

【写真 撮影:御堂義乘】
【写真 撮影:御堂義乘】

 私は中学生のころに映画と本格的に出会い、学校が大嫌いだったのもあって、映画館の座席に1人で座っている時が一番幸せでした。映画館に行く準備をする時、映画館に向かって電車に乗り、商店街を歩いている時、映画館の入り口を入る時…全身でどきどきわくわくしていて、一歩前に出す足が、いつも地面から少し浮いているような感覚でした。やがてレンタルビデオ店に入る時もそうなるんですけど(笑)。

 面白い映画、舞台を作る人たちが、私を生かしてくれている。そう考えると、ひたすら感謝の気持ちが湧いてきます。KERAさんの演劇のキャリアは30年以上。今作の出演者には劇団出身者も多いです。ナイロン100℃のお2人(廣川三憲、村岡希美)、MONOの尾方宣久さん、M.O.P.に所属されていた三上市朗さん、そして佐藤誓さんも花組芝居で活動されていました。その他も長くキャリアを積まれてきた俳優ばかりです。アンサンブルもカンパニーデラシネラ(崎山莉奈、王下貴司、仁科幸)、モモンガ・コンプレックス(北川結)などで実績のある方々ですね。
 また、1997年から舞台創作を継続している世田谷パブリックシアターという公立劇場があるから、KERA・MAPのシアタートラム新作公演が実現したと考えると…まさに「ローマは一日にして成らず」です。

 ここからネタバレします。

 妻夫木聡さんはハルコが見ていた映画に登場する、おちゃらけた侍「間坂寅蔵(まさか・とらぞう)」と、寅蔵役を演じる俳優「高木高助」の二役を演じます。寅蔵はちょんまげに着流し姿、高木は現代服で、早替えが見事です。2人が同時に出てくる時は、妻夫木さんにそっくりなお面を被った人が代役をしていました。どうやって妻夫木さんの声を出してたのかな~。技術も凄い。

 寅蔵は「映画で起こったことしか知らないウブな男性」という設定が面白いです。娼館で遊女たちに大歓迎されても、ハルコへの愛を貫くエピソードは微笑ましかったですね。高木は自分のファンだという映画オタクのハルコと話をすることで、初めて理解者を得られたと感激します。こまつ座『きらめく星座』でも歌われていた「青空」を、ハルコのウクレレの伴奏で、高木が独唱する場面は美しかったです。音楽と歌へのリスペクトもこの場面で特に強く受け取りました。

【写真左から(敬称略):妻夫木聡、緒川たまき 撮影:御堂義乘】
【写真左から(敬称略):妻夫木聡、緒川たまき 撮影:御堂義乘】

 寅蔵が上映中の映画から勝手に現実世界へと出て行ったことで、映画は次へと進めなくなってしまい、登場人物たちはブツブツ文句を言いながら、花札をしたりして寅蔵が戻るのを待つことに。そんな状態をずっと見せられる映画館の観客からは、苦情が多発します。この状況、可笑しい(笑)。スクリーンの映像と、生身の俳優の演技を組み合わせるだけでなく、映画の中の場面も実際に俳優が出てきて演じることもあったのが、すごく面白かったです。

 寅蔵がハルコを映画の中に連れて行き、2人は何でも夢が叶う幸せを味わいますが、高木が映画館にやってきてハルコに愛を告白すると、ハルコは寅蔵を残して映画から出て、高木のもとへ。ハルコへの思いを断ち切った寅蔵は、主役の「月之輪半次郎」(橋本淳)を差し置いて映画の中で好き放題に暴れまわり、なんと、それが観客にバカ受けして、一躍人気スターになります。主演俳優の「嵐山進」(橋本淳)とケンカして次回作を降板させられていた高木は、ハルコを東京に連れて行って俳優人生をやり直そうとしていましたが、人気者になったのでハルコは連れずに東京に戻ることに(ひどい…)。

