新国立劇場演劇『フリック』10/13-30新国立劇場小劇場

フリック
フリック

『フリック』は2014年ピュリッツァー賞受賞作。劇作家のアニー・ベイカーさんは1981年生まれのアメリカ人女性です(現在は35歳ぐらい)。マキノノゾミさんの演出は、優しくて、柔らかかったです。

⇒CoRich舞台芸術!『フリック

≪あらすじ≫ 公式サイトより
マサチューセッツ州ウースター郡の古びた映画館。いつか映写係になることを夢見て働くサム。映画狂のエイヴリー。まだ35mmフィルムで映画を映写しているこの映画館だからこそ働きたい、とようやく働き口を見つけたにも関わらず、時代の波はデジタル化に向かい、フィルム映写機からデジタル映写機に移行するという話が持ち上がる。どうせ自分は下流階級に属しているからと卑屈になりながらも、与えられた仕事をそれなりに、けれど懸命にこなす従業員たちだったが、デジタル化が意味するものは、従業員の数を減らすという通告でもあった……。
≪ここまで≫

ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。事実誤認があったらごめんなさい。

黒人のエイヴリーは新人。バングラデシュから来た友達が大学からいなくなり(造形の勉強のために違う大学に行った)、母がfacebookで再会した高校時代の元カレとよりを戻して家を出て行ったせいで、自殺未遂を計り(手のひらいっぱいの画鋲を飲み込んだ)、大学を休学中。父は同じ大学の言語学者で学費は免除。母が出て行ってから1年半になる。糞便恐怖症(他人の糞便を見ると吐く)。
ローズは映写機の仕事ができる。セックス依存症(?)で、恋人ができても長続きせず4か月以内に別れてしまう。大卒だが奨学金の返済をかかえていて母は事務員。この仕事を失ったら食べていけない。バイセクシャル。親戚にダウン症の女の子がいる。
一番先輩のサムは映写機の仕事がしたいのに、後から入ってきたローズに抜かれて悔しい(後にエイヴリーにも抜かれる)。大学を出ていない。兄が知的障碍者。実家の屋根裏に転がり込んでいる。体に赤いブツブツが出来る病気になっていて、かゆみに悩まされている。ローズを愛しているが彼女はレズビアンだと思い込んでおり告白できない(それでも好き)。

アルバイトの2日目にエイヴリーが遅刻した原因は「どうしても仕事ができない」という気持ちで動けなかったから。でも心が「もうだめだ、クビだ」とあきらめた瞬間、体がベッドから飛び出して、バスに乗った。「心じゃなくて体が仕事をすることを選んだ」というのが凄い。

サムは持ち込んだ食べ物を床に捨てていく客に腹を立てている。でも、家族で違う映画館に行った時に、自分が同じことをしてしまい、ショックを受ける。「腹を立てていたのは他人に対してではなくて自分に対してだった」。「自分の敵は自分だった、自分の憎悪の対象は自分だった」という気づきが凄い。

金曜日の夜、ローズとエイヴリーは映画館で2人きりで映画を見ることに(サムは兄の結婚式に行っていた)。ローズがエイヴリーに迫るが、彼は一時的に「不能」状態に。ローズは「私が痴漢したみたい…」とショックを受けるが、エイヴリーは「いや、僕が悪い、たまにこうなる」と返答。お互いに本音を話し合えるようになる。映画館で“ピロートーク”が成立していて凄い。

映画館が家のリビングにも、戦場にも、法廷にもなる。たとえばこんな惨状…↓ サムが心底頼もしくて男前だった。
エイヴリー:トイレに便が転がってて、壁にもなすりつけられてて、吐いてしまった…。
サム:映画館っていうところは、そういうことが起こる場所なんだ!座ってろ。俺がなんとかする。ローズはエイヴリーを看てろ。

州に8館しかない35mフィルムが上映できる映画館だが、経営者は売却を検討中。映画オタクのエイヴリーは「フィルムじゃなきゃ映画じゃない」という考えの持ち主で、もし映写機がデジタルになるなら働く意味がないとも思っている。残念ながら映画館に新しい経営者がやってきて、映写機はボタンひとつで操作可能なデジタルに。科学技術の発展が仕事を変え、職場を奪っていく。産業革命を連想。

切符代から1割ほど現金を抜き取ることが慣習になっている職場だった。そもそも時給8ドル強は安すぎるからと、罪悪感もなくなっていた。ローズとサムは新人のエイヴリーに、抜いた現金を山分けする仲間になるように誘うが、エイヴリーは最初は断る。もしバレたら黒人の自分のせいにされるだろうから。だが2人の説得(というかパワハラ的ムード)に負けて仲間になった。やがて経営者が変わり、その事実が明るみに。案の定、エイヴリーに罪が着せられる。

