Ex Machina『887(ロベール・ルパージュ一人芝居)』06/23-26東京芸術劇場プレイハウス

887
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 カナダのケベック州出身で世界的に有名な演出家ロベール・ルパージュさんの一人芝居です。今月のメルマガでお薦めNo.1としてご紹介していました。上演時間は約2時間10分(休憩なし、カーテンコール含む)。英語&仏語上演・日本語字幕付き。

 6/23の初日も、その翌日も大切な用があってどうしても伺えず、3日目となる6/25に拝見し、あまりの感動で終演してもしばらく席を立てず…。東京公演は6/26(日)14時の回を残すのみです。7月2日~3日に新潟公演がありますので、是非どうぞ!

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 ⇒ルパージュへのコメント(小池修一郎、白井晃、長塚圭史、野田秀樹、野村萬斎、吹越満、宮本亜門)
 ⇒芸劇chの動画(約1分40秒)
 ⇒ロベール・ルパージュ「887」インタビュー(ローチケ演劇宣言beta版)
 ⇒CoRich舞台芸術!『887

 ≪あらすじ・作品紹介≫ 公式サイトより
「映像の魔術師」ロベール・ルパージュが自ら語る、自叙伝的一人芝居
今世紀における最も重要な舞台演出家の一人ともいわれるケベック生まれのフレンチ・カナディアンの演出家ロベール・ルパージュ。 新作のテーマは「記憶」。1960年代のケベック・シティーで育った彼は、子供の時に住んでいた「887」というアパートの番地から記憶を巡らせて、幼少時代を振り返っていく。最先端の映像テクノロジーで魅せるいまだかつて見たことのない美しいイメージの数々と、ルパージュの自身をさらけだした人間味あふれる演技が絶妙に融合する。時間と空間を見事に変容させ、観る人の心を瞬時に魅了するルパージュ・マジックが散りばめられた、エジンバラ演劇祭をはじめ世界中で喝采を浴びた自叙伝的一人芝居、待望の日本初演。
 ≪ここまで≫

 政治家などの著名人が詩を朗読するイベントに出演することになり、ミシェル・ラロンド(Michele Lalonde)の詩「Speak White(白い言語を話せ)」を暗唱することになったルパージュさん。出演まであと1週間あるが、いくら暗記しようとしても、3ページほどある詩の1行も覚えられない…!そんなピンチに陥っているのだと、観客に吐露するところから開幕します。おのずと「脳」と「記憶」の話になり、幼少期の思い出からケベック州の歴史を辿っていきます。
 
 公式の動画↓からもわかるように、映像、装置などのスタッフワークと演技のコンビネーションが凄いです。高い技術をサラリと使って、嫌みにならないのも素敵。

 「詩が覚えられない」と言いながら、2時間以上の一人芝居をやり遂げるのだから、ちょっと微笑ましいです。憎たらしくもありますけど(この天才め!って言いたくなる・笑)。 

 ここからネタバレします。ここから敬称略。そして勝手に「だ・である調」に変更。

 家庭が貧困だったため8歳から労働し始めたルパージュの父の話。子供への報酬はタバコや砂糖などの現物支給だったから、父は8歳のころからタバコを吸い始め、70代で肺がんで死ぬまでタバコをやめなかった。青年になって海軍に行った後、学歴がないためタクシー運転手になる。英語と仏語を話せた父はチップを多く稼ぎ、4人の子供(兄、姉、ルパージュ、妹)を育てた。屈強で仕事熱心で寡黙な父はルパージュのヒーローだった。

 父がアルツハイマー病の祖母(父の母)を家に引き取ったことで、リビングが長男の部屋になり、ルパージュは8歳になるまで姉と妹の部屋で寝ることに。二段ベッドの下が彼の空間になり、それが彼にとっての演劇の始まりとなった。ルパージュの考察は演劇の発祥までさかのぼる。手で動物、人間、神の形を作って、影絵でその姿を石切場の石の壁に写す…それをベッドのシーツを使ってやって見せる。