 夫に啖呵を切って家を出てきたのに、待ち合わせ場所に高木が現れず、ハルコは一人取り残されます。大きな荷物を持って、とぼとぼと入った映画館ではコメディーが上映されていて、客席は大いに沸いていました。この世の終わりのよううな表情だったハルコですが、徐々に映画の夢の中に入って、笑顔を取り戻していきます(妹のミチルも同席)。
 マネージャーやプロデューサー、脚本家とともに船上の人となっていた高木の姿からは、ハルコへの罪悪感が読み取れました。でも一人で「青空」を口ずさむうちに、彼にも笑顔が少し戻ります。これは解釈が分かれるだろうと思うのですが、私は高木にとってもハルコは最高の夢だったのだろうと、好意的にとらえました。

【写真左から(敬称略):緒川たまき、妻夫木聡 撮影:御堂義乘】
【写真左から(敬称略):緒川たまき、妻夫木聡 撮影:御堂義乘】

 舞台に近い席で俳優がとてもよく見えたので、ちょっと書いてみます。

 ハルコ役の緒川たまきさんが、とにかく、愛らしかったです。(おそらく創作の)方言があって、ハルコが何度も「ごめんちゃい」と言うのがたまらなく可愛い!悶えるレベル!
 ハルコの妹ミチル役のともさかりえさん。ハルコも揃ってダメ姉妹だけど、何をやっても憎めない。「あーーー!」と、突然奇声のような泣き声を発するのが可愛い(笑)。

 橋本淳さんがメインで演じるのは映画スターの嵐山進役と、嵐山が映画の中で演じる「月之輪半次郎」役。嵐山はミチル(ともさかりえ)と一夜を共にして彼女の心をもてあそぶゲス男ですが(脚本家の根本[村岡希美]とも寝てるし)、半次郎は自分の手下である寅蔵の不在を一番嘆き、「彼がいないと自分は映画を続けられない」と主張する、気弱で心優しい人物でした。静かにお経を唱える信心深さもあり(笑)。悪い大人の男も、純粋無垢な少年もできる、柔軟性のある俳優さんだなといつも思います。ベビーフェイスから生まれるギャップも魅力ですね。
 嵐山は脇役のくせに悪目立ちしようとする高木(妻夫木聡)を嫌っているのですが、脚本家の根本に「高木に追い上げられているからだ」と指摘され、慌てて否定する(みっともなさが露呈する)演技も良かったですね。

 2度目のカーテンコールで妻夫木さんが寅蔵役になって登場してくださいました。高木役とは笑顔が全然違う!ちょんまげも相まって商業演劇っぽい♪ 本当に映画(=芝居)から飛び出してきてくれたように感じて、嬉しかったです。

【写真 撮影:御堂義乘】
【写真 撮影:御堂義乘】

 
 ↓嬉しいご感想をいただきました(2016/11/23加筆)。

 ※舞台写真は主催者よりご提供いただきました。

■2016/11/25加筆↓

≪東京、大阪、長野、愛知≫ 
KERA・MAP #007
出演:妻夫木聡 緒川たまき ともさかりえ 三上市朗 佐藤誓 橋本淳 尾方宣久 廣川三憲 村岡希美 崎山莉奈 王下貴司 仁科幸 北川結 片山敦郎
【台本・演出】ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)
【映像監修】 上田大樹
【振付】 小野寺修二
【音楽】 鈴木光介
【美術】 二村周作
【照明】 関口裕二
【音響】 水越佳一
【衣装】 伊藤佐智子
【ヘアメイク】 宮内宏明
【プロダクションスーパーバイザー】福澤諭志
舞台監督:森下紀彦 演出助手:相田剛志 技術監督:熊谷明人 プロダクション・マネージャー:勝康隆 プロデューサー:穂坂知恵子 宣伝美術:榎本太郎 宣伝写真:江森康之 宣伝スタイリスト:伊藤佐智子 宣伝ヘアメイク:宮内宏明 主催:公益財団法人せたがや文化財団 企画制作:世田谷パブリックシアター 企画協力:キューブ
一般7,200円 プレビュー6,700円
高校生以下一般 3,600円 高校生以下プレビュー 3,350円
U24 一般 3,600円 U24 プレビュー 3,350円
※未就学児はご入場はいただけません
https://setagaya-pt.jp/performances/201611kinema.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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