エイヴリーはローズとサムに「2人で事情を説明して欲しい。そもそも僕は巻き込まれたのだし、僕1人でやっていたわけじゃない。そうすれば僕の解雇は免れるかもしれない(3人全員解雇かもしれないが)」と頼んでみるが、ローズは激怒し、サムは沈黙。ローズは「学生で気楽なエイヴリーと違い、自分はこの仕事が必要」と開き直り、サムもようやく口を開いて「お前、デジタルなら働きたくないって言ってたじゃないか(だから辞めても問題ないよね)」と。裏切りにショックを受けたサムは、以前からサムに褒められていた、ある映画のセリフ(聖書の一説とその解釈)を披露する。残念ながら内容が思い出せない…たしか悪人と善人の話だった気が…すみません。聴いてる時は超~引き込まれたんだけど。

エイヴリーはクビになり、サムとローズは残留。仕事は3人制から2人制に(映写機の仕事が簡略化されたため)。新人は白人・金髪・青い瞳の若い男性だった。経営者が人種差別主義者であることがわかる。

不要になったフィルムの映写機を取りに、エイヴリーがやってきた。サムが「ebayで売りに出したけど買い手がつかなかったから、鉄のゴミとして処分することになったので、取っておいた」のだ。サムが勇気を出してエイヴリーに謝るが、エイヴリーは絶望しきっていた。「自分は人を信じすぎていた。もう信じない」「友達だと思ったのが間違いだった。きっと10年後、あなたはまだここで働いている。僕は…たぶんパリとかに住んでると思う」等と突き放すエイヴリー。サムは「たしかに俺の人生なんてくだらないものだろう。それでも、人生には幸せなことが起こったりもするんだ。たとえば好きな人と一緒になれたりも(おそらくローザと両想いになれた)」と語り掛ける。別れ際になって、サムはエイヴリーに、映画俳優2人の名前を挙げる。いつも2人がやっていたゲームだ(いかにも結びつきそうにない映画俳優二人の名前をサムが挙げると、二人を結ぶ最短距離のステップをエイヴリーが答えるというもの。平川大作さんのコラムより)。

でもエイヴリーは無言で映写機を持って去ってしまった。孤独に立ち尽くすサム。長い、長い、沈黙の時間の後、エイヴリーが戻ってきた!そしてゲームの答えをスラスラと答えるエイヴリー。それを見て、嬉しそうに微笑むサム。…あぁ、この時間が、人間の幸せなんだなと、しみじみと噛みしめた。俳優の名前を言い終えて「楽勝だよ」といつも通りにつぶやいて、エイヴリーは去る。やっぱり2人の距離は縮まらない。安易なハッピーエンドにならなくて本当に良かった。

1幕の終わりと2幕の終わりに、映画館の客席に座る登場人物に黄色いライトが当たり、白黒映画のように見える演出あり。「人はいつも演技をしてる」という会話もあったし、客席方向に映画のスクリーンがある設定なので、劇場中の誰もが映画の中に入って、その主人公を演じていると解釈できた。

“The Flick” by Annie Baker
【出演】アフリカン・アメリカンのエイヴリー(20歳):木村了、24歳(?)のローズ(白人):ソニン、30代のサム(白人):菅原永二 夢見る男(太った男性客)、スカイラー(エイヴリーの退職後に来る新人で白人・金髪・青い瞳):村岡哲至、
脚本:アニー・ベイカー 翻訳:平川大作 演出:マキノノゾミ 美術:奥村泰彦 照明:中川隆一 音響:内藤博司 衣裳:三大寺志保美 ヘアメイク:川端富生 振付:青木美保 演出助手:郷田拓実 舞台監督:澁谷壽久音楽:片岡正二郎 内藤紳一郎 ヨーヨー指導:伊藤圭介 中村謙一 シュン プロンプ:村岡哲至 制作助手:重田知子 制作:田中晶子 プロデューサー:茂木令子 芸術監督:宮田慶子 主催:新国立劇場
A席:6,480円 B席:3,240円 Z席(当日券):1,620円
※『ヘンリー四世・第一部』『同・第二部』とのセット券↓あり
http://www.nntt.jac.go.jp/play/news/detail/160603_008645.html
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/151225_007977.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
~・~・~・~・~・~・~・~
★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
便利な無料メルマガ↓も発行しております♪

メルマガ登録・解除 ID: 0000134861
今、面白い演劇はコレ!年200本観劇人のお薦め舞台



バックナンバー powered by まぐまぐトップページへ