 建築家志望だったルパージュは成績優秀だったが、父がタクシー運転手だったために、「5年間の学費が払えない可能性がある」という理由で私立の学校の受験に落ちてしまう。演劇学校を卒業して30年経ち、母校で生徒たちによるアリストパネス作『鳥』を観たルパージュは、その演技とフランス語(古典)の発音の良さに感動する。それを校長に伝えたら「今の学生は裕福な家の子ばかりだから、もともと出来るんだよ。今は学費が必要だから。君の時代は学費は無料だったけれど」との返事。貧富の差が進路に影響するのは今も同じだった。

 父が祖母を引き取らなかったら、ルパージュは妹のベッドの下で演劇と出会わなかった。父が高収入だったら私立の学校に入学して、授業料無料の演劇学校には入っていなかったはず。そして父が物静かで優しい労働者でなかったならば、ルパージュが「Speak White(白い言語を話せ)」を読む意味は変わっていただろう…。

 ルパージュがタクシー運転手である父を演じ、ファーストフードショップのカウンターの席で空しくチップを数える。舞台上手のメニューに表示されていたPOUTINE(プーティン/ケベック名物料理)が、1文字変わってROUTINE(ルーティーン/きまりきった仕事)になるのは、つまり父の日常のこと。この部分の字幕が出なかったのは残念。

 今やルパージュは、間違いなくケベックの文化、芸術の歴史に名を残す人物。テレビ局がひそかに準備している自分の追悼番組用の映像を友人から入手したところ、使われていたのはくだらない番組に出ていた時の5分間だけ。「映像が残っていないだけで、私の35年の演劇人生がなかったことにされるのか!」と怒るルパージュは、ちょっとかわいそうで、ちょっと可笑しい。実は父の人生と重なる。歴史に名が残らない人々は、存在していなかったのではない。記録に残っていない事柄も、決して存在していなかったのではない。

 ルパージュによる「Speak White(白い言語を話せ)」の暗唱は…圧巻…。私は、始まった途端、嗚咽してしまい、最後まで肩をガクガクさせながら溢れ出る涙をぬぐっていた。ああこれが、俳優の力なんだ、演劇の役割なんだと、全身で感じ震えていた。左脳で理論的に組み立てても覚えられなかった詩は、右脳の感情と一緒になって初めて血肉となり、まるで熱い鉄の塊のような実体をともなって、客席に、空間に、天に向かって放たれた。詩の言葉から意味と感情は切り離せない。

 最後は真夜中の車の中。新聞配達少年だったルパージュはいつの間にかタクシー運転手の父へと変身し、ラジオから流れるお気に入りの曲を聴きながら、タバコの煙をくゆらせる。帽子で顔が見えないのがいい。父を演じるルパージュは決して父ではない。けれどもルパージュの中で生きていて、今、彼の心身で表されている父の姿は、観客の目に確かに映っている。

 「Speak White」の詩を読む時、ルパージュは「自分にはそれを読む資格はないし、客席にそれを聴く資格がある者もいない」と言っていた。「母国語ではなく英語(白い言葉)を話せ」と言われた人たちは、もうここにはいない(亡くなっている)のだから。ルパージュが父になることができないのと同様に、彼は父の言葉を語ることもできない。でも、言わないわけにはいかない。伝えないままではいられないのだ。こうして歴史は、死者の心は、「自分に語れないことを今から語るのだ」という敬意を持つ生者によって、他者に届けられていく。

 ※カーテンコールでは演出部の方々も9人出ていらっしゃいました。『Needles and Opium 針とアヘン』も10人以上のスタッフが支える作品でした。

作・演出・美術・出演:ロベール・ルパージュ
製作:Ex Machina(エクス・マキナ)
東京公演主催:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)、東京都/アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)
後援:カナダ大使館、ケベック州政府在日事務所
助成:平成28年度 文化庁 劇場・音楽堂等活性化事業
【4月16日(土)一般発売】S席:前売6,000円 当日6,500円 A席:前売4,000円 当日4,500円
高校生割引:1,000円 25歳以下(A席):3,000円 65歳以上(S席):5,000円
※65歳以上、25歳以下、高校生割引チケットは東京芸術劇場ボックスオフィスにて、前売のみ取扱い。(枚数限定・要証明書)
※A席は一部見えづらいシーンがある可能性がございます。
http://www.geigeki.jp/performance/theater120/
https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/events/12487/
http://www.ryutopia.or.jp/schedule/16/0702t.html

※クレジットはわかる範囲で載せています(順不同)。間違っている可能性があります。